感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2011.6.23記述
yapcinemageより

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いよいよ今週末5月28日より公開となる『マイ・バック・ページ』。
本日は、革命を目指す活動家 梅山を演じる松山ケンイチさんと、梅山を尊敬し一緒に活動する柴山を演じた中村蒼さんのインタビューをお届けします!


 
本日はよろしくお願いいたします。
まず、それぞれどのような人物像を描きましたか?

松山ケンイチさん
学生運動は60年代から始まっていたので、実は映画の舞台となっている71年だと終わりに近づいている頃なんです。学生運動を誰も支持しなくなってきている中、梅山は遅れた形で学生運動を始めます。それは東大安田講堂事件を見たり、その当時の活動家に対する憧れであり、社会に向かって自分という存在意義を持ちたい、アピールしたいと思って活動を始めるんです。それは梅山独特の筋というかで、それまで学生運動をしてきた人たちとは少し違うと思うんです。だから、映画を観ていただけるとわかると思いますが、梅山は聞かれたことに対して、答えていることと、答えられないことが学生運動を先にしていた人たちとは全然違うし、違うところで活動している。ただ、すごく情熱的でまっすぐで、何かしてやろう!という気持ちは人一倍持っているキャラクターだと思います。

中村蒼さん
柴山は感情のあるまともな人間だと思います。基本的に柴山はいい子なんです。だから、憧れを抱いている梅山とは一番近いはずなのに、性格とか考え方は全く違って、梅山と同じように行動することは少し怖い気持ちを持っています。どちらかと言うと当時の若者というより、現代の若者に近い感情を持っている人間だと思いました。ぼくは柴山と同じ歳なんですが、その当時、ぼくらと同じ年代の人たちが、日本社会に対してきちん自分を主張していたことを表したいと思ったし、同世代の人たちがこんな活動をしていたこを伝えられればと思って演じていました。

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70年代はどういう時代だと思われましたか?

松山ケンイチさん
みんながすごく活動的だったというのは素晴らしいと思います。色々な組織に属して、共闘しながら、大きく繋がっている。浅いかもしれないけれど、向いている方向はみんな一緒というか。個人主義じゃないような感じがしますね。だけど、同じ方向を向きながら出発したのは良いけれど、なぜか過激な方に行ってしまって、人を殺してしまったりする事件が起きてしまう。自分達が発した言葉が意志を持ちすぎて、その重さに耐えられなくなりどんどん崩れていってしまったのかな?と思います。今以上に言葉にものすごい力があった時代だったのでは?と思います。

中村さん演じる柴山が時々、松山さん演じる梅山と重なって見えるシーンがあったんですが、それは監督から指示があったんでしょうか?

中村蒼さん
いや、全くないですね。特に意識はしてなかったんですが・・・でも、人間って自分にないものを持っている人に憧れたり、好意を抱くことがあると思うんです。柴山は梅山に憧れていて、梅山みたいになりたいと思って一緒に行動していたと思うので、ぼくは特に意識していたわけじゃないですが、そう伝わって観ていただけたら、とてもうれしいです。 

今も昔も兎角この世代の若者はフィーチャーされやすいですが、この時代の若者と比べて今の若者は成長していると思うところがあれば教えてください。

松山ケンイチさん
この時代の学生運動というのは日本だけではなく世界中で行なわれていて、ある意味流行だったと思うんです。その流行が反戦という形になって出てしまったんだと思うんです。今はインターネットというツールで世界の人たちとカンタンに繋がることが出来るようになって、同じ趣味の人たちと集まったり、コミュニティの中で色々な情報交換が出来るようになった。そのことで、世の中のことを幅広く知れるようになり、考え方をどんどん進化させるようになり、自由に色々なことを受け入れられる世界になったような気がします。進む先が一つじゃなくて、多方面にあるというか。それが成長した部分かどうかはわかりませんが大きく変わったことではないかと思います。

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中村蒼さん
この時代の方の方が熱いって言われがちですが、同じ年代として、「そうでもないんだよ・・・」って思いますね。ものは違っていてもそれぞれやりたいことはあるし、こうしたい!って強く思っていることもあると思うんです。柴山という役しか演じていませんが、柴山を通して感じたのは、この時代は無茶だったということです。とにかく目標を決めたら行っちゃえ!みたいなところがあって、それはそれで良いのかもしれないけれど、今の時代の人はもっといろいろな策や方法を考えられるようになって、色々な方面からアプローチできるようになったのは良いところだと思います。 

本作は“理想と現実のギャップ”が大きなテーマでもありますが、お二人がそのようなギャップを感じた時、どうされますか?

松山ケンイチさん
ギャップにぶつかったら、一度はそれについて考えますが、基本的には普通にしていますね。あまりそのことについて大きく捕らえないかもしれないです。僕自身、普通に生きていることが気晴らしのようなもんですから(笑)。でも、あまりにも頭がこり固まったらぼくは運動します。走ったりすると楽になれるんです。

中村蒼さん
ぼくは基本的には色々考えるけれど、とりあえずやれるところまでやってみよう!って思いますね。それが終わった後に思い返してみると全てが良かったんじゃないかなって思えるので。とりあえずやれるところまでやってきたことがプラスになってきたから大丈夫と思って信じています。 

本作の見所と映画をご覧になる方に伝えたいことは?

松山ケンイチさん
妻夫木さん演じる沢田も、ぼくが演じる梅山も学生運動の中心ではなく、どこか外れていて、中心に向かおうとしているんです。沢田は置いてきてしまった青春を取り戻そうと思っている部分があるし、梅山は遅れた分を取り戻そうと思っている。世界はその方向には既に向いてなくて、逆を行っている。それはある意味反抗であり、社会に対して何が出来るかを真正面から向き合っている情熱なんだと思います。ただ、色々な出会いによってその情熱が全く違った方向にいってしまうところがこの映画の見所だと思います。
ぼくは、この時代を知るということだけでもすごく価値があることだと思っているので、とにかく映画をご覧になっていただければと思います。

中村蒼さん
この映画をぼくと同じ年代の方が観ていただければそれだけでうれしいと思います。ぼく自身もそうでしたが、きっとこの時代を知らないぼくら世代は多いと思うんです。60年代~70年代にかけて、ぼくらと同じ世代の人たちがこうやって社会に働きかけて主張していた時代があったということを知ってもらえればうれしいです。やり方は違っていても、ぼくたちもこの時代の人たちに負けてはいられない!って思っていただければうれしいですね。

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