感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
まずは持参した「旅ナビ」の機器を使って周辺の様子を見て見ると、清盛塚と能福寺が近く、「歴史館」からも歩いていける距離と言うのが分かったので、まずは車はそのまま駐車場において、歩いて「能福寺」と「清盛塚」に行ってきま~す♪

とにかく雲行きが怪しくてそれが心配でありますが…



清盛くん

入江橋を渡る途中にまずお目見えしたのがTVなどでは何度も見たことのある「清盛くん」(笑) 2005(平成17)年に設置されたそうです。 まさか大河ドラマで再び脚光を浴びるとはこの時誰も思ってなかったかもしれませんが、よく見るとこの清盛くんも優しいお目目をしていますよね(^O^)

そんな清盛くんと一旦バイバイしてまずは「能福寺」に向かいました。
月曜日ということもあってなのか周辺も本当に静かで歩いている人もほとんどいない…


能福寺001


無事能福寺に到着。やはり目立ちますよねこれが「兵庫大仏」存在感ありますねぇ~
でも、今日のお目当ては大仏様ではござりませぬ。ここはかつて清盛様がご出家されたと言われている場所なのです。
前回「わが都、福原」で清盛様が剃髪されておりましたがその場所がここだといわれております。

能福寺005


この塔はのちの鎌倉時代、北条貞時が平家の栄枯盛衰を哀れんで石塔を建立されて清盛公の霊を弔ったそうです。
そう思うと、清盛のことをそうやって思ってくれる人が現れこうして石塔を立ててくれたりする人がいたということ自体、何だか嬉しい気持ちになりました。

この石塔の隣にはこんな物もあります。

能福寺002

「平家源氏将兵戦没者五輪供養塔 境内出土 鎌倉時代」
これも同時期に作られた物なのでしょうか?沢山の五輪塔が並べられています。
しかも平家と源氏双方の戦った人達を供養する為に作られたと言うのが何だか素敵だなと思いました。

能福寺006


境内にはこんな物も紹介されていました(笑)
この能福寺は清盛様にまつわるお寺だけではなく、ほかにも縁のある場所だったりしますが今回はあくまでも平家そして清盛様に縁のあるということなので興味のある方は是非実際足を運んでみてください。

能福寺008  


「能福寺(A)」を後にして、次に向かうのは「清盛塚(B)」です。能福寺から道路を渡ってほぼまっすぐ歩けば到着します。(清盛塚から能福寺でも同じです)

清盛塚002 

この塔は以前清盛公のお墓だと思われていたようですが、大正時代市電の線路工事で調査した時にどうやら違うと言う事が判明したようで、清盛公没後100年の供養塔として建てられたのではと言うのが現在の見解のようです。どちらにしても福原の人達にとって清盛様は慕われているということがとても感じられます。

清盛塚001

そしてその隣に並んで(向きは違うんですけど)いるのが神戸に縁のある彫刻家・柳原義達作の清盛像が建っております。
既に出家された時のお姿の清盛公のお姿ですね。その隣にも琵琶塚が建っております。(写真なし)

清盛塚003


とにかく断続的に雨が降ったりやんだりでなんだか慌しくて…(汗)後で気が付いたのですが、「清盛塚(A)」から先の橋を渡ってすぐの所に(地図参照)「薬仙寺(B)」と言うところがあるようでそこはドラマの中のワンシーンで登場するかもしれません(名前だけでも)が、福原遷都の為に清盛が後白河法皇を幽閉した「萱の御所(別名「牢の御所」)」跡」の石碑があるそうです。気が付くのが遅くて何とも残念でした(>_<)

追加記述(2012.10.26)

前回見過ごして行けなかった「萱の御所跡」にも行ってきました。

20121026萱の御所跡001


ここはドラマで登場するかどうか分かりませんが、清盛が安徳天皇、高倉上皇様などを連れて福原に遷都するときに、鳥羽殿に幽閉していた後白河法皇(この時病気をされていたとか)を連れてこちらに幽閉先を移した場所だそうです。
ドラマではそのまま鳥羽殿に幽閉されたままになるのかどうなるのかわかりません。

実際の萱の御所は現在の場所とは違っているようですが、ドラマでもうすぐ展開されると思うと楽しみでもあります。

さて、それでは次に移動しますか…

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