感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
第24回『清盛の大一番』
2012年6月17日放送

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大学生・信西(阿部サダヲ)がとりしきる、後白河天皇(松田翔太)の政が始まった。
信西はまず手始めに内裏を修理し、宮中行事としての相撲節会を復活させるなど、精力的に政を行う。相撲節会開催は故事の復活をいうだけでなく資金集めの目的もあった。国の建て直しのため、税収入の徹底を始めた信西は、清盛を鎮西に送り、税を納めない太宰小弐・原田種直(蟹江一平)から税をとりたてることを命じる。

一方、清盛の長男・重盛(窪田正孝)は、叔父殺しを命じた信西につき従う父のやりかたに納得がいかず、父にすすめられた藤原成親(吉沢悠)の妹・経子(高橋愛)との縁談にもいまひとつ乗り気にならない。

鎮西で太宰小弐・原田氏を制圧した清盛は、そこで手に入れた茶器を使って、相撲節会で自分の名を高めるための一計を案じる。それは、その後、清盛が太宰大弐となり、さらなる出世を約束される計略となるものであった。


それぞれ苦しいことを経験して更に自分たちの理想の為に突き進みはじめる24回です。

1156(保元元)年7月、崇徳上皇様が讃岐に向かいますが西行が何処からともなく「瀬をはやみ~♪」と都を離れる上皇様の事を思ってか、上皇様の歌を詠む、それを受け止めるかのような崇徳上皇様。寂しげな表情です。

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【いそPです】瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の 割れても末に 逢はむとぞ思ふ…この歌の意味は「流れ速き川がぶつかり、ふたつに分かれるように、別れ別れになったふたりであるが、いつかきっとめぐり会おう」…。 歌にあるように、西行と崇徳は再会できるのでしょうか。いずれにせよ、まだ、崇徳の出番は終わりませんよ。


1157(保元二)年10月、内裏の修復が終了。信西が政を仕切ってはじめての大仕事のようです。真新しい白木の内裏ですねぇ~。後白河帝も満足そうです。約1年余りで修復が出来たなと感心する帝に

「おそれながら、それもこれも平氏の財あっての事。要となる4つの殿舎の造営を請け負うたは平清盛と、その弟たちにござります。」
【いそPです】内裏というのは帝の住まいです。この時代、内裏はずっと火事で焼けたままでした。信西はまず帝の威信を取り戻すために、内裏を再建しました。

清盛の館。全員集合と言うことで棟梁から内裏の修復の恩賞が発表されます。一門の皆様もワクワクドキドキ♪
それぞれの官位をひとつずつ上げてくださるとのお達し。家貞はいつの間にか山羊さんみたいなお髭が…(笑)頼盛は従四位下、経盛は従五位下、教盛は従五上、それぞれの官位が上がって喜んでおりまする。

【いそPです】公卿(くぎょう)とは三位以上の人を言います。公卿になると、議定に参加でき、政治について直接、意見を言うことができるのです。清盛たち武士にとって、公卿になることが悲願でした。 清盛は今、四位です。

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気が付けば兄弟の皆さん達にもお髭が…(笑)清盛に習ってなのかしら?(笑)それぞれ何だか個性的ですよね~(似合う似合わないはさておき)家貞は清盛もついに…と喜んでおりますが…

あっさり清盛「自分の公卿への昇進は見送られた」と。以外にサバサバしておりますが盛国や家貞・時忠も「え~っ、なんで?また?」という表情。

しかし清盛は全く気にならないようで「これは想定内だからなぁ」という感じ。
まぁ、忠盛の時代からだし、こんなことで公卿になんかなれるわけないとちゃんと自覚しておるわけですな清盛。

自分が公卿になれない代わりに重盛に従五位上に昇進する事になったそうな。
嬉しいと言うより戸惑いの表情の重盛。本人より弟の基盛の方が兄の昇進を喜んでおりますね。

そして平氏の嫡男としてしっかり務めろと父上からの言葉。実直な重盛らしい受け答え(笑)
上手く子役からスライドして、子供の時のイメージが崩れず窪田さん、渡部さんにバトンタッチできたと思います♪

「これより先も信西殿の政を支えて参る。」

「ハハッ!」<(_ _)>頭を下げるんだけど、重盛皆より遅れて頭を下げる。
どうも清盛に対して納得できないことがあるようですね。
郎党たちの修練をよそに浮かぬ表情の重盛。
何だかその様子は忠盛が殿上人となった時のお祝いの席で「むなしい」と言っていた時とシンクロしますが、重盛は自分の心の中で悩むという感じのタイプ? そんな浮かない表情の兄のもとへ心配した基盛がやってきます。

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「基盛。お前はなんとも思わぬのか?大叔父上を斬れと命じた信西入道のもと、何事もなかったかのように働ける父上を。」

重盛はまだ分かってないんですよね。表面の現象(信西が忠正を斬れと命じた。そしてそんな人間と付き合っている清盛の人間性)だけしか見てないので致し方ないのでしょう。平氏の嫡男の通過儀礼なのかもしれませんね。(笑)

信西はご機嫌のようです。
この新しい内裏で長らく廃れていた宮中行事を復活させたい、その目玉となるのが「相撲節会(すもうせちえ)」だと清盛に話しておりますが、清盛はそれを執り行なうためにまた平氏の財力を当てにするのかと聞くと、信西から意外な言葉を聞く。

信西曰く、今後の宮中行事は租税にてやりくりするとのこと。しかしそれには問題があるようで、ちゃんと税を払ってない場所があるようで、それが鎮西(今の九州)。地域的に裕福のはずなのに納税額が少ない、清盛も自分の担当播磨よりも少ない納税額に疑問。信西曰くだから清盛に直接鎮西に行ってどうなっているのか見てきて欲しい、そして大宰大監の原田種直と会って、それ相応の税を取り立ててきて欲しいと。

【いそPです】信西は王土王民(おうどおうみん)という、全ての土地と人民は天皇のものであるという考えに基づき、租税制度を建て直しました。鎮西は今の九州のこと。朝廷の目があまり行き届きませんでした。大宰大弐(大宰府の長官)についても、ご要望があれば後ほど解説します。

でも、ただでは引き受けない清盛。自分にはもっとよい手立てがある、それは自分を原田種直よりも上の大宰大弐(だいに)に任命することだと。ここの清盛と信西の駆け引き、信西は昔の慣例などから考えて、もし拒否られたりしたら自分の思う政も出来なくなると言ってみる。

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「俺に、国の宝となれと言うたは…空言であったのか。私利私欲の為だけに我が一門を犬と使おうとするつもりなら…信西殿といえども、容赦はせぬぞ。」
「私がおらねば、そなたの思い描く世などくるまい。今は我が指図に従え。そしてもしもこの先、私がやはり虚言を弄していたと見極めたなら、その時こそ…この首をはねるがよい。」

この時の清盛の表情。あえて表情を出さず、馴れ合いではないんだと言うことを表現されていますね。
そして信西の話し終わった後の振り向いた時の清盛の表情は信西の言葉に受けて立とうじゃないかと感じました。


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そんな中、後白河帝は実子(今は美福門院の養子)の守仁親王と玉座を巡って対立しているらしいけど当然その後ろには美福門院がいるわけです。新しい内裏に来て挨拶するんだけど、やはり一筋縄ではいかない相手。最初は内裏の修復に対して礼儀を述べるけどその後、やはりただでは起きない人と言うことで守仁親王を使って嫌味攻撃発動!

「美福門院得子…しぶとい女子じゃ。(心の声か?口に出しての嫌味攻撃の反撃なのか?)」
「譲位はせぬ。」あの不適な表情。こちらもまた駆け引きを楽しんでいるという感じ?

【いそPです】美福門院は後白河を帝の器と思っておらず、息子の守仁(もりひと)を新たな帝にしようとしました。それが亡き鳥羽上皇の遺志を継ぐことだと思ったんでしょうね…。


帝の心が分からない成親は思わず清盛のもとに相談に来ておりますが、流石、清盛。帝の性格をわかっていますね、帝は政そのものよりも、得子様のお心を弄ぶ事に楽しみを見出しているんだろうと。それを聞いてる成親やっぱりねぇ~という感じ?。そんなところに時子が「殿、そろそろお支度をせねば」と。
【いそPです】清盛が何気なく成親の前で見ている書面。実は、大宰府の長官を歴任した貴族の名前などが書いてあります。清盛が大宰府を手に入れる為に下調べした設定です。時代考証の先生のおかげです。

成親は知らない様子ですね。清盛は今から鎮西に行ってくると、そして「大宰府を手に入れてくる」と宣言!
おっかなびっくりな表情の成親。そんなやり取りを時子はにこにこと眺めていますね。

「ははは~、全く戯れを申すのがお好きな方じゃ。」
「きっと、まことに致しましょう。あの戦よりこちら、我が夫の肝の据わりようはそれまでの比ではござりませぬ。」

意気揚々と鎮西に出発した清盛に対して、義朝といえば…
信西の執務室で信西が来るのを待っておりますが、信西になかなか会えません。
師光に「信西入道は多忙で会えない」とけんもほろろな態度。一応言伝を聞くと


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「恩賞を下さりませ!私は、内裏造営に尽くしました。その功に免じ、何とぞ」
「そなたはわずかに北の廊を請け負うただけであろう?それには正五位下に位で報いておる、十分であろう。引き続き左馬守としての務めに励め。」

【いそPです】左馬守(さまのかみ)とは宮中の馬の世話をする係。ちなみに清盛は、播磨守(はりまのかみ)現在でいうと兵庫県知事!!立場に差が生まれてきています。ちなみに、源氏が冷遇されていたのは、藤原摂関家と付き合いが深かったからと言われています。

あぁ、言われちゃいました。この時の義朝の悔しそうな表情。帰りの廊下でも貴族たちがああだこうだと後ろ指指すような言葉をひそひそ言ってて、あ~ぁ気分悪い。そんな事を言われてる夫を偶然見かけ、心配そうに見つめる由良御前。もう完全に魂抜かれてる感じの義朝。周囲の嫌味攻撃も全く寝耳に水状態?殿上人になってもその風貌はまるで父・為義のようです。そんな夫の姿を見る由良の表情が切ないです。

多忙な信西、執務室に戻ってきました。
机の前に座り、なにやら計算しておりますが、師光が義朝に対して義朝が悪いわけじゃないのにあの態度は気の毒じゃないかと。しかし信西

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「平氏と源氏は武士の双璧。源氏を叩くほどに、平氏を取り立てることができのだ。」
【いそPです】信西が木の棒でやっているのは、算木といって今の計算機のようなものです。税金を計算しています。

清盛たちも無事に鎮西に到着。そして清盛と盛国は大宰府官邸へ。
【いそPです】九州に渡った清盛は、地元有力者の原田種直に脱税について取り調べます。大宰府(昔は大の字でした)・博多は時代の最先端を行く土地。


部屋の調度品を珍しそうに眺めている清盛ですがそこに不思議な姿をした女子たちが食べ物などを運んできました。テーブルにはお菓子、そして茶器を持たされる清盛。ものめずらしい器を眺めているとまた違う女性がその中に何か入れ始める、それを不思議そうに眺める清盛は初めて大宰府に来た時初めて鸚鵡を見たときと同じようなリアクションに見えました(笑)
【いそPです】茶は鎌倉時代に、宋より栄西が伝えたと言われておりますが、平安初期に茶が飲まれていたと言う記録もあり、宋船がゆきかう大宰府ならば、この頃に茶はあったはず!と解釈しました。いずれにせよ、清盛にとっては珍しいものだったと思います。

【いそPです】ではまず、お問い合わせの多かった。お茶のシーンについて。後白河帝も、ここで初めてお茶を見たと思われます。お茶を入れる様子は、当時南宋で制作された、大徳寺所蔵『五百羅漢図』や『喫茶風景』を参考に再現しました。
お茶自体は、南宋あたりは抹茶といえども荒い抹茶だったらしく、緑よりは茶色かがったものだったらしいのですが、ドラマでは高貴な方に献上する演出の為、細かい現在の抹茶に近い、茶葉を荒挽きし、使用しました。 当時、団茶は粉末にして飲まれていたようです。
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太宰大監・原田種直がやってきました。
穏やかな口調で挨拶をする清盛にまずは宋国のお茶をすすめる種直。
いきなり飲もうとして止められる。茶筌でよく混ぜようやく飲み頃。まずは種直の飲み方を見る。
この時の清盛のお茶を飲んだ時の表情。好奇心満々の表情。盛国が豊かな国のようなのにどうして税の額が少ないのかを尋ねる。まぁ種直はああだこうだと自分たちは精一杯納税してると言い訳しまくりです。

国が豊かなほどにそれを狙ってくる賊を退治することも大変だと。
本来租税で支払わなければならないものを一部その郎党たちに分け与えているのかと清盛はいかにも理解したかのような口ぶり。そしてますます増徴する種直ですが…

ひとまず退散する事にする清盛と盛国だが、代々甘い汁を吸って自分たちの好き勝手にしていることがわかった清盛の繰り出す次の手は…

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うっとおしいやつが帰ってくれてほっとした種直だが、またすぐに種直のもとに戻ってきた清盛、ちょっとコミカルな再登場(笑)そして一緒に連れて来たのは兎丸と愉快な郎党たち(なんてな)。戸惑い気味な種直。
一応、まずは相手に対して失礼のないようにご挨拶する兎丸たち。盛国がやんわりと兎丸たちの身分を話し始めます。

「元は都へ運ぶ米を襲っていた海賊にござります。太宰大監様におかれましては、鎮西の暴れ者達に手を焼いておいでのご様子。」

種直の家人が太刀を抜いたけど、そこは清盛の作戦通りというか、穏やかな兎丸に愉快な郎党たち(じゃないつーの)が相手の家人にいちゃもんをつけます。すると兎丸が自分の郎党たちを目の前でぶん殴り、太刀を出した相手の家人に何事もなかったかのように太刀を納め「ご無礼致しました<(_ _)>」(笑)。若干ビビリまくりの種直。それをにこにこ見てる清盛。

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「海賊というのは存外、曲がった事が嫌いな者どもでござりましてな。」

郎党たちが屋敷に武器を運んできました。しばらくの間、自分たちの郎党を預け不埒な者どもを捕まえ痛めつけて差し上げましょうと盛国の言葉に戸惑い気味の種直、そしてそんな種直の前の茶碗を取って、嬉しそうに飲み干す清盛。

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「ぷはぁ~。まことうまきものにござりまするな。器も見事にて。宋伝来の物にござりますか?かように珍しく、うまきものを貴殿らだけで独り占めするなど、もったいなき事じゃ。どうじゃ?太宰大監殿。我ら平氏一門と手を組み、もっと鎮西の財を巧妙に動かして、共に、力をつけてゆかぬか?」
「播磨守如きに何ができると申す!」
「いろいろとうるさいやつじゃ。黙って俺に従え。」

あくまでも穏やかに、しかし緻密に作戦を考えて種直を屈服させた清盛。自分はあくまでも冷静に静かに穏やかに、しかし何かことあると郎党が忠では置かないぞといわんばかりの威圧感、この時の兎丸のちょっと下手に出た終始にこにこしながらもいざと言う時の凄みを見せて周囲をびびらせるなんて愉快じゃないですかぁ~♪

【いそPです】種直とのシーンで松山さんが考えていたのが、前回で斬首を経験した清盛の腹の座り具合を、どの程度にするかでした。種直を屈服させるのにも、怒鳴るか、静かに言うか、表情を変えないか。何度もリハーサルを重ねたそうです。

無事に信西に仰せつかったミッション終了で楽しい夕餉の時間。
兎丸は上機嫌。でも清盛にこれは全て相撲節会の元手とするから信西に全て渡すと聞いて「おもんない!」と拗ねておりますよ。そんな兎丸に

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「兎丸。これは朝廷と俺との相撲じゃ。俺がいかなる技をもって上つ方に手をつかせ奉るか、よう見ておるがよい。」

意味わかりましぇ~んって感じの兎丸に盛国が笑って酒をすすめる。こういう盛国と兎丸のシーンは重盛が生まれたときの宴の時をなんだか思い出すなぁ~。そういう様子を嬉しそうに見ている清盛様です。

無事に鎮西からの租税の米が届き、これで無事に相撲節会ができると大満足の信西。
すかさず清盛がその時の宴の膳を自分に担当させて欲しいと願い出る。さぁ、信西に言ってもダメならばと言うことで清盛の信西との相撲節会の幕開けですよ~。何も知らない信西はその申し出に心なしか喜んでいますね。まずは第一関門クリアという感じの表情の清盛。

屋敷に戻るとまたも成親が訪問、清盛の帰宅を待っていたようです。 なにやらお話したい事があるらしいぞなもし。
その夜、清盛は重盛に成親の妹・経子を妻にと言う縁談話をする。清盛にしてみたらきっと重盛もまんざらではないと思ったからでしょうね。まぁそればかりじゃなく、これからの平氏の事を思うと貴族と姻戚関係を結ぶことで何かと都合の良い事もあるだろうと言うことなんでしょうけどね。

戸惑う重盛に心配な時子だが

「いえ、良きお方と存じまする。」

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「今が一門にとってどういう時か、分かっておろうな?一つ過てば、全て水泡に帰するのじゃ。我が父の忍耐も、叔父上の死も。これも嫡男としてのつとめと心得よ。」

どの口で言うか~!とテレビに向かって叫んでいる視聴者の皆々様(自分も含め(笑))あの時は家貞が言ったんだけどね(笑)でも「一つ過てば全て水泡に帰する」何と重い言葉なんだろう。そしてこれものちのちの平氏の最後を予見してるような言葉ですね。一つ返事で応える重盛。

【いそPです】「今が一門にとってどういうときがわかっておろうな」とは第7回に家貞が清盛に言った言葉です。清盛が身分の低い明子(加藤あい)との結婚を申し出て、みんなから反対を受けた時でした。その言葉を言う立場になった清盛。

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「一門にとって、どういう時か分かっておろうな?あれは、殿が先の北の方様を妻としたいと仰せになった時、わしが申し上げた言葉じゃ。それでも殿はご自分の思いを貫き、先の殿もお認めになられた。その殿が、あのような事を、ほかならぬ重盛様に強いられるとは…。」
「あの頃より、はるかに重いと言う事にござりましょう。一門の背負うておる荷が。」
「まことに、立派になったのう盛国。」
「さような事は…」
「そなたがおって、殿もさぞかし、お心強かろう。」

清盛の棟梁としての成長が喜ばしくもあり、しかし先の殿よりも更に一門を守る為繁栄をさせる為に背負った重荷。それを盛国はちゃんと理解していつも清盛を守っている事、ただの漁師の息子だった盛国が今や自分をも越えるほどに清盛にそして一門になくてはならない存在になったことを家貞はそろそろ自分の役目も終わりなのかなと感じてるのか、そんな事を言われた盛国も嬉しさとしかし前を歩いて行く家貞の寂しそうな小さな背中を見つめるまなざしが寂しげでした。

1158(保元3)年2月、義朝の息子・頼朝は由良がお仕えしている統子内親王の計らいで皇后宮権少進の職務に就く事になりました。(由良が統子内親王に頼んでだけど)義朝・頼朝そして由良、統子内親王から頼朝にお祝いの品を賜わる事になり、由良がそれを頼朝に渡そうと持って行くんだけど突然その場で倒れてしまった!(>_<)由良に寄り添う頼朝、そして義朝は統子内親王から厳しい一言が

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「これといって悪いところは見当たらぬと、薬師は申しておったが…左馬頭よ。かの戦の成り行き、並びにその始末。そなたにとってはさぞ、やつらき事であったろう。されどこれ以上、由良に重荷を負わせてはならぬ!私は由良が不憫でならぬのじゃ。」

久しぶりの統子内親王様の登場。
義朝の気持ちもわかりつつも、でもいつも義朝や亡き為義の為に心痛めて一所懸命2人の仲を取り持とうと頑張っている由良を見ていたのははやはり統子内親王様ですからね。苦しいのは自分だけではないと統子内親王は義朝に伝えたかったんじゃないかと思います。

【いそPです】役柄的にしかめっつら系の演技が多くなってしまう源氏チームですが。みなさん本当に仲が良く、義朝の父・為義役だった小日向さんから義朝役・玉木さん、頼朝少年期役の中川君に至るまで、現場でも控え室でも笑い声が絶えませんでした。

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結局由良のもとに戻らず常盤の家で落ち込む義朝。あまりの自分の不甲斐なさ、信西の仕打ちに打ちひしがれてばかりのしおしおな義朝。常盤もそんな義朝に声を掛けたくても掛けられず。しかし、子供たちは無邪気なもので「父上!」と喜んで父の膝の上に座り込む。そんな息子たちに癒されながらも、自分の不甲斐なさにこみ上げてくる涙を止める事が出来ない義朝。まるで為義とシンクロしますね。

ますます、準備に大忙しの信西。そこに義朝が直談判にやってきました。

「信西入道様!私に、相応の国をお与え下さりませ。平清盛が播磨守ならば、私にもそれに並ぶ国を! さすれば一心に働き、きっと朝廷のお役に立ちまする!」

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参ったなぁ~という感じで聞いている信西ですが、丁度師光がやってきて節会の宴の膳の相談に清盛が来たと言うことで信西この場を逃れることができるという感じでそそくさと義朝のもとから離れる。あぁまたもつれなくされてしまった義朝…そして信西を追う目の先には清盛が、一瞬自分を見て去って行く信西にまたも辛酸舐男な義朝でありました。

これって、義朝が元服してまもなくの頃、家成に為義が北面の武士に義朝を入れて欲しいと願ったのを却下されてしまった時みたいだよね。あの時も結局清盛は北面の武士(あの時は本人は嫌がっていたけど)に任ぜられたけど義朝は相手ももされなかったですもんね。

そして、重盛と経子の婚礼の日がやってきましたが、同日・同時刻に相撲節会も催されていて、経子の実兄・成親はそちらのお務めの為に欠席となりました。残念!丁寧にそのことを謝る清盛に対して経子も利発に応えます。
 

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「宮中の行事は、兄の大事なるつとめにござります」
「この婚礼もまた、同じほどの大事なる事。経子殿が我ら一門に加われば、成親様と我ら一門の絆は一層深まりましょう。今日はそのよき縁を存分に祝うとしましょうぞ!」

ますます険しい表情の重盛。
そして相撲節会も始まったようです。信西も満足そうな表情。でも簾越しで相撲を見ると言うのはどうなんだろう?ちゃんと見えるんだろうかねぇ~。

それぞれ興味津々な感じで初めての取り組みを見るようです。
この当時の相撲てモンゴルとか韓国などで見るものと似ていますね。今の相撲とは趣は違いますね。
そして清盛が準備した膳も続々と運ばれてきます。

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婚礼の方も頼盛・経盛・教盛が家貞の歌に合わせて舞いを舞っておりますが、やっぱ頼盛訳の西島さんは踊りの所作というか丁寧かつ動作が綺麗ですよね(ダンスがキレが違いますね(笑))清盛も一緒に歌っておりますがそこに盛国がやってきてなにやらひそひそ話。
【いそPです】「婚礼の宴会で、盛国が何が清盛に伝えに来ましたが、あれは何?」というご質問ですが、単純に節会が無事に進んでいますという連絡です。

【いそPです】この頼盛たちが、平氏の繁栄を祈って歌っているうた。芸能指導の友吉鶴心さんと相談して、梁塵秘抄という当時の歌集から選んだ言葉をミックスして、当時いかにもありそうな歌にしたてています。数十年後に、平氏が滅ぶ事を思うと皮肉な歌ですよね。

教盛が清盛を誘って舞を一緒に踊るように薦めます。

基盛が新郎新婦の所にやってきてお酒を注ぎながら

「義姉上。弟の基盛にござります。よろず固き兄にござりまするが、どうぞよろしゅうお頼み申しまする。ほれ!またさように硬うなられて。」

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しぶしぶ基盛の酒を受ける重盛、楽しそうに歌い踊る清盛、そして相撲も順調に進んでいるようです。投げ飛ばされる迫力に貴族たちもおっかなびっくりな表情。膳に口をつける忠道様。何を食べてるんだろう?鮑かな?お上品にお口に入れますなぁ~。

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取り組みも順調に進んでいるようですけどそこへ突然、見たことのないような姿をした女子たちがやってきました。手にはお茶碗などを持っているようですが後白河帝は相撲そっちのけでその女子たちに釘付けです♪

清盛たちも大盛り上がり、経子も楽しんでおりますが、何を思ったか突然重盛

「…申し訳ござりませぬ。」次の瞬間、経子の前に座り

「申し訳ござりませぬ!此度の縁、なかった事にして頂きとうござりまする!」
【いそPです】そして窪田さんのエピソード。先程の婚礼のシーン。重盛役の窪田さんと、重盛が最初に謝るのは「誰に対してか」について、現場でかなり時間をかけて話し合いました。父に対してか、一門に対してか、経子に対してか。細かい話ですが、重盛のキャラクターが出る部分なので、慎重に撮影したシーンです。

相撲も佳境に入っておりますが、清盛のところも重盛が清盛いや?一門に勝負を挑んでいる?
帝はすっかり相撲よりも、珍しい姿の女子が入れる不思議な飲み物に心が鷲掴み!のようです。

さて重盛と清盛の一番勝負の方は

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「重盛。いかなる事じゃ?申せ」
「経子様には何の不服もござりませぬ。しかし、私には嫡男としての覚悟がござりませぬ。一門のためとはいえ、大叔父上をおのが手で斬る事が出来る父上の、それを命じた信西入道と、平気で働ける父上の、跡を継げるだけの腹が据わりませぬ!」

緊迫した空気の中、清盛は穏やかな表情で重盛の話を聞き入っている。無碍に怒鳴りつけたりするんじゃなくまずは相手の意見をちゃんと聞く。そして重盛の目の前まで行き

「さようか。お前の考えはようわかった。だが、お前の戯言に付き合うておる暇はない。つべこべ言うておらず、早う婚礼を済ませ、子でも、もうけよ!」

と重盛の首根っこ捕まえ、庭に向かってブン投げた!(>_<)
一門の皆、ビックリ!投げ飛ばされた重盛も何が何だかわけわかめという表情。
何事も無いような涼しい顔の清盛、経子の前に座り

「ご無礼をつかまつりました。<(_ _)>」

自分より目下それも息子の嫁になる女子に対して自ら頭を下げる父の姿。そして経子に杯を渡す清盛

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「かようにふつつかな倅にござりまするが、末永くよろしくお願い申し上げまする。」

そんな清盛を池禅尼だけは微笑ましく見ています。この時の池禅尼の表情がたまらなくいいですね。
そしてまた何事も無かったかのように家盛の音頭で歌と舞が続けられ、重盛の方を見ながら杯を飲み干す清盛の優しい眼差しと重盛の表情。この勝負、完全に清盛の勝ちですね(笑)

相撲も大一番の真っ最中!長門が勝ちましたが、後白河帝は茶碗に釘付け。
天目茶碗を珍しそうに見入り、お茶を堪能しております。これはかなり気に入ったようですよ。

このシーン、照明さん頑張ったと思います。
綺麗に天目の模様がライティングで映し出されていましたね。


【いそPです】茶碗は特別に、大徳寺龍光院所蔵の国宝・南宋時代の曜変天目茶碗の代用品を拝借、お茶は奈良県茶筅組合に当時に近いものを再現しました。みなさんのご協力に感謝です。 しつこい(?)ですが、五百羅漢図やその他の資料では、朱塗りの天目台が多くありますが、黒の方が高貴であるとの事により、黒無地の漆塗りに、平家をイメージする蝶をラデンであしらった、天目台を特別に拝借させて頂きました。

無事に相撲が終わり、信頼がいつものように「勝者に帝よりお言葉を賜わる」と言うんだけど、この子鳥羽を行って必ず帝が相手に対してお言葉を行ったためしは無いわけで…やはり今回も心はもうあのお茶と茶碗に奪われちゃいました。なんだかお相撲さんたちが可愛そうですぅ。(ー3ー;)ブー

「この膳は誰が支度した?この珍しき茶はなんぞ?」
「勝者にお言葉を…」

すかさず信西が帝の前に座り

「播磨守清盛による支度にござります。宋国のものを、宋国の作法にのっとり、いれたものと存じます。」
「何故、播磨守がさようなものを知っておる?」
「此度の相撲節会、播磨守自ら、大宰府へ出向き、太宰大監を、意に服させ、鎮西の財を滞り無く集めたゆえかないましたもの。そこで見つけた面白きものを、相撲節会にて披露したは、播磨守の、座興にござります。」

これは何だか前回の後白河帝から清盛に向けられたメッセージのアンサーソングのようにも感じました。
新しモノ好きな帝にはこういう趣向をすることで信西を通して遠まわしに太宰大弐の役職を貰うより直接自分が太宰大弐になればこんなことも可能なのだという帝と信西に対しての大勝負の一番だったのですね。

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「決めたぞ。播磨守清盛を、太宰大弐とする。」

あるものは驚き、あるものは納得し、信西も「清盛にしてやられた」とよい意味で納得したような表情。
宴も終わり、庭で太刀を振るう清盛。部屋には信西が報告にやって来ている。

「して異論は無かったのか?」
「他でもない、帝が厳命されたのじゃ。誰にさような事ができよう?全く、そなたの相撲にはあきれたわい。手も触れず、勝ちを得おったのじゃからのう。」

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そういう信西の満足そうな表情と、清盛の表情。いいですねぇ~。

【いそPです】大宰大弐というのは、大宰府という役所の実質的な長官ですが、なぜ清盛がこの役職にこだわったのかというと、博多という海外への窓口を支配することができるからです。 日宋貿易への足掛かりをつくれるわけです。清盛の身分で大宰大弐というのは異例のことでした。


そして清盛が太宰大弐の辞令を下した直後、守仁親王と美福門院に対して「この座が欲しいならばくれてやる。」とあっさり譲位しちゃいました。

慌てるのは信頼と成親だが後白河帝は「自分はもっと面白い遊びをしたいねん、ほやけど玉座におってもあやつ(清盛)と遊ばれへんやん」ってあーた(ーー;)信頼誰か分からず「あやつ?」

そのあやつ(清盛)が歩いていると前に義朝とばったり遭遇。
清盛にとっては本当に久しぶりの義朝との再会。義朝はところどころで姿を見てるわけだけど…


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「義朝。久方ぶりじゃな。」
「信西入道のもくろみが分からぬか?源氏を叩き、平氏を取り立てる。武士に絶大な力を持たせる気は毛頭ない。貴様も用が済めば捨てられる。我が父や、貴様の叔父のように、無残にな。」
「それでも今は、他に道はない。信西殿と手を組むよりほかに。」
「その先にあるというのか?貴様の言う、武士の世とやらが。」
「そうだ。」

【いそPです】清盛は四位なので黒、義朝は五位なので緋色(オレンジ)、身分によって異なる色の束帯(そくたい)という衣装を身につけています。ということで一目で身分が違うと分かるため、義朝の清盛への対抗心は相当なものだと思います。<

この時の清盛の義朝を見るまなざしがなんだか哀れでもあり、そして寂しげに感じました。
義朝の言いたいことなんて清盛は痛いほどわかっているし、だからこそ暴力や暴言などではなく、自らがチャンスを作り直接欲しいものを勝ち取ろうとしている清盛。

今回はツイッターでいそPが解説してくれたことも盛り込みました。
さぁ、いよいよ、平治の乱に向かって清盛と義朝の戦いの序章の幕開けですね。


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