感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2010.11.7記述

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物語

1945年8月、マンザナー収容所のラジオから、アメリカ軍が広島に新型爆弾を投下したとのニュースが流れる。長吉(中井貴一)は日本へ帰したしづ(寺島咲)さち(川島海荷)の身を案じながらも、日本は降伏することなく必ず持ち直して勝利すると信じる。その数日後、日本が8月15日にアメリカへ無条件降伏した報告を受けるが、マンザナー収容所の日系人たちは信じられないでいた。がしかし、録音された天皇の玉音放送を聞き真実だと知ると、皆ただ黙るしかなかった。そして、長吉は悲痛に顔を歪めていた。

それからの平松家は、日本へ帰るべきか、屈辱を受けながらアメリカで生きていくかの選択を迫られる。アメリカに忠誠を誓い軍に入った一郎(草剛)の死を無駄にしないよう、しのぶ(仲間由紀恵)次郎(松山ケンイチ)はアメリカに残ることを決意する。そして次郎は、しづとさちの安否が気になるとも(泉ピン子)に、長吉と一緒に日本へ帰ることを勧める。ほどなく、長吉とともが日本に帰国することが決まり、ともが日本への帰り支度をしていたとき、次郎が畑で倒れている長吉を発見。長吉は、自ら命を絶っていたのだった。

長吉が亡くなったその日、収容所で一緒に暮らしていた小宮弘(中尾明慶)から、平松家へ一通の手紙が届いていた。アメリカ軍へ入隊し、通訳として沖縄へ赴任していた弘からの手紙には、沖縄で偶然、さちと出会ったことが記されていた。

その頃、沖縄のさちは親戚ともはぐれてしまい、一人ぼっちでいた。さちを心配する弘は、同じ日系二世として力になってあげたいというと、しづが暮らしている広島へ行きたいと懇願する。それから数日後、弘の計らいにより、さちは弘と共に広島へと向かう。そして、広島に到着して二人が目にしたものは、焼け野原となった広島の街だった。

変わり果てた広島で、しずが入院している病院をなんとか突き止め、約3年ぶりに再会を果たしたさちとしず。弘は「しずのケガがよくなるまでこの病院にいなさい」と、幾らかのお金を渡し、一旦広島を離れる。たが、2人で日本で生きていこうと決意したさちとしずは、弘の言葉を無視して空襲がなかったと聞いていた京都へ向かう。

京都では、町医者を開業する菊池正行(大杉漣)千代(高畑淳子)夫婦に運よく拾われ、さちは京都で得意だった裁縫を活かし、着物を洋服にリフォームする技術を身に付ける。しかし、しずの具合は一向によくならず、2年後の夏に亡くなってしまう。さちが東京に仕事を見つけ、しずと共に上京しようと考えていた矢先だった…。

一方、終戦から3ヵ月が経ったアメリカでは、収容所が閉鎖されることに。収容所に入るとき、全てを処分した平松家は、行くあてがないまま立ち退きを強要される。平松家は山岸(大泉洋)の提案で、収容所の他の家族とともにシアトルのお寺に身を寄せることにする。

新しい暮らしが始まって半年が過ぎたある日、山岸がともに、一郎が所属した四四二戦闘連隊の凱旋パレードがワシントンで行われることを知らせる。山岸の言葉に、ともとしのぶ、次郎は、二つ返事でワシントンへ行くことを決めるのだった。

ワシントンへ着くと、ともは四四二戦闘連隊の凱旋パレードの中に一郎の遺影を掲げて行進する夏木(片岡愛之助)の姿を見つけ出す。ともは夏木に声をかけると、一郎は私の息子ですと夏木の後を追った。その後、パレードが終わった夏木に、ともとしのぶ、次郎は、戦地での一郎の活躍ぶりを聞かされる。

凱旋パレードにより、日系人だけで編成された四四二戦闘連隊の活躍がアメリカ全土に知られ、日系人もようやくアメリカ国民として認められるようになった……そんなある日、4年前に平松家の農場を買い取ったジェームズから、平松家に会いたいと山岸を介して連絡がある。過去に受けた屈辱の悔しさを胸に抱えながらも、ともと次郎、しのぶはジェームズと再会をする。するとジェームズは戦争前に長吉が持っていた農場を返したいと申し出るのだった。テキサス出身のジェームズは、四四二戦闘連隊の活躍やその部隊に一郎が所属していたことを知り、平松家にした過去の行為に謝罪し、昔のように農場を盛り立ててほしいというのだった。一郎の活躍が、しのぶたちに昔の暮らしを取り戻りしてくれたのだ。平松家は、再び生きる希望と明るい表情を取り戻すのだった。

 時は過ぎ、戦後から14年経ったある日、四四二戦闘連隊出身の日系人がアメリカ下院議員に当選したというニュースが流れる。ようやく日本人もアメリカ人と肩を並べられるようになったと、晴れやかな表情を見せるともだったが、それからほどなく、心筋梗塞で倒れて帰らぬ人となった…。

2010年8月。次郎(上條恒彦)しのぶ(八千草薫)は、一郎の息子・ケン(佐藤旭)がシェフを務めるレストランにさち(岸惠子)たちを招待する。アメリカと日本、それぞれの地で懸命に生きてきた平松家。家族とアメリカに悲しい想いを抱いて生きてきたさちは、長吉、とも、一郎、しのぶ、次郎たちの苦労を知ることで、そのわだかまりも解けた。そして、シアトルで眠る長吉、とも、一郎ら平松家の墓前で次郎としのぶに再会を約束する。99年前、ひとりの男が海を渡り、差別や戦争に翻弄されながらも作り上げてきた家族の、愛と絆が再び深まるのだった……。

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2010.11.6記述

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物語

1943年4月、戦争が激化する中、家族がアメリカで信用を得られるようにと、一郎(草剛)しのぶ(仲間由紀恵)次郎(松山ケンイチ)はアメリカが提示した“忠誠登録”に「イエス」と書いて提出する。

それから2ヵ月後のある日、アメリカとの交渉役を務めている山岸登(大泉洋)が平松家を訪ね、一郎のアメリカ陸軍への入隊が決まったことを報告する。それを聞いたとも(泉ピン子)は、何かの間違いじゃないかと山岸に詰め寄るが、一郎が軍隊に入ることは家族の無駄にはならないと言い残して平松家を後にする。
 忠誠登録にイエスと書いた一郎に怒っていたともが、一郎の本心を知り納得をした時、同じ小屋で一緒に生活を送っている太助(笹野高史)の怒鳴り声が聞こえてくる。太助の息子・弘(中尾明慶)も親に黙って忠誠登録にイエスと書いており、軍隊に入ることになったのだった…。

一郎の入隊まであと5日と迫ったとき、次郎が一郎に話があると呼び出す。そして、「兄貴のために日本も家族も捨て、アメリカに残ったしのぶさんの気持ちに応えるべきだ」と、次郎は一郎にしのぶとの結婚を迫る。だが一郎は、「愛しているからこそ、結婚はできない」と、涙を流しながら自分の気持ちを話すのだった。
しかし、しのぶに会い、無事に帰って来るのを待っていると言われた一郎は、思わず妻になってほしいとプロポーズをする。入隊の日が迫る中、普段着での質素な結婚式が執り行われた。ほどなく一郎は入隊し、3ヵ月間の厳しい訓練を受けることに…。

一郎が収容所を後にしてからしばらく、忠誠登録にノーと書いた太助は危険分子と判断され、他の収容所に移る命令が下される。そして、長吉と一緒にアメリカへ渡った野中一馬(市川右近)も、家族と一緒に日本へ引き揚げていった…。

そんなある日、畑仕事をしている次郎の前に、FBIに連行されていた長吉(中井貴一)が現れる。一郎がアメリカに忠誠を近い軍隊に入ったことで、長吉に情状酌量の措置がとられたのだ。平松家に戻った長吉は、一郎としのぶが結婚したことを聞かされ驚き、しのぶの決心に心から礼を言う。

その数日後、厳しい戦闘訓練を受けていた一郎が突然、収容所に帰ってきた。戦線に送り込まれる前の10日間、休暇をもらえたのだ。帰ってきた一郎の姿に、驚く平松家の面々。長吉と今後のことを話しておきたいと言う一郎に対し、長吉とともは、しのぶとの時間を精一杯大事にしろと新婚旅行へ出かけることを勧める。しのぶが希望した新婚旅行先のシアトルに着き、しのぶが通ったという思い出のレストランや名門ホテルを回るが、排日感情の強い市民に酷い扱いをされる。軍服を着ていても何の効力も無いと焦燥感に苛まれる一郎だったが、なんとか宿泊できるホテルがみつかり、しのぶと束の間の幸福に満ちた時間を過ごした。
その後、マンザナー収容所へ戻った一郎は、日系二世だけで編成された四四二戦闘連隊の一員として更なる訓練を受け、ヨーロッパ戦線へ送り込まれることになる。

一郎のいない収容所での生活を送る平松家のある日、しのぶが懐妊していることがわかる。跡継ぎができたことに喜ぶ長吉、とも、次郎。その翌年の5月には、ついに収容所内で産声が上がる。平松家に生まれた新しい命は「ケン大和平松」と名付けられた。一郎はその吉報を、戦火で廃墟になっているイタリアのナポリで受け取っていた。一郎が所属する四四二戦闘連隊が、熾烈を極めるヨーロッパ戦線へ送り込まれる途中のことだった。その後、四四二戦闘連隊に特別任務が下される。それは、ドイツ軍に包囲され孤立している、アメリカ陸軍の象徴といわれるテキサス大隊の救出作戦だった。この作戦で四四二戦闘連隊は大きな犠牲を払いながらも、任務を成功させる。だが、その数日後、平松家に一郎の戦死を知らせる電報が届く。一郎は戦友をかばって、銃弾に倒れたのだった。

その翌年、アメリカは日本本土への攻撃を強め、東京大空襲や沖縄上陸作戦を展開、そして広島には新型爆弾が投下された……。

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2010.11.5記述

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物語

1941年12月、日本とアメリカが交戦状態となったことで、FBI(連邦捜査局)は、日本語学校や新聞社など、日系コミュニティーの主要人物を次々と拘束する。長吉(中井貴一)も検挙され拘留所へ連行されてしまった。

残された一郎(草剛)しのぶ(仲間由紀恵)次郎(松山ケンイチ)とも(泉ピン子)たちは、戦争が終わるまで、長吉が築いた農場を守っていこうと決意を固め頑張っていた。しかし、年が明けると、日系人はすべて隔離する収容所へと強制的に送られることが決定する。収容所に送られるまで一週間。日系人の代表としてアメリカ側と交渉を担当する“日系人協会”の山岸登(大泉洋)は、収容所から解放される時期が見えないため、財産を処分して少しでも現金に換えることを日系人の集会で勧める。一郎たちは憤りを感じながらも、すべての財産を処分し、最低限の身の周りのものだけを手に収容所へ送られることになった。収容所といっても、競馬場の跡地に残る厩舎を利用した仮の収容所。劣悪な環境に放り込まれた平松家だったが神様がくれたお休みだと、ともは前向きに開き直る。と、同時にしづ(寺島咲)さち(川島海荷)を日本へ帰して良かったと、思わずにはいられなかった…。

しかしその頃、広島と沖縄の親戚に預けられ離ればなれに暮らすこととなったしずとさちは、どちらの家族にも疎まれ邪魔者扱いされていた。それは、アメリカに残った一郎ら平松家の誰もが想像もつかない苦労を強いられるものだった。

それから1ヵ月。一郎たちは今までいた仮の収容所から、新しくできたカリフォルニア州の収容所へ移動させられることになる。行き先も告げられず汽車に押し込まれ、大移動の末たどり着いたのは砂漠の真ん中にバラック小屋が無数に並ぶマンザナー収容所。平松家は小宮太助(笹野高史)とその息子・弘(中尾明慶)と同じ小屋一つ屋根の下で一緒に生活を送ることになる。

マンザナー収容所での生活が始まってほどなく、収容所の詳しい説明をする集会が開かれる。アメリカと交渉をしていた山岸から、施設の運用を自主的に日本人に任せたいというアメリカ側の意向が伝えられる。内容は、労働に応じて賃金をもらえ、通信販売で買い物もでき、学校や農園を造ることも許されるという。その話を聞いて、一郎としのぶは収容所の中にできる学校の先生に志願し、次郎は農園を拓くことを希望する。集会で発表された内容は、荒地の中で囚人のような扱いを受けてきた日系人にとって、生きる希望や夢を見出すものであった。

年が変わって1943年の2月、収容所の中には畑や庭園などさまざまな施設が揃い、その暮らしぶりは見違えるものになっていた。そんなある日、突然思いもかけないことが起こる。緊急に開かれた集会で、アメリカは、収容所で暮らす17歳以上の日系人に、アメリカへの忠誠心を問う “忠誠登録”と呼ばれる質問状を突きつけてきた。忠誠登録は日系人たちに「アメリカの軍隊に入って日本と戦えるか?」「日本に背いても合衆国に忠誠を尽すか?」という思想調査だったのだ。質問状にイエスと答えると、軍隊に入ることになると察知したともは、一郎と次郎にノーと答えるよう説得をする。しかし一郎は、長吉とともが今後アメリカで胸を張って暮らせるようにと、忠誠登録にイエスと答える決意していることをしのぶに伝える。同時に、心から愛しているしのぶをこれ以上道連れにはできないと、しのぶに日本へ帰ることを勧める。だが、しのぶは一郎を黙って見つめ、自分もイエスと答え、アメリカに、そして平松家のそばにずっといると一郎に答えるのだった。

その後日、忠誠登録の提出をする日がやってきた。一郎としのぶ、そして次郎は、それぞれ忠誠登録にイエスと答えて書類を提出するのだった…。

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2010.11.4記述

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物語

長吉(中井貴一)がアメリカに渡ってから28年後、嫁のとも(泉ピン子)と必死に働き、ついに自分の農場を持つまでになっていた。そして、4人の子宝にも恵まれ、家庭を育んでいた。それは、日本では決して叶うことのない夢であり、裕福とはいえないまでも楽園のような場所であった。

時に、日米関係の悪化が日系移民への差別に拍車をかけていた1940年、18歳になった長男・一郎(草剛)は、日本人の権利を守りたいと、アメリカの大学で法律を学んでいた。日本人差別のため友人はいなかったが、ある日、同じ大学に通う領事館職員の娘・しのぶ(仲間由紀恵)が、白人学生に絡まれているところを助ける。それをきっかけにして、しのぶは一郎と親しく交際するようになる。しのぶは平松家にも気に入られ、農場の手伝いをするようになっていく。段々と惹かれあっていく一郎としのぶ。弟の次郎(松山ケンイチ)もまた、そんなしのぶに淡い憧れを抱くのだった。一方、長吉は外交官の娘であるしのぶとの交際を快く思っていなく、一郎には日本人の農家の娘を嫁にもらうべきだと、ともに釘を刺す。ともは、一郎としのぶの幸せを願いながらも、長吉の言葉に黙ってしまうのだった。

時代は風雲急を告げる。アジアの英領と仏領、オランダ領に侵攻する日本軍への報復措置として、アメリカ政府が日本の財産を凍結。日本の軍事攻勢を警戒するアメリカが日本への締め付けを強化するなか、日本へ引き上げる日本商社や日系人が出てきた。そしてほどなく、領事館に勤めるしのぶの父にも帰国命令が伝えられる。一郎は、しのぶの幸せを考えると、日本へ帰るしかないということを悟っていた…。

一方、平松家では、長吉がしずとさちを一時的に日本の親戚に預けようと提案していた。差別の激しいアメリカで女の子が暮らすのは心配だという長吉に対して、親元を離れて見ず知らずの親戚と暮らすのはかわいそうだと、ともは涙を流す。次郎は日本に妹たちを返すのを反対するが、一郎はしずがアメリカ人に暴行されそうになったことを次郎に言って聞かせる。自分達だけが日本へ帰されることに、不安と悲しみを抱えるしずとさち。ともはそんな二人をやりきれない想いで見ることしかできなかった。それからほどなく、二人の帰国準備も整い、シアトルの港からしずとさちを乗せた船が日本へと出港した。その船には、しのぶも乗船していた…。

翌朝、平松農場の牛舎に一郎がやってくると、そこには帰国したはずのしのぶの姿が! 日本への船に乗る前、一郎から「プロポーズをするつもりだった」という告白を受けたしのぶは、すでにアメリカに残る決心をしていたのだった。出港した船から一郎のため海へ飛び込んだしのぶを、一郎はなにがあっても一生守っていくと力強く心に誓う。

しのぶはその日から、農場の手伝いをしながら平松家で暮らすことに。2ヵ月が過ぎ、しのぶが他の農夫と同等の仕事をこなせるようになると、長吉はそれ相応の賃金を払わなければと賃金をしのぶに差し出す。長吉から他人行儀に扱われ寂しく感じているしのぶの気持ちを察し、ともはしのぶのことを平松家の立派な家族だと思っていること、一郎と結婚することを願っていると長吉に伝える。しかし、長吉は知らん顔をするばかりだった。

その頃、日本にたどり着いたしずとさちは、長吉の実家・島根に身を寄せていた。しかし、長吉の両親を世話している島根では、しずとさちの面倒を見ることが難しいという話し合いをしていた。そして、しずは広島に住むふさ(ふせえり)のところへ、さちは沖縄に住むとき(杉田かおる)の元へとそれぞれ預けられることになる。

それから3ヵ月後の12月、ついに日本海軍が真珠湾のアメリカ基地を攻撃、後に言う真珠湾攻撃を行う。その日を境に、FBI(連邦捜査局)が、敵性外国人として日本語学校や新聞社など、日系コミュニティーの主要人物を次々と拘束し始め、長吉も検挙され拘留所へ連行されてしまうのだった。



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2010.11.3記述

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物語

2010年8月、米国ワシントン州のシアトルで農場を営む日系2世の平松しのぶ(八千草薫)と次郎(上條恒彦)は、日本で暮らす妹・太田さち(岸惠子)と70年ぶりの再会を果たす。11歳の時にアメリカから日本へ帰されたさちは、家族に捨てられたと思い込み、それ以来、アメリカに残った家族のことはないものとして生きてきた。そんなさちのため、大リーグ・マリナーズで活躍するイチロー選手の試合を孫と観にいくという名目で息子の嫁・景子(堀内敬子)が、生き別れとなっていた兄妹に連絡を取り引き合わせたのだ。これまでアメリカを避けて生きてきたさちだったが、アメリカに残った家族がその後どんな生き方をしたのかを知りたかったのと同時に、自分が今までどんな思いで生きてきたのかを知ってもらいたいと考え始めて…。

.今から99年前、島根の貧農の次男として生まれた平松長吉(草剛)は、困窮する家計を助けるためと、出稼ぎの手段として渡米を決意。アメリカで一旗上げるという大きな夢を胸に、19歳の長吉はアメリカ行きの船に乗り込んだ。アメリカのシアトルに着くと身元引受人の家に身を寄せるが、その頃、アメリカでは排日運動が盛んで、長吉が望むような仕事が見つからない。渡米早々から味わう挫折。しかし、長吉は毛布一枚に全財産をくるみ、家もなく農場を転々とする季節労働者として必死に働き続けた。

それから7年が経過。季節労働者として働き続ける長吉は、アメリカで世話になっている一馬(市川右近)から写真花嫁という制度を利用して嫁を貰うよう勧められる。嫁を貰うことを決意した長吉は、日本から届いた写真に写る美しい女性を早速アメリカに呼び寄せることに。それから約半年後、多くの写真花嫁を乗せた船が、シアトルの港に到着する。長吉は下船した人波に写真の女性を探すのだが、女性の姿は見つからない。肩を落として帰ろうとする長吉に、なぜか写真の美しい女性とは似ても似つかない女性・村上とも(イモトアヤコ)が声をかけてくる。ともは、長吉が見初めた写真の女性は自分の姉で、その姉の代わりにアメリカへ渡ってきたと説明する。騙すことになってしまったことを謝罪し、姉がアメリカまで渡るために長吉が出した渡航費は、一人で働いて返すと申し出る。すると、長吉は意外にも、アメリカで働く覚悟ができているのなら一緒に力を合わせて生きていこうと、ともに告げるのだった…。ほどなく、長吉とともは結婚をすることに。2人の質素な結婚式の席で、一馬の親戚・岡田勇(小林稔侍)が、新しい土地を買うのでそこで働いてほしいと長吉夫婦に声をかける。それからというもの、季節労働者から脱却できた長吉とともは、身を粉にして畑を拓き、その年の秋には作物が収穫できるようにまでなるのだった。

その2年後の初夏、長吉とともは元気な男の子・一郎を授かる。その頃のアメリカでは、排日運動が広がる一方だったが、長吉夫婦の近所に暮らすアメリカ人の老婆・キャサリンは、その優しい人柄から日本人である長吉夫婦とも差別無く接し、自然にあいさつを交わすようになっていた。そんなある日、キャサリンが、自分の農場を長吉に引き取ってほしいと申し出てきた。キャサリンは昔、農場を営んでいたが夫も亡くなり、畑は長く休耕状態になっていたのだった。常日頃から、長吉夫婦の仕事ぶりに感心をしていたキャサリンは、夫との思い出の畑を任せるには長吉夫婦しかいないと考えていたのだ。それからの長吉とともは、アメリカで生まれた一郎の将来や自分達の未来を想い、二人で力を合わせて荒れ果てたキャサリンの畑を耕し始める。しかし、突然、ジェームズという男がやってきて「ジャップにアメリカの土地は渡さない!」と嫌がらせをしてくるようになる。日々エスカレートする嫌がらせを受けながらも、長吉は家族のため、キャサリンのためにもこの土地を守ると不退転の意志をみなぎらせるのだった。

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99年の愛~JAPANESE AMERICANS~
TBS開局60周年 5夜連続特別企画
[99年の愛~JAPANESE AMERICANS~]     

 
2011.11.24記述 

年末に再放送されますよ~~~\(^o^)/
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東京国際ドラマアウォード2011グランプリ受賞記念2夜連続レジェンド「99年の愛~JAPANESE AMERICANS」

 12/26(月)午後9:00~(1夜)
 12/27(火)午後6:30~(2夜)
 
嬉しい情報ですよね。
リアルタイムでドラマを見逃した皆様そして再放送を望んでいた皆様、年末の忙しいときだと思いますが是非多くの人たちに見ていただきたいドラマです。被災した皆様もきっとこのドラマを見るといろんな意味で勇気や希望を持っていただけると思うし、被災していない皆様も日本人とは?家族とは?を考えさせてくれる作品だと思うので色んな人にお知らせいただけると嬉しいです。

最終更新日:2011.9.30
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2011.5.10記述
ORICONSTYLEより

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脚本家の橋田壽賀子が理事長を務める橋田文化財団が、放送創作活動の振興および文化の発展に寄与した個人や団体を表彰する『第19回橋田賞』の授賞式が10日、都内のホテルで行われた。同賞大賞は橋田自らが脚本を手がけ、昨年11月に放送されたドラマ『99年の愛~JAPANESE AMERICANS~』(TBS系)が受賞。女優・仲間由紀恵とともに主演したSMAP・草なぎ剛は共演者の名前を一人ひとり挙げ、「勇気の出る作品に出演できて、血は繋がっていないけど、家族以上の関係になれたと思う」と涙ながらに喜びを語った。 


 声を震わせつつ「日本にも大変な人がいるけど、必ず誰かそばにいる人の力で、人は元気になれるんだなって思った」と家族愛を描く同ドラマの撮影から学んだ思いを語り、東日本大震災の被災者らにもエール。草なぎのほか仲間、松山ケンイチ、寺島咲、川島海荷、中井貴一、泉ピン子らも登壇し、そっと草なぎにハンカチを渡した仲間は「人と人との強い絆の繋がりでみんな生きていける。私も胸に刻みたいと思います」と誓った。

 新人賞は、昨年のNHK朝ドラ『ゲゲゲの女房』で夫婦役を演じた松下奈緒、向井理がともに受賞した。“水木夫妻”が久々に顔を揃え、向井は「賞をもらうのは嬉しいですが、名前が出るのは松下さんや僕だけ。ほかの共演者の方や裏で支えてくれたスタッフ、観てくださった方がいたからこその賞だと思います」と改めて感謝の弁。松下は「昨日ですけど、水木(しげる)さんがまた新たな連載を始めるとお聞きして、人ごとと思えず喜んでしまいました」と微笑んだ。

 そのほか同賞には『証言記録 兵士たちの戦争』(NHK)、脚本家の坂元裕二、福山雅治が選ばれ、特別賞は野村昭子が受賞。新人脚本賞には応募作品総数174篇から、堀脇れいくさんの『パルクール』が佳作に選ばれた。ツアー中のため欠席した福山は、「映像の賞というものをもらうのは初めて。嬉しい気持ちと同時に照れくさい感じもあります」とビデオメッセージでコメントを寄せた。

おめでとうございます\(~o~)/
まぁ、橋田先生が主催している賞なので…
でもそんなこと関係なく、この作品は私の中で今回の震災で苦しんでいる人たちとオーバーラップすることがたくさんあるなって感じるんです。

そして、JAで語られている「大和魂」どんな苦境にも決して希望を失わずどんな辛く過酷な運命を背負っても知恵を絞って希望を持って生きていった人たちと今頑張ってる東北の被災者の皆さんのことがオーバーラップして、その中で自分として何ができるのかという事を自問自答しながら日々を過ごしている今日この頃、このドラマは単純にアメリカに渡った日本人の歴史物語ではなく今私たちに色んな事を考えさせてくれそして勇気と希望をくれるドラマだと思うんです。

授賞式で久しぶりに平松一家が揃ったんですねぇ~。
もし見ってない人がいたら是非多くの人に見ていただきたい作品です。
2010.12.6記述
日経エンターテイメントより

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テレビ TV - 細部にまでこだわっていた5作 
山室大輔(TBSテレビ制作局ドラマ制作センターディレクター:『JIN-仁』『新参者』『冬のサクラ』を演出)

1.99年の愛~JAPANESE AMERICANS~
2.うぬぼれ刑事
3.不毛地帯
4.流れ星
5.フリーター、家を買う。



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諍いと迫害には大きな違いがある
2010.6.21記述

ピクトアップ#65「松ケンソロトーク第2回」より
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2010.4.1記述
山形新聞より

20100401山形新聞

 山形市の文翔館で1日、ドラマ「JAPANESE AMERICANS」(ジャパニーズ アメリカンズ)のロケが行われ、仲間由紀恵さん、泉ピン子さん、松山ケンイチさんの出演シーンが撮影された。エキストラを募集したところ約1500件の応募があり、抽選で選ばれた約500人が撮影に参加した。

 橋田壽賀子さんが脚本を手掛けた。主演は草剛さん。100年前にアメリカに渡った日系移民の家族の物語で、1946(昭和21)年7月、米・ワシントンで沿道の人々が日系人兵士のパレードを見ているシーンが撮影された。兵士役100人と、沿道の人約300人のエキストラを募集したが、応募が殺到したため、沿道の人役を100人増やした。

 小雨の降る寒い一日だったが、エキストラたちは夏用の半袖の衣装で熱演。仲間さん、泉さん、松山さんは「寒い中、朝早くからずっと協力していただいて本当にありがたい」と労をねぎらっていた。エキストラを務めた山形市相生町、教員岩鼻通明さん(56)は「大掛かりな撮影なので人手が必要と聞いて県民として協力したいと参加した。放送が楽しみ」と話していた。

TBS開局60周年記念ドラマで、今年秋に5夜連続で放送予定。


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山形も雨が降っていたんですね。
そんな小雨と夏のシーンだからキャストもエキストラの皆様も本当に大変な収録だったんでしょうね。
本当に参加されたエキストラの皆様お疲れまでした<(_ _)>
少しずつエキストラの人からの目撃情報などもあったりして、楽しそうにお仕事をしているケンちゃんの様子が聞けるのは嬉しいです。

ピン子さんとも楽しくお話ししたり、子役と遊んだりして、ツヨポンとの共演シーンはまだないのかな?(まだ聞かないからそういう話)まだまだ撮影は始まったばかりですもんね。ロケ地が色々みたいだから移動だけでも大変そうだけど身体を壊さず色んな素敵な俳優さんたちの演技を吸収してドラマで見れるのを心待ちにしてなくちゃ♪

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