感じる存在感
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2011.11.17記述
ZAKZAKより

原文はこちら

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(写真と本文は関係ありません)


経営者の仕事をひと言でいうならば、自社の強みを伸ばして弱みをなくすこと。これに尽きます。
特に自社の強みを伸ばすには、長所を分析して、それを徹底的に生かしきる戦略を構築することが必要です。

 平清盛らの一族「伊勢平氏」(※)-その最大の強みは「水銀」でした。伊勢(三重県)の丹生鉱山は、当時、日本一の水銀産出量を誇った鉱山で、その産出・輸送には伊勢平氏も深くかかわっていたのです。



 水銀と聞いて一般にイメージされるのは、アナログ式体温計で使われている銀色の液体ではないでしょうか。しかしそれは自然水銀(Hg)です。丹生(にう)鉱山からは自然水銀だけでなく、赤色硫化水銀(HgS)、別名「辰砂(しんしゃ)」と呼ばれる赤い石も大量に採れました。これは鎮静・催眠に効く漢方薬として使われるほか、朱色の顔料にもなりました。

 そしてこの辰砂は、中国では「賢者の石」と呼ばれ、大変珍重されていた鉱物でした。中国では古くから、不老不死の仙人になるための霊薬(仙丹)をつくる錬丹術が盛んでしたが、その原料の中でカギとなるのがこの辰砂だったのです。

 なぜ不老不死の薬に辰砂が必要だったのか?

 それは辰砂の赤が血の色に見え、この石そのものが生命の源である…というイメージを人々に抱かせたからです。

 西洋の錬金術でも辰砂は重要な組成要素でした。小説『ハリー・ポッター』シリーズの第1作目『ハリー・ポッターと賢者の石』の中でも「賢者の石」が「命の水」を作り出す魔法の石として登場したように、辰砂には生命力のイメージがあったのです。

 そもそも平家が海外貿易に目を向けたのも、資源として持っている水銀を、国内に売るより貿易に利用した方が利益も大きいと判断した結果だと思われます。

 そして実際に、水銀は金や硫黄に匹敵する日宋貿易の重要な輸出品目となり、平家の経済力の源になりました。平家の躍進は、自分の強みを生かして水銀輸出を始めるところからスタートしたのです。

 平家のシンボルとして必ず登場する「赤旗」。この色は、単に勇ましさを表しているのではなく、平家躍進の原点である辰砂、そして生命力の象徴だったのではないでしょうか。

 自らの強みを生かして国外との取引に目を向けた清盛。やはり、当時の日本には稀有な存在であり、優れた経営者としての資質を備えていたのでした。

 ※伊勢平氏は、承平天慶の乱で平将門を討った平貞盛の四男・平維衡(これひら)から始まる、平氏一族のひとつ。伊勢平氏の中でも、清盛の祖父・平正盛の系統を「平家」と呼ぶ。

 ◇  ◆  ◇

 自社の強みを生かすという経営。現代でいえば、こんな例が挙げられます。

 茨城県にあった明治期のある鉱山会社には、当時の鉱山には欠かせない機械、特に電力設備のスペシャリストたちが集まっていました。

 日本を代表する銅鉱山を支えた優秀な機械部門は後に独立、電気に強いという強みを生かして、電気冷蔵庫など新製品の開発に次々と成功しました。

 それが、日立製作所です。

 鉱山は1981年に閉山となりましたが、日立製作所は現在も日本最大の総合電機メーカーとして世界を股にかけた経営を行っています。

 

山田真哉(やまだ・しんや)
1976年神戸市生まれ。大阪大学文学部日本史専攻卒。受験予備校に就職するが退職し、その後、公認会計士・税理士に。会計学を身近な話題から探究する『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(光文社新書)が160万部を超える大ヒット。会計ミステリー小説『女子大生会計士の事件簿』もシリーズ100万部を突破した。12月中旬に『経営者・平清盛の失敗 ~会計士が書いた歴史と経済の教科書』(講談社)を出版予定。



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