感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
第31回『伊豆の流人』
2012年8月5日放送

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長寛二(1164)年、伊豆・蛭ヶ小島。
そこに18歳に成長した源頼朝(岡田将生)がいた。5年前、清盛(松山ケンイチ)の沙汰で流罪となった頼朝はこの地に流され、家人の藤九郎(塚本高史)とともに暮らしていた。

一方、清盛は、後白河上皇(松田翔太)と対立する二条帝(冨浦智嗣)の親政のもと、朝廷での力をのばし、港湾の整備、瀬戸内海の開削などに乗り出そうとしていた。

清盛は二条帝にも取り入りつつ、後白河上皇にも蓮華王院を献上するなど、朝廷内で巧みに立ち回っていた。長男・重盛(窪田正孝)はそんな父のやり方に納得がいかず、二条帝に後白河のために建立した蓮華王院へ参詣するよう進言し、清盛の怒りをかう。

そんななか、突然の病の床についた二条帝は、わが子、順仁(六条帝)に譲位し、憲仁を抱える後白河上皇の院政の阻止をはかるが、ついに崩御する。2歳の六条帝の擁立によって、ふたたび朝廷内の勢力均衡が変わりはじめていた…。


いよいよ「平清盛」第三部の幕開け。今回からOPの鎧姿だった清盛様が公卿姿で舞いを舞っておりますよ~。

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さて、伊豆に流された頼朝は写経をする退屈で単調な毎日を過ごしているようです。(柱にへばりついているヤモリが印象的ですね)
室内で写経ばかりしてるので当然若かりし頃の清盛みたいに色黒でも汚れてもおらず、お肌も真っ白ツルツルピカピカで見た目は草食男子?

そんな頼朝のもとに魚を持って帰ってきたのは藤九郎。
藤九郎は何故烏帽子をつけてなんでしょうね?そこは突っ込んじゃダメですかね?(汗)
篭の中には色んな魚が入っております(大漁だねぇ~)テンション低い頼朝を楽しませようと日々、常に明るく振舞うように心がけている藤九郎なのですね。

「今宵は魚づくしでござりますな!~アハハハハ~!まぁ日ごと魚しか食うておりませぬが。あ~面白うござりませぬなぁ。昨日が今日でも、今日が明日でも、明日が昨日でも、まるで変わらぬ暮らしなんぞ飽き飽きです。」

そんな話をひとしきり聞いた頼朝は藤九郎にいつも美味しい食事を作ってくれてありがとうと感謝の言葉。
まぁ、藤九郎の気持ちを頼朝自身も感じてるよね。こんな自分の為にいつも明るく振舞ってくれている藤九郎に対しての彼なりの感謝の言葉を言ったりなんかして。これからのこの2人の主従関係も楽しみです。そんな所に来客が。

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頼朝たちの見張りをしている当地の目付け・伊東祐親が様子伺いにやってきました。
頼朝の顔色を見て魚取りなどに行ってみてはなんて思ってもない事を言ったりなんかして、頼朝の反応を見ているわけです。そう言う事もわかっている頼朝は自分のような身分の人間は写経などしてる方が相応と言う言葉に満足して早々に帰って行きましたぞなもし。

「相変わらず嫌味なお方ですなぁ。」
「そう申すでない。流人の目付けなど、すき好んでつとめておる訳ではあるまいて。」

ムスッとしてる藤九郎に腹がすいたので少し早いけど夕餉の支度をして欲しいとそんな藤九郎に気分転換させる頼朝。平治の乱から既に5年の月日が経ったが、今の頼朝にとってはまるで全ての事が夢幻のように感じていた。

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六波羅の清盛の館では清盛を中心に地図を見ながら皆が集まっておりますね。
清盛曰く、宋の船を都近くまで来るようにすると言うのがその計画。清盛があまりに奇想天外な話をし始めるのである者は驚き、あるものは興味津々に聞き入っております。兎丸に計画についてどうだと尋ねる清盛に

「お前はアホか?唐船が入れるような港が、都近くの何処にあんねん!」
「つくればよい。」
「えっ?」
「大輪田辺りを考えておる。」

呆れる兎丸。この間の厳島に納経を納めに行ったときに大変だったことを引き合いに出してあの周辺の瀬戸は狭くて唐船のような船が無事に通れるようなものではないと。すると清盛は「広げたらよい」この言葉にまたも他のメンバーがビックリ(@_@;)

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「広げるとは瀬戸をでござりますか?」
「そうじゃ。」
「いかにして?」
「掘ればよい。」
「掘る?」

それを聞いて大笑いする兎丸。「おもろい!やれやれ」って大喜び、そして清盛も楽しそう。そしてもう1つ、海の守り神がいる厳島の社の再建。それに関しては兎丸と桃李夫妻にお守りしろ言われ、テレまくる兎丸。しかしその中で1人だけ終始厳しい表情をしていた重盛が港を作るとか、瀬戸を広げるとか好き勝手に言ってるけれどいずれも朝廷の許可がないと出来ないやん。そんな途方もない壮大な計画を公卿たちが易々と許可するわけがないやんって。まぁごもっともなんですけどね。宗盛が言ってみないと分からないと言っても、朝廷はそんな甘い所じゃない、迂闊に何か言うと武士の素人考えといわれと言われ馬鹿にされるんだと重盛に言われちゃいましたトホホ…。しかし清盛は重盛たちにそんな事は想定内だと。その計画の為にもまずは官位を上げる事だと。

とてもほのぼのしたシーンで、清盛のコミカルな表情がこれまたたまりませんね(笑)セリフのテンポもまるで掛け合い漫才のようで心地よいし…。清盛のちょっと爺臭さもでてますよね~♪

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二条帝に念願の皇子が誕生。本当に嬉しそうな帝。それに相反して上皇様といったら…
帝に干されて、今は仏道に帰依しているようですと言っても「説是我子」これを見るとムカムカしてきたのかまたもグシャグシャ・ポイッ!「面白うない」と癇癪。朝子も困り顔。

「経典を読めば読むほど、あのような者が国の頂に立ち、政を行っておるなど許し難い!」
「また、さような癇癪を。憲仁があきれておりますよ。」

おっ、助け舟の滋子と憲仁親王の登場で少し気持ちが治まる上皇様。でも二条帝に皇子が生まれなかったら憲仁を東宮にする事が出来たのにと悔しがる上皇様に朝子は滅多な事を言わず、もう少し帝と歩み寄ったらと言うんだけど「歩み寄らぬは帝じゃ。」って…難儀なこって(ーー;)

滋子は近々清盛が上皇様に謁見したいと言ってると。何?」と言う上皇様の表情に対して滋子は意図的なのか天然なのか清盛義兄は本当に忠義者だと(笑)

そんな清盛、上皇様と謁見。千体の千手観音像を上皇様がお作りになったのは良いけれどそれを納める御堂がないということを聞いたので自分が建立しようと言うお話。
【いそPです】
ところで、ドラマの中で蓮華王院、今で言う三十三間堂を後白河にプレゼントするところがありました。以前にも清盛の父・忠盛が鳥羽上皇に、蓮華王院をプレゼントしたことを覚えていますか?当時、京には忠盛と清盛がつくった2つの蓮華王院、すなわち三十三間堂があったのです。現在は清盛のものしか残っていませんが。三十三間堂を訪ねた方はご存知かと思いますが、その隣に法住寺(ほうじゅうじ)があります。当時、法住寺は後白河法皇が住んでいた御所で、清盛が再建して広大なお屋敷だったそうです。
蓮華王院の完成に大層ご満悦の上皇様は意気揚々と帝に是非みてもらいたいと思う。でもその心はと言うと「どうだ!こんなもん作った俺ってスゲーだろ?だろ?」と思われたいと言う何とも稚拙なと言うか…。

そして御堂を寄贈した清盛に褒美をあげようということで貰ったものと言うのが重盛を参議に加えるということ。着々と自分の計画を実行して行く清盛です。

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無事参議に参加する事となった重盛の挨拶の後、清盛の嫁婿で重盛とも義兄弟となった藤原基実が「今後とも何かと導いてやって欲しい」と言うが実弟の基房は不快感をあらわにした表情だったりします。無事挨拶も済んでの帰り道。タイミングを見計らって港の開削に関して朝議をかけからその時は重盛も協力しなさいと言う清盛に対して重盛

「蓮華王院を上皇様に献上なさったのは、そのためにござりますか?」
「さようじゃ。」

一方、宗清は今回の重盛の公卿になった事がどうも納得いかないわけです。
頼盛様よりも先にいくら清盛の嫡男とはいえ、重盛が公卿にそして参議になった事が。
ブリブリしている宗清に

「言うな。保元の戦にて、清盛の兄上との間に深い溝を作ったは私だ。」

この時点で頼盛は清盛の真意がわかってないんですね。
単純に自分のかつての行動の為、清盛が疎んでいると言うように感じているわけですね。
そんな所に須磨が慌ててやってくる。池禅尼具合が相当悪いようです。

池禅尼のもとに駆けつけた頼盛。禅尼様、随分苦しそうです。

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「心配をかけて、すまぬな頼盛。大事ない。」
「脅かさないでくださりませ。」
「須磨が大袈裟に言うたのであろう。されど…いささか疲れた。長生きはするものではないな。」
「何を仰せです。長生きすればこそ、見られた景色もござりましょう。」
「もう…50年近くも経つ。覚悟を持って…亡き殿の妻となってから。清盛の…母となると、決めてから。」
「さようにござります。今の平家があるは、母上のお力あったればこそ。女子としてさように晴れがましい事はござりますまい。」
「そう…。思っておったのじゃがな。すまぬな…頼盛。」

血を分けた母と子の会話。
息子は精一杯笑顔でそして言葉で母を励まし、母はそんな自分を気遣い、何事も無いかのように振舞う息子自身が不憫でならなかったりするわけですね。
でもその不憫さと言うのは、きっと単純に清盛が頼盛を虐げているとかそう言う風な感覚の不憫さではなくて、むしろ忠盛と自分の子供であるが故に清盛が必死で頼盛を守ろうとしている事(血を途絶えさせないように)を理解してるから出た言葉なんだと私は解釈しています。でもその事を池禅尼は頼盛には当然言わないし、清盛も伝えないですからある意味周囲からするとそれぞれの思いは分からないわけですね。

伊豆では祐親が大番役の務めにより京で単身赴任生活の為、ブツブツと文句をいいながら支度をしております。特に留守中気がかりなのは佐殿の目付けに関して、決して怠るなと念には念を入れて言っておりますが。

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奥方、そして娘の八重姫が出発の挨拶に来ましたが、祐親は八重姫が可愛くて仕方ないのでしょうね~ある意味奥方と別れるよりも八重姫と別れるほうがさびしいという感じですが、自分が留守の間に更に女性としての磨きがかかっているのを楽しみに京でのお努めに励むとな(笑)それまで険しい表情の多かった祐親が八重姫との会話になると目じりが下がって良いパパって感じですね。

頼朝の館には訪問者が野菜を持ってきております。野菜はこの人がいつも持ってきてくれるようですが、この人こそ北条時政、北条政子のパパのようですが、この頃は身なりもさほど綺麗でもなく、一応豪族なのに農民のように日々野菜などを育てて過ごしているようですね?かなり頼朝の屋敷に頻繁に出入りしているようで頼朝も気安く会話をしておりますね。

「なに、某は畑仕事が向いておるようでしてな。痩せた土地でも某が耕すとよう肥え、かように立派な作物が育つ。まぁそうおだてられて家の者たちにいいように使われておるのやも知れませぬがな。アハハハ。」

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この言葉。何気に聞いていたんだけど、何度か聞くうちにとても意味深なセリフに聞こえてくるのは思い過ごしなのか?
今後の政子と頼朝そして時政の関係と言うか、時政が頼朝の後ろ盾となる事に対しての…とか裏読みすぎ?(汗)

突然、藤九郎が慌てた様子でつづらの中からあるものを発見!
何かを見たらそれは亡き母・由良の形見の品の笙。袋の色などを見てすぐ分かりましたよね。由良カラー♪

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【いそPです】
ところで、頼朝が笙を取り出すときの袋、緑色だったのを覚えていますか?あれは頼朝の母、由良姫が着ていた衣の色と同じなんです。そしてこれからは、頼朝と八重姫の恋にもご注目を!
 思わず懐かしむ頼朝。興味津々な2人。そこへ誰かが尋ねてきたので時政はそうそうに退散していきました。まぁ、流人の家に目付け以外の人が気安く出入りしていると言うのも誰かに見られたら色々厄介なのでしょうね。藤九郎が向かうとそこには祐親の家人の伊三郎が頼朝から京の作法を姫に教えてもらえないかと言うお願いをされて戸惑う藤九郎。何で?と聞くと祐親が京より戻ってきた時にビックリさせたいからだって。
「姫様を都の女子に劣らぬ女子に磨き上げてな!」
藤九郎当然その申し出を拒否るんだけどそんな事で「じゃあ仕方ないですな」なんて言う相手ではござりませんで、それを八重姫が無理強いしちゃダメよと言うんだけど、少しでも祐親を驚かせたい(喜ばせたい)と思う伊三郎、魚を捕り損ねた時には自分が用立てて挙げてるじゃないかなんていったりして何とかOKを貰おうと必死な伊三郎に対して藤九郎も負けておりませぬが、そんな2人がすったもんだしてる間に、懐かしさで笙を奏でてみる頼朝。そしてその音色に引き寄せられるように八重姫の足は音色の聞こえる方へ。

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そこには見た事もないほどの美しい青年が笙を奏でている。ビビビ~と来たか八重姫、そして人の気配を感じ頼朝もそちらに目線を向けると見た事ない美しい?女子が立っているのをみてこれまたボーッと見とれてるのか?まぁ、男所帯の生活の中で女子を見る事自体下手すると京離れてから初めてだったりして…?

京の後白河上皇は蓮華王院を作ってもらって帝に自慢しまくろうと思っているのに待てど暮らせど帝が見に来る気配のかけらもない事にたいそうご立腹です。

「父を何と思うてか…。」

何か都合の良い時だけ父と言ってんじゃないかい、上皇様?
その息子である帝といえば、参議になった重盛を伴って清盛が挨拶にやってきております。傍らには帝の乳母である時子もおります。これからもますます帝を支えて行くと言う清盛に帝も大変満足しているそんな中で突然、重盛が帝に恐れながらと話し出す。何を話すのかこの時はまだ清盛も時子も穏やかな表情で重盛が何を言うのか聞こうとしておりますが…

「未だ上皇様の蓮華王院に、お渡りにならぬと聞き及びまする。政において、何かとお考えが合わぬとは申せ、上皇様は帝のお父君。一度くらいは、お渡りあそばれるが…。」
「控えよ!申し訳ござりまぬ。ご無礼をお許しくださりませ。」

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話を聞いて思わず座を立つ帝。清盛は重盛に厳しく叱責し、さらに息子の無礼な発言に頭を下げる父と母。
厳しい表情の帝は

「天子たるもの、親などおらぬ!朕はそう心得ておる」

それだけを言って早々とその場を去る。
屋敷に戻ってきた清盛と重盛。清盛は重盛に激しく叱責するが重盛も自分は人として自分が信じる事を舌までだと清盛に強気の発言。そこへやってきた宗盛、2人のただならぬやり取りに若干ビックリ気味でその様子を眺めています。

清盛は重盛に
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「前にも言うたはずぞ!上皇様とは付かず離れずよい間を保つが吉!我らが支えるべきは帝の政じゃ!」
「わが妻、経子の兄・成親様も上皇様の近臣!それを無下にせよとはあまりな仰せ!」

くぅ~、「なにぃ~」と言いたげな重盛を見る清盛の苦々しげな表情がなんともおっさん臭いっす(いい意味です)。

「重盛。わしの考えがわからぬか?」
「わかりませぬ。」
「ならば分からぬままでよい。それでよいが…邪魔立てだけはするでない!」

厳しい父の言葉に重盛も納得がいかないわけです。
2人の強烈なやり取りをみていた宗盛はその場の空気にただ圧倒されているという表情ですね(笑)
盛国もその場を立ち去る。

夜、自分の屋敷で酒を飲んでいる重盛。経子になぜ帝にあんな事を言ったのかを話す。

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「よう覚えておるのだ。保元の戦が起きる前の父上のお姿を。鳥羽の法皇様とそのお子である先の上皇様が、お二人の親子の絆を取り戻そうと一人、心を砕いておられた。されど、父上は時流に巻き込まれて苦渋のご決断を。それからはもう、修羅の道をまっしぐらに進んでおられるように思える。」
「でもそれが、殿のお役目なのでござりましょう。修羅の道を突き進む、お義父上様をお支えする事が。」

重盛は清盛の色んな事を見てきましたからね。でも同じ親子の諍いだとしても鳥羽院と崇徳院との確執は後白河上皇様と二条帝の確執とは同じ親子でも違うんですよね。重盛の気持ちも分からなくもないけれど、帝の本当の心中を理解できてないんですよね。清盛はあの時のあの帝の悲壮なと言ってもいい言葉を聞いて、帝の心中を痛いほど感じたんだと思います。

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清盛は庭を眺め、盛国が昼間の重盛の言動、清盛の若き頃そっくりだと言うと「わしはあんなに青臭くなかったわい」って…
多分視聴者は画面に向かって首を振りながら「お前の方がもっと青臭かったわい!」と突っ込みを入れまくっていたと思ういますがいかが?(笑)

盛国にそんな事言われ、ふてくされ気味の清盛のもとに宗盛と知盛が重衡を連れて楽しそうにやって来ました。何かと思った清盛ですが宗盛と知盛は先日見せてくれた地図を重衡にも見せてやって欲しいと、それを聞いて嬉しそうに「おぉ!よし」と言って楽しそうに息子たちときっと語らっていたのでしょうね。

これは昼間の兄と父との言い合いを見て宗盛なりに考えてあえてそのような場を作ったのかどうなのかわかりませんが、私はそう感じました。そう思うと同じ親子でも忠盛と清盛との関係、忠盛と家盛の関係のように、重盛と清盛の関係は忠盛と家盛との関係と似ていますよね。 でも性格は違えども優しい心根の部分では清盛に似ていますよね。

伊豆から祐親が京へ無事着いたようで清盛の屋敷に挨拶に来たようです。
【いそPです】
伊東祐親が大番役として京に来て、清盛と会っている場面がありました。大番役とは、全国の武士が当番制によって、京の警護を当たることで、その任務は3~5年。清盛は、こうして全国の武士を組織して、平家の力を盤石なものにしていきました。

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清盛との対面に相当緊張気味な祐親。峰さんとケンちゃんが対峙していても妙に違和感を感じないのはこれ如何に?(苦笑)清盛とりあえず、遠く伊豆よりやってきた祐親にねぎらいの言葉を述べ、在京中のお務めに関してしっかり務めよと、そして盛国が頼朝の近況に付いてたずねられると

「日夜、写経にいそしみ、つつましくお暮らしでござります。」

かなりビクビクした感じの祐親ですが、そこへ貞能がやってきましたが、二条帝がご病気らしく容体が芳しくないようです。見舞いにやってきた清盛に最期の力を振り絞るかのように

「すぐに譲位の仕度にかかれ。朕は…我が子・順仁に譲位する!順仁ではなければ、上皇のお子に譲る事となろう。はぁ、はぁ、上皇に政をさせてはならぬ!はぁ、はぁ」

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そして速やかに二条帝は順仁様に譲位をして、まだ乳飲み子の六条帝が誕生しました。
安心したのかそれから20日後、二条帝が崩御されました。いやぁ、富浦君の二条帝凄く良かったです。
いつもあの声変わりしてない女の子のような声色と物腰の柔らかなふわふわしたイメージが、今回の二条帝は登場した時は柔らかな表情だったけれど、平治の乱の頃から苦渋に満ちた表情が多く、今回の重盛に言い放った「天子たるもの、親などおらぬ!」は見ててグッと来るものがありました。

親子といえども精神年齢が自分と変わらないような、いや、上皇となってもわがまま言いたい放題やりたい放題で、父と子としての情もないままに育った帝にとってもあの父親に対して相当心砕いていたんじゃないだろうか。そんな思いをよく表現してくれていました。

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雨降る中での弔問。清盛も重盛と参じておりますが、そこへ突然騒がしい一団がやってきて清盛はじめ公卿たちや祐親たちも何事かと周囲は騒然。そこには久しぶりに登場の比叡山延暦寺の明雲と大勢の僧たちが太鼓や鉦などの鳴り物を鳴らし、経を読みやってきましたが、その中心に輿に乗った人物が…その中にいたのは何と後白河上皇。ひれ伏す清盛はじめ公卿たち。そして何事かと尋ねると弔問に来たと言う上皇は亡き帝の近くまで行くと

「何故、わしの蓮華王院に来なんだ?さすれば、千体の観音像が、お守り下さったものを。」

いぶかしげな表情の清盛に対して突然笑い出す上皇。重盛もただならない雰囲気を感じ時子や公卿たちも事の様子をじっと見ているしかない。

「そなたが来ぬゆえ、こちらから来てやったぞ。千人の僧が、そなたの死を悼み、弔ってくれよう。」

何処までも自分LOVEな上皇様なんでしょう。そして再び明雲の掛け声で僧たちが鉦や太鼓を叩き読経を始める。上皇様はその様子に満足しているのかどうなのかただただ笑っているがその様子に耐えかねた清盛は周囲にやめるよう声を大にして命令するが効果なし、ならば実力行使ということで「やめよ~!」と叫びながら上皇様の乗っていた輿を押し返した。

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この時の鬼気迫る清盛の表情とバカ力!明雲が「不埒な!我らは千体観音像に代わって…」と言葉を言いかけるが圧倒的な清盛の迫力に言葉が続かない…上皇様の余りの行為に思わず清盛

「相も変わらず、赤子の如きお方にござりますな。お若き日と同じく、自分はここにいると、腹を空かせて泣いておると、母を求めてわめき散らしておられる。帝が『親などおらぬ』と仰せになったも道理。あなた様は、手のかかるやっかいな赤子にござりました。赤子にこの国を託すわけには行かぬ!それが、亡き帝の、悲痛な思いであったと心得ます。」

途中で重盛が清盛の発言を止めようとしたけれど、清盛の口から出る帝の思いを重盛はきっと感じただろうね。上皇様に政をさせるよりも、生まれたわが子に譲位した方が摂政や清盛たちのサポートで何とか安心して政は出来るだろうとまで考えたのでしょうね。清盛を通して帝が自分の父親に対してどう感じていたのか思うと切ないですよね。

「この平清盛、全身全霊をもって、亡き帝のお志をお守り致す所存!お引き取り、下さりませ。」

頭を下げる清盛に、上皇様も引き上げることにするけれどふと…そして清盛に耳打ちする

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「読めたぞ。そなた、朝廷を思うままに操るつもりであろう?危ない、危ない。騙されるところであった。」

何と嫌みったらしいと言うか、高笑いながら帰っていった上皇様。帰りは清盛に対して丁寧にお辞儀をして帰って行く明雲、これが機に清盛と明雲の関係が親密になって行くのだろうか…。そんな様子を見ていた祐親はハトが豆鉄砲を食らったような表情…重盛も父の行動と言動の意味を理解できたと言うような表情ですよね。(自分の浅はかさというか、父の時と今回とは同じ親子関係のこじれでも違うということを)

【いそPです】
そして、今後重要な役割を果たす人物として、明雲(みょううん)がおります。最後の方で、神輿と一緒に僧たちと登場した偉いお坊さんです。比叡山延暦寺の座主で、とっても力がある人です。14回からの久々の登場です。宗教界で大きな力を持っていて、彼が清盛・後白河のどちらにつくかでパワーバランスが大きく変わってきます。織田信長が比叡山を恐れたのは有名ですが、この頃から大きな力を持っていたのですね。彼の動向にもご注目を。

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自分の屋敷に戻った重盛は清々しい表情で経子にこれからは父上を全力でサポートすると宣言。自分も父上の思い描く世を見てみたいと。経子はそれは重盛にとっていばらの道になるかもしれないと。しかし重盛はそれも覚悟の上だと、窪田さんの清々しいいい表情ですよね。

一方の清盛も屋敷に基実がやってきて大納言に任ずる事が決まったと報告にやって聞いた。
それを謹んでお受けする清盛。そして関白基実は先日の上皇様の一件を納めた事でこれからも自分と共に朝廷の要となって行こうと義理の親子の会話。そんな所に池禅尼の容体悪化の知らせに急いで向かう清盛。

既に一門の皆は池禅尼のもとに集まっております。頼盛が母に清盛が来た事を告げる。
心配そうな表情の清盛だが池禅尼の反応は無い。先ほど自分が大納言になった事を報告すると周囲からも「ホォ~」と驚きの声が漏れる。それに反応したのか池禅尼

「大納言…。さようか…あの世で、殿に会うたら…お伝えせねばな。須磨…すまぬな。先に行くぞ。」

皆が声を掛けると最期の力を振り絞るかのように満ち足りた一生か。こんなに大勢の家族に囲まれて。そして清盛に

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「あとは頼みましたぞ。断じて…絶やしては…ならぬ。」

そう言って頼盛に視線を向ける池禅尼。頼盛は涙が止まらない。そして池禅尼は静かに息を引き取りました。この時の最後に「絶やしてはならぬ」と言った時に清盛にではなく頼盛に目線を送った意味に関して私が感じたのは、あくまでも清盛に忠盛の血筋を絶やさないように、頼盛を守って欲しいと言う目線だと思いました。勿論清盛もその母の思いは充分感じているわけで、たとえ頼盛が清盛の事を誤解していたとしても、忠盛と自分の血を分けた唯一の息子を託せるのは清盛しかいないと言う思いだったと思います。勿論頼盛に対しても「清盛に背いて一門を絶やすような危険な事のないように言動や行動には気をつけなさい」と言う思いも含めて母としての最後のメッセージなんだと思いました。(あくまでも私の解釈でドラマとしてどうなのかは分かりません)
【いそPです】
そして、今回で池禅尼様が昇天いたしました。和久井映見さん、第一回からの御出演お疲れさまでした。池禅尼の最後のシーン、頼盛(西島隆弘さん)に平家を絶やすなと言ったことを是非、覚えておいてください。頼盛は、平家嫡流の血を引く唯一の人物。キーパーソンですので、ぜひ、ご注目を。

そして大納言になった清盛の日々が始まりました。そんな清盛を見つめる祐親、ますます清盛のオーラに圧倒され

「何とも恐ろしいお方じゃ。何か粗相でもすれば、我ら伊東一族など、ひとたまりもないわ。」

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そんな京にいる伊東祐親の心配をよそに気が付けば流人の頼朝ったらその祐親の娘・八重姫とねんごろになっちゃってるじゃない。やっぱ草食男子ではいられないわけですね。別に女の人と仲良くする事が悪いと言うわけではないけれど相手をちゃんと考えないといけないんでないかい?

今回は二条帝と池禅尼がご逝去されました。
少しずつ懐かしい人との別れにドラマも折り返しを過ぎて平家の栄華と共に滅亡へのカウントダウンが始まったのだなと思うと複雑な気持ちになりますね。でもまだまだ清盛の志は動き始めたばかりですからね。
 
あと、伊東祐親役の峰さん。もう目付けのお仕事あまり乗り気ではないけど言われたから仕方なくやってますモード。
挙句に京都へ単身赴任…京で見た実際の平清盛のすさまじさにおどおどしっぱなしですね(笑)
顔と名前覚えられているだけでも恐ろしいですよね。本当に何か粗相があればすぐ分かられちゃうし、プレッシャーだらけの役ですけど、実際演じてみて俳優松山ケンイチとの共演の感想など聞いてみたいものです。
ますます、目が離せませんし、新しい人物も入れ替わりに登場するのでそれもまた楽しみですね。

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