感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2012年NHK大河ドラマ『平清盛』のロケ地に並びに縁の地に関する様々なイベントなどの情報をそれぞれの地域別でご紹介する予定です。こちらは京都府での情報をご紹介します。

20101214六波羅蜜寺にて005


平清盛の京を歩く 京都市観光協会作成のサイトはこちら

最終更新日:2015.3.31


2015.3.31記述
読売新聞より

「血曼荼羅」色鮮やかに、印刷技術駆使し復元


20150331読売新聞


高野山真言宗総本山・金剛峯寺(和歌山県)所蔵の重要文化財「両界曼荼羅図まんだらず」(血曼荼羅)の当初の色や線を想定し、凸版印刷(東京都)が最新技術で復元した「想定色そうていしょく平成再生版」が完成し、30日、関係者に披露された。

 7月、高野山に奉納される予定。

 原本は「金剛界」「胎蔵たいぞう界」の2幅がある。平安時代末期、平清盛が彩色の一部に自らの血を混ぜ、奉納したと伝えられるため、「血曼荼羅」とも呼ばれる。「再生版」は、各4・3メートル×4メートルの原寸版2幅と、同1・8メートル×1・7メートルの縮小版2幅が作られた。

 今回のプロジェクトは、光学調査などで当初の鮮やかな彩色を想定し、電子のペンで残存する細密な線をなぞるなどで、2012年半ば、デジタル画像での復元をほぼ完了した。さらに細部を調整し、原寸版はインクジェットプリンターで和紙に高精細印刷。縮小版は、印刷に加え、重要な部分の彩色や金の装飾などを仏師らが手描きした。


ついに完成しましたか…
にしても、でかいですねぇ~


2014.7.18記述
日本経済新聞より

若人集う「競技の聖地」に 「大悪魔」崇徳上皇の社(時の回廊) 京都市・白峯神宮


20140718日経新聞001


天皇家や摂関家の骨肉の争いを平清盛らの武力を借りて平定した保元の乱(1156年)は、以後700年続く武家政治への画期だ。京都市上京区の白峯(しらみね)神宮は、この乱で讃岐(香川県)に流され世を去った崇徳(すとく)上皇(1119~1164年)を祭神とする。幕末に孝明天皇が建立を発案、明治天皇が勅使を讃岐に送り、陵から御霊(ごりょう)を移した。

 なぜ孝明天皇は崇徳上皇を祀(まつ)ったのか。国際日本文化研究センター(日文研)の倉本一宏教授は「孝明天皇は極端な外国人嫌い。兵庫開港が近づく中、恨みをのんだまま崩御した崇徳上皇の御霊を鎮め、京都を守ってもらおうとしたのでは」と推測する。


愛憎、乱を招く


 「叔父子(おじご)」。鳥羽天皇は自らの妻、藤原璋子(たまこ)(後に待賢門院(たいけんもんいん))の産んだ顕仁(あきひと)親王(後の崇徳上皇)をこう呼んだとされる。自分が父ではないと知っていたというのだ。本当の父と噂されたのは鳥羽天皇の祖父、白河法皇。だから生まれた子は叔父に当たる。璋子は法皇の養女だったが、いつしか深い仲になったらしい。当時の貴族らもこの関係を「日本第一の奇怪事」などと書き残した。


 白峯神宮は京都市営地下鉄今出川駅から徒歩10分。法金剛院はJR花園駅から徒歩3分。


20140718日経新聞002


 白峯神宮は京都市営地下鉄今出川駅から徒歩10分。法金剛院はJR花園駅から徒歩3分。
 歴史学者の角田(つのだ)文衞(ぶんえい)が労作「待賢門院璋子の生涯」で詳細に検証している。当時の貴人らの日記や記録などから、璋子の体調のリズムを割り出し、顕仁親王の誕生日から逆算。18年9月20~24日を受胎可能期間と推認した。実は璋子は同20日から25日まで、内裏を出て白河法皇邸で昼夜をともにしているという。

 「天下三不如意」と豪語した独裁者、白河法皇。その放逸な振る舞いは、結果的に武家政権へのレールを敷いた。

 顕仁親王は5歳で崇徳天皇として即位したが、鳥羽上皇は終始複雑だったに違いない。寵愛(ちょうあい)する美福門院得子(なりこ)が躰仁(なりひと)親王を産むと、間もなく20代前半の崇徳天皇に代えて即位させ、近衛天皇とした。

 その近衛天皇も17歳で病没。崇徳上皇は再び天皇になることを夢見たが、鳥羽上皇は璋子との間に産まれた雅仁(まさひと)親王(後の後白河天皇)を即位させた。愛憎の複雑なもつれは鳥羽上皇の逝去を機に、保元の乱となって噴出した。

 「それまで皇族や貴族を警護する武士団はせいぜい2桁の数。それが保元の乱では一挙に100人を超す大編成となり、武士が専門職として確立した」と日文研の榎本渉・准教授は指摘している。

様々なボール奉納


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乱で敗れ、配流先で「日本国の大悪魔となる」と誓って果てた崇徳上皇。だがその思いも白峯神宮で鎮まったのか、今の境内は日焼けし澄んだ瞳の若人を清々しく迎える。

 実は神宮がある場所は蹴鞠(けまり)の宗家、飛鳥井家の元邸宅。同家が崇敬し、現在は摂社に祀られている「精(せい)大明神」が、スポーツの神様として広く知られるようになったのだ。

 多くの中高生が修学旅行などを利用して訪れ、拝殿に頭を垂れ、様々なボールを奉納する。絵馬には「ラグビー、県大会4強!」や「東京五輪に出るぞ」との願いが。スポーツの隆盛は平和な世なればこそ。にぎやかな境内で崇徳上皇の生涯に思いをはせた。

文 大阪・文化担当 毛糠秀樹
写真 尾城徹雄

全文はこちら

まだ、白峯神宮は行った事がないのです。
といういかまだまだ行けてない縁の場所は沢山あります(汗)
ボチボチといけるといいかなぁ~(^_^)

2013.4.17記述
京都新聞より

入館者21%増え最多更新 京都市考古資料館、昨年度


京都市考古資料館(上京区)の2012年度の入館者数が前年度を21%上回る2万8435人となり、2年連続で過去最多を更新した。最古級の平仮名文字が書かれた墨書土器の速報展の盛況に加え、市民ボランティアガイドによる解説が定着したのも要因のようだ。

 同資料館では、市埋蔵文化財研究所の出土物を展示し、企画展も実施している。12年度の入館者数は11年度の2万3421人から約5千人も増えた。11年度までは、1979年の開館以降、1984年度の2万3190人が最多だった。

 平安貴族藤原良相(よしみ)邸跡(中京区)から出土した平仮名土器の速報展を開いた昨年12月は、月間入館者が初めて3千人を超えた。昨年のNHK大河ドラマ「平清盛」に関する展示や漫画・アニメが話題になった茶人で武将の古田織部に関連した「ひょうげた器展」などのタイムリーな企画展もあった。

 2011年度から始めた市民ボランティアガイドの解説も中高年に好評で、立命館大や京都橘大の学生との企画も若い層の来館を後押しした。

 現在は、企画展「伏見人形展」で人気投票を実施している。意欲的に考古学ファンの開拓に取り組む辻純一館長は「平仮名土器による来館者の増加はこれまでにない多さで驚いた。本年度は貴族の邸宅をテーマにした展示などで新機軸を打ち出していきたい」と話している。

私もその中の1人なわけでして…(笑)
なかなかコンパクトですが興味深い展示品があって、実際、私が行ったときも本当に色んな年齢の人達が見学に来ていました。親子連れなども沢山来ておりましたね。神戸に比べて京都はあからさまな観光などを積極的に展開してなかったのは残念ですが効した地道な展示などの情報を知って行く機会が出来たことも本当に自分にとってはよき収穫でありましたね。

2013.4.16記述
京都新聞より

秘仏初公開 大原・寂光院 800年忌 建礼門院しのぶ

寂光院の秘仏「普賢菩薩像」


建礼門院の800年遠忌法要が、京都市左京区大原の寂光院で14日に始まり、秘仏「普賢菩薩(ふげんぼさつ)像」が初公開されている。しば漬けと大原女の発祥地を示す石碑も寂光院前広場に建立され、15日に披露された。

 平清盛の娘・建礼門院は、壇ノ浦での平家滅亡後に出家し、晩年を寂光院で過ごした。普賢菩薩に帰依していたとされる。白い象に乗った普賢菩薩像は江戸期の作で初公開。2000年の放火事件で黒こげになった地蔵菩薩立像とともにガラス越しに参拝できる。

 奈良県斑鳩町から訪れた赤石真理子さん(63)は「(普賢菩薩像の)優しそうで、どこか寂しそうな表情が印象的だった」と話した。

 石碑は、建礼門院がしば漬けの名付け親で、仕えた女官の姿が大原女の起源とされることから、地元のしば漬け業者などが建てた。しば漬けと大原女の発祥地と刻まれており、この日のお披露目では、大原観光保勝会の辻美正会長(64)が「歴史を後世に伝え、大原を盛り上げたい」とあいさつした。

 遠忌法要は5月12日まで。建礼門院の庵跡が公開されているほか、平家琵琶の奉納など多彩な催しがある。参拝者には特産のしば漬けを贈る。

 寂光院TEL075(744)3341。

観に行きたいけど、ちょっと行く時間が…。人も多そうだしなぁ、何せ人気のスポットでもありますから(汗)
でも、京都に観光に来た方たち、そして平家を愛する方たちが沢山拝観できると良いなぁ~。


2013.3.6記述
京都新聞より

土塁包囲、防御施設か 藤原基房の「別荘」・松殿跡


藤原基房の「別荘」・松殿跡


京都府宇治市は5日、平清盛が台頭した平安時代末期の関白藤原基房(1145~1230年)の別荘跡といわれる遺跡「松殿(まつどの)跡」(同市木幡)で、敷地を囲む土手が土塁だった可能性が高いと発表した。土塁が貴族の邸宅跡で見つかることは珍しく、市は「源平の兵乱期を反映した特別な防御施設だったのではないか」とみている。

 松殿跡はJR木幡駅東の丘陵地約15ヘクタールに広がり、財団法人「松殿(しょうでん)山荘茶道会」が所有。市が遺跡の保存方法を検討するため2012年度から5年計画で発掘調査をする。

 今回は敷地を囲む計約400メートルの土手で2カ所を調査した。当時の貴族の邸宅は木枠で土を固めた築地塀が一般的。しかし、松殿跡の土手は最大で高さ1・7メートル、幅2・5メートルに土を盛り上げただけの土塁だった。

 基房は力を持ち始めた清盛と対立。基房が清盛の孫資盛と牛車で鉢合わせした際に無礼をとがめ、後日、平家一門から制裁を受けた平家物語の「殿下乗合」でも知られる。

 調査をした市歴史まちづくり推進課の大野壽子主任は「武士が台頭する戦乱期のため外見ではなく実用性を重視し、防御施設として緊急に造ったのではないか」と話している。現地説明会は9日午後1時から。同課TEL0774(21)1602。

予想外、調査に期待

 上原真人京都大文学研究科教授(考古学)の話 別荘といわれた松殿の周囲が土塁だったのは予想外だった。軍事的施設の可能性もあり、今後の調査に期待したい。

うわぁ~こういうの面白いですね。
やはり基房様はそうとう武士に警戒していたのでしょうね。自分に武力がないからこういう備えをする事で少しでも危機管理をと思ったのでしょうか…


2013.1.9記述

平清盛の出世にあやかる!京都の若一神社

昨年のNHK大河ドラマ『平清盛』の主人公・平清盛は、武士として初めて太政大臣に登用されるなど“出世”した人物として知られる。清盛が平安末期、六波羅に在住しながら「西八条殿」と称した別邸を建て、紀州熊野の若一王子の御霊をまつったのが、京都市下京区にある『若一神社』(にゃくいちじんじゃ)だ。

この別邸を建てた翌年、清盛は太政大臣に就任し、その後もどんどん権勢を伸ばしていったことから、神社は“開運出世”の神として信仰を集めて今日にいたる。

神社のシンボルは、清盛自身が太政大臣に任命された時に感謝の気持ちを込めて手植したとされる大楠。樹齢800年以上、今でも西大路通りに面して立つ御神木だ。実は、昭和9年(1934年)の市電工事を行う際、この大楠を動かそうとしたところ次々と工事関係者に事故や不幸が襲って断念されたという逸話も残る。清盛にまつわる霊験なのだろうか。

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そして、境内には清盛の像がそびえ立つ。また、開運出世の水として有名な名水も湧き出ていて、新生児誕生に際しての産湯としても知られ、汲みに来る人もあとを絶たない。一方、社務所には、平清盛と大楠が描かれた絵馬や開運出世のお守りなどがズラリと並ぶ。境内では、地元の人々をはじめ、スーツを着たサラリーマン風の男性もちらほら見かけた。

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JR京都線(東海道本線)西大路駅から徒歩3分。会社で出世したい、事業を成功させたいなら、清盛がきづいた栄光にあやかり、ぜひこの若一神社を訪ねてみて欲しい。

六波羅蜜からここまでまぁまぁな距離があります。当時、馬でゆっくりでも30分くらいかかったかもしれませんね。
歩いたり、輿などだともう少しかかりましょうかね。

ここの道だけゆるくカーブしてるんですよね。道が木をよけています(笑)
良く通る道なんだけど、清盛が始まるまでそこが若一神社と言う認識を全く持ってなかった自分でありまして…(汗)
ある時、ふと上の写真のパネル(いつの間にかあんな大きくアピールしているのが付いていた)が目に入って驚いた私次第です。まだまだ京都、いろんな縁の場所が身近にあるようなのでドラマは終わったけれど惟からも機会があれば色々巡って思いを馳せたいと思っております(笑)

あまりメジャーな場所ではないかもしれませんが京都に来た時には是非一度足を運ばれてみては?

2012.12.20記述
読売ON-LINEより

京都に国内最大規模の鉄道博物館…16年開業へ


JR西日本は19日、蒸気機関車から新幹線までの歴代車両約50両などを展示する「鉄道博物館(仮称)」を京都市下京区に建設すると発表した。

 総事業費は約70億円で、2016年春の開業を目指す。展示面積は約3万1000平方メートルで、鉄道関連の博物館としては、車両数とともに国内最大規模となる。

 新博物館の本館は3階建て。既存の梅小路蒸気機関車館に併設して一体運営する。ボンネット型の先頭車両が人気だった特急電車「489系」や、「団子っ鼻」の愛称で親しまれた初代新幹線「0系」、現役で活躍する新幹線「500系」などを展示する。現役車両もJR東海道線から館内に引き込み、検査場のように車両上部から見学できる。運転士が実際に使う新幹線の運転シミュレーターも置き、体験できるようにする。

うわぁ~、西八条第の界隈が賑わいを見せておりますね~。
昨年の水族館のオープンに続き、今もSLなどの鉄道を展示している上に更に現在大阪にある鉄道博物館がこちらに収束するみたいで、まるで京から福原に遷都するかのごとく鉄道博物館が新に建設されまするな。

なんだか海の都で清盛公はじめ時子様や一門の皆々様方も今のこの賑わいをさぞお喜びあそばされておられる事でしょうな。

2012.11.7記述

既に開催中なのですがこんな展示会があります。

清盛・源平の時代ポスター


『清盛・源平の時代-復元武装風俗を中心に-』
10月20日(土)~11月25日(土)高津古文化会館(上京区)
午前10時~午後5時まで(月曜日休)
入場料:一般500円、大学生・高校生300円、小中学生無料
問い合わせ:075-461-8700

関連イベント
ギャラリートーク
11月3日(土) 10日(土)共14時より
講師:一澤喜久夫氏(武装風俗研究家)
場所:高津古文化会館 
事前申込不要

10日に行ってこようかなぁ~。興味のある方は是非どうぞ。

2012.9.20記述
京都新聞より

人形が紡ぐ 平家物語の世界 下京で辻村さん作品展


辻村寿三郎 人形展 平家物語縁起~清盛、その絆と夢~


日本を代表する人形師・辻村寿三郎さんの人形展「平家物語縁起~清盛、その絆と夢~」(京都新聞社など主催)が19日、京都市下京区の京都高島屋グランドホールで始まった。平家物語を題材にした新作など約140点の人形が並び、平清盛をとりまく人間模様を繊細に表している。

 平家物語縁起は、平清盛に魅せられた辻村さんが、2008年から手がけてきた作品の集大成。歴史の舞台を歩いて史実を問い直し、独自の解釈でストーリーを創(つく)り上げた。

 会場では、表情や衣装の違う1体1体が、平家の栄枯盛衰の物語を表現。熱病に苦しむ清盛が女性の着物を着て母親への思いの強さを示したり、輝きのない目で哀感を表すなど人物の情念をも伝えており、来場者の目を引いていた。
 
10月1日まで。有料。22日にサイン会がある。

今後展示会が以下で巡回します

辻村寿三郎 人形展 平家物語縁起~清盛、その絆と夢~
京都 タカシマヤ 2012年 9月19日- 10月1日
新宿 タカシマヤ 2012年 10月4日- 10月15日
横浜 タカシマヤ 2012年 10月17日-10月29日


日本を代表する人形師、辻村寿三郎は人形の創作や上演のみならず、舞台や映画などの衣裳デザインやアートディレクターなど様々な分野で活躍を続けています。

本展では、寿三郎が「平家物語」を題材に創り上げた人形を中心に展覧いたします。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・」で始まる「平家物語」に描かれるその主人公・平清盛はまさに驕れる者、暴君、悪人であり、盛者必衰の理により滅び行くのだとされています。果たして、本当の清盛はどんな人物だったのでしょうか・・・。

「清盛は日本史上、最も魅力ある人間の一人だ」と言う寿三郎は、「歴史のみが真実ではない」という思いを元に、綿密な取材を重ね、史実を見つめ直し、所縁 の地を訪ね歩き、そこから見えてきた清盛の姿や彼を取り巻く人間模様、その絆や夢を人形に投影して、新たに「平家物語縁起」として創り上げました。
寿三郎独自の解釈と繊細かつ豊かな想像力により、息吹を吹き込まれた人形たちが紡ぎ出す臨場感あふれる人形絵巻、それはまさに圧巻と言えましょう。そして、その姿は私たちに知られざる「平家物語」像とともに、今を生き抜く上での大切な示唆を与えてくれることでしょう。

辻村寿三郎の集大成とも言うべき「平家物語縁起」や仏像などの代表作を、この機会に是非とも御覧ください。


サイン会にも行きたいけれどとにかく、休日の高島屋は朝から車の駐車場に入るための車の列が半端ないんですよね~
開催中、平日仕事終わってから見に行こうかなぁ~。そうしたほうがゆっくり見れそうな気がするなぁ…。
お近くの方、巡回される東京・横浜周辺にお住まいの皆様機会があれば是非言って見てください(^O^)


2012.5.27記述
京都新聞より

清盛と縁、悲劇の武将・頼政しのぶ 宇治の平等院

扇の芝


平安時代末期の源頼政(1104~80年)をしのぶ「頼政忌」が26日、宇治市の平等院で執り行われた。子孫らが参列し、今年のNHK大河ドラマの主人公にもなった平清盛とも縁が深い悲劇の武将に思いをはせた。

 頼政は平治の乱(1159年)で平氏側に付いて武功を挙げ、政権を握る清盛の信頼を受けて高位に就いた。その後、平氏の専横に反発して挙兵したが、宇治川での戦いで追い込まれ、平等院で自刃を遂げた。

 この日は頼政の命日に当たり、平等院内の最勝院にある供養塔前に三重県伊賀市などから子孫ら約20人が集まった。参列者は読経が流れる中、塔の前で手を合わせて焼香した。平等院の神居文彰住職は頼政の生涯を紹介し、「その生きざまに思いをはせてほしい」と話した。

 最期を遂げた場所とされる平等院境内の「扇の芝」でも、神居住職らが読経し、参列者が静かに冥福を祈った。

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4月に平等院に行った時に見つけた(と言うのか初めて知ったんですけど)頼政のお墓です。
大河ドラマ『平清盛』では宇梶さんが演じてくれます。どんな頼政を見せてくれるのか楽しみです♪
平等院に言った時には是非皆様も頼政のお墓をご覧ください。

2012.5.17記述
デイリースポーツより

坂東玉三郎 NHK「平清盛」を大絶賛「時代考証すばらしい」


20120517玉三郎さん成功祈願


歌舞伎俳優・坂東玉三郎が17日、NHK大河ドラマ「平清盛」に関して「時代考証がすばらしく、非常に質が高い」と大絶賛し、視聴率で苦戦中の同ドラマを“援護射撃”した。 

 玉三郎はこの日、京都南座6月特別公演「壇浦兜軍記」(6月2日~)で演じる白拍子阿古屋の供養塔がある京都・六波羅蜜寺で成功祈願を行った。

 同寺の阿古屋塚の隣には、かつて六波羅に屋敷を構えた平清盛公の塚が並んでいる。2年前に同寺から2つの塚が雨ざらしになっていることを相談された玉三郎は、昨年11月に同寺に協力して屋根付きの社を建立。玉三郎は「今、阿古屋を演じているのが私なのでという思いからでしたが、偶然、清盛さんも大河ドラマになったものでして」と、縁あって大河ドラマ「平清盛」には注目しているという。

 これまで同ドラマを巡っては「画面が汚い」(井戸敏三兵庫県知事)との批判もあったが、玉三郎は「時代考証がすばらしく、非常に質が高い。この(平安後期の)時代はなじみがうすいかもしれないが、我々、歌舞伎の人間にとっては、切っても切れない時代であり、大変、勉強になってます」と賞賛した。

 「専門家に聞いても時代考証がしっかりしているといいます」と、時代背景に忠実な描写を支持。同ドラマの視聴率が低迷していることを聞かれると「質が高ければ、もう視聴率は関係ないんじゃないか。今はそういう時代だと思いますよ」と語った。

 NHKは現在、難解な人間関係を分かりやすくするためのテロップを入れるなど視聴率低迷打破を目指すが、歌舞伎界の大物から思わぬ“てこ入れ支援”が入った格好となった。

何かと平家と関わりのある玉三郎さんですね。
今も変わらずドラマを楽しんで視聴してくださって、応援してくださっていることは本当に心強いです。
玉三郎さんも6月歌舞伎もどうか大盛況でありますように。


2012.5.1記述
産経新聞より

6日まで14社寺で特別公開 平家物語ゆかりの文化財も 京都

普段は公開されていない古都の貴重な文化財を見学できる京都古文化保存協会の「春季非公開文化財特別公開」が、6日まで京都市内の14社寺で行われている。NHK大河ドラマ「平清盛」にちなみ平家物語ゆかりの文化財も公開されており、ゴールデンウイークの人気スポットとなっている。

 大河ドラマにちなむ文化財として、宮内庁管理の秘仏を模して作られた法住寺の「後白河法皇御木像」をはじめ、平清盛の娘、建礼門院ゆかりの寂光院境内にある書院も、京都画壇を代表する日本画家らによる襖絵を含めて初公開されている。

 また、法性(ほうしょう)寺の本尊、千手観音菩薩立像(国宝)も初めて開帳。高さ110センチの桜一木造(いちぼくづくり)。正面と左右、頭上に計28面を備えた珍しい仏像で、平安後期に摂政・関白を務めた藤原忠通(ただみち)が難病回復を祈願した「厄除(やくよ)け観音」としても知られる。

 京都古文化保存協会は「見学を通して平家物語の時代に思いをはせてほしい」としている。

拝観料(1カ所当たり大人800円、小中学生400円)は文化財の保存と修復、維持管理などに充てられる。
開催期間は社寺によって異なる。問い合わせは同協会((電)075・561・1795)。


京都も人が多いと思いますがもし京都に旅行と考えておられる方は是非リストに入れてみては如何でしょうか?

2012.2.28記述

大河ドラマ『平清盛』第8回『宋銭と内大臣』の劇中で平忠盛が食べていた唐果物は京都の老舗和菓子屋「亀屋清永」の「清浄歓喜団」というお菓子です。

清浄歓喜団

時代を逆のぼり奈良時代、遣唐使が仏教の伝来と共に日本へ持ち込みました唐菓子の一種「団喜」でございます。

この清浄歓喜団なしに和菓子の話を語る事は出来ません。亀屋清永はこのお菓子を製造する唯一の和菓子屋でございます。

 お味は、こしあんに「清め」の意味を持つ7種類のお香を練り込み米粉、小麦粉で作りました生地を金袋型に包み純正の胡麻油で二十分、揚げて作ったお菓子でございます。



本店などでは1個から販売されているようです。(1個¥525)

販売は本店以外に以下の場所でも購入できます。
電話とFAXでの注文も受け付けてもらえるようです。
本店以外にも下記の店舗にて販売しております。



高島屋 京都店 地下1階
〒600-8520
京都府京都市下京区四条通河原町西入真町52番地
直通電話・FAX:075-252-7678

ジェイアール京都伊勢丹地下1階
〒600-8555
京都府京都市下京区烏丸通塩小路下ル東塩小路町
直通電話・FAX:075-352-7121

大丸京都店 地下1階
〒600-8511
京都市下京区四条通高倉西入立売西町79番地
直通電話・FAX:075-241-6553


「亀屋清永」の「清浄歓喜団」に関しての詳しい内容はこちらへ(トップページから通年の和菓子をクリックしてください)


2012.2.7記述
京都新聞より

清盛の時代を遺物で紹介 上京で企画展


清盛の時代を遺物で紹介 上京で企画展


NHK大河ドラマ主人公の平清盛の時代を遺物から紹介する企画展が、京都市上京区の市考古資料館で開かれている

 「平清盛-院政と京の変革」をテーマに、市内の発掘調査で見つかった遺物やパネルなど400点を展示。清盛が拠点を置いた「西八条第」から見つかった器の破片や、院政の象徴の「鳥羽殿」出土の飾り金具がある。

 日宋貿易によってもたらされたとみられる陶磁器類もあり、同資料館の辻純一館長は「物流や生活が変わっていく当時の都の様子を感じてもらえれば」と話す。
6月24日まで(月曜休館)。無料。

23年度京都市考古資料館後期特別展示『平 清盛 – 院政と京の変革 -』についての詳細はこちら

ここならKobe de 清盛よりは近いので展示期間内に行けそうな気がします。
当時の出土品興味ありますねぇ。なるべく近日中に行ければいいなと計画せねば…♪

2012.2.2記述
京都新聞より

環境にもやさしい京観光を EV定額タクシー運行


EVタクシー

京都観光に環境負荷の少ない電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)を活用する動きが広がっている。1日には府内タクシー63社でつくる京都乗用自動車協会が、NHK大河ドラマの主役の平清盛ゆかりの地を巡るEV定額観光タクシーの運行を開始。「環境にもやさしい」とアピールして集客拡大を目指す。

 同協会とホテルグランヴィア京都、京都駅ビル開発が連携した「平清盛観光プラン」で始めた。同協会EVワーキンググループ(WG)の8社所有のEV計10台を使う。今後、PHVも活用する。

 プランのコースは3種類で、グランヴィアか八条口を発着点に六波羅蜜寺や長楽寺、三十三間堂、祇王寺などを巡る。3時間9750円、5時間1万6250円で、通常の貸し切りよりも11%安く設定。春、秋の渋滞期も観光場所は必ず回り、時間超過しても追加料金を取らないという。

 駅ビルは一角にEV・PHV観光タクシー専用の待機場所や急速充電器を設置、グランヴィアは3~4月をめどに宿泊とのセット商品を発売する。WGリーダーを務める松田有司・高速タクシー社長は「試乗会開催なども検討し、EV・PHVタクシーを利用してもらえるようにしたい」と話す。

 一方、府内では1月30日から次世代タクシーの効率的な運用方法を探る実証実験が始まっている。環境省事業で、スマートフォン(多機能携帯電話)や集客施設に置いた端末から各社所有のEV・PHVタクシーを呼び出せる。実験は2月末まで行われ、実車率や環境効果などを検証する。

この料金って1台と言う事なのか1人と言う事なのか?1台なら複数名で乗ったほうが1人単価安くつくもんね。
EVまさに松友にとっても話題の…(笑)リーフが大活躍ですねぇ~。
近くに住んでいてもこの観光してみたいなとふと思ったりしますもん(^_^;)

2012.1.4記述
ホテルセントノーム京都公式ホームページより

TAXIで巡る大河ドラマ「平清盛」プラン

2012年度大河ドラマ平清盛ゆかりの地を観光タクシーでゆっくりと巡っていただけるプランです。
平安の京都、平清盛に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

【コース】
ホテル⇒八坂神社(約20分)長楽寺(約45分)⇒京都御苑or京都御所
【京都御所:特別拝観※平日参観のみ】
⇒昼食(やまの:約60分「特上弁当」)⇒六波羅蜜寺(約30分)※平家一門の居宅⇒三十三間堂(約20分)⇒帰館

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神戸でも様々なイベントなどもあるので連休などを利用して平清盛三昧の旅と言うのは如何でしょうか♪(笑)

2011.12.5記述
産経新聞より

吉屋信子「女人平家」の舞台 京都・寂光院 尼寺彩る名残の紅葉

吉屋信子「女人平家」の舞台 京都・寂光院


「いやぁ、かわいらしいお寺」。黄、赤、緑と3色の紅葉が舞い散る石段の下に立つと、そんな声が聞こえてくる。

 大原の里にひっそりと建つ寂光院は、かれんな風情で人気が高い。はかなげな名残の紅葉が似合うのも、「平家物語」のヒロイン、建礼門院徳子が晩年を過ごした寺だからだろうか。

 「平家物語」は平氏の栄枯盛衰をめぐる軍記物だが、それを女性の視点で描いたのが小説「女人平家」だ。作者は大正~昭和に活躍した作家、吉屋信子(1896~1973年)。雑誌連載で人気を博し、ドラマ化されたほどだった。

 平家一門は壇ノ浦で滅亡したが、残された女たちもいた。この作品は、男の「滅びの美学」に対するアンチテーゼかもしれない。

 はかなく強い女たち

 「男という者のする戦争には女はいつも弱いはかない立場ではございませぬか」

 壇ノ浦での平家一門滅亡のとき、建礼門院徳子は入水したものの、助けられて都に送り返された。そのつらい境遇をおもんばかり姉妹の一人がそうもらす。歴史では冷泉隆房室(しつ)(妻)としか名前が残らない、平清盛の娘である。

 徳子は高倉天皇に入内し、一門の期待通り息子(安徳天皇)を産んだ。女性としての栄華を極めた前半生だ。ところが、安徳即位の翌年に清盛が熱病で死去。一族は都落ちした末、壇ノ浦で滅亡する。天皇といえどもまだ少年の安徳は、徳子の母(清盛の妻・時子)が抱いて海に沈んでしまった。まさに「盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理(ことわり)」である。

 「大原は比叡山のふもとにあり、どこか幽界のような…極楽浄土のような所でございますね。わが子を亡くし、その菩提(ぼだい)を弔うためにふさわしい場所と、女院さまはお思いになったのでしょう」

 小さな境内を守る寂光院院主、瀧澤智明(たきざわちみょう)さんがそう教えてくれた。京都駅からバスで小一時間かかる大原は、紅葉の名所と同時に雪景色でも有名。つまり、都会暮らしとはほど遠い山里なのである。平成12年に寂光院の本堂と本尊が焼失したニュースは衝撃だったが、寺への道は細く長く、消火活動も困難を極めたそうだ。同17年に再建。新しいお堂をみるたびに、諸行無常=万物は常に変化してとどまることがない=を思う。

 実は「女人平家」の主人公は母の時子や姉妹たちで、作者は徳子をむしろおっとりとした、お嬢さま然とした女性として描いている。ところが最後のシーンでは、静かに、けれどはっきりと自身の思いを語る女性になっていた。苦難を経て成長した姿だろう。

 「かつての栄華も捨て、ただひたすらに弔うことで、女院は自らも救われようとしたのでは」と瀧澤院主。「現代でも、生きていれば山あり谷ありでございましょう。皆さんも女院の人生に自分を重ね、手を合わせていらっしゃるのだと思いますよ」

 物語は他家に嫁いだ姉妹のその後を語り、「平家は女系によって滅びませぬ」と結ぶ。武士の台頭という歴史の大きなうねりの中で、女性の立場は確かに弱かったかもしれない。それでもやはり、女という生き物は強いのだ。(文・山上直子)

寂光院
 推古2(594)年聖徳太子の創建と伝わる。平家滅亡後、出家した建礼門院徳子が晩年を過ごし、この地で没した。寺の隣にはその陵墓・大原西陵がある。「平家物語」は徳子が寂光院で死去する「女院御往生」で終わる。現在は天台宗の尼寺。


大河ドラマでまだ建礼門院徳子に関しての情報って出てこないんですよね。
後半以降だからなのか?壇ノ浦まで描くと言われているから必ず登場するはずだけど誰が演じるのか凄く気になりますよね。

2011.11.26記述
YOMIURI ONLINEより

玉三郎さんも寄進…平清盛ゆかりの供養塔に屋根

阿古屋の塚屋根  


平清盛ゆかりの真言宗・六波羅蜜寺(京都市東山区)で、清盛の供養塔と、源平合戦時代の平家武将・景清の行方を探るために捕らえられた遊女・阿古屋の塚を保護する屋根や柵などが完成し、23日、完工式が行われた。

 歌舞伎俳優の坂東玉三郎さんが阿古屋を演じている縁で寄進し、坂東さんも出席して完成を祝った。

 平清盛公供養塔と阿古屋塚は長年、風雨にさらされてきたため、同寺が保護を計画。坂東さんの寄付で屋根や柵、石畳を整備した。

 川崎純性住職らが声明(しょうみょう)を唱えた後、坂東さんは「阿古屋の存在が広く知られるきっかけになり、役を引き継いでくれる人が出てきてほしい」とあいさつした。

京都の情報はあまりないんですよね(笑)
どの大河をしても今日とは必ず関係してくるので他の場所に比べて町おこしのために何かするという事は考えているけれど大々的にはやらないみたい?

まぁこれから実際放送が始まるとどうなるかわかりませんけど、ガイドブックや京都関連の書籍などでは色々紹介される事とは思いますが、また何か見つけたらその都度ご紹介しては行きたいと思っています(笑)
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