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感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2011.5.25記述
asahi.comより

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映画「マイ・バック・ページ」(28日公開)は、学生運動が高揚した1970年前後を、76年生まれの気鋭、山下敦弘監督が描いた話題作だ。学生運動を知らない世代による映画を、作詞家の松本隆さん(61)、映画監督の森達也さん(55)、作家の西加奈子さん(34)の3人が評した。(構成・西田健作)



原文はこちら

◆あの頃の若さの痛み 作詞家・松本隆さん

松本隆


誰にとっても自分の青春とは、挫折と敗北に彩られた痛ましいものだ。この映画の舞台になった69年から72年という時代は、見事にぼくがいたバンド、はっぴいえんどの活動期とリンクしている。映画の主人公たち、内気な記者と似非(えせ)革命家が暗い葛藤を繰り広げている頃、銀幕には映らないが、ぼくらは日本語のロックの旗を掲げて、我が国の陰湿な音楽文化を変革しようと戦っていた。当時、ぼくの周囲にも左翼くずれの人たちがいた。だがぼくは音楽は音楽だけで完成すべきと考え、自分の言葉から政治の色を排除してきた。

 山下敦弘監督と脚本の向井康介さんは、主人公たちの心情を理解しながらも、逆に突き放すような冷徹なレンズを向け、その距離を最後まで綺麗(きれい)に保った。時代の強固な壁の前で、右往左往する若さの痛さをえぐっている。

 と同時に、3・11以降の情報隠蔽(いんぺい)問題など、ぼくらが今直面している問題を二重写しに描き出している。



◆答えなき取材の悩み 映画監督・森達也さん

森達也


ジャーナリズムの現場においては、取材源を秘匿するという大原則がある。でも国民ならば捜査に協力するのは当然だとの考え方もある。国家権力や取材対象とはどの程度の距離を置くべきなのか。沢田は悩みながらも結論を出す。映画の中で示されるその経緯は、40年近く前に川本三郎が選択した道筋でもある。

 メディアは懲罰や捜査機関ではない。国家権力監視が最大の使命なのだから、厳然とした一線を引くべきだ。だから僕は沢田の行動を支持するけれど、これは万人にとっての正解ではない。なぜならジャーナリズムの現場は徹底してケース・バイ・ケースなのだ。人や状況を既存の方程式に代入すれば答えが出るというものではない。手間がかかるけれど仕方がない。答えは当事者しか決められない。

 沢田は悩み続ける。このままではカタルシスが得られない。だからこそラストカットが意味を持つ。大げさではなく、邦画史に残されるべき名場面だと思う。



◆時代違っても人は人 作家・西加奈子さん

西加奈子


全共闘運動といえば、ぽつりイメージだけが浮かぶも曖昧(あいまい)、分かるのは私のように無知な者をよせつけない、暗い穴のような禍々(まがまが)しさだけだ。同世代の監督がその時代を描く勇気はいかほどだったろうと思うも、映画を見て、強烈に腑(ふ)に落ちた。「こういう奴(やつ)おる!」。監督は、時代を描きながら、やはり徹底して人間を見ている。例えば「僕たち本物になれるんですよ」という梅山の言葉、「時代」が彼の背中を押しているのは間違いないが、いつだって「本物になれなかった」人間ばかりで、挙句(あげく)その「本物」の実態すら曖昧(あいまい)なのだ。ひとりの人間を殺してまで目指した曖昧な「本物」って何なのだ!

 もう、ずっと、胸が苦しかった。「梅山」は、戦時中も幕末もいたのだろう。そして今もいる。命を相手にする勇気はないまでも、霞(かすみ)のような「本物」を目指す人間は、きっといる。「マイ・バック・ページ」は、人間は、今までもこれからも、ずっと人間なのだと言っているのだと思う。


理解できなくてもいいと思うんです。
あの時代、あの事件その渦の中にいた人たち自身もきっと多くの人たちにもきっとわからないことなのかもしれないから。
それをその時代を知らない人たちが理解できるわけもないだろうし。

理解できないことそれも一つの答えなのかもしれないし、この作品をきっかけに色々この時代の事を知るという事もこれまたいいんじゃないかなと思うんですけどね。
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