【第30回】
「まだか?まだか?まだ戻らぬのか!?おぉ!これじゃ、これじゃ!これを待っておった!」
「長の旅、御苦労であった。だが遅い!祝いは速やかにせねば上皇様が御機嫌を損ねかねぬ!あれほど急いで戻れと言うたものを!」
「さような減らず口を!」
「ああ、もうよい。参るぞ。」
「右小弁時忠、常陸介教盛、遠江守基盛が上皇の近臣成親に、憲仁親王の立太子を持ちかけたと聞く。」
「さような事は…」
「まこととあらば、全て私の不行き届き。面目次第もござりませぬ!されど、この清盛、帝への忠義に一点の曇りもなき事、改めてお誓い申し上げまする。」
「この、たわけどもが!詫びて済む事ではない!そなたたち3人は今すぐ官職を返上せよ!」
「解官、ということにござりますか?」
「そうじゃ。」
「それよりほかに、帝のご信用を取り戻す手立てがあるか!?あるなら言うてみよ!流罪にならぬだけありがたいと思え!」
「基盛。お前はわしの若い頃によう似ておる。」
「出来のいい兄弟がおると、それを良い事に甘え、己の好き勝手にしとうなるものじゃ。だがな、基盛。お前にはお前の役目があって、平家の男子としてこの家に生まれてきたのだ。お前も、重盛も誇らしい我が子ぞ。」
「父上のお言葉、肝に銘じて、一層務めます!」
「うむ。」
「精が出るのう。」
「父上、母上。」
「高野山とな?」
「それでは父上、母上、行って参ります。」
「うむ。」
「くぅ…基盛…あ~~っ!(涙)基盛…。」
「かの保元の戦の後、上皇様が流罪となられた地にござります。」
「何を言いたいのだ?」
「お召し頂けますれば、こちらから伺いましたものを。」
「これは?」
「摂関家歴代の故事。儀式や衣食住に関する作法が書かれておる。」
「何故私にかようなものを?」
「皆に集まってもろうたはほかでもない。安芸の厳島の社に、経典を奉納する。」
「そうではない。一門の繁栄を祈願するためじゃ。」
「されど、一門の繁栄は、多くの犠牲の上に成り立つもの。これまで無念にも命を落とした者たちの冥福を祈りたい。一門に限らず、この新しき世を迎えるまでに、志半ばにして失われた全ての魂を、鎮めたいのじゃ。」
「ここはどの辺りじゃ?」
「福原にござりまする。」
「海が見えるな。」
「私が幼き頃に過ごした大輪田の海にござりまする。」
「ほう。懐かしいのう。」
「はあ。」
「まだ言うておるのか?」
「つまらぬことを申すでない。いずれ連れ戻してやるゆえ、しばらくおとなしくしておれ。」
「では、時忠達者でな。」
「えっ?」
「皆の力で、経典全三十三巻が出来上がった。よき日を選び、うちそろって厳島へ、納めに参る。」
「やはり、海はいいの。」
「潮の流れも読んだとおり、夕刻までには着きましょう。」
「うむ。」
「これも讃岐の院の呪いにござりますか!?」
「つまらぬ事を言うでない!」
「経典を海に投じましょう!これが讃岐の院の怨念の仕業ならば、きっとそれで収まりましょう。」
「たわけた事を!」
「これは、平家だけのものではない!王家・摂関家・藤原氏・源氏もろもろの人の魂が込められておる!無論、讃岐の院の御霊も!これを捨てるは皆の魂を捨てるに同じぞ!」
「船が沈めば同じ事にござります!」
「この船に誰が乗っておると思う!?」
「兎丸!豊藤太!荒丹波!麒麟大夫!」
「鱸丸!」
「お前たちが頼りぞ!行け~!無事に厳島まで進むのじゃ~~!」
「南無観世音菩薩…」
「うむ。死ぬかと思うたがな。」
「あはははは~(笑)」
「この経文一揃え厳島のご神前に奉ります。」
「承りました。」
「ふっ、ふふっ。(笑)」
「兎丸。博多を、都の隣に、持ってくるぞ。」
「えっ?」
【第29回】
「この度、正三位となる大恩をこうむり、平家一門にとってこの上なき誉れにござります。」
「お戯れを。このような日が来る事を、上皇様は、かの保元の戦の折よりお気付きであったはず。上皇様を頂く新しき世の始まり。我ら平家が力を尽くして、お支えする所存にござります。」
「家貞、よいよい。」
「兎丸がこれをそなたにと。ほれ。」
「またよき時に食うがよい。」
「先々代の…正盛様でござりました。初めて私に、唐果物をお与え下されたのは。かようにうまき物がこの世にあろうものかと、それはもう驚き、毎日でも食べたいと、思うたものでござります。それゆえにでござります。私が一門において、宋との交易を、盛んに進めてまいったのは。」
「えっ?そうなのか?」
「ただ唐果物を毎日食いとうて?」
「はい。」
「アハハハ~呆れたやつじゃ。」
「されど殿、そんなものでございますよ。欲する事、欲しいと思うこと。すなわち、欲こそが、男子の力の源。亡き大殿。忠正様、家盛様。あるいは鳥羽の院。悪左府様。信西入道。源氏の棟梁・義朝殿。殿はこれから先、そうした方々全ての、思いを背負うて、生きてゆかれるのです。」
「もとよりその覚悟じゃ。それこそが、我が欲じゃ。」
「唐果物を頂きとうござります。」
「さようか。」
「はっ。」
「ふふっ(笑)」
「清盛様は、何をご祈願なされましたか?」
「もっと強うなることじゃ。」
「この海で…。兎丸!お前の率いる宋の船と出会い、この宋の銭で面白き事をしたいと言うてから、もう30年近うたつ。随分と待たせたが、わしはやるぞ!」
「そのためにこそ、この国の頂に立ち、この国を動かせるだけの、強き力が欲しいのじゃ。」
「大宰大弐。公卿議定において、途方もない事ばかり申しておると聞く。」
「不調法な新参者にて、お恥ずかしい限りにござります。」
「申してみよ。そなたが思い描く国づくりとやらを。」
「何というても交易にござります。国をあげて宋と取引をし、宋の銭・宋銭を国中に広める事が出来れば、さまざまな品がよどみなく国を巡り、豊かになりましょう。」
「わが妻・時子にござります。これより先は乳母として平生の御用は何なりとこれにお言いつけ下さい。美福門院様はいまだ、皇子様がおいでにならぬ事を大層お気に病んでおられました。中宮妹子様がご出家なされた今、お傍近くに女子がなくては、諸事滞りましょう。」
「相変わらず、頑なな女子じゃのう。」
「障らせておけばよい。あのお方は、近づき過ぎれば痛い目に遭う。さりとて遠ざけ過ぎればご機嫌を損ねよう。つかず離れず、ほどよい間を保つのが吉じゃ。」
「その腹に、子がおるとはまことか!?」
「まことにござります。」
「その子が…その子の父が上皇様とはまことか!?」
「まことにござります。」
「はぁ=3迂闊であった。あの上皇様の事、入内の目論見に感づかれれば、いかなる嫌がらせを仕掛けてこられるか、十分に考えられたに…。」
「なんとなんと。気ままな女子と思うておったが、ここまでとは!」
「ただの上皇様ではない!あのお方ぞ!」
「はぁ~。台無しじゃ。あのお方とはつかず離れずを保つ。帝とのつながりを磐石にする。それがこの先、朝廷において一層の力を持つには欠かせぬ事であったものを!」
「いや、許さぬ!俺は一切手を貸さぬ!」
「娘らは平氏の身内である事を第一に考えよと教え込め!よいな!」
「何の騒ぎじゃ?」
「なんと、ばかげた…」
「もう、よいではないか。さような事で人の値打ちが変わる訳ではなかろう。そもそも滋子が、さようなつまらぬ事を気にする女子であったとは…。見損なったぞ。」
「殿には、恋する女子の気持ちは分かりませぬ。」
「なんじゃと?」
「取りやめに致します。上皇様のもとへは参りませぬ。」
「さて、清盛。なんとするのじゃ?婚礼が取りやめとならば、それこそ上皇様のご機嫌を損ねられよう。」
「はぁ~」
「お間違いなきよう。上皇様は、お怒りになって会われぬのではござりませぬ。」
「ん?」
「ふふっ(笑)」
「ここにおったのか。」
「そなたも早う支度せい。」
「えっ?」
「巻き髪が醜いなどと、誰ぞが大昔に決めた事。さような因習にとらわれているうちは、新しき世など名ばかりでござりましょう。」
「殿。ありがとうございます。」
「わしはただ、上皇様に借りをつくりとうなかっただけだ。またこれをしおに、宋との商いにも弾みがつけばよいと思うてな。」
「はい。」
「遊ぶ~子供の~声~聞けば~わが身さへこそ~動がるれ~♪」
【第28回】
「成親殿。此度ばかりは許しましょう。だが再び、このような仕儀となった時は、身内とは思いませぬゆえ、覚悟なされませ。」
「あなた様は、信西殿の座を取って代わる為、謀反を起こされた。さような愚か者を生かしておいては、志半ばで無念の死を遂げた信西殿が、浮かばれますまい。」
「志なき者の一生が面白うないは道理。六条河原でにて斬首とする。」
「右兵衛佐はどうなった?義朝が子、右兵衛佐頼朝じゃ。きっと見つけ出せ。頼朝を捕らえ処分せねば、この戦は終わらぬ。」
「落ち延びる途上、父や兄とはぐれたと聞く。その後の事は存じでおるか?」
「いえ。お聞かせ頂きとうござります。」
「下がらせよ。」
「俺の覚悟は、叔父上を斬った時から決まっておる。新しき国づくりを邪魔立てする者は許さぬ。たとえそれが友の子であっても。」
「これは母上。お呼び頂けますればこちらから伺いましたものを。して?」
「これは思いもかけぬお言葉。いかがなされました?」
「似ておるのじゃ。頼朝殿は、亡き家盛に。」
「似ても似つきませぬ。」
「似ておる。父思い、母思い、兄思いのところがな。頼朝殿が斬られるは、家盛が二度、その命を奪われる心地がして…。」
「申し訳ござりませぬが母上、私は平氏の棟梁として情に流される訳には参りませぬ!」
「頼朝を斬るなら、ご自分も飢え死になさるそうじゃ。大事ない。長年、豊かに暮らしてこられたお方じゃ。断食など3日ともつまい。」
「師光殿!」
「言われるまでもない。」
「常盤殿、ひさかたぶりじゃな。おのが立場、知らぬ訳ではあるまい。何故自ら参った?」
「その乳飲み子は?」
「暮れに生まれたばかりの、牛若にござります。」
「暮れ…」
「側女にするつもりなどない。」
「そうじゃ。ふっ。」
「時子。時子!落ちつけ。そうではない!そなたに遠慮しての事ではない。」
「常盤は、義朝が心の支えとしていた女子ぞ。それを我がものにしようなどと、どうして考えられる?」
「時子。そなた、俺をたばかったのか!はぁ~。」
「そなたに沙汰を申し渡さねばならぬ。が、その前に…源氏重代の太刀髭切じゃ。かの戦にて、そなたの父・義朝と一騎打ちとなった。その折に、義朝が遺していった。」
「お前はそれで気が済むだろう。ただ一心に太刀を振り回し、武士として生き、武士として死んだ。そう思っておるのだろう?だが、俺はどうだ?俺はこの先も生きてゆかねばならぬ。お前がおらぬこの世で、武士が頂に立つ世を切り開いてゆかねばならぬのだ。それがいかに苦しい事か分かるか?いかにむなしい事か分かるか?だが、俺は乗り越える。乗り越えてこその武士じゃ!醜き事にまみれようと、必ずこの世の頂に立つ!途中で降りた愚かなお前が見る事のなかった景色を、この目で見てやる!その時こそ思い知れ!源氏は平氏に負けたのだと!あのつまらぬ乱を起こした事を悔やめ!己の愚かさを罵れ!俺はお前を断じて許さぬ!」
「誰が殺してなどやるものか。まことの武士がいかなるものか、見せてやる。源頼朝を、流罪に処す。遠く伊豆より、平氏の繁栄を指をくわえて眺めておれ!」
「ちょうどこれくらいの頃であったろうか。俺の実の母は、俺の命を守る為死んだ。」
「己の身はどうなっても、子らを助けて欲しいと申したな。」
「死ぬ事は許さぬ。母ならば生きて子らを守れ。」
「さようか。」
【第27回】
「皆も知ってのとおり、中納言信頼様が左馬頭義朝に命じ、上皇様と上西門院様、そして、帝を幽閉し奉った。すなわち、今は信頼様がこの国の頂に立つお方。断じて攻めようなどとは考えるな。よいな?」
「ん~、う~ん、やはり家の飯はいいのう。道中干物ばかりで飽き飽きしたわ。清三郎、弟たちの面倒をよう見てやったか?」
「おぉ、そうであったな!ハハハハハ~ッ。そうであった、そうであった。」
「よし。我が意どおりじゃ。」
「膳を下げよ。」
「これは奇怪な。大納言様と、検非違使別当様が私如き者に平伏なさるとは。」
「ほう。」
「して。」
「フッ(笑)巻き込まれただけとは片腹痛い。公卿どもがかたらって信西殿を亡き者にした事は分かっておるのだ!(怒)」
「まことならば、叩き斬ってやりたいところ!だがこうして自ら俺を訪れた度胸は見上げたものよ。それに免じて此度ばかりは許してやる。そなたたちの望み、叶えてやろう。その代わり、いかなる事でもすぐと約束せよ。」
「返事は!?」
「これが定めなのであろう。」
「これが定めなのだ。」
「源氏と平氏」
「2つの武家の嫡男として出会い…」
「棟梁となった。」
「源義朝と。」
「平清盛の。」
「直ちに、都中に触れ回れ。帝は六波羅におわすと!」
「此度はにわかな変事、さぞかしお心を痛めておいでとお察し申し上げます。この六波羅においで頂きましたからには、我ら一門、命を賭してお守り致します。」
「さて、清三郎。年明けの元服だが…すまぬ。少し早まった。」
「本日より宗盛と名乗るがよい。さて、宗盛。初陣じゃ!」
「義は我らにあり!内裏に立て籠る逆賊どもを、討ち取れ!」
「よし。手はずどおりじゃ。」
「平氏が棟梁・平清盛!」
「武士とは勝つ事じゃ。いかなる事をしても、勝ち続ける事じゃ!お前は負けたのじゃ!」
「義朝!次などない戦に…負けたのじゃ。」
【第26回】
「誰がさような不埒なことを?」
「信西殿は無事なのか?」
「義朝が…謀反じゃと?信西殿の首を狙っておるじゃと?」
「なんと、浅はかなことをしたのじゃ義朝。あれほど言うたのに、まだ分かっておらなんだか。信西殿は、武士の悲願をかなえるために欠かせぬお方ぞ!俺がいま少しのぼるまで、何故待てなんだ!」
「熊野詣では取りやめじゃ!すぐに都へ引き返す!」
「義朝に信西殿を殺させてはならぬ!これ以上、取り返しのつかぬ事をさせてはならぬ!」
「者ども。都へ戻るぞ。すぐに支度をせい!」
「さような暇はない。近隣の武士を素早く集めよ。褒美はいくらでも取らせると言え。その間に阿倍野へ物見をやり、悪源太の軍勢を見て参れ。3000は噂にすぎぬやもしれぬ。」
「こうしておるうちにも信西殿の首が…取られるやもしれぬのだぞ。」
「この風が、都の義朝に伝えてはくれぬものか…。愚かな事はやめよ。信西殿を殺してはならぬ!」
「こんな月の夜であった。信西殿と初めて会うたは。」
「それから後も俺は道を見失うてばかりいた。己の進むべき道を。そんな時…不思議といつも信西殿が、目の前に現れたものじゃ。」
「信西殿は、時に優しく…時に冷徹に…俺を導いてくれた。」
「俺は…平清盛ぞ。者ども続け!平清盛は、断じて友を見捨てはせぬ!」
「よぉ~し!悪源太など蹴散らしてしまえ~!」
「ハッ…アァ…ハァア(T0T)信西殿。信西殿。」
「なんと言うことをしたのじゃ…義朝。何ということを…」
「全て終わりじゃ。義朝。もう取り返しがつかぬ。これがお前の出した答えならば…受けて立とう!」
「平氏は…源氏を滅ぼす!」
「源氏は…平氏を滅ぼす!」
【第25回】
「相変わらずせわしないお方じゃ。」
「信西殿が現に生ける観音?」
「ふふっ…感心を通り越して呆れ申す。遣唐使の再開とは…まこと、大願じゃ。」
「奥方の病、篤いと聞く。宋の薬が入り用ならば、いつでも言うてくれ。」
「貴様の助けなど借りぬ。」
「さような事を言うておる時か!」
「源氏は平氏とは違う!信西入道と組んで得た宋の薬など、ありがたがって受け取りはせぬ!」
「覚えておるか?いつかお前の父が俺の父を闇討ちしようとした時の事を。その時…我が父が言うたことを。信西殿に平氏の武力財力を利用させる代わりに、平氏は信西殿の知力を利用しておる。すべては朝廷に対して十分な力を得る為じゃ。」
「さようなものが武士と言えるか?力でのし上がってこそ武士の世ではないのか?!」
「それが通用せぬことは…かの戦の始末で思い知ったであろう。」
「やはり、最も強き武士は、平氏じゃ!そなたのような弱き者を抱えた源氏とは違う!」
「此度、宋と取引した品々じゃ。」
「全てか?!」
「あのお方の御機嫌がよい限り、我らの思うとおりの政ができるゆえな。」
「承知した。」
「諸国より、薄く広く租税を集めよと命が行き届き、これまで飢えに苦しんでおった民の暮らしが、次第に楽になっておるのだ。」
「病で明子を失うた時、俺は恨んだ。宋の薬をたやすく手に入れられぬ国の仕組みを。さような政しかできぬ朝廷を。」
「俺は賭けるぞ。信西殿の国づくりに。これまで武士がのぼった事のない、高みにのぼってやる。そして…あいつがのぼってくるを待つ。」
「信西殿、その姿は何事か?」
「さて、清盛殿。次はそなたの出番じゃ。熊野へ参れ。」
「船を造り、水軍を集めるのじゃな?」
「さようなことではない!」
「えっ?」
「大願成就には熊野詣じゃ。」
「フッ、フフフ~(笑)アハハ~」
「承知した!」
「者ども、これは一門の悲願をかなえる熊野詣でぞ。」
「清三郎。戻って年が明けたら、元服ぞ。」
「はい。きっとに、ござりますよ。」
「よし。者ども!出立じゃ!」
「殿。」
「あぁ、家貞すまぬ。起こしたか?」
「いかがなされました?」
「考えておったのじゃ。新しき、世の事を。新しき世をつくるに欠かせぬ、2人の事を。」
「此度の恩賞として、各々の官位を1つ上げてつかわすと仰せじゃ。」
「いや、俺の公卿への昇進だけは、見送られた。そう甘くないことは俺とて、重々承知の上じゃ。だが俺の譲りという事で…重盛。お前は従五位上に昇ると決まった。」
「我が嫡男として覚悟の上、しかとつとめるのだぞ。」
「これより先も信西殿の政を、支えて参る!」
「またしても我が一門の懐を当てにしておるな?」
「なんのなんの」
「昨年の各地における租税一覧にござります。」
「何じゃ?俺の知行する播磨の国はしかと納めておるはずぞ。」
「存知でおりまする。難題は鎮西にござります。」
「鎮西?」
「ん?播磨よりはるかに少ないではないか。何故じゃ。」
「さような事ならば、もっとよい手立てがある。俺を原田より上の大宰大弐(だいに)に任じよ。」
「俺に、国の宝となれと言うたは…空言であったのか。私利私欲の為だけに我が一門を犬と使おうとするつもりなら…信西殿といえども容赦はせぬぞ。」
「政そのものよりも、得子様のお心を弄ぶ事に、楽しみを見出されたのであろう。困ったお方じゃ。」
「信西の使いで鎮西へ。大宰府を手に入れるのじゃ。」
「播磨守清盛にござる。」
「まことならば租税すべきものを、そやつらに分け与えておったという事か。」
「御免つかまつる。」
「ぷはぁ~。まことうまきものにござりまするな。器も見事にて。宋伝来の物にござりますか?かように珍しく、うまきものを貴殿らだけで独り占めするなど、もったいなき事じゃ。どうじゃ?太宰大監殿。我ら平氏一門と手を組み、もっと鎮西の財を巧妙に動かして、共に、力をつけてゆかぬか?」
「播磨守如きに何ができると申す!」
「いろいろとうるさいやつじゃ。黙って俺に従え。」
「兎丸。これは朝廷と俺との、相撲じゃ。俺がいかなる技をもって、上つ方に手をつかせ奉るか、よう見ておるがよい。」
「その相撲節会だが、信西殿。俺に宴の膳を支度させてはくれぬか?きっと信西殿の政に、ふさわしき膳を届けてみせようぞ。」
「成親様は、既に帝の近臣にて、いずれきっと公卿になられるお方じゃ。家同士、結んでおいて損はない。」
「今が一門にとってどういう時か、分かっておろうな?一つ過てば、全て水泡に帰するのじゃ。我が父の忍耐も、叔父上の死も。これも嫡男としてのつとめと心得よ。」
「経子殿。相撲節会と日が重なり、成親様に来て頂けぬ事と相成り、申し訳ござらぬ。」
「この婚礼もまた、同じほどの大事なる事。経子殿が我ら一門に加われば、成親様と我ら一門の絆は一層深まりましょう。今日はそのよき縁を存分に祝うとしましょうぞ!」
「重盛。いかなる事じゃ?申せ」
「さようか。お前の考えはようわかった。だが、お前の戯言に付き合うておる暇はない。つべこべ言うておらず、早う婚礼を済ませ、子でも、もうけよ!」
「ご無礼をつかまつりました。<(_ _)>かようにふつつかな倅にござりまするが、末永くよろしくお願い申し上げまする。」
「義朝。久方ぶりじゃな。」
「それでも今は、他に道はない。信西殿と手を組むよりほかに。」
「その先にあるというのか?貴様の言う、武士の世とやらが。」
「そうだ。」
【第23回】
「そもそも、死罪などという法はないはず。」
「いにしえにはあった。」
「さようなものを今更!」
「だからと言うて、身内を斬れとは非情にすぎる!元は、王家摂関家の争いに駆り出され、命懸けで戦うた武士が何故この上、さような苦しみを背負わねばならぬ?!」
「いつまで武士を犬扱いするおつもりか?!」
「卑劣な…」
「…お前が斬れ」
「さような…」
「見届けて欲しいと言うたな。己が平清盛であるということを。ならば、お前が斬れ。」
「御免つかまつりまする。」
「斬れ~!清盛!」
「斬れませぬ!」
「いや。参る。」
「此度は、かように晴れがまし宴にお招きいただき…身に余る誉れにござります。今後とも、お導き頂けますよう、お願い申し上げまする。」
「何が"遊ぶ為に生まれてきた"だ。武士の力を見せつけたところで、何も変わらぬ。変わっておらぬ!」
「その通り。戦に勝ったからというて、何も変わらぬ。」
「信西!」
「そなたは新たな荷を背負うた。叔父を斬ったという重き荷を。」
「それは、そなたが…。」
「気楽な事を言うな!太刀を手にしたこと事もない者が、気楽な事を言うな!」
「平氏は常に、一蓮托生!一門の繁栄を築き上げるが、一人一人の背負うた使命と、心得よ!」
【第22回】
「はぁ~っ…終わった。終わったのだ。」
「義朝。」
「やはり戦はお前が一枚上手であったな。見事であった。王家の御諍いに武士が決着をつけた。お前が昔から言うておった通りに、武士の力を見せ付けたのじゃ。もう、すぐそこまで来ておるのじゃ、武士の世が。此度、武士の力なくして、世は治まらぬことを証した。朝廷に対しても、これまでよりずっとよく物申せるようになろう。さすれば、世を変えられよう!」
「いかなる世に変えるのだ?」
「さあ、そこじゃ!それをこれから考える事ができる!面白き事を己で考え、面白き事を己で形にする。かように面白き事があるか?」
「面白き…またそれか!」
「悪いか?」
「いや、貴様らしいわ、フフフフフフフッ(笑)」
「アハハ~。『強う生きたい』であったな。お前の志は。もう遂げたのではないか?その志は。」
「友切というたか?」
「だが、これを機会に名を変えたい。『友を切る』とはいかにも縁起が悪いゆえな。」
「友?フッ(笑)」
「なっ…貴様を友と言うたのではないぞ!」
「えっ?…分かっておるわ!」
「いやいやいや、分かっておらぬ。ずうずうしい奴だ。」
「髭切にせい!」
「何だと?!」
「何じゃ?そのむさ苦しい無精髭は。その太刀で切れ!」
「夜通し働き、また次の夜が巡ってこようとしておるのだ。無精髭くらい生えるわ!」
「ふわぁ~ぁ。道理で眠いと思うたわ。俺は引き揚げる。またな。」
「帰ってきたのだなと思うてな。フフッ(笑)」
「フッ(笑)。叔父上の事。きっと無事に逃げ仰せられたであろう。」
「お探しにならぬのですか?」
「棟梁としてそれはできぬ。」
「叔父上…」
「やめよ。俺が命じたのだ。叔父上をお探しせよと、俺が忠清に命じた。残党狩りにあうやもしれぬと思うたら、放ってはおけなんだのだ。」
「放さぬか!わしらに生き恥を晒せと言うか!賊となったこの身を捕らわれ、一門の災いとなる…かような辱めがあるか!」
「それでも、ここにおとどまりくださりませ!」
「何じゃと?!」
「ここにおとどまりくださりませ!」
「たわけ!それでも棟梁か?!」
「棟梁ゆえにござります。叔父上は、一門に欠かせぬお人にござります!」
「たわけ。」
「此度の恩賞で、私は播磨守となりました。」
「播磨?!」
「さようなことはさせませぬ。信西殿に私から、しかとお頼み致しますゆえ!」
「それで助かったとて、おめおめと再び、一門に連なれると思うてか?」
「平氏を思うならばここにおとどまりくださりませ。我ら武士が朝廷に物申し世を変えるはこれからにござります。どうかお力添えください。」
「そう仰せになった叔父上にこそ、見届けて頂きとうござります。私が平清盛であることを。」
「我が叔父・忠正が敵方に与したは、一門の滅亡だけは避けようと、やむをえぬ仕儀にござりました。断じて帝への背信、謀反の心からではござりませぬ。播磨守となりました今、我ら平氏は一層、帝のお役に立てましょう。まことならば、叔父・忠正は、その要にあるべき者。なにとぞ、罪定めの際、ご考慮頂きたく、お願い申し上げます。」
「…ふっ、ふっふ…」
【第21回】
「敵の要はなんと言っても鎮西八郎為朝じゃ。これを討たねば門は開かぬ。奴を狙え。」
「それでは平氏の武功にならぬ。たとえ勝っても王家の犬のままぞ。」
「南門は忠清・忠直に任せた!重盛・基盛。そなたたちも忠清の勢に加われ。これは初陣にして、しかも掛けがえのない一戦じゃ。この戦は、武士にとって千載一遇の好機!死ぬ気で戦え!」
「頼盛。そなたは今すぐここから立ち去れ。」
「何故ですか?」
「弱気を抱えたそなたに従う兵は無駄に命を落そう!誰がさような者を戦に出せるか?!早よう立ち去れ!」
「では、参る!」
「無駄な血は流しとうはござりませぬ。速やかに門をお開けください。」
「俺はもののふぞ!平氏の棟梁ぞ!勝ってみせまする。この戦にも、もののけの血にも!俺は…平清盛ぞ!」
「まだか?まだか?まだ戻らぬのか!?おぉ!これじゃ、これじゃ!これを待っておった!」
「長の旅、御苦労であった。だが遅い!祝いは速やかにせねば上皇様が御機嫌を損ねかねぬ!あれほど急いで戻れと言うたものを!」
「さような減らず口を!」
「ああ、もうよい。参るぞ。」
「右小弁時忠、常陸介教盛、遠江守基盛が上皇の近臣成親に、憲仁親王の立太子を持ちかけたと聞く。」
「さような事は…」
「まこととあらば、全て私の不行き届き。面目次第もござりませぬ!されど、この清盛、帝への忠義に一点の曇りもなき事、改めてお誓い申し上げまする。」
「この、たわけどもが!詫びて済む事ではない!そなたたち3人は今すぐ官職を返上せよ!」
「解官、ということにござりますか?」
「そうじゃ。」
「それよりほかに、帝のご信用を取り戻す手立てがあるか!?あるなら言うてみよ!流罪にならぬだけありがたいと思え!」
「基盛。お前はわしの若い頃によう似ておる。」
「出来のいい兄弟がおると、それを良い事に甘え、己の好き勝手にしとうなるものじゃ。だがな、基盛。お前にはお前の役目があって、平家の男子としてこの家に生まれてきたのだ。お前も、重盛も誇らしい我が子ぞ。」
「父上のお言葉、肝に銘じて、一層務めます!」
「うむ。」
「精が出るのう。」
「父上、母上。」
「高野山とな?」
「それでは父上、母上、行って参ります。」
「うむ。」
「くぅ…基盛…あ~~っ!(涙)基盛…。」
「かの保元の戦の後、上皇様が流罪となられた地にござります。」
「何を言いたいのだ?」
「お召し頂けますれば、こちらから伺いましたものを。」
「これは?」
「摂関家歴代の故事。儀式や衣食住に関する作法が書かれておる。」
「何故私にかようなものを?」
「皆に集まってもろうたはほかでもない。安芸の厳島の社に、経典を奉納する。」
「そうではない。一門の繁栄を祈願するためじゃ。」
「されど、一門の繁栄は、多くの犠牲の上に成り立つもの。これまで無念にも命を落とした者たちの冥福を祈りたい。一門に限らず、この新しき世を迎えるまでに、志半ばにして失われた全ての魂を、鎮めたいのじゃ。」
「ここはどの辺りじゃ?」
「福原にござりまする。」
「海が見えるな。」
「私が幼き頃に過ごした大輪田の海にござりまする。」
「ほう。懐かしいのう。」
「はあ。」
「まだ言うておるのか?」
「つまらぬことを申すでない。いずれ連れ戻してやるゆえ、しばらくおとなしくしておれ。」
「では、時忠達者でな。」
「えっ?」
「皆の力で、経典全三十三巻が出来上がった。よき日を選び、うちそろって厳島へ、納めに参る。」
「やはり、海はいいの。」
「潮の流れも読んだとおり、夕刻までには着きましょう。」
「うむ。」
「これも讃岐の院の呪いにござりますか!?」
「つまらぬ事を言うでない!」
「経典を海に投じましょう!これが讃岐の院の怨念の仕業ならば、きっとそれで収まりましょう。」
「たわけた事を!」
「これは、平家だけのものではない!王家・摂関家・藤原氏・源氏もろもろの人の魂が込められておる!無論、讃岐の院の御霊も!これを捨てるは皆の魂を捨てるに同じぞ!」
「船が沈めば同じ事にござります!」
「この船に誰が乗っておると思う!?」
「兎丸!豊藤太!荒丹波!麒麟大夫!」
「鱸丸!」
「お前たちが頼りぞ!行け~!無事に厳島まで進むのじゃ~~!」
「南無観世音菩薩…」
「うむ。死ぬかと思うたがな。」
「あはははは~(笑)」
「この経文一揃え厳島のご神前に奉ります。」
「承りました。」
「ふっ、ふふっ。(笑)」
「兎丸。博多を、都の隣に、持ってくるぞ。」
「えっ?」
【第29回】
「この度、正三位となる大恩をこうむり、平家一門にとってこの上なき誉れにござります。」
「お戯れを。このような日が来る事を、上皇様は、かの保元の戦の折よりお気付きであったはず。上皇様を頂く新しき世の始まり。我ら平家が力を尽くして、お支えする所存にござります。」
「家貞、よいよい。」
「兎丸がこれをそなたにと。ほれ。」
「またよき時に食うがよい。」
「先々代の…正盛様でござりました。初めて私に、唐果物をお与え下されたのは。かようにうまき物がこの世にあろうものかと、それはもう驚き、毎日でも食べたいと、思うたものでござります。それゆえにでござります。私が一門において、宋との交易を、盛んに進めてまいったのは。」
「えっ?そうなのか?」
「ただ唐果物を毎日食いとうて?」
「はい。」
「アハハハ~呆れたやつじゃ。」
「されど殿、そんなものでございますよ。欲する事、欲しいと思うこと。すなわち、欲こそが、男子の力の源。亡き大殿。忠正様、家盛様。あるいは鳥羽の院。悪左府様。信西入道。源氏の棟梁・義朝殿。殿はこれから先、そうした方々全ての、思いを背負うて、生きてゆかれるのです。」
「もとよりその覚悟じゃ。それこそが、我が欲じゃ。」
「唐果物を頂きとうござります。」
「さようか。」
「はっ。」
「ふふっ(笑)」
「清盛様は、何をご祈願なされましたか?」
「もっと強うなることじゃ。」
「この海で…。兎丸!お前の率いる宋の船と出会い、この宋の銭で面白き事をしたいと言うてから、もう30年近うたつ。随分と待たせたが、わしはやるぞ!」
「そのためにこそ、この国の頂に立ち、この国を動かせるだけの、強き力が欲しいのじゃ。」
「大宰大弐。公卿議定において、途方もない事ばかり申しておると聞く。」
「不調法な新参者にて、お恥ずかしい限りにござります。」
「申してみよ。そなたが思い描く国づくりとやらを。」
「何というても交易にござります。国をあげて宋と取引をし、宋の銭・宋銭を国中に広める事が出来れば、さまざまな品がよどみなく国を巡り、豊かになりましょう。」
「わが妻・時子にござります。これより先は乳母として平生の御用は何なりとこれにお言いつけ下さい。美福門院様はいまだ、皇子様がおいでにならぬ事を大層お気に病んでおられました。中宮妹子様がご出家なされた今、お傍近くに女子がなくては、諸事滞りましょう。」
「相変わらず、頑なな女子じゃのう。」
「障らせておけばよい。あのお方は、近づき過ぎれば痛い目に遭う。さりとて遠ざけ過ぎればご機嫌を損ねよう。つかず離れず、ほどよい間を保つのが吉じゃ。」
「その腹に、子がおるとはまことか!?」
「まことにござります。」
「その子が…その子の父が上皇様とはまことか!?」
「まことにござります。」
「はぁ=3迂闊であった。あの上皇様の事、入内の目論見に感づかれれば、いかなる嫌がらせを仕掛けてこられるか、十分に考えられたに…。」
「なんとなんと。気ままな女子と思うておったが、ここまでとは!」
「ただの上皇様ではない!あのお方ぞ!」
「はぁ~。台無しじゃ。あのお方とはつかず離れずを保つ。帝とのつながりを磐石にする。それがこの先、朝廷において一層の力を持つには欠かせぬ事であったものを!」
「いや、許さぬ!俺は一切手を貸さぬ!」
「娘らは平氏の身内である事を第一に考えよと教え込め!よいな!」
「何の騒ぎじゃ?」
「なんと、ばかげた…」
「もう、よいではないか。さような事で人の値打ちが変わる訳ではなかろう。そもそも滋子が、さようなつまらぬ事を気にする女子であったとは…。見損なったぞ。」
「殿には、恋する女子の気持ちは分かりませぬ。」
「なんじゃと?」
「取りやめに致します。上皇様のもとへは参りませぬ。」
「さて、清盛。なんとするのじゃ?婚礼が取りやめとならば、それこそ上皇様のご機嫌を損ねられよう。」
「はぁ~」
「お間違いなきよう。上皇様は、お怒りになって会われぬのではござりませぬ。」
「ん?」
「ふふっ(笑)」
「ここにおったのか。」
「そなたも早う支度せい。」
「えっ?」
「巻き髪が醜いなどと、誰ぞが大昔に決めた事。さような因習にとらわれているうちは、新しき世など名ばかりでござりましょう。」
「殿。ありがとうございます。」
「わしはただ、上皇様に借りをつくりとうなかっただけだ。またこれをしおに、宋との商いにも弾みがつけばよいと思うてな。」
「はい。」
「遊ぶ~子供の~声~聞けば~わが身さへこそ~動がるれ~♪」
【第28回】
「成親殿。此度ばかりは許しましょう。だが再び、このような仕儀となった時は、身内とは思いませぬゆえ、覚悟なされませ。」
「あなた様は、信西殿の座を取って代わる為、謀反を起こされた。さような愚か者を生かしておいては、志半ばで無念の死を遂げた信西殿が、浮かばれますまい。」
「志なき者の一生が面白うないは道理。六条河原でにて斬首とする。」
「右兵衛佐はどうなった?義朝が子、右兵衛佐頼朝じゃ。きっと見つけ出せ。頼朝を捕らえ処分せねば、この戦は終わらぬ。」
「落ち延びる途上、父や兄とはぐれたと聞く。その後の事は存じでおるか?」
「いえ。お聞かせ頂きとうござります。」
「下がらせよ。」
「俺の覚悟は、叔父上を斬った時から決まっておる。新しき国づくりを邪魔立てする者は許さぬ。たとえそれが友の子であっても。」
「これは母上。お呼び頂けますればこちらから伺いましたものを。して?」
「これは思いもかけぬお言葉。いかがなされました?」
「似ておるのじゃ。頼朝殿は、亡き家盛に。」
「似ても似つきませぬ。」
「似ておる。父思い、母思い、兄思いのところがな。頼朝殿が斬られるは、家盛が二度、その命を奪われる心地がして…。」
「申し訳ござりませぬが母上、私は平氏の棟梁として情に流される訳には参りませぬ!」
「頼朝を斬るなら、ご自分も飢え死になさるそうじゃ。大事ない。長年、豊かに暮らしてこられたお方じゃ。断食など3日ともつまい。」
「師光殿!」
「言われるまでもない。」
「常盤殿、ひさかたぶりじゃな。おのが立場、知らぬ訳ではあるまい。何故自ら参った?」
「その乳飲み子は?」
「暮れに生まれたばかりの、牛若にござります。」
「暮れ…」
「側女にするつもりなどない。」
「そうじゃ。ふっ。」
「時子。時子!落ちつけ。そうではない!そなたに遠慮しての事ではない。」
「常盤は、義朝が心の支えとしていた女子ぞ。それを我がものにしようなどと、どうして考えられる?」
「時子。そなた、俺をたばかったのか!はぁ~。」
「そなたに沙汰を申し渡さねばならぬ。が、その前に…源氏重代の太刀髭切じゃ。かの戦にて、そなたの父・義朝と一騎打ちとなった。その折に、義朝が遺していった。」
「お前はそれで気が済むだろう。ただ一心に太刀を振り回し、武士として生き、武士として死んだ。そう思っておるのだろう?だが、俺はどうだ?俺はこの先も生きてゆかねばならぬ。お前がおらぬこの世で、武士が頂に立つ世を切り開いてゆかねばならぬのだ。それがいかに苦しい事か分かるか?いかにむなしい事か分かるか?だが、俺は乗り越える。乗り越えてこその武士じゃ!醜き事にまみれようと、必ずこの世の頂に立つ!途中で降りた愚かなお前が見る事のなかった景色を、この目で見てやる!その時こそ思い知れ!源氏は平氏に負けたのだと!あのつまらぬ乱を起こした事を悔やめ!己の愚かさを罵れ!俺はお前を断じて許さぬ!」
「誰が殺してなどやるものか。まことの武士がいかなるものか、見せてやる。源頼朝を、流罪に処す。遠く伊豆より、平氏の繁栄を指をくわえて眺めておれ!」
「ちょうどこれくらいの頃であったろうか。俺の実の母は、俺の命を守る為死んだ。」
「己の身はどうなっても、子らを助けて欲しいと申したな。」
「死ぬ事は許さぬ。母ならば生きて子らを守れ。」
「さようか。」
【第27回】
「皆も知ってのとおり、中納言信頼様が左馬頭義朝に命じ、上皇様と上西門院様、そして、帝を幽閉し奉った。すなわち、今は信頼様がこの国の頂に立つお方。断じて攻めようなどとは考えるな。よいな?」
「ん~、う~ん、やはり家の飯はいいのう。道中干物ばかりで飽き飽きしたわ。清三郎、弟たちの面倒をよう見てやったか?」
「おぉ、そうであったな!ハハハハハ~ッ。そうであった、そうであった。」
「よし。我が意どおりじゃ。」
「膳を下げよ。」
「これは奇怪な。大納言様と、検非違使別当様が私如き者に平伏なさるとは。」
「ほう。」
「して。」
「フッ(笑)巻き込まれただけとは片腹痛い。公卿どもがかたらって信西殿を亡き者にした事は分かっておるのだ!(怒)」
「まことならば、叩き斬ってやりたいところ!だがこうして自ら俺を訪れた度胸は見上げたものよ。それに免じて此度ばかりは許してやる。そなたたちの望み、叶えてやろう。その代わり、いかなる事でもすぐと約束せよ。」
「返事は!?」
「これが定めなのであろう。」
「これが定めなのだ。」
「源氏と平氏」
「2つの武家の嫡男として出会い…」
「棟梁となった。」
「源義朝と。」
「平清盛の。」
「直ちに、都中に触れ回れ。帝は六波羅におわすと!」
「此度はにわかな変事、さぞかしお心を痛めておいでとお察し申し上げます。この六波羅においで頂きましたからには、我ら一門、命を賭してお守り致します。」
「さて、清三郎。年明けの元服だが…すまぬ。少し早まった。」
「本日より宗盛と名乗るがよい。さて、宗盛。初陣じゃ!」
「義は我らにあり!内裏に立て籠る逆賊どもを、討ち取れ!」
「よし。手はずどおりじゃ。」
「平氏が棟梁・平清盛!」
「武士とは勝つ事じゃ。いかなる事をしても、勝ち続ける事じゃ!お前は負けたのじゃ!」
「義朝!次などない戦に…負けたのじゃ。」
【第26回】
「誰がさような不埒なことを?」
「信西殿は無事なのか?」
「義朝が…謀反じゃと?信西殿の首を狙っておるじゃと?」
「なんと、浅はかなことをしたのじゃ義朝。あれほど言うたのに、まだ分かっておらなんだか。信西殿は、武士の悲願をかなえるために欠かせぬお方ぞ!俺がいま少しのぼるまで、何故待てなんだ!」
「熊野詣では取りやめじゃ!すぐに都へ引き返す!」
「義朝に信西殿を殺させてはならぬ!これ以上、取り返しのつかぬ事をさせてはならぬ!」
「者ども。都へ戻るぞ。すぐに支度をせい!」
「さような暇はない。近隣の武士を素早く集めよ。褒美はいくらでも取らせると言え。その間に阿倍野へ物見をやり、悪源太の軍勢を見て参れ。3000は噂にすぎぬやもしれぬ。」
「こうしておるうちにも信西殿の首が…取られるやもしれぬのだぞ。」
「この風が、都の義朝に伝えてはくれぬものか…。愚かな事はやめよ。信西殿を殺してはならぬ!」
「こんな月の夜であった。信西殿と初めて会うたは。」
「それから後も俺は道を見失うてばかりいた。己の進むべき道を。そんな時…不思議といつも信西殿が、目の前に現れたものじゃ。」
「信西殿は、時に優しく…時に冷徹に…俺を導いてくれた。」
「俺は…平清盛ぞ。者ども続け!平清盛は、断じて友を見捨てはせぬ!」
「よぉ~し!悪源太など蹴散らしてしまえ~!」
「ハッ…アァ…ハァア(T0T)信西殿。信西殿。」
「なんと言うことをしたのじゃ…義朝。何ということを…」
「全て終わりじゃ。義朝。もう取り返しがつかぬ。これがお前の出した答えならば…受けて立とう!」
「平氏は…源氏を滅ぼす!」
「源氏は…平氏を滅ぼす!」
【第25回】
「相変わらずせわしないお方じゃ。」
「信西殿が現に生ける観音?」
「ふふっ…感心を通り越して呆れ申す。遣唐使の再開とは…まこと、大願じゃ。」
「奥方の病、篤いと聞く。宋の薬が入り用ならば、いつでも言うてくれ。」
「貴様の助けなど借りぬ。」
「さような事を言うておる時か!」
「源氏は平氏とは違う!信西入道と組んで得た宋の薬など、ありがたがって受け取りはせぬ!」
「覚えておるか?いつかお前の父が俺の父を闇討ちしようとした時の事を。その時…我が父が言うたことを。信西殿に平氏の武力財力を利用させる代わりに、平氏は信西殿の知力を利用しておる。すべては朝廷に対して十分な力を得る為じゃ。」
「さようなものが武士と言えるか?力でのし上がってこそ武士の世ではないのか?!」
「それが通用せぬことは…かの戦の始末で思い知ったであろう。」
「やはり、最も強き武士は、平氏じゃ!そなたのような弱き者を抱えた源氏とは違う!」
「此度、宋と取引した品々じゃ。」
「全てか?!」
「あのお方の御機嫌がよい限り、我らの思うとおりの政ができるゆえな。」
「承知した。」
「諸国より、薄く広く租税を集めよと命が行き届き、これまで飢えに苦しんでおった民の暮らしが、次第に楽になっておるのだ。」
「病で明子を失うた時、俺は恨んだ。宋の薬をたやすく手に入れられぬ国の仕組みを。さような政しかできぬ朝廷を。」
「俺は賭けるぞ。信西殿の国づくりに。これまで武士がのぼった事のない、高みにのぼってやる。そして…あいつがのぼってくるを待つ。」
「信西殿、その姿は何事か?」
「さて、清盛殿。次はそなたの出番じゃ。熊野へ参れ。」
「船を造り、水軍を集めるのじゃな?」
「さようなことではない!」
「えっ?」
「大願成就には熊野詣じゃ。」
「フッ、フフフ~(笑)アハハ~」
「承知した!」
「者ども、これは一門の悲願をかなえる熊野詣でぞ。」
「清三郎。戻って年が明けたら、元服ぞ。」
「はい。きっとに、ござりますよ。」
「よし。者ども!出立じゃ!」
「殿。」
「あぁ、家貞すまぬ。起こしたか?」
「いかがなされました?」
「考えておったのじゃ。新しき、世の事を。新しき世をつくるに欠かせぬ、2人の事を。」
【第24回】
「此度の恩賞として、各々の官位を1つ上げてつかわすと仰せじゃ。」
「いや、俺の公卿への昇進だけは、見送られた。そう甘くないことは俺とて、重々承知の上じゃ。だが俺の譲りという事で…重盛。お前は従五位上に昇ると決まった。」
「我が嫡男として覚悟の上、しかとつとめるのだぞ。」
「これより先も信西殿の政を、支えて参る!」
「またしても我が一門の懐を当てにしておるな?」
「なんのなんの」
「昨年の各地における租税一覧にござります。」
「何じゃ?俺の知行する播磨の国はしかと納めておるはずぞ。」
「存知でおりまする。難題は鎮西にござります。」
「鎮西?」
「ん?播磨よりはるかに少ないではないか。何故じゃ。」
「さような事ならば、もっとよい手立てがある。俺を原田より上の大宰大弐(だいに)に任じよ。」
「俺に、国の宝となれと言うたは…空言であったのか。私利私欲の為だけに我が一門を犬と使おうとするつもりなら…信西殿といえども容赦はせぬぞ。」
「政そのものよりも、得子様のお心を弄ぶ事に、楽しみを見出されたのであろう。困ったお方じゃ。」
「信西の使いで鎮西へ。大宰府を手に入れるのじゃ。」
「播磨守清盛にござる。」
「まことならば租税すべきものを、そやつらに分け与えておったという事か。」
「御免つかまつる。」
「ぷはぁ~。まことうまきものにござりまするな。器も見事にて。宋伝来の物にござりますか?かように珍しく、うまきものを貴殿らだけで独り占めするなど、もったいなき事じゃ。どうじゃ?太宰大監殿。我ら平氏一門と手を組み、もっと鎮西の財を巧妙に動かして、共に、力をつけてゆかぬか?」
「播磨守如きに何ができると申す!」
「いろいろとうるさいやつじゃ。黙って俺に従え。」
「兎丸。これは朝廷と俺との、相撲じゃ。俺がいかなる技をもって、上つ方に手をつかせ奉るか、よう見ておるがよい。」
「その相撲節会だが、信西殿。俺に宴の膳を支度させてはくれぬか?きっと信西殿の政に、ふさわしき膳を届けてみせようぞ。」
「成親様は、既に帝の近臣にて、いずれきっと公卿になられるお方じゃ。家同士、結んでおいて損はない。」
「今が一門にとってどういう時か、分かっておろうな?一つ過てば、全て水泡に帰するのじゃ。我が父の忍耐も、叔父上の死も。これも嫡男としてのつとめと心得よ。」
「経子殿。相撲節会と日が重なり、成親様に来て頂けぬ事と相成り、申し訳ござらぬ。」
「この婚礼もまた、同じほどの大事なる事。経子殿が我ら一門に加われば、成親様と我ら一門の絆は一層深まりましょう。今日はそのよき縁を存分に祝うとしましょうぞ!」
「重盛。いかなる事じゃ?申せ」
「さようか。お前の考えはようわかった。だが、お前の戯言に付き合うておる暇はない。つべこべ言うておらず、早う婚礼を済ませ、子でも、もうけよ!」
「ご無礼をつかまつりました。<(_ _)>かようにふつつかな倅にござりまするが、末永くよろしくお願い申し上げまする。」
「義朝。久方ぶりじゃな。」
「それでも今は、他に道はない。信西殿と手を組むよりほかに。」
「その先にあるというのか?貴様の言う、武士の世とやらが。」
「そうだ。」
【第23回】
「そもそも、死罪などという法はないはず。」
「いにしえにはあった。」
「さようなものを今更!」
「だからと言うて、身内を斬れとは非情にすぎる!元は、王家摂関家の争いに駆り出され、命懸けで戦うた武士が何故この上、さような苦しみを背負わねばならぬ?!」
「いつまで武士を犬扱いするおつもりか?!」
「卑劣な…」
「…お前が斬れ」
「さような…」
「見届けて欲しいと言うたな。己が平清盛であるということを。ならば、お前が斬れ。」
「御免つかまつりまする。」
「斬れ~!清盛!」
「斬れませぬ!」
「いや。参る。」
「此度は、かように晴れがまし宴にお招きいただき…身に余る誉れにござります。今後とも、お導き頂けますよう、お願い申し上げまする。」
「何が"遊ぶ為に生まれてきた"だ。武士の力を見せつけたところで、何も変わらぬ。変わっておらぬ!」
「その通り。戦に勝ったからというて、何も変わらぬ。」
「信西!」
「そなたは新たな荷を背負うた。叔父を斬ったという重き荷を。」
「それは、そなたが…。」
「気楽な事を言うな!太刀を手にしたこと事もない者が、気楽な事を言うな!」
「平氏は常に、一蓮托生!一門の繁栄を築き上げるが、一人一人の背負うた使命と、心得よ!」
【第22回】
「はぁ~っ…終わった。終わったのだ。」
「義朝。」
「やはり戦はお前が一枚上手であったな。見事であった。王家の御諍いに武士が決着をつけた。お前が昔から言うておった通りに、武士の力を見せ付けたのじゃ。もう、すぐそこまで来ておるのじゃ、武士の世が。此度、武士の力なくして、世は治まらぬことを証した。朝廷に対しても、これまでよりずっとよく物申せるようになろう。さすれば、世を変えられよう!」
「いかなる世に変えるのだ?」
「さあ、そこじゃ!それをこれから考える事ができる!面白き事を己で考え、面白き事を己で形にする。かように面白き事があるか?」
「面白き…またそれか!」
「悪いか?」
「いや、貴様らしいわ、フフフフフフフッ(笑)」
「アハハ~。『強う生きたい』であったな。お前の志は。もう遂げたのではないか?その志は。」
「友切というたか?」
「だが、これを機会に名を変えたい。『友を切る』とはいかにも縁起が悪いゆえな。」
「友?フッ(笑)」
「なっ…貴様を友と言うたのではないぞ!」
「えっ?…分かっておるわ!」
「いやいやいや、分かっておらぬ。ずうずうしい奴だ。」
「髭切にせい!」
「何だと?!」
「何じゃ?そのむさ苦しい無精髭は。その太刀で切れ!」
「夜通し働き、また次の夜が巡ってこようとしておるのだ。無精髭くらい生えるわ!」
「ふわぁ~ぁ。道理で眠いと思うたわ。俺は引き揚げる。またな。」
「帰ってきたのだなと思うてな。フフッ(笑)」
「フッ(笑)。叔父上の事。きっと無事に逃げ仰せられたであろう。」
「お探しにならぬのですか?」
「棟梁としてそれはできぬ。」
「叔父上…」
「やめよ。俺が命じたのだ。叔父上をお探しせよと、俺が忠清に命じた。残党狩りにあうやもしれぬと思うたら、放ってはおけなんだのだ。」
「放さぬか!わしらに生き恥を晒せと言うか!賊となったこの身を捕らわれ、一門の災いとなる…かような辱めがあるか!」
「それでも、ここにおとどまりくださりませ!」
「何じゃと?!」
「ここにおとどまりくださりませ!」
「たわけ!それでも棟梁か?!」
「棟梁ゆえにござります。叔父上は、一門に欠かせぬお人にござります!」
「たわけ。」
「此度の恩賞で、私は播磨守となりました。」
「播磨?!」
「さようなことはさせませぬ。信西殿に私から、しかとお頼み致しますゆえ!」
「それで助かったとて、おめおめと再び、一門に連なれると思うてか?」
「平氏を思うならばここにおとどまりくださりませ。我ら武士が朝廷に物申し世を変えるはこれからにござります。どうかお力添えください。」
「そう仰せになった叔父上にこそ、見届けて頂きとうござります。私が平清盛であることを。」
「我が叔父・忠正が敵方に与したは、一門の滅亡だけは避けようと、やむをえぬ仕儀にござりました。断じて帝への背信、謀反の心からではござりませぬ。播磨守となりました今、我ら平氏は一層、帝のお役に立てましょう。まことならば、叔父・忠正は、その要にあるべき者。なにとぞ、罪定めの際、ご考慮頂きたく、お願い申し上げます。」
「…ふっ、ふっふ…」
【第21回】
「敵の要はなんと言っても鎮西八郎為朝じゃ。これを討たねば門は開かぬ。奴を狙え。」
「それでは平氏の武功にならぬ。たとえ勝っても王家の犬のままぞ。」
「南門は忠清・忠直に任せた!重盛・基盛。そなたたちも忠清の勢に加われ。これは初陣にして、しかも掛けがえのない一戦じゃ。この戦は、武士にとって千載一遇の好機!死ぬ気で戦え!」
「頼盛。そなたは今すぐここから立ち去れ。」
「何故ですか?」
「弱気を抱えたそなたに従う兵は無駄に命を落そう!誰がさような者を戦に出せるか?!早よう立ち去れ!」
「では、参る!」
「無駄な血は流しとうはござりませぬ。速やかに門をお開けください。」
「俺はもののふぞ!平氏の棟梁ぞ!勝ってみせまする。この戦にも、もののけの血にも!俺は…平清盛ぞ!」
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