感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
第27回『宿命の対決』
2012年7月8日放送

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無事、京に戻った清盛(松山ケンイチ)だが、性急には動かなかった。
まず、清盛は中納言・信頼(塚地武雅)に恭順の意を示す為に首謀者の名簿を書き、さしだすことを提案する。平家一門は、この清盛の寛大な態度に驚きを隠せない。

清盛は名簿を家貞(中村梅雀)に持たせ、内裏へ向かわせる。
東国の粗野な源氏兵に占拠された内裏は、今や朝廷の体をなしていなかった。
朝廷を占拠した義朝(玉木宏)は、京に戻っていながら、なかなか攻めてこない清盛の態度に疑問を感じ、苛立っていた。

義朝の気持ちを他所に、清盛は宴を催し、さらに義朝側を油断させる。
清盛の本当の狙いは、敵方の気がゆるんだ隙に、幽閉されている後白河上皇(松田翔太)と二条帝(冨浦智嗣)を奪還することにあった。上皇と帝を奪われたままでは自由に動くことが出来ない。

無事、奪還に成功した清盛はいよいよ兵を動かす。清盛と義朝の対決がついに始まろうとしていた…。
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第26回『平治の乱』
2012年7月1日放送

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平治元年(1159)年、保元の乱以後、虐げられていた源義朝(玉木宏)は、貴族・藤原信頼(塚地武雅)と結託し、ついに決起する。

義朝は、後白河上皇(松田翔太)と二条帝(冨浦智嗣)を幽閉し、三条殿に火を放つ。
義朝の狙いは宮廷を牛耳る信西(阿部サダヲ)の首であった。
熊野詣に出かけていた清盛(松山ケンイチ)は、途中の紀伊で知らせを受け、即座に京へとってかえす。

一方、義朝に攻められて都を脱出し、逃亡した信西は山城の山中に穴を掘り、身をひそめる。
都では、源氏の義平(波岡一喜)が京へ戻る清盛を阿倍野で待ち伏せる策を出したが、反対された。
義朝は清盛の帰りを待っているのだと言い、兵を動かそうとしない。そんな中、山中に身を隠していた信西はついに発見され、自刃する。

早馬で京に戻った清盛と重盛(窪田正孝)が楝(あふち)の木の上に、驚くべき光景を見る。


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第25回『見果てぬ夢』
2012年6月24日放送

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出世を果たしていく清盛(松山ケンイチ)に対し、父を犠牲にしても、義朝(玉木宏)の身分は上がらなかった。いつしか義朝の心には無念の心が渦巻いていくなか、妻・由良(田中麗奈)が病に伏してしまう。
そうしたおり、義朝の嫡男・頼朝(中川大志)は初めて清盛と会い、その存在感に圧倒される。

一方、信西(阿部サダヲ)の権勢はますます増し、後白河上皇の近臣・藤原信頼(塚地武雄)は信西をけん制し始めていた。

そのころ、由良の病は重くなり、死の床に就いた妻を救うため、義朝は清盛から宋の薬を得ようとするが、由良は平氏に頭を下げてはいけないと強く良い残し、そのまま息を引き取った。

行き場を失った義朝は、常盤(武井咲)のもとへいくが、由良を失った寂しさは癒せず、今さらながら妻の支えの大きさを思い知るのだった。

信頼はそんな義朝を呼び出し、自分と手を組み、信西の首を取れともちかける。


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第24回『清盛の大一番』
2012年6月17日放送

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大学生・信西(阿部サダヲ)がとりしきる、後白河天皇(松田翔太)の政が始まった。
信西はまず手始めに内裏を修理し、宮中行事としての相撲節会を復活させるなど、精力的に政を行う。相撲節会開催は故事の復活をいうだけでなく資金集めの目的もあった。国の建て直しのため、税収入の徹底を始めた信西は、清盛を鎮西に送り、税を納めない太宰小弐・原田種直(蟹江一平)から税をとりたてることを命じる。

一方、清盛の長男・重盛(窪田正孝)は、叔父殺しを命じた信西につき従う父のやりかたに納得がいかず、父にすすめられた藤原成親(吉沢悠)の妹・経子(高橋愛)との縁談にもいまひとつ乗り気にならない。

鎮西で太宰小弐・原田氏を制圧した清盛は、そこで手に入れた茶器を使って、相撲節会で自分の名を高めるための一計を案じる。それは、その後、清盛が太宰大弐となり、さらなる出世を約束される計略となるものであった。


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第23回『叔父を斬る』
2012年6月10日放送


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清盛(松山ケンイチ)と義朝(玉木宏)に下された沙汰は、忠正(豊原功輔)と為義(小日向文世)を斬首せよ、と言う残酷な処置だった。

しかし、清盛も義朝も、時の権力者へと上り詰めた信西(阿部サダヲ)の命に逆らうことは出来なかった。清盛から沙汰を聞いた忠正は、運命を受け入れ、清盛自身が自分を斬れ、と命じる。一方、為義もまた義朝に、源氏の栄華のために己を斬れ、と語る。

そして六条河原と船岡山での斬首の日を迎えた。
ちょくぜんになっても清盛は叔父を、そして義朝は父を斬れずに苦しむが、やがて二人は苦悩の仲で決断を下す。

使命を終えた清盛を待っていたのは後白河帝からの宴への誘いだった。
後白河帝は、清盛に白拍子の舞を見せ、清盛の忠誠を確認する。

おさえられない感情を抱きながら、宴の席を去った清盛に、信西は「すべての重き荷を背負ってこの国の宝となれ」と語る。


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第22回『勝利の代償』
2012年6月3日放送

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保元の乱がついに終結した。
頼長(山本耕史)は逃げる途中に矢で重症を負い、崇徳上皇(井浦新)もまたあてどもなく山に逃れる。頼長は父・忠実(國村隼)の屋敷に救いを求めるが、門が開かれることはなく、ついに頼長は息絶える。

一方、勝利した後白河(松田翔太)側の清盛(松山ケンイチ)と義朝(玉木宏)もまた、対立した叔父・忠正(豊原功輔)と父・為義(小日向文世)の行方が分からぬまま、苦しい思いを抱えていた。清盛は忠正の行方を捜させ、由良(田中麗奈)もまた為義を探すよう指示を出していた。

数日後、さまよっていた敗軍の忠正と為義は捉えられ、清盛と義朝のもとへ戻される。
生き恥をさらすものかと抵抗する忠正だったが、清盛は、信西(阿部サダヲ)には自分から軽い罪で済むよう頼むから、今後も平氏の為に力を尽くしてくれと頼む。しかしその直後に、信西から清盛と義朝に下された沙汰は、信じがたいものだった。
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第21回『保元の乱』
2012年5月27日放送

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保元元年7月10日深夜、条項方と天皇方ではそれぞれ軍議が行われていた。
天皇方の義朝(玉木宏)と、上皇方の源為義(小日向文世)はそろって夜討ちをかけるのが最上策と上申するが、天皇方・上皇方両方の反応は異なっていた。頼長(山本耕史)は、夜討ちを恥ずべき卑劣な策と退け、信西(阿部サダヲ)は戦に勝つことだけを目的に、積極的に義朝の案をとりいれる。

翌7月11日寅の刻、ついに保元の乱の戦いの火ぶたが切って落とされる。
王家では後白河天皇(松田翔太)と崇徳上皇(井浦新)が敵対し、摂関家では藤原忠通(堀部圭亮)と藤原頼長が戦う。

この二派に味方して、源義朝と源為義の父子が、そして平清盛(松山ケンイチ)と平忠正(豊原功輔)の甥と叔父が、敵味方に分かれている。京の都の只中で、身内同士での戦いが、ついに始まったのだ。

亡き白河院の屋敷である白川殿の門や賀茂川の河原を戦場に、壮絶な戦闘が繰り広げられる。


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第20回『前夜の決断』
2012年5月20日放送

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源義朝(玉木宏)は美福門院(松雪泰子)に変わらぬ忠誠を示し、たとえ親兄弟と殺しあうことになっても帝(松田翔太)を守る為に戦うと誓う。

一方、藤原頼長(山本耕史)のもとでは、源為義(小日向文世)とその家臣らが忠誠を誓っていた。
息子・義朝が敵方についたと知り、父子の戦いは避けられないと覚悟した為義は、義朝の乳兄弟として育った鎌田正清(趙珉和)に、義朝のもとへ行ってもよいと伝える。

決戦前夜、義朝は側室の常盤御前(武井咲)を都から避難させるため、洛外の由良御前(田中麗奈)の別邸に連れていく。


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第19回『鳥羽院の遺言』
2013年5月13日放送

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1155(久寿2)年8月、巫女の"口寄せ"で夭折した近衛帝が「何者かに呪詛された」と語り始める。
一方、巫女が言うとおり目に釘が打ち込まれた天公像が見つかると、どこからかそれは左大臣・藤原頼長(山本耕史)の仕業だとの風聞が立ち始める。反論もむなしく、にわかに頼長は朝廷内での立場が危うくなっていく。

そのころ源頼朝(玉木宏)は、息子の義平(浪岡一喜)を武蔵国に差し向けて異母弟・義賢(阪本浩之)を討ち取り、源氏重代の太刀「友切」を奪い取る。これを聞いた為義(小日向文世)は激怒。為義・義朝父子の関係は修復不可能となる。



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第18回『誕生、後白河帝』
2012年5月6日放送

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1154(久寿元)年、近衛帝(北村匠海)の容体に都じゅうが気をもむなか、鳥羽院(三上博史)の側近で、平氏とも親しかった公卿・藤原家成(佐藤二朗)が世を去る。
 
自分の世の到来を期待し、胸躍らせる崇徳院(井浦新)に対し、すっかり覇気を失った弟・雅仁親王(松田翔太)は乳母の朝子(浅香唯)をもとない美濃の青墓宿へと旅立つ。

雅仁親王は、そこで出会った白拍子・乙前(かつての祇園女御/松田聖子)の今様に、強く心を揺さぶられる。



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第17回『平氏の棟梁』
2012年4月29日放送

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歌詠みの宿題に困り果てた清盛(松山ケンイチ)は信西(阿部サダヲ)を頼るが、あっけなく断られる。
そのうえ、歌会での振る舞いが平氏一門の末来を左右すると言われ、清盛は重責を感じる。

そんな清盛の前に現れた源義朝(玉木宏)は、拍子抜けするほどさわやかに棟梁就任を祝い、側室となった常盤(武井咲)を紹介。清盛を驚かせる。

一方、源氏の棟梁・為義(小日向文世)は、義朝の異母兄弟・義賢(阪本浩之)を自邸に呼び出して源氏重代の太刀・友切Wお授けて、義朝のは以下となった東国にたてと命じる。


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第16回『さらば父上』
2012年4月22日放送

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高野山宝塔再建の働きがたたえられ、平忠盛(中井貴一)は刑部卿に、清盛(松山ケンイチ)は安芸守に任じられた。早速郎党たちと安芸へ渡った清盛は、国府の官人や厳島神社の杜司・佐伯景弘(温水洋一)から歓待を受け、海の幸も、山の幸も豊かなこの地に強い愛着を覚える。

そんな折、体調を崩した忠盛は、自分の身に万が一のことがあったときのためとみなを集め、平氏一門に遺言を伝える。そして、清盛以下4人の息子たちに形見分けを行ったうえ、その席で、次期棟梁は清盛だと正式に発表する。





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第15回『嵐の中の一門』
2012年4月15日放送

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宝塔再建を命じられた高野山を訪れた清盛(松山ケンイチ)は、陸奥国への長旅から戻った僧・西行(藤木直人)、かつての義清と再会する。

そのころ、藤原摂関家の兄弟の争いは激しさを増していた。
1150(久安6)年に近衛天皇が元服すると、すぐ左大臣・藤原頼長(山本耕史)の養女多子(まさるこ)(中田美優)が入内。これに警戒の念を募らせた摂政・忠通(堀部圭亮)は得子(松雪泰子)の養女・呈子(しめこ)(伊藤麻美子)を自分の養女にし、入内に向けて動き始める。忠道は入内を華々しいものにするため、見目麗しい女性を都じゅうから集め、呈子の雑仕女(ぞうしめ)を選べと命じる。

そして病人の母を抱えてる貧しい家の娘・常盤(武井咲)に白羽の矢が立つ。



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第14回『家盛決起』
2012.4.8放送

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蟄居から戻った忠盛(中井貴一)は、妻の宗子(和久井映見)が亡き舞子の形見の鹿角を見つけた事を知る。
正直に思いを打ち明ける忠盛に、宗子は舞子の血をひく清盛(松山ケンイチ)に目をかけ続けていては、実子の家盛(大東駿介)があわれだと訴える。

加茂の臨時祭の後、市場で義朝(玉木宏)と会った清盛は、酒をくみかわしながら家盛に舞人の座を奪われたとぼやく。

そんな2人の前に貧しい身なりの娘が現れ、酒を買ってほしいと懇願する。
内大臣・藤原頼長(山本耕史)は、家盛を自邸に招いて酒をふるまい、家盛の舞をほめたたえる。




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第13回『祇園闘乱事件』
2012年4月1日放送

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神輿に矢を射た事件の裁断を待つ間、清盛(松山ケンイチ)と忠盛(中井貴一)は検非違使庁に蟄居する。
そんな折、時子(深田恭子)が突然産気づく。もし男子が生まれたら、時子の愛情はそちらに向くのではと不安がる清盛の長男・清太(丸山歩夢)を、忠正(豊原功輔)は優しくなぐさめるのだった。

清盛たちの処分については、朝廷内でも真っ二つに意見が分かれる。
流罪にして、平氏の勢力を奪おうとする内大臣・頼長(山本耕史)に、信西(阿部サダヲ)は真っ向から反論。信西を友として信頼していた頼長は、思わぬ裏切りに憤る。

なぜ裁断を下さずに迷っているのか…。
そう問う得子(松雪泰子)に、鳥羽院(三上博史)は逡巡しながら本音を打ち明ける。




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第12回『宿命の再会』
2012年3月25日放送

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京では、数年前から起きていた強訴がますます盛んになる。
平氏一門は武力と財力で僧兵らを退け、鳥羽法皇(三上博史)の期待に応え続けるも、ついに棟梁の忠盛(中井貴一)が公卿になる事は許されなかった。

そのころ、清盛(松山ケンイチ)の館には、故・明子(加藤あい)の友人・時子(深田恭子)が清盛の息子たちの世話にたびたび訪れていた。
妻を亡くして荒れる彼に後添えをと声が出るなか、家臣の盛国(上川隆也)はひそかに、時子こそがふさわしいのではと考えていた。





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第11回『もののけの涙』
2012.3.18放送

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1140(保延6)年、崇徳天皇(井浦新)に待望の皇子・重仁が誕生する。
崇徳帝は反撃のチャンス到来とばかり、帝の座を重仁に譲り自分が政を行いたいと、鳥羽上皇(三上博史)に表明。しかし、それを聞きつけた得子(松雪泰子)は崇徳帝を言いくるめ、予定通り東宮・躰仁に帝の座を譲らせる。翌1141(永治元)年、躰仁が近衛天皇として即位。
鳥羽院は引き続き政の実権をにぎり、だまされたと知った崇徳帝は憎しみをさらに募らせていく。

その頃、東国にいる源義朝(玉木宏)は相模の波多野一族を家来にするなど、地域一帯の武士の多くを配下におくほどに武名を高めていた。台頭する得子の陰で、すっかり権勢を失った待賢門院璋子(壇れい)は、これまでの自身の振る舞いを省み、堀河局(りょう)らとともに仏門に入る。




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第10回『義清散る』
2012.3.11放送

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1139(保延5)年8月。
得子(松雪泰子)は、鳥羽上皇(三上博史)との間に生まれた待望の皇子・躰仁を東宮にしようと画策していた。しかし、鳥羽院がそれを望んでいないと察した得子は、中宮・聖子(大谷英子)の父である関白・藤原忠道(堀部圭亮)に接近。躰仁を崇徳天皇(井浦新)と聖子の養子にさせ、見事念願成就する。

そのころ、僧たちによる強訴が頻発し、清盛(松山ケンイチ)ら平氏一門はしばしば勅命を受けて彼らと戦闘。朝廷の中で、平氏の武力の重要性をさらに高めていた。一方、源義朝(玉木宏)は、東国において次第に武名をとどろかせ、着々と家臣を増やしていた。




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第9回『ふたりのはみだし者』
2012.3.4放送

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父・鳥羽院(三上博史)に疎まれ、不遇の日々を送っていた崇徳天皇(井浦新)。
子ができぬ自責の念から中宮にも距離をおかれ、一層孤独を募らせていた。
そのころ、清盛(松山ケンイチ)は義清(藤木直人)から、崇徳帝が鳥羽院の実の子ではないと知らされる。

翌年、朝廷の危うい均衡を破るがのごとく、得子(松雪泰子)が鳥羽院との間に始めて男子を産む。
その祝宴で、得子の執念に驚いた璋子(壇れい)は、期せずして周囲を傷つけていたことに涙する。
そんな璋子に、義清の心も揺すぶられ…。


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第8回『宋銭と内大臣』
2012.2.26放送

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宋との密貿易を行い、平家は大きな財を築いていた。
清盛(松山ケンイチ)も明子(加藤あい)と所帯を構えて落ち着いた日々を送りつつ、文化の進んだ宋との交易に心ひかれていく。
そのころ宮中では鳥羽院(三上博史)による宴が催され、庭には寵愛する得子(松雪泰子)が好きな菊が咲き乱れる。ここにはかつて、鳥羽院が璋子(壇れい)にささげた水仙が咲いていたが、得子の命で植え替えられていたのだ。そして得子は鳥羽院の子を再び身ごもった。
また、義朝(玉木宏)が東国修行に出ていて留守の源氏の屋敷に、熱田神宮大宮司の娘、由良姫(田中麗奈)が尋ねてくる。



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第7回『光らない君』
2012.2.19放送

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多大な犠牲は出したものの、見事に海賊を討伐した平氏一門。
清盛(松山ケンイチ)の乳父・盛康(佐戸井けん太)も、戦の傷が原因で落命するが、生前清盛は盛康に、漁師出身の友・鱸丸(上川隆也)を養子にしてくれるよう頼んでいた。
喜びに胸を震わせる鱸丸は、晴れて武士・"平盛国"となり、平氏一門に迎えられることになった。
海賊討伐の功績により、公卿に引き立てられることを期待していた忠盛(中井貴一)だったが果たせず、その代わりに清盛が鳥羽院(三上博史)から従四位下の位を授けられる。そのころ御所では、得子(松雪泰子)が鳥羽院の子を出産するが…。





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第6回『西海の海賊王』
2012.2.12放送

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清盛(松山ケンイチ)は父・忠盛(中井貴一)とともに、西海の海賊討伐へ向かう。
船上での戦に自信をもつ清盛だったが、初陣は厳しいものに。
そのころ、源義朝(玉木宏)らは、東国を目指して旅の途中。
尾張での道中、熱田神宮の供物を狙った盗賊を倒した義朝は、大宮司の藤原季範(山口良一)に境内に招き入れられ、そこで、季範の三女、由良姫(田中麗奈)と出会う。
一方、京の御所では、得子(松雪泰子)が鳥羽上皇(三上博史)の子を宿していた。



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第5回『海賊討伐』
2012.2.5放送

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忠盛(中井貴一)に新たに男児・平五郎(のちの頼盛)が誕生し、清盛(松山ケンイチ)ら平家一門は、ひととき喜びに包まれる。 そのころ宮中では、鳥羽上皇(三上博史)が崇徳帝(井浦新)から政治の実権を奪還。一方で、崇徳の母であり、白河院の寵愛を受けていた璋子(壇れい)は、いまだ強大な権力を握ったままだった。
あるとき藤原長実(国広富之)が璋子を頼って御所を訪れ、娘の得子(松雪泰子)を鳥羽上皇へ入内させられないかと申し出る。璋子はその話を、夫の鳥羽上皇に何のためらいもなく進言。璋子を愛する鳥羽上皇の気持ちを逆なでし、激高させる。 宮中の不穏な空気や政治の乱れに乗じて、藤原忠実(國村隼)ら摂関家も、かつての権力を再び我がものにせんと、うごきはじめる

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第4回『殿上の闇討ち』
2012.1.29放送

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北面の武士として、御所に詰めることになった清盛(松山ケンイチ)。
そこで文武両道にたけた佐藤義清(藤木直人)と出会う。義清は、璋子(壇れい)と女房たちの歌合の場でも、堀河局(りょう)の歌に適切な意見を述べ、才気煥発ぶりを見せる。武芸には自信がある清盛も、歌には全くついていけず、武士として頭角を現すことの難しさを思い知るのだった。
そのころ、平氏に大きな吉報が舞い込む。忠盛(中井貴一)が功績を認められ、武士として初めて、内裏・清涼殿に上がる事を許されたのだ。
一方、貴族たちの中には、平氏の出世を面白くなく思うものもいた。そのひとり、摂関家の藤原忠実(國村隼)は、配下の武士、源為義(小日向文世)をそそのかす。



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第3回『源平の御曹司』
2012.1.22放送

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清盛(松山ケンイチ)は相変わらず生家に寄りつかず、西海で、宋剣を手に船の警護役を続ける日々。
海賊船を追い払った報酬の米を貧しい村人に分け与えては、自己満足していた。
ところがある日、賊を退治していた清盛たちが過って捕らえられ、京へと連れ戻されてしまう。検非違使に引き渡される寸前、忠盛(中井貴一)に見つけられ縄を解かれた清盛は、京に残ることを余儀なくされる。
そのころ、政権は鳥羽院(三上博史)のものに。その鳥羽院から、忠盛にお召しがかかる。鳥羽院を苦しめ続けた白河法皇の信頼も厚かった忠盛。しかも、嫡男・清盛はその白河法皇の落とし胤とのうわさがある。
鳥羽院は、清盛を北面の武士として仕えさせることで、自分への忠盛の心を示すよう言い渡すのだった。



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第2回『無頼の高平太』
2012.1.15放送

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自らの出生の秘密を知った平太(松山ケンイチ)は、洛中の賭場をうろつくなど無頼の日々を送っていた。
平氏の跡継ぎにふさわしくない振る舞いの数々に、叔父・忠正(豊原功補)ら一門は頭を悩ませる。
しかし、父・忠盛(中井貴一)は、平太に早く嫡男としての自覚を持てという代わりに、年明けに元服の儀があることだけを告げる。
一方世間では、独裁者として君臨し続ける白河法皇(伊東四朗)が出した殺生禁断令が、狩にも漁も禁止したことで、民の暮らしはますます苦しくなっていた。そんななか、平太と兄弟のように仲のよい鱸丸(上川隆也)の父・猟師の滝次(河原崎健三)が、その命に背いたとして捕らえられてしまう。



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第1回「ふたりの父」
2012.1.7放送


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1118年の京。
300年の平安を誇った貴族の世も乱れ、武家である平氏の嫡男・平忠盛(中井貴一)は、朝廷に命じられるまま、盗賊討伐を行っていた。ある日、忠盛は物乞い姿の女と出会う。舞子(吹石一恵)と名乗るその女は、御所に出入りする白拍子で、時の最高権力者・白河法皇(伊東四朗)の子をみごもっていた。おなかの子が禍をもたらすため、流せと命じられたところを逃げてきた舞子。そんな彼女を忠盛は、おってである源氏の追及から助け、自分の屋敷の納屋にかくまう。その後舞子は出産。人を斬ることに疲れていた忠盛と舞子は、やがて心を通い合わせるようになる。



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2012年12月23日放送

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治承5(1181)年、清盛(松山ケンイチ)は熱病に倒れた。病は重篤で、意識を失った清盛は生霊となって西行(藤木直人)のもとへ現れた。西行と向き合い、語り合った清盛は、自分の人生の意味を知る。

一方、京で病に伏す清盛の肉体のもとへは、続々と人々が駆けつけたが、病床にあるにも関わらず、口々にこれからの心配ごとを訴える。最期のときを迎える清盛の胸を占めるのは、平家の行く末への不安よりも「武士の世」の実現ばかりであった。

清盛の死を境に、平家一門の運命は坂をころがるように変転していく。
天才的な強さを見せる武将となった源義経(神木隆之介)の軍勢に追われ、平家一門はかつての勢力基盤だった瀬戸内海を西へ西へと敗走していく。寿永4(1185)年3月、ついに壇ノ浦で決戦を迎えた。

平家の敗北を悟った時子(深田恭子)は安徳天皇を抱いて海峡に沈み、平家一門が次々に後を追った。


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第49回『双六が終わるとき』
2012年12月16日放送

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治承5(1181)年、平家は憂うつな年明けを迎えていた。平家を悪行三昧と忌み嫌う風潮が、国中にいきわたっていたのである。そんな折、清盛(松山ケンイチ)の頼みの綱だった高倉院(千葉雄大)Tが崩御した。わずか21歳である。安徳天皇はまだ幼く、平家は、朝廷でのよりどころを失った。力を失いつつある清盛の前に再び後白河法皇(松田翔太)が現れ、清盛を挑発する。

一方、鎌倉のもとには、梶原景時(浜田学)をはじめ、続々と坂東の武士たちが集結する。頼朝は彼らを御家人と呼び、新たな「武士の世」の政治体制の原型を作り始めていた。頼朝の国づくりを伝え聞いた清盛は、亡き義朝と誓い合った武士の世が、頼朝によってひきつがれていることを知る。それは、平家の世に揺さぶりをかけることになると知りつつ、清盛は嬉しさを感じていた。

後白河法皇と最後に対峙した清盛は、これより先は、朝廷は力を失い、武士同士が覇権を争う世になる、と後白河法皇に語る。


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第48回『幻の都』
2012年12月9日放送

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富士川の戦いでの惨めな敗戦に激怒し、忠清(藤本隆宏)を斬ろうとして転倒した清盛(松山ケンイチ)は、憔悴感に苛まれていた。そんな清盛に、棟梁・宗盛(石黒英雄)から福原から京への環都の申し出があった。

反平家の勢力は日ごとに増し、京の都を留守にするのは現実的ではなかった。宗盛の涙ながらの訴えに、清盛もついに環都を受け入れざるをえなかった。安徳天皇を頂いて福原で最初で最後の五節の会が行われ、その宴をもって京へ環都する。

環都の知らせを聞いた頼朝(岡田将生)は、清盛がなにを求めて武士の世を目指しているのか、わからなくなり、清盛の過去を知る弁慶(青木崇高)に、若いころの清盛のありようを聞く。若き日、故意に神輿に向けて、矢を射た清盛のことを聞き、頼朝は、清盛の目指す世も、父・義朝が目指し、いまの自分が目指す世も同じものであることに思い至る。

そんな時、反平家の兵を挙げた南都・興福寺を攻めた平家軍の火が興福寺・東大寺の伽藍を消失させるという事件が起こる。


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