感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
『平家盛』語録
平清盛の血は繋がない弟「平家盛」の印象的な言葉を集めました。

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(これ以外にも気になるセリフなどありましたらお気軽にコメントしてください)

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2014.8.7記述

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笹本稜平の小説『春を背負って』のスピンオフ作品「ゴロさんのテラス(全5話)」が無料公開される。第1話は雑誌『ダ・ヴィンチ』9月号と、「ダ・ヴィンチニュース」で、2話以降はJTが運営するWEBサイト「ちょっと一服ひろば」での公開となる。

『春を背負って』は父の遺志を継いで山小屋の若き経営者となった長嶺亨を主人公とした、6編からなる爽やかな山岳連作小説集。2014年6月に、木村大作監督、松山ケンイチ主演で映画化された。

 今回無料公開されるスピンオフ「ゴロさんのテラス」の主人公はホームレスのゴロさんこと多田悟郎。会社が倒産し借金を抱えホームレスになりながらも、その生活を受け入れて生きてきたゴロさんは、あることから父親の後を継いだ長嶺亨の山小屋を手伝うことになる。その若き山小屋の主である亨も会社を辞めて山に入ってきた人間だった。亨はかつて電気メーカーで半導体の研究職についていたが、個人を正当に評価しない会社への失望から仕事への意欲をなくし自殺を考えるほどに追い込まれた過去があった。

 第1話では山小屋でのゴロさんの生活と、ゴロさんが亨を手伝うことになったあるきっかけが描かれる。今回でJT「ちょっと一服ひろば」は第11回目を迎える。各作品では、公園の広場や、レストランの喫煙コーナーなどさまざまな「一服ひろば」が描かれてきたが、今回の「一服ひろば」は過去最高の眺望を持つ意外な場所が描かれる。

JT「ちょっと一服ひろば」『春を背負って』番外編 ゴロさんのテラス

第一話はこちら
第二話は
こちら
第三話はこちら
第四話はこちら
第五回はこちら

こちらはあくまでも原作のその後の物語になっています。6年も経っているようですが、ゴロさんの勇夫さんそして亨に対する思いがじんわりしてきます。早く続きが読みたいです。

8月25日午後9時からTBS系で放送予定です。

公式サイト表紙001

1945年(昭和20年)7月── 
戦況は悪化を極め、開拓団に入れば軍隊に取られないと言われていた民間人も軍に徴兵され、それぞれの開拓団には多くの女性と子供たちが残されていた。日本軍は防衛線を南下させる作戦に方針転換したが、開拓民も一緒に避難を始めれば、作戦がソ連に知られてしまうことを恐れ、彼らには状況を知らせることはしなかった。

8月9日──
広島に続き長崎にも原子爆弾が落とされたのと同じ日に、ソ連軍が国境を越え、満州へ侵攻を開始。開拓民たちは避難を余儀なくされた。
戸田英一(松山ケンイチ)たちが必死でソ連軍と戦っている頃、三江省にある静岡村開拓団の水野有希子(二階堂ふみ)と母・有枝(伊藤かずえ)、弟・勝(二宮輝生)、妹・かよ(矢崎由紗)は着の身着のまま他の村民たちと駅へと急いだ。途中、有希子の生徒・佐竹三郎(加藤清史郎)と再会を果たすが、三郎の母は爆撃で既に命を落としていた。父を兵隊に取られ、ひとりぼっちの三郎は有希子たちと行動を共にする。
がしかし、列車は開拓民たちの前を通り過ぎていく。置き去りにされた有希子たちは、満州の首都・新京まで、およそ600キロの道のりを歩くしかなかったが、その道のりは苦難の連続だった。当時、日本人が匪賊と呼んだ現地の人々が襲って来たり、ソ連軍の攻撃を受けたり、多くのものが道中で命を落とした……。

8月15日、終戦──
日本は終戦を迎えたが、満州ではなおも戦いが繰り広げられ、爆撃を受け、倒れた英一が左腕の激痛と共に目覚めたとき、あたりには誰もいなかった。それから、やっとの思いで新京の関東軍司令部まで辿り着いた英一だが、そこは関東軍が去った後で、そこで初めて日本が負けたことを知る。
新京の街を彷徨い、“日本鬼子(リーベンクイズ)”と呼ばれ、満人から殴る蹴るの暴行を受けた英一が再び目覚めたのは、新京の中心地、日本人居住区にある小学校校舎だった。

「満州に行けば土地が手に入る」「豊かな人生が待っている」
王道楽土、夢と憧れを抱いて満州へと渡った日本人たちの末路とは?
そして英一と、子供たちの運命は!?
歴史の中に埋もれていた、敗戦後の辛い時代を懸命に生きた日本人の姿が蘇る……。






「王様のブランチ」インタビュー


2014.8.27記述

“終戦69年”ドラマ特別企画「遠い約束~星になったこどもたち~」8月27日(水)よる11:00より見逃し配信スタート!
TBSオンデマンドホームページは
こちら


「遠い約束~星になったこどもたち~」公式サイトは
こちら
「遠い約束~星になったこどもたち~」ツイッターはこちら


最終更新日:2014.8.27



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2014.8.25記述



ケンちゃんが「いっぷく」からラジオスタジオに付く間は宝田明さんがご自身の当時の話などをしておられたようです。

そして「いっぷく」のスタジオからケンちゃん到着。
始めてお目にかかります宝田明さんとケンちゃんのご挨拶。

1宝田さんが(終戦時)11歳くらいでしたから(宝田さんの年齢)(子役の)清史郎は随分変わりました。

宝田さんとケンちゃん、子供は本当に素晴らしかった。

戸田英一の役に関して。

収容所に行き着くまでも大変で、ロシアの兵士に略奪されたり、暴行受けたりとか、土地の人達(中国人)卑属と呼ばれている人達からも負われて、子供たちは上手く逃げられたけど、親は逃げられなかったりして、子供たちだけ収容所に暮らさないといけない事もあったりして。清史郎君たちは親がなくなったので自分たちで生活をしていた中に、自分が入っていくことになります。

撮影場所jは?
日本でオープンセットや中国のオープンセットとか、長春での撮影もありました。

撮影どうだったですか?
ただ辛かったですね。僕は実際経験してないので、その時の苦しみとか辛さなんかは聞く事でしかわからないけれど、どんどん暗い気持ちになっていきますし、辛いと言う気持ちが多くて、現場に行きたくなかったですね。だけども、これは凄いなと思ったのは、子供たちが笑顔でいてくれるんですよね。それに救われました。なかなかこの題材と云うのは描かれててないじゃないですか?ぼく自身もこの台本を見るまで知らなかったですから。

先週は仲代さんが出演してくださり「男たちの大和」で同じ人物を演じて、今日もまた同じ役を演じてる2人です。

子供たちとやっていて情が移っていくというか撮影期間は?
1ヶ月ちょっとですね。色んな子供の姿を観て、こちらの演技も変わってくるんですよね。今思うと一つ一つ子供たちが発するもので演技をさせてもらえているんだなと思いました。

あるシーンを音を聞いてもらいます。
その子はお母さんとおへそを見るとお母さんだと言う事をずっと信じて話しているんですよね。

両親は戦争は知らないですね。学生運動は見たと言ってますけど、戦争は・・・知らないですね。

松山さんは子供がいますが、子どもを戦争に行かせることはいやですよね。
絶対いやですね。ぼく自身行くのもいやだし、僕はこういうドラマは意味があると思うのでこの苦しみを受け止めていかないといけないなと思います。

ただ、その時の感覚と今の僕らの間隔は違うと思うので、白といわれたものは白という教育をされていたと思うのでいきなり黒といわれて戸惑いますよね。

大雑把なないようで申し訳ないですが、大体こんな話、あと宝田さんも色々当時の話もしてくださいました。
沢山の人に観ていただきたいです。さて次は「ひるおび」ですね。



聞けなかった前半の宝田明さんの経験談の部分をUPして下さっている方がおられましたの是非聞いてみてください。



2014.8.25記述
まんたんウェブより

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ドラマからドキュメンタリー、バラエティー、アニメまで、さまざまなジャンルのテレビ番組について、放送前に確認した記者がレビューをつづる「テレビ試写室」。今回は、25日午後9時に放送される終戦ドラマ「テレビ未来遺産“終戦69年”ドラマ特別企画 遠い約束~星になったこどもたち~」(TBS系)だ。

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2014.8.24記述



昨日のジョブチューン面白かったしためになりましたよね♪

サンディはケンちゃんの様子を観て「松山君はまるで農家の研修に来た人のようやな(本格的に農業をしてる人のようだと)」と(笑)

あと、本当に真剣に農家の人の話を聞いていたし、嬉しそうに野菜をバクバク食べていましたね。誰かが言った事を天丼(同じ事をかぶせて言うこと)しておりましたね(笑)でもお皿はもって食べていただきたいかも?(笑)二階堂ふみちゃんも見事な食べっぷりでしたね。面白かったのは最後の牛乳。普通の牛乳とジャージー牛乳の飲み比べ、みんな分かりやすいというか、望叶ちゃんは両方飲んでいましたけど、ふみちゃんは普通の牛乳殆ど飲んでなくて、でもジャージーの方は全部飲んでいましたね。そのあとで「牛乳は苦手だけど…」本当なんだろうなって。

そして、ケンちゃんといえば…殆ど口をつけてない。飲んでるように見せてるけど飲んでないね。牛乳苦手なのかな?

両方ともほぼ飲んでない状態だったものね。意外な発見。私も牛乳(ヨーグルト以外の乳製品が苦手)ダメだから…基本的に口につけたものは残さない人だから(作ってくれた人達に失礼だと思っておられるみたいだから)苦手なものがでてきた時かなり大変だよね。でも意外な一面を見れたファンは嬉しかったりするけど。レタスのちぎり方とか家に帰って子供たちの前でやってそうだなって(笑)

サンディもこういう農家の人達が美味しい野菜の見分け方とか、食べ方とか紹介してくれる番組が沢山出来るといいのになって、来年ピーマンを作る時には華が6枚のやつだけ残して他のは切り落とそうかとか言っておりました(笑)
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2014.8.23記述

Rain Ice Bucket



Rainアイスバケットチャレンジ


歌手Rainがアイスバケットチャレンジに参加することになった理由が話題だ。
Rainは23日、所属会社キューブエンターテインメント公式Youtubeチャネルを通じてアイスバケットレンジ参加認証映像を公開した。

公開された映像の中、Rainは「アイス バケット チャレンジ キャンペーンに参加する気持ちは非常に意味深い。 私に'ピ'という名前でデビューさせてくれた師匠であり、父と慕う人がこのルーゲリック病(ALS)で3年闘病中」といい「いつもどうすればホン・スンソン会長に助けてくださった恩と感謝の気持ちを表現できるんだろうかと迷っていました」と告白した。

キューブエンターテインメントのホン・スンソン会長は以前から闘病中という事実は知らされていたが、正確な病名に対しては明確になっていなかった。 Rainがホン・スンソン氏に対する尊敬心と真心を込め、初めて公開した。

Rainは「現在の国内の某大学病院でルーゲリック病の治療のための新薬を開発している。 良い意味で寄付します」と1億ウォンの寄付をした事実を明らかにして「今後も沢山の関心を持ってくれると良い」と付け加えて温かさをかもし出した。

引き続きRainはアイスバケットチャレンジの次の走者に歌手PSY、俳優のイ・ビョンホンとハリウッド スター、ミーガンフォックスを指名した。

日本でもいろんな人がチャレンジしていますね。
でも、Rainの場合は単に指名を受けたからやっているということではなかったわけですね。
ホン・スンソン会長といえば、JYPの時代からいつも彼を見守ってくれて、そして兵役から戻ってきた時も自分の事務所に迎え入れてくれて、Rainにとっては本当になくてはならない人の1人。

病気なのは聞いていたけれど、ALSだったとは…
闘病しながらもお仕事もまだ精力的に頑張っていらっしゃるんですね。
Rainにしたらそんな会長の姿を見ながらきっと自分も頑張らないとと思っていたことでしょう。

そしてこのタイミングでこの様な運動が起きて、良いタイミングだったのかも知れませんね。
本当に大切な人の為に大量の氷水を被り(笑)そして会長と同じ病気で苦しんでいる人達の為に寄付をして、早く多くの患者の方の為に新薬が出来るといいですよね。Rainにとってはこの運動は単なるイベントやパフォーマンスではないとても意味ある事でしたね。







2014.8.22記述
読売新聞より

◆原作は小田原の元従軍者の小説

 

終戦後、旧満州(現中国東北部)に取り残された日本人孤児の悲劇を描いた小田原市の元小学校教諭増田昭一さん(86)の小説がドラマ化され、25日にTBS系で放映される。満州で従軍した増田さんが、実体験に基づき、「孤児たちが生きた証しに」と書いた物語だ。(中村良平)

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制作中 悔しさ悲しさ真っ直ぐに
2014.8.22記述
読売新聞番組ガイドより



終戦後の満州(現中国東北部)の難民収容所を舞台にした「テレビ未来遺産"終戦69年"ドラマ企画 遠い約束~星になったこどもたち~」が25日午後9時から、TBS系で放送される。主演の松山ケンイチに番組にかける思いを聞いた。


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2014.8.22記述
赤旗より



「満州」(現中国東北部)を題材にした作品で、戦後の難民収容所、とくに子どもたちを描いたドラマはほとんどありませんでした。それに挑んだのが、TBS系で25日に放送される「遠い約束~星になったこどもたち」(後9.0)です。(小寺松雄)
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2014.8.22記述
Kiss PRESSより

神戸・清盛隊 三周年記念演舞『甦・最期の瞬間』

 

神戸の魅力を全国に伝える使命を担った神戸・清盛隊。2012年に誕生し、平清盛をテーマとした館「歴史館」を本拠地に神戸市の広報の顔として様々な活動を行う。歴史館の閉館の後、一旦の活動休止となっていたが、たくさんのファンの声に応えて復活を果たした。活動の幅をさらに広げてついに三周年を迎え、9月26日(金)に三周年記念演舞『甦・最期の瞬間』を行う神戸・清盛隊にインタビューした。

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原文はこちら

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2014.8.14記述
BARKSより
清塚信也テーマソング担当001 

清塚信也の新曲「遠い約束」が、8月25日にオンエアされるTBS系ドラマ『テレビ未来遺産“終戦69年”ドラマ特別企画 遠い約束~星になったこどもたち~』のメインテーマに使用されることが明らかになった。

同ドラマの原作は、増田昭一作「満州の星くずと散った子供たちの遺書」、「戦場のサブちゃんとゴン」、「約束」(夢工房 刊)。本作では、24万5000人もの命が散ったという満州の難民収容所が舞台に、懸命に生きる孤児たちの姿が描かれている。

主演を務める松山ケンイチと清塚は、映画『神童』で松山演じる主人公、ワオがピアノを演奏するシーンで、清塚が吹き替えを担当したことがきっかけとなり、プライベートでも連絡を取り合うなど、親交の深い仲だそう。なお、2人がドラマ作品で共演するのは今回が初となる。

また、撮影現場を表敬訪問した清塚は、「かねてより親しくさせていただいている松山ケンイチ氏と、“役者と音楽家”という関係で初めて共演することができて、特別な思いでいっぱいです。撮影現場を訪問させていただきましたが、俳優陣、制作チーム、どちらも言葉にはださない深いところで、みんなそれぞれの思いを抱きながら撮影に臨んでいる……そんな空気を感じました。いち表現者として戦争にまつわる作品への取り組みは、そう簡単ではありません。なので、こうした大きなきっかけを作れたことで、自分の中で新たな一歩を踏み出せたと思っています。」とコメントを寄せている。

全文はこちら

信ちゃんのつぶやき
TBSのドラマの音楽の作曲と演奏をさせていただきました。テーマだけでなく、アレンジや劇中の音楽全てをやらせてもらったこの作品、ケンイチとの巡り合わせも当然思い入れの強くなる要素でした。
お時間あれば、ぜひご覧下さいませ。

「戦争」という題材は、あらゆる表現者にとって特別なものであり、そう簡単に扱えるものでもないと思う。
でも、今回こういうきっかけが出来て、やっと向かい合って表現出来る事が出来た。戦争に対する悩みや葛藤、非力感などはこれからも続くだろうけど、逃げないで生きたいと思います。

松山ケンイチ氏(こんな呼び方は水臭いのだけど)とは1年ぶりだったかな。役者というのは皆、どうも「進歩」に対して非常に貪欲らしい。「前回からどれだけ変われたか」というのを大きなポイントにしてる気がする。
音楽家にはありそうでない感覚。ただの進歩ではなく、「変化」を伴った進歩。

直接的なコラボではないけれどファンとしては本当に嬉しい。作品はシリアスではあるけれど、今の2人だから感じられる何かがきっと作品に表現されている事と思うと楽しみです。

やっぱりね、現場で会えて、それがケンイチだから特別ではありますね。

質問(^o^)/この作品の音楽をを作る時って、映像や資料を見てから作られたのかそれとも全くのイメージで作られたのでしょうか?

僕の場合出来るだけ資料を観たいとせがんでわがまま言います…。でも現場にもお邪魔させて頂いたし良かった〜


そういわれたらそうか…「MBP」も映画だもんね。
僕らの音楽でコラボしたいと言っていたけど、その時の思いとは違うけれど、ファンにとっても仲の良い2人が1人は主演でもう1人は音楽で作品を作り上げて行くなんて素敵だよね。 嬉しい限り。あの時から気が付けば2人とも家族を持ってそれぞれ父親ですものね。一体どんな音楽でドラマを盛り上げてくださるのか楽しみです♪

信ちゃんはいつも返信を書くと返事をくださいます。本当にこちらが時に面白く、真面目にたずねてもその時々ちゃんと考えてくださって、そういうところが素敵です。



2014.8.13記述
インターネットTVガイドより

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8月25日放送のTBS系「テレビ未来遺産“終戦69年”ドラマ特別企画 遠い約束~星になったこどもたち~」(午後9:00)では、松山ケンイチ演じる主人公の日本軍中尉・戸田英一のまなざしを中心に、終戦直後の満州(現・中国東北部)の難民収容所で懸命に生きる孤児たちの姿が描かれる。松山は、「“こんなことがあったんだ”という衝撃と悲しさが原作や脚本から伝わってきました。だからこそ、この作品は絶対にたくさんの方に見ていただきたい」とドラマの意義を訴えている。

 氷点下20度の極寒の収容所で食べるものがなく、頼る親もなく、肩を寄せ合って懸命に生きる子供たちと、それを見守るしかない大人たち。原作者・増田昭一氏の実体験を基にした同作品で描かれるのは、戦争が終わってから始まった悲劇だ。精神的につらい芝居になったが、そんな中でも笑顔で歌を歌い、前を向こうとする劇中の子供たちの姿から、「ただ悲観的になるのではなく、この悲しさをどうやったら乗り越えていけるだろうかと、それぞれが抱えて生きているんです」と物語に込められたテーマをつかんだ。

 戦争を知らない世代ではあるが、松山が作品を通じて痛感したのは「やっぱり戦争は本当にやってはいけないこと。人が殺し、殺されるのはすごく恐ろしい」ということ。さらに、「残された人たちの悲しさは、ものすごいものなんだということがきちんと伝わらなければならない」と、その時代背景や戦争に翻弄(ほんろう)された人々に思いをはせている。

 ドラマの冒頭では、中国の長春を訪れ、当時を知る証言者たちに話を聞くドキュメンタリー部分もある。「僕に話をしてくださった方の一人は、60年かけてやっと今回話すことができたとおっしゃっていました」と明かし、「それだけ重く、思い出したくも、しゃべりたくもない話なのだと思いました。それでもお話をしていただいたわけですから、それを僕がきちんとドラマの中で、役を通して表現しなくちゃいけないと思う」と強い決意をにじませている。

きっとこの作品を選んだのも、今、彼自身も子供の親として伝えたいものがあったからではないかと思います。
私の母も満州(長春で撮影された七五三の写真もあります)に住んでいましたが、開拓団ではなく、満鉄関連の仕事で家族で住んでおりましたが、母が小学2年に上がる前に祖父(母の父)の病気が悪化して仕事が出来なくなり、日本に引き上げてきました。終戦の1年半前くらいになりますね。だから、終戦後の満州の動乱に巻き込まれる事もなかったのですが、母の中国での思い出は中国人の人達がとても優しかったと。

でも一歩間違えれば、どうなっていたかわかりません。同じ戦争を経験しても100人いれば100通りの物語があり、中国人の人たちもそれは同じ。日本人に対して辛い目にあった人もいれば、日本人と友好的だった人もいます。それぞれのおかれている立場で本当に色んな思いがあると思います。ドラマではそういう人達がいたということを改めて私たちに教えてくれるんですよね

どういう物語になるのか、つらいことは承知の上で、でも誰が悪いとは別ににして、戦争ということの結果の後にはこういう人達もいたと言う事を感じみたいなと思います。



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