感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
第35回『わが都、福原』
2012年9月9日放送

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仁安3(1168)年、病からよみがえった清盛(松山ケンイチ)は妻の時子(深田恭子)とともに出家する。
そして清盛は一門の前で港の近い福原に移り住むことを表明し、皆を驚かせた。清盛の福原移住を聞いた後白河上皇(松田翔太)は、危機感を覚え、清盛の動きを警戒する。

2月、後白河と滋子(成海璃子)の子・憲仁親王が即位する。高倉天皇である。平家の血を引いた初めての天皇の誕生であった。生母の滋子は皇太后となり、これによって、平家内の勢力均衡は微妙に変化した。

滋子の姉・時子の長男宗盛(石黒英雄)が、先妻明子の子・重盛(窪田正孝)を抑えて台頭し、宗盛の叔父で清盛の血のつながらない弟・頼盛(西島隆弘)が官位を辞任する。そのことは頼盛の心に影を落とす。

一方、伊豆では、わが子を殺され絶望していた頼朝と、北条政子が運命的な出会いをする。


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第34回『白河院の伝言』
2012年9月2日放送

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仁安3(1168)年、清盛(松山ケンイチ)が病に倒れた。寄生虫による熱病である。
廟堂の頂点にある清盛の発病の報せは、平家一門のみならず、朝廷・貴族・諸国の武士など多くの人々の心を揺るがせる。

熊野詣へ向かう途中にあった後白河上皇(松田翔太)も、清盛病の床への知らせを聞くと、政情不安をもたらすことを危惧し、急ぎ京へとって返す。

病の床にある清盛は、熱にうかされ、夢の中をさまよっていた。その夢のなかで出会ったのは、亡き実母・舞子(吹石一恵)と実の父・白河院(伊東四朗)であった。夢のなかで清盛は白河院と対峙し、対話を始める。

そのころ、源頼朝(岡田将生)の流刑地・伊豆では、北条時政(遠藤憲一)の娘、政子(杏)が少女期を迎えていた。


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第33回『清盛、五十の宴』
2012年8月26日放送

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仁安2(1167)年、清盛(松山ケンイチ)はついに最高の官職、太政大臣の地位に就いた。清盛は50歳になろうとしており、五十の宴が六波羅で盛大に行われる。その宴席に、清盛の父・忠盛が熊野でつくった末の弟・忠度(ムロツヨシ)が現れた。

熊のようなその男の出現に、一門は翻弄されるが、その宴の最中、藤原忠通(堀部圭亮)の子・九条兼実(相島一之)が現れる。

権勢をふるう清盛と平家一門を面白く思わぬ兼実は、「武家は武力をふるうことはできるが、花鳥風月を解することができぬのではないか」と皮肉を言う。

そんな忠度と兼実に清盛は弟・経盛(駿河太郎)に舞をまわせ、さらに突然あらわれた忠度に歌を歌わせる。見事に舞い、歌をうたった弟たちに、清盛は、平家は武だけはないことを思いしらせ、さらに自分も舞いはじめる。そこで、ひとつの奇跡が起こる…。


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第32回『百日の太政大臣』
2012年8月19日放送

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仁安元(1166)年、清盛(松山ケンイチ)は武士としてはじめて大納言にのぼった。前代未聞の出世に、貴族たちは反発するが、摂政・基実(忠通の子・上杉蝉之介)を後ろ盾とした清盛の勢いは止まらない。

後白河(松田翔太)はそんな清盛の動きを牽制する。一方、伊豆の頼朝は、豪族・伊東祐親(峰竜太)の娘、八重姫(福田沙紀)と恋仲になっていた。祐親は、大番役で京の清盛のもとに仕えており、その留守の間のことだった。そんな時、八重姫が頼朝の子を宿している事がわかる。頼朝は命にかえても八重姫とその子を守り抜くことを誓うが、それはさらなる悲劇の始まりであった。

京では清盛がさらに内大臣に就任、清盛はさらなる高みにのぼろうと、五節の会にて舞姫の舞を献上する事を思いつく。

そして五節の会の当日、貴族の嫌がらせで返された舞姫の代わりに、清盛と後白河上皇の前に現れたのは、乙前(松田聖子)だった。


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第31回『伊豆の流人』
2012年8月5日放送

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長寛二(1164)年、伊豆・蛭ヶ小島。
そこに18歳に成長した源頼朝(岡田将生)がいた。5年前、清盛(松山ケンイチ)の沙汰で流罪となった頼朝はこの地に流され、家人の藤九郎(塚本高史)とともに暮らしていた。

一方、清盛は、後白河上皇(松田翔太)と対立する二条帝(冨浦智嗣)の親政のもと、朝廷での力をのばし、港湾の整備、瀬戸内海の開削などに乗り出そうとしていた。

清盛は二条帝にも取り入りつつ、後白河上皇にも蓮華王院を献上するなど、朝廷内で巧みに立ち回っていた。長男・重盛(窪田正孝)はそんな父のやり方に納得がいかず、二条帝に後白河のために建立した蓮華王院へ参詣するよう進言し、清盛の怒りをかう。

そんななか、突然の病の床についた二条帝は、わが子、順仁(六条帝)に譲位し、憲仁を抱える後白河上皇の院政の阻止をはかるが、ついに崩御する。2歳の六条帝の擁立によって、ふたたび朝廷内の勢力均衡が変わりはじめていた…。


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第30回『平家納経』
2012年7月29日放送

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応保元年(1161)、崇徳上皇(井浦新)は配流先の讃岐にいた。
今は静かに暮らす崇徳だったが、弟への侘びの気持ちを込めて写経をしたため、後白河院(松田翔太)に送る。

一方、後白河上皇と滋子との間に、憲仁親王が誕生した。
時忠(森田剛)は平氏の血の流れる憲仁を東宮にしようと画策するが、二条帝(冨浦智嗣)に知られ、清盛によって解官させられてしまう。

崇徳の送った写経は、破られて送り返された。
子・重仁の突然の死の知らせに、崇徳はついに恨みの頂点に達する。西行(藤木直人)によって崇徳の怨霊話を聞いた清盛(松山ケンイチ)は、一門で経典を厳島神社に納め、一門の繁栄を祈願することを思いつく。


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第29回『滋子の婚礼』
2012年7月22日放送

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永暦元年(1160)、平清盛(松山ケンイチ)はついに公卿の座にのぼった。
それは父・忠盛(中井貴一)もなしえなかった快挙であった。平氏は一門の多くが出世し、この世の春を謳歌する。家貞(中村梅雀)や美福門院(松雪泰子)も世を去り、時代は大きく変わりつつあった。

そんな折、上西門院の女房となっていた清盛の義妹・滋子(成海璃子)は時忠(森田剛)から二条帝(冨浦智嗣)のもとへの入内をもちかけられるが、きっぱりと拒否をする。二条帝とそりが合わず面白くない後白河院(松田翔太)はある日、宮中で滋子と会い、一目でその姿と気の強さに心ひかれる。やがて滋子は五白河院の子を懐妊、平氏一門は大騒ぎになってしまう。


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第28回『友の死、友の妻』
2012年7月15日放送

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戦いは義朝(玉木宏)の敗北に終わった。
清盛(松山ケンイチ)は信頼(塚地武雅)を斬首する。

東国へ頼朝(中川大志)らと落ち延びた義朝であったが、従者はしだいに減り、鎌田正清(趙珉和)と二人だけになり、彼の舅・尾張の長田忠致(長谷川公彦)の館にかろうじてたどりつく。が、長田の裏切りを察知した義朝は正清とともに自害する。

一方とらえられた頼朝は京で清盛と対面。
平氏一門は源氏嫡男・義朝の首をはねることを論議する。池禅尼(和久井映見)は気丈な頼朝に家盛(大東駿介)の面影を見、助命嘆願して断食に入る。清盛は苦渋の選択を迫られる…その頃、常盤御前(武井咲)が、牛若丸(のちの義経)を出産する。


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第27回『宿命の対決』
2012年7月8日放送

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無事、京に戻った清盛(松山ケンイチ)だが、性急には動かなかった。
まず、清盛は中納言・信頼(塚地武雅)に恭順の意を示す為に首謀者の名簿を書き、さしだすことを提案する。平家一門は、この清盛の寛大な態度に驚きを隠せない。

清盛は名簿を家貞(中村梅雀)に持たせ、内裏へ向かわせる。
東国の粗野な源氏兵に占拠された内裏は、今や朝廷の体をなしていなかった。
朝廷を占拠した義朝(玉木宏)は、京に戻っていながら、なかなか攻めてこない清盛の態度に疑問を感じ、苛立っていた。

義朝の気持ちを他所に、清盛は宴を催し、さらに義朝側を油断させる。
清盛の本当の狙いは、敵方の気がゆるんだ隙に、幽閉されている後白河上皇(松田翔太)と二条帝(冨浦智嗣)を奪還することにあった。上皇と帝を奪われたままでは自由に動くことが出来ない。

無事、奪還に成功した清盛はいよいよ兵を動かす。清盛と義朝の対決がついに始まろうとしていた…。
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第26回『平治の乱』
2012年7月1日放送

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平治元年(1159)年、保元の乱以後、虐げられていた源義朝(玉木宏)は、貴族・藤原信頼(塚地武雅)と結託し、ついに決起する。

義朝は、後白河上皇(松田翔太)と二条帝(冨浦智嗣)を幽閉し、三条殿に火を放つ。
義朝の狙いは宮廷を牛耳る信西(阿部サダヲ)の首であった。
熊野詣に出かけていた清盛(松山ケンイチ)は、途中の紀伊で知らせを受け、即座に京へとってかえす。

一方、義朝に攻められて都を脱出し、逃亡した信西は山城の山中に穴を掘り、身をひそめる。
都では、源氏の義平(波岡一喜)が京へ戻る清盛を阿倍野で待ち伏せる策を出したが、反対された。
義朝は清盛の帰りを待っているのだと言い、兵を動かそうとしない。そんな中、山中に身を隠していた信西はついに発見され、自刃する。

早馬で京に戻った清盛と重盛(窪田正孝)が楝(あふち)の木の上に、驚くべき光景を見る。


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第25回『見果てぬ夢』
2012年6月24日放送

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出世を果たしていく清盛(松山ケンイチ)に対し、父を犠牲にしても、義朝(玉木宏)の身分は上がらなかった。いつしか義朝の心には無念の心が渦巻いていくなか、妻・由良(田中麗奈)が病に伏してしまう。
そうしたおり、義朝の嫡男・頼朝(中川大志)は初めて清盛と会い、その存在感に圧倒される。

一方、信西(阿部サダヲ)の権勢はますます増し、後白河上皇の近臣・藤原信頼(塚地武雄)は信西をけん制し始めていた。

そのころ、由良の病は重くなり、死の床に就いた妻を救うため、義朝は清盛から宋の薬を得ようとするが、由良は平氏に頭を下げてはいけないと強く良い残し、そのまま息を引き取った。

行き場を失った義朝は、常盤(武井咲)のもとへいくが、由良を失った寂しさは癒せず、今さらながら妻の支えの大きさを思い知るのだった。

信頼はそんな義朝を呼び出し、自分と手を組み、信西の首を取れともちかける。


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第24回『清盛の大一番』
2012年6月17日放送

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大学生・信西(阿部サダヲ)がとりしきる、後白河天皇(松田翔太)の政が始まった。
信西はまず手始めに内裏を修理し、宮中行事としての相撲節会を復活させるなど、精力的に政を行う。相撲節会開催は故事の復活をいうだけでなく資金集めの目的もあった。国の建て直しのため、税収入の徹底を始めた信西は、清盛を鎮西に送り、税を納めない太宰小弐・原田種直(蟹江一平)から税をとりたてることを命じる。

一方、清盛の長男・重盛(窪田正孝)は、叔父殺しを命じた信西につき従う父のやりかたに納得がいかず、父にすすめられた藤原成親(吉沢悠)の妹・経子(高橋愛)との縁談にもいまひとつ乗り気にならない。

鎮西で太宰小弐・原田氏を制圧した清盛は、そこで手に入れた茶器を使って、相撲節会で自分の名を高めるための一計を案じる。それは、その後、清盛が太宰大弐となり、さらなる出世を約束される計略となるものであった。


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第23回『叔父を斬る』
2012年6月10日放送


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清盛(松山ケンイチ)と義朝(玉木宏)に下された沙汰は、忠正(豊原功輔)と為義(小日向文世)を斬首せよ、と言う残酷な処置だった。

しかし、清盛も義朝も、時の権力者へと上り詰めた信西(阿部サダヲ)の命に逆らうことは出来なかった。清盛から沙汰を聞いた忠正は、運命を受け入れ、清盛自身が自分を斬れ、と命じる。一方、為義もまた義朝に、源氏の栄華のために己を斬れ、と語る。

そして六条河原と船岡山での斬首の日を迎えた。
ちょくぜんになっても清盛は叔父を、そして義朝は父を斬れずに苦しむが、やがて二人は苦悩の仲で決断を下す。

使命を終えた清盛を待っていたのは後白河帝からの宴への誘いだった。
後白河帝は、清盛に白拍子の舞を見せ、清盛の忠誠を確認する。

おさえられない感情を抱きながら、宴の席を去った清盛に、信西は「すべての重き荷を背負ってこの国の宝となれ」と語る。


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第22回『勝利の代償』
2012年6月3日放送

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保元の乱がついに終結した。
頼長(山本耕史)は逃げる途中に矢で重症を負い、崇徳上皇(井浦新)もまたあてどもなく山に逃れる。頼長は父・忠実(國村隼)の屋敷に救いを求めるが、門が開かれることはなく、ついに頼長は息絶える。

一方、勝利した後白河(松田翔太)側の清盛(松山ケンイチ)と義朝(玉木宏)もまた、対立した叔父・忠正(豊原功輔)と父・為義(小日向文世)の行方が分からぬまま、苦しい思いを抱えていた。清盛は忠正の行方を捜させ、由良(田中麗奈)もまた為義を探すよう指示を出していた。

数日後、さまよっていた敗軍の忠正と為義は捉えられ、清盛と義朝のもとへ戻される。
生き恥をさらすものかと抵抗する忠正だったが、清盛は、信西(阿部サダヲ)には自分から軽い罪で済むよう頼むから、今後も平氏の為に力を尽くしてくれと頼む。しかしその直後に、信西から清盛と義朝に下された沙汰は、信じがたいものだった。
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第21回『保元の乱』
2012年5月27日放送

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保元元年7月10日深夜、条項方と天皇方ではそれぞれ軍議が行われていた。
天皇方の義朝(玉木宏)と、上皇方の源為義(小日向文世)はそろって夜討ちをかけるのが最上策と上申するが、天皇方・上皇方両方の反応は異なっていた。頼長(山本耕史)は、夜討ちを恥ずべき卑劣な策と退け、信西(阿部サダヲ)は戦に勝つことだけを目的に、積極的に義朝の案をとりいれる。

翌7月11日寅の刻、ついに保元の乱の戦いの火ぶたが切って落とされる。
王家では後白河天皇(松田翔太)と崇徳上皇(井浦新)が敵対し、摂関家では藤原忠通(堀部圭亮)と藤原頼長が戦う。

この二派に味方して、源義朝と源為義の父子が、そして平清盛(松山ケンイチ)と平忠正(豊原功輔)の甥と叔父が、敵味方に分かれている。京の都の只中で、身内同士での戦いが、ついに始まったのだ。

亡き白河院の屋敷である白川殿の門や賀茂川の河原を戦場に、壮絶な戦闘が繰り広げられる。


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第20回『前夜の決断』
2012年5月20日放送

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源義朝(玉木宏)は美福門院(松雪泰子)に変わらぬ忠誠を示し、たとえ親兄弟と殺しあうことになっても帝(松田翔太)を守る為に戦うと誓う。

一方、藤原頼長(山本耕史)のもとでは、源為義(小日向文世)とその家臣らが忠誠を誓っていた。
息子・義朝が敵方についたと知り、父子の戦いは避けられないと覚悟した為義は、義朝の乳兄弟として育った鎌田正清(趙珉和)に、義朝のもとへ行ってもよいと伝える。

決戦前夜、義朝は側室の常盤御前(武井咲)を都から避難させるため、洛外の由良御前(田中麗奈)の別邸に連れていく。


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第19回『鳥羽院の遺言』
2013年5月13日放送

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1155(久寿2)年8月、巫女の"口寄せ"で夭折した近衛帝が「何者かに呪詛された」と語り始める。
一方、巫女が言うとおり目に釘が打ち込まれた天公像が見つかると、どこからかそれは左大臣・藤原頼長(山本耕史)の仕業だとの風聞が立ち始める。反論もむなしく、にわかに頼長は朝廷内での立場が危うくなっていく。

そのころ源頼朝(玉木宏)は、息子の義平(浪岡一喜)を武蔵国に差し向けて異母弟・義賢(阪本浩之)を討ち取り、源氏重代の太刀「友切」を奪い取る。これを聞いた為義(小日向文世)は激怒。為義・義朝父子の関係は修復不可能となる。



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第18回『誕生、後白河帝』
2012年5月6日放送

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1154(久寿元)年、近衛帝(北村匠海)の容体に都じゅうが気をもむなか、鳥羽院(三上博史)の側近で、平氏とも親しかった公卿・藤原家成(佐藤二朗)が世を去る。
 
自分の世の到来を期待し、胸躍らせる崇徳院(井浦新)に対し、すっかり覇気を失った弟・雅仁親王(松田翔太)は乳母の朝子(浅香唯)をもとない美濃の青墓宿へと旅立つ。

雅仁親王は、そこで出会った白拍子・乙前(かつての祇園女御/松田聖子)の今様に、強く心を揺さぶられる。



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第17回『平氏の棟梁』
2012年4月29日放送

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歌詠みの宿題に困り果てた清盛(松山ケンイチ)は信西(阿部サダヲ)を頼るが、あっけなく断られる。
そのうえ、歌会での振る舞いが平氏一門の末来を左右すると言われ、清盛は重責を感じる。

そんな清盛の前に現れた源義朝(玉木宏)は、拍子抜けするほどさわやかに棟梁就任を祝い、側室となった常盤(武井咲)を紹介。清盛を驚かせる。

一方、源氏の棟梁・為義(小日向文世)は、義朝の異母兄弟・義賢(阪本浩之)を自邸に呼び出して源氏重代の太刀・友切Wお授けて、義朝のは以下となった東国にたてと命じる。


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第16回『さらば父上』
2012年4月22日放送

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高野山宝塔再建の働きがたたえられ、平忠盛(中井貴一)は刑部卿に、清盛(松山ケンイチ)は安芸守に任じられた。早速郎党たちと安芸へ渡った清盛は、国府の官人や厳島神社の杜司・佐伯景弘(温水洋一)から歓待を受け、海の幸も、山の幸も豊かなこの地に強い愛着を覚える。

そんな折、体調を崩した忠盛は、自分の身に万が一のことがあったときのためとみなを集め、平氏一門に遺言を伝える。そして、清盛以下4人の息子たちに形見分けを行ったうえ、その席で、次期棟梁は清盛だと正式に発表する。





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第15回『嵐の中の一門』
2012年4月15日放送

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宝塔再建を命じられた高野山を訪れた清盛(松山ケンイチ)は、陸奥国への長旅から戻った僧・西行(藤木直人)、かつての義清と再会する。

そのころ、藤原摂関家の兄弟の争いは激しさを増していた。
1150(久安6)年に近衛天皇が元服すると、すぐ左大臣・藤原頼長(山本耕史)の養女多子(まさるこ)(中田美優)が入内。これに警戒の念を募らせた摂政・忠通(堀部圭亮)は得子(松雪泰子)の養女・呈子(しめこ)(伊藤麻美子)を自分の養女にし、入内に向けて動き始める。忠道は入内を華々しいものにするため、見目麗しい女性を都じゅうから集め、呈子の雑仕女(ぞうしめ)を選べと命じる。

そして病人の母を抱えてる貧しい家の娘・常盤(武井咲)に白羽の矢が立つ。



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第14回『家盛決起』
2012.4.8放送

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蟄居から戻った忠盛(中井貴一)は、妻の宗子(和久井映見)が亡き舞子の形見の鹿角を見つけた事を知る。
正直に思いを打ち明ける忠盛に、宗子は舞子の血をひく清盛(松山ケンイチ)に目をかけ続けていては、実子の家盛(大東駿介)があわれだと訴える。

加茂の臨時祭の後、市場で義朝(玉木宏)と会った清盛は、酒をくみかわしながら家盛に舞人の座を奪われたとぼやく。

そんな2人の前に貧しい身なりの娘が現れ、酒を買ってほしいと懇願する。
内大臣・藤原頼長(山本耕史)は、家盛を自邸に招いて酒をふるまい、家盛の舞をほめたたえる。




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第13回『祇園闘乱事件』
2012年4月1日放送

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神輿に矢を射た事件の裁断を待つ間、清盛(松山ケンイチ)と忠盛(中井貴一)は検非違使庁に蟄居する。
そんな折、時子(深田恭子)が突然産気づく。もし男子が生まれたら、時子の愛情はそちらに向くのではと不安がる清盛の長男・清太(丸山歩夢)を、忠正(豊原功輔)は優しくなぐさめるのだった。

清盛たちの処分については、朝廷内でも真っ二つに意見が分かれる。
流罪にして、平氏の勢力を奪おうとする内大臣・頼長(山本耕史)に、信西(阿部サダヲ)は真っ向から反論。信西を友として信頼していた頼長は、思わぬ裏切りに憤る。

なぜ裁断を下さずに迷っているのか…。
そう問う得子(松雪泰子)に、鳥羽院(三上博史)は逡巡しながら本音を打ち明ける。




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第12回『宿命の再会』
2012年3月25日放送

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京では、数年前から起きていた強訴がますます盛んになる。
平氏一門は武力と財力で僧兵らを退け、鳥羽法皇(三上博史)の期待に応え続けるも、ついに棟梁の忠盛(中井貴一)が公卿になる事は許されなかった。

そのころ、清盛(松山ケンイチ)の館には、故・明子(加藤あい)の友人・時子(深田恭子)が清盛の息子たちの世話にたびたび訪れていた。
妻を亡くして荒れる彼に後添えをと声が出るなか、家臣の盛国(上川隆也)はひそかに、時子こそがふさわしいのではと考えていた。





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第11回『もののけの涙』
2012.3.18放送

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1140(保延6)年、崇徳天皇(井浦新)に待望の皇子・重仁が誕生する。
崇徳帝は反撃のチャンス到来とばかり、帝の座を重仁に譲り自分が政を行いたいと、鳥羽上皇(三上博史)に表明。しかし、それを聞きつけた得子(松雪泰子)は崇徳帝を言いくるめ、予定通り東宮・躰仁に帝の座を譲らせる。翌1141(永治元)年、躰仁が近衛天皇として即位。
鳥羽院は引き続き政の実権をにぎり、だまされたと知った崇徳帝は憎しみをさらに募らせていく。

その頃、東国にいる源義朝(玉木宏)は相模の波多野一族を家来にするなど、地域一帯の武士の多くを配下におくほどに武名を高めていた。台頭する得子の陰で、すっかり権勢を失った待賢門院璋子(壇れい)は、これまでの自身の振る舞いを省み、堀河局(りょう)らとともに仏門に入る。




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第10回『義清散る』
2012.3.11放送

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1139(保延5)年8月。
得子(松雪泰子)は、鳥羽上皇(三上博史)との間に生まれた待望の皇子・躰仁を東宮にしようと画策していた。しかし、鳥羽院がそれを望んでいないと察した得子は、中宮・聖子(大谷英子)の父である関白・藤原忠道(堀部圭亮)に接近。躰仁を崇徳天皇(井浦新)と聖子の養子にさせ、見事念願成就する。

そのころ、僧たちによる強訴が頻発し、清盛(松山ケンイチ)ら平氏一門はしばしば勅命を受けて彼らと戦闘。朝廷の中で、平氏の武力の重要性をさらに高めていた。一方、源義朝(玉木宏)は、東国において次第に武名をとどろかせ、着々と家臣を増やしていた。




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第9回『ふたりのはみだし者』
2012.3.4放送

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父・鳥羽院(三上博史)に疎まれ、不遇の日々を送っていた崇徳天皇(井浦新)。
子ができぬ自責の念から中宮にも距離をおかれ、一層孤独を募らせていた。
そのころ、清盛(松山ケンイチ)は義清(藤木直人)から、崇徳帝が鳥羽院の実の子ではないと知らされる。

翌年、朝廷の危うい均衡を破るがのごとく、得子(松雪泰子)が鳥羽院との間に始めて男子を産む。
その祝宴で、得子の執念に驚いた璋子(壇れい)は、期せずして周囲を傷つけていたことに涙する。
そんな璋子に、義清の心も揺すぶられ…。


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第8回『宋銭と内大臣』
2012.2.26放送

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宋との密貿易を行い、平家は大きな財を築いていた。
清盛(松山ケンイチ)も明子(加藤あい)と所帯を構えて落ち着いた日々を送りつつ、文化の進んだ宋との交易に心ひかれていく。
そのころ宮中では鳥羽院(三上博史)による宴が催され、庭には寵愛する得子(松雪泰子)が好きな菊が咲き乱れる。ここにはかつて、鳥羽院が璋子(壇れい)にささげた水仙が咲いていたが、得子の命で植え替えられていたのだ。そして得子は鳥羽院の子を再び身ごもった。
また、義朝(玉木宏)が東国修行に出ていて留守の源氏の屋敷に、熱田神宮大宮司の娘、由良姫(田中麗奈)が尋ねてくる。



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第7回『光らない君』
2012.2.19放送

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多大な犠牲は出したものの、見事に海賊を討伐した平氏一門。
清盛(松山ケンイチ)の乳父・盛康(佐戸井けん太)も、戦の傷が原因で落命するが、生前清盛は盛康に、漁師出身の友・鱸丸(上川隆也)を養子にしてくれるよう頼んでいた。
喜びに胸を震わせる鱸丸は、晴れて武士・"平盛国"となり、平氏一門に迎えられることになった。
海賊討伐の功績により、公卿に引き立てられることを期待していた忠盛(中井貴一)だったが果たせず、その代わりに清盛が鳥羽院(三上博史)から従四位下の位を授けられる。そのころ御所では、得子(松雪泰子)が鳥羽院の子を出産するが…。





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第6回『西海の海賊王』
2012.2.12放送

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清盛(松山ケンイチ)は父・忠盛(中井貴一)とともに、西海の海賊討伐へ向かう。
船上での戦に自信をもつ清盛だったが、初陣は厳しいものに。
そのころ、源義朝(玉木宏)らは、東国を目指して旅の途中。
尾張での道中、熱田神宮の供物を狙った盗賊を倒した義朝は、大宮司の藤原季範(山口良一)に境内に招き入れられ、そこで、季範の三女、由良姫(田中麗奈)と出会う。
一方、京の御所では、得子(松雪泰子)が鳥羽上皇(三上博史)の子を宿していた。



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