感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
第30回『平家納経』
2012年7月29日放送

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応保元年(1161)、崇徳上皇(井浦新)は配流先の讃岐にいた。
今は静かに暮らす崇徳だったが、弟への侘びの気持ちを込めて写経をしたため、後白河院(松田翔太)に送る。

一方、後白河上皇と滋子との間に、憲仁親王が誕生した。
時忠(森田剛)は平氏の血の流れる憲仁を東宮にしようと画策するが、二条帝(冨浦智嗣)に知られ、清盛によって解官させられてしまう。

崇徳の送った写経は、破られて送り返された。
子・重仁の突然の死の知らせに、崇徳はついに恨みの頂点に達する。西行(藤木直人)によって崇徳の怨霊話を聞いた清盛(松山ケンイチ)は、一門で経典を厳島神社に納め、一門の繁栄を祈願することを思いつく。


【いそPです】本日放送の第30回「平家納経」とタイトルは地味ですが、実は見所満載です。第17回から始まりました第2部は保元・平治の乱という激動の時代を描いて来ました。この第2部も今回で終わります。 そして「平家納経」を平家一門が嵐の中、厳島神社に収めにいくのですが、その航海の映像もお見逃しなく。
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1161年、讃岐に流罪されている崇徳上皇様ですが、歌を詠んだりして日々過ごしているようです。
地元の神人が何かとお世話をしてくださっているようで、上皇様も穏やかな日々を過ごされている様子です。崇徳上皇様の歌を聞いて意味は分からないけれど、楽しいと言ってくれる言葉を聴いて嬉しそうな上皇様の表情。

「私は…。ここに流されて、良かった。何を望んで私は、あのような無益な戦を起こしてしまったのであろうか。愚かであった、まこと…。」

【いそPです】崇徳の弟・後白河上皇と滋子の間に生まれた憲仁(のりひと)親王、後の高倉天皇で、今後の展開にとっても重要な人物になっていきます。
 後白河上皇は滋子との間に憲仁親王が誕生。今までになく、メチャ可愛がってあまりの上皇様の子煩悩ぶりに朝子も半ば呆れるほどですが、一方の清盛はなにやらイライラモード。何かを待っているようですが…と思ったら兎丸たちが博多から戻ってきたようです。なにやら運ばれてきたのは螺鈿細工や石の装飾が施された椅子など。

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どうやら憲仁親王誕生のお祝いの品を兎丸に言って博多から持って帰ってきたようですね。
ゆっくりしている暇も無く、清盛はすぐに献上の支度をしろと盛国に命令。

とりあえず兎丸たちにねぎらいの言葉を掛けるんだけど、すぐに「遅い!」とダメだし!
時間がかかり過ぎると無茶振りな言い草に流石の兎丸もちょっとそこいらで買い物に行ってるんじゃなくて博多まで行って帰ってくるんやから時間かかるやろう?そんな事自分(清盛)だって分かってるはずやのになんでそんな無茶振り言うねんという感じ?

【いそPです】兎丸「博多を都のとなりにもってこい」京から大宰府まで途中船を使い10日から2週間程度、厳島神社までは5日から1週間かかったと言われています。

「文句あんのやったらな、博多を都の隣へ持ってこい!」
「持ってこい!(皆で一斉に)」
「さような減らず口を!」

そんな熱いやり取りの中、重盛が冷静な口調で急がなくてはと催促します。
しかし基盛は着替えもせず、小さい弟たちの相手をしてあげています。
重盛に出掛ける準備をしろといわれても、自分は行かないと。戸惑う重盛。

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「御所は何とも窮屈でかないませぬ。兄上にお任せ致します。」
「平家の男子がさような事で何とする?」
「弟たちの世話をするが性に合うておるのです。」

2人のやり取りを静かに聞いていた清盛はもうよいと言って出掛ける。
何ともいえない気持ちの重盛は宗盛や知盛などにいつまでも基盛を頼るなとちょっと八つ当たりな感じ?
重盛が立ち去ると何処からとも無く時忠が小さい弟たちに唐果物があると言ってその場を立ち去らせる。
な~んか企んでそうですよね~(ーー;)
時忠は教盛も呼んだようで、基盛と教盛に「良い事を思いついたのじゃ」教盛速攻で拒否るんだけど、結局うまく丸め込まれちゃいました。

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時忠曰く、憲仁親王を次の帝に定めてもらうなんて事平気で言っちゃう。呆れる2人だけど、憲仁親王の母親が滋子だし、もしそうなれば平家もますます世にきらめくだろうなんていっちゃっておりますが、どうも胡散臭いと思っている基盛なんだけど、男を上げる好機だとか何とか言われちゃって、具体的に何をどうするのかと言う話なんだけど、経子を通じて成親にコンタクトを取る。

しかし、この計画はすぐ二条天皇の耳に入っちゃって、何も知らない清盛はいきなり帝に叱られちゃいます。でもそんな事全く知らない清盛もバツが悪いですぅ。清盛は精一杯自分は帝に忠義をつくす気持ちに偽りはないと言うんだけど、不機嫌のまま下がる帝。

さぁ、館に戻った清盛の怒りはMAX!

「このたわけどもが!詫びて済む事ではない!そなたたち3人は今すぐ官職を返上せよ!」
「解官ということにござりますか?」
「そうじゃ」

【いそPです】当時の一番重い処罰は流罪でした。以前に忠正や為義が死罪になりましたが、あれは別格。流罪の次に重いのが解官(げかん)。つまり官位の剥奪です。ただの人になるわけです。清盛の厳しい裁定です。

経盛が心配しております。重盛も自業自得だけどあまりに厳しいんじゃないかと。しかし清盛は帝の信用を取り戻すためにはそれくらいしないと信じてもらえないだろうと。もし他に手立てがあるんだったら言って見ろってな感じだけど、誰も思いつかないわけですね。

話にまんまと乗って取り返しのつかない事をしたと言う事を改めて実感した基盛。
すぐさま清盛のもとへ謝罪に向かう。

「父上!まこと、申し訳ござりませぬ!」

チラッと基盛を見たあと話し出す清盛

「基盛。お前はわしの若い頃によう似ておる。」

清盛の意外な言葉に驚き戸惑う基盛。

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「出来のいい兄弟がおると、それを良い事に甘え、己の好き勝手にしとうなるものじゃ。だがな、基盛。お前にはお前の役目があって、平家の男子としてこの家に生まれてきたのだ。お前も、重盛も誇らしい我が子ぞ。」
「父上のお言葉、肝に銘じて、一層務めます!」
「うむ。」

この2人のやり取りを見ている重盛のちょっと寂しげな表情。同じ父と息子なのにあんな風に話したり、笑いあえない自分。これは清盛と忠盛、そして忠盛と家盛の関係にとても似ていて切ないですね。

讃岐の崇徳上皇は自分のこれまでの事を悔い改めなんとか弟の後白河上皇に自分の気持ちを伝えたいと思って写経を書き上げました。新さんの何気ない所作が優雅で綺麗ですよね。いかにも上皇様という感じで。

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【いそPです】崇徳上皇の写経。「法華七譬」(ほっけしちゆ)の「長者窮子」(ちょうじゃぐうじ)という法華経7つの物語のひとつ。父と子が、何十年の時を経てわかりあうお話。かつて鳥羽法皇がこれを写経し、崇徳上皇に送りました。

そしてここで思いついたのか歌を詠います。

そして崇徳上皇の写経した経典が後白河上皇のもとにやってきました…が、保元の戦に関しての侘びとその時に命を亡くした者たちへの供養にと言われても素直に「はいそうですか。」なんて思う相手ではないわけで、そんなお調子よく悔い改めるなんて信じられな~い、これはひょっとしてドッキリ?!いや下手したら呪詛とかちやうかと自分が天邪鬼なもんだから「こんなん気持ち悪いから送り返せ」ってなもんです。

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そうしたら憲仁君がたまたま破っちゃったんですよね~。
これも別に悪意があったわけではなくて単なる偶然の出来事なんだけどねぇ…
ビリビリになっちゃいましたよ。成親ビックリ!

あの一件以降、基盛は精力的に何かに忙しくしています。
どうやら私財をなげうって里内裏の紫宸殿の造営をしているらしく、落成前に高野山に落成法要の打ち合わせに行く準備に忙しい。そんな一所懸命な息子の姿を見送る清盛と時子。

ビリビリに破られ送り返された写経を見てショックを隠せない崇徳上皇。
でも、送り返す時になんやったら「手違いで憲仁親王が破ってしまいました」とかひと言書き添えた文をつけて送り返してあげたらよかったんじゃないの?なんて思っちゃう。そうしたら崇徳上皇も怒る事もなかったかもしれないしねぇ。でも自分もかつて鳥羽院のビリビリ破っちゃってたよね。これは意図的だもんね~。だから上皇も勝手に破った事=自分を拒否なんて単純に思っちゃったのかもしれないですね。何事も因果応報ってか?な~んて思っているとさらなるショッキングな事が…

京都で無理やり出家させられてた重仁様がお亡くなりになったという知らせ。
これは流石にショックですよね。上皇様の心中お察しします。
しかしこれが引き金となって、どうして自分ばかりこんな不幸な思いをしなくちゃいけないのかと言う思いが強くなりすぎて怒りの感情を制御できなくなってしまったようです。

「われ深き罪に行わわるに愁鬱浅からず。日本国の大魔王となりて、皇を民に引き下ろし、民をば皇になし上げん!」

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目は血走る程に悲しみと怒りにもがき挙句、自らの舌を噛み切り滴り落ちながら叫ぶ様子は、もう誰も崇徳上皇を止められないのか?(汗)

同じ頃、高野山に行ったはずの基盛が突然、亡骸となって清盛の館に戻ってきました。まだ幼い清五郎は基盛の亡骸に向かって必死で目を覚まさせようとしているそんな姿を一門の皆が切ない気持ちで見守っている。忠清にしても基盛のにわかなる死が信じられない様子

「考えられませぬ。馬も泳ぎも、やすやすとこなされた基盛様が、川を…川を渡ろうとして、溺れるなど」

呆然としている清盛。池禅にも駆けつけるがそんな悲しみを堪えている清盛の様子を見て

「清盛。堪えずともよい。今はただ、父として悲しんでやるがよい。」


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家盛が死んだのも同じような年齢でしたね。あの時は亡骸に近づこうとしても宗子(池禅尼)に「触るでない!」と一喝され、そして忠正に「お前のせいで家盛が死んだ。お前が代わりに死んだらよかった」とまで言われ、声を出して泣きたくても、大切な弟に触れる事すらかなわなかったんですよね。今は父よりも平家一門の棟梁として堪えている姿が時子も一門の皆も辛いですけれど、池禅尼の言葉でようやく父として息子の死を悲しむ事が出来ました。基盛を顔を触り、抱き起こし思いの限り悲しむ清盛。それを見て重盛も涙がこぼれ皆もその姿を見守っていました。

西行が基盛の供養に来てくれました。そして清盛達に不思議な話をします。

「言うまいか、迷うたのでござりますが、実は、基盛殿が、宇治川を渡っておったろう刻限、高野山におりました拙僧は確かに見たのです。何かもののけの…いや、怨念の塊の如きものが、空に行くのを。そして、それは確かに讃岐の方角より現れました。」
「讃岐?」
「かの保元の戦の後、上皇様が流罪となられた地にござります。」
「何を言いたいのだ?」
「拙僧が見たものは…讃岐の院の怨念だったのではないかと。保元の戦より6年。お手前は公卿、そして中納言にまでのぼられた。そして、道半ばにして散って行った方々の志も背負うて生きていこうとしておられる。されど、それは、敗者となった方々の、無念・怨念も共に背負うてゆく、ということにござりましょう。」

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そのまさに崇徳上皇様は怨念の塊のようになっております。

「日本国の大魔王となりて、皇を民に引き下ろし、民をば皇になし上げん!」

食事もせず(その食事はねずみが代わりに食べております)家は荒れ果て、壁や襖にも墨や血で何か書かれていたり、髪も爪も髭も伸び放題で顔もすでに鬼のようになってしまっています。

ある日、清盛の屋敷に珍しい訪問者が。
藤原忠通が嫡男の基実を連れてやってきました。
礼を尽くす清盛に忠通はある書物を手渡す。それは藤原摂関家の歴代の故事がまとめられているもの。儀式や衣食住に関わるあらゆる事の作法が書かれているものらしい。そんな貴重なものを清盛に差し出そうとする忠通に驚く。

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「平中納言。ここにおる我が嫡男・基実を、そなたの娘婿としてはくれまいか?」

驚く清盛に時代は流れ、藤原摂関家も今や武士の力を頼りにしなければ家を存続して行く事が難しくなったと。さんざんバカにしてきた武士に今や頭を下げて嫡男を娘婿にして欲しいとお願いする自分を多分父(忠実)や弟(頼長)は許さないかもしれないけれど、藤原摂関家を守って行く事が自分にとって誇りだと。でもどんな形であれ、忠実も頼長もそれぞれが何とかして藤原摂関家を守って行くと言う志を持って生きた人達なんですもんね。

清盛にしてみれば若き頃、父が散々忠通たちからの嫌味や嫌がらせを受けてきているのを見てきただけに、こうして今、その長たる人が自ら自分に頭を下げにやってくるということ。バカにしてきた武士を頼りにしなければ守っていけないこの世を本当にどう感じでいたのでしょうか。色んな思いが清盛の中にも駆け巡ったことでしょうね。

そして清盛は一門を集め、厳島の社に経典を奉納したいと話をする。
一門の繁栄を祈願する為。

「されど、一門の繁栄は、多くの犠牲の上に成り立つもの。これまで無念にも命を落とした者たちの冥福を祈りたい。一門に限らず、この新しき世を迎えるまでに、志半ばにして失われた全ての魂を、鎮めたいのじゃ。」

【いそPです】「平家納経」は、一門の繁栄を願うため、また保元・平治の乱の犠牲者を追悼するために、清盛が命じてつくられたと言われます。平家が栄華を極めた象徴とされる国宝「平家納経」の制作工程をドラマでは再現しています。「平家納経」は、保元・平治の乱の犠牲者を追悼するため、一門の繁栄を願うため、清盛が命じてつくられました。写経とはありますが、平家の栄華を示す優れた美術工芸品としても高く評価されています。

さぁ、いよいよ平家納経制作にかかります。
先日、「平清盛展」(京都会場)で見た平家納経がどうやって作られていったのかと言う製作過程がドラマでどう再現されるのか凄く楽しみだったんですよね~。

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綺麗に装飾された台紙に一門それぞれが経文を写経して行く過程。作品(と言うのか?)によっては黒い墨だけではなく、他の色の墨を使って書いたりもしていて(どうなっているのか気になっていたんだけどそう言う事なのかと改めて知る事が出来ました)そして一番気になるのがあんなにすごい装飾を施している所に書写して行くんだから当然失敗は許されないだろうけど、それでもやはり失敗する事ってあると思うんですよね。完成までに数年かけているので本当に丁寧にじっくり作業をしているんだろうけど(じゃないと精神も参っちゃいますもんね)そんなシーンもしっかり教盛様が失敗してくれたりなんかして見せてくれて(笑)
思わずこちらまで「きゃあ!!!」って叫んじゃいました(汗)

なになに?忠清は自分で書かないで誰かに書いてもらったの?(笑)盛国も無事書き上げホッとしたよう。
凄く細かい作業。これは本当にすごいですねぇ。面白いです。

そんな風に平家が経典を制作している間にも、崇徳上皇は呪文を唱え、完全に見た目も物の怪状態です。
着々と経典制作の準備が進んでいる最中突然検非違使がやってきて時忠に帝を呪詛したとの疑いがかけられ、流罪で出雲に行く事に。時忠は無罪を主張しますが…。

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新しい領地の視察のついでに時忠のお見送りも兼ねて途中まで同行する清盛と盛国。
休憩場所はかつて盛国いや、鱸丸として育った福原の大輪田。懐かしむ盛国と清盛。そしてグズグズ言う時忠に清盛は心配しなくても時期が来たら呼び戻してやるからしばらくは出雲でおとなしくしてなさいと。

昼夜関係なく、崇徳上皇はひたすら呪いをかけ続けております。

無事に経典が書きあがったようで1巻ずつ皆が清盛に手渡し、それを箱に収める清盛。
この時、清盛殿の指のアップが映されるのでもう私、ドキドキしまくりです♪
無事に全巻収納され完成しました\(^o^)/

ドラマだと数分だけど作り始めて完成するまでに実際は1-2年かかっているわけで、その間崇徳上皇も生霊としてずっと呪いをかけているので髪も髭もそして爪までも伸び放題な訳です。

「皆の力で、経典全三十三巻が出来上がった。よき日を選び、うちそろって厳島へ納めに参る。」

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ということで、一門の男子揃って船に乗って一路・厳島へ。
途中までは順調に航行していたようで、特に宗盛や知盛などはウキウキはしゃいでおります(笑)
盛国の予定としてはこのままだと夕方までには現地に到着するだろうと言う事で清盛も一安心?と思ったら船が何かにぶつかり船体が大きく揺れる。重盛は心配して兎丸たちにああだこうだと言うけれど盛国、ここは狭い瀬戸だから昔から漁師たちも大変だったと皆に話していると「さすが」なんて悠々登場は西行。西行も同行していたのねん♪思わず視聴者に成り代わり兎丸

「西行の坊さん!何でお前が乗っとんねん!」

つーか、なんで気がつかんか、兎丸?
そんな兎丸の言葉に笑う西行なんだけどふと前方に不気味な暗雲が立ち込めてきました。

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そして雷が鳴り始めいつにもまして崇徳上皇ものた打ち回りながら呪文も激しくなっております。
まるで、清盛たちが航行している事を知っているかのように。

いきなりの嵐にこれまた視聴者の代弁者兎丸

「何でいきなり嵐になるねん!」

もう海の水が船内にも容赦なく入ってきて一門の皆はてんやわんや。
これも讃岐の院の呪いじゃないかとか、西行はひたすら祈り、清盛は経典を守ろうと必死。
しかしこのままだと船が引っくり返っちゃうと貞能、頼盛に至っては経典を海に投じましょうと言い出す始末。これが讃岐の院の怨念の仕業なんだったら経典を生みに投じる事で治まるんじゃないかと。

「たわけた事を!」

重盛も頼盛の言うとおり、今は船に乗っているみんなの命を守る事が第一だから一か八かやってみた方がいいと言うけど清盛は激しく拒否る。 

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「これは、平家だけのものではない!王家・摂関家・藤原氏・源氏もろもろの人の魂が込められておる!無論、讃岐の院の御霊も!これを捨てるは皆の魂を捨てるに同じぞ!」
「船が沈めば同じ事にござります!」
「この船に誰が乗っておると思う!?」

そう言って甲板に出る清盛。そして

「兎丸!豊藤太!荒丹波!麒麟大夫!」

そして、「鱸丸!」突然の清盛の口から「鱸丸!」とかつて漁師だった頃の名前を呼ばれるハッとする盛国。
清盛を見る盛国に

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「お前たちが頼りぞ!行け~!無事に厳島まで進むのじゃ~~!」

そんな無謀ともいえる命令に対しても鱸丸は「お任せあれ!」兎丸も喜んでそれに応えるべく、皆が自分の命をかけて船の舵取りをし、西行は崇徳上皇の御霊を鎮めようと読経・清盛はじめ一門の皆も経典を守りながらそれぞれ自然と無我夢中で読経しております。

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そんな清盛・西行・兎丸や鱸丸たち、そして崇徳上皇それぞれがそれぞれのなすべき事をした後、静かに朝日が差し、崇徳上皇は我に返る。外から子供たちの声が聞こえてくる。軒先に向かう上皇様。そして立ち上がりそれを見上げると少しずつ本来の姿に戻って行く上皇様の顔。そして穏やかなる表情のまま息絶える。

あくまでもドラマの中での話しですが、崇徳上皇は自分では「なんと思うままにならぬ我が一生よ。生まれてこのかた。なにひとつ」と言っているけれど、思えば鳥羽院との問題の発端はまだ幼かった上皇様が手習いの紙を父上に見せに行った時、無意識に見せたのが白河院だったんですよね。それを鳥羽院が見てショックを受けてその後璋子様が鳥羽院に崇徳上皇をどう呼べばいいのだといった時「叔父子といえば?」といわれた事なんですよね。西行の歌「身を捨つる~」政に執着せずに、好きな歌を詠んだりしていたらきっともっと穏やかで楽しい日々をすごせたのかもしれないと思うと本当に残念な生涯だったのかもしれません。でもそんな中で実際は心穏やかに讃岐の人達との交流などもして上皇様も自分の生きるべき道を生きたんだと思いますし。

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井浦新さんが本当に丁寧にそして上皇様の心に寄り添って最後まで演じてくださって本当に今まで良く知らなかった崇徳上皇様を改めて知る事が出来ました。

何とか無事に嵐を乗り越えた兎丸は疲れて倒れて眠ってしまっております。
清盛はそれを温かい眼差しで見つめ盛国も無事務めを果たして清々しい表情です。
そんな清盛を見つめる西行。無事に厳島の社に到着。景弘も心配しておりますが

「うむ。死ぬかと思うたがな。」

と冗談を言いますが1人死んだように眠っている人が運ばれてきました。
兎丸です(笑)その様子を見て驚いたのが桃李。もう心配で心配で気が気でないようです。

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必死に兎丸を揺り起こそうとしますが、その声に目が覚めた兎丸。目の前に桃李がいるのを見て驚くけど皆そんな2人の様子を微笑ましく見ております。桃李が自分の事を本気で心配してくれる顔を見て兎丸も思わず周囲なんてお構いなく桃李を抱きしめます。桃李ちゃん、良かったね~。

無事に経典が景弘の前に置かれ、つつがなく渡されました。
頭を下げている清盛の脳裏にふと兎丸や盛国の言葉が蘇る。

「文句があんのやったら、博多を都の隣に持ってこい!」
「ここはどの辺りじゃ?」
「福原にござりまする。私が幼き頃に過ごした、大輪田の海にござります。」

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思わず、笑みがこぼれる清盛。そして

「兎丸。博多を、都の隣に、持ってくるぞ。」
「えっ?」

この時の何かたくらんだ時の清盛の表情が好きですねぇ~(笑)
またもこの清盛の発言と何か企んで笑う姿に戸惑う一門の皆々様方だけど盛国だけはわかっているという表情ですね。

こうして第二部完。次回はいよいよ第三部の始まりです。
色んな人の色んな思いを背負った清盛が夢の実現の為に奔走しますね。
そのために人から疎まれたりもするし、自らにも色んな試練がやってきますね。
さてどうなるのかますます目が離せないです。

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