感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2012.11.10記述

偶然見たテレビで紹介されていたのを見てこれは何かの縁だ…ということで朝から早速行って来ました。
今日のメインは「長講堂」と「高津古文化会館」あと行けたらと計画していたのは「三十三間堂」「六波羅蜜寺」「若一神社」「重衡受戒之地」など…。

まずは長講堂へ向かいました。

長講堂003



京都は11日まで『京都非公開文化財特別公開』と言って普段見る事の出来ない文化財が一部公開されて見る事が出来るのですがこの長講堂もその一つ。 (~11日まで)

【公開内容】
本堂、後白河法皇像(重文)、阿弥陀三尊像(重文)、過去現在帳、他

そう、ここに行く目的は後白河法皇様の木像や過去現在帳や肖像画などがあるんです。
本堂の撮影は禁止なので…

何箇所かに説明してくれる方々がいまして、まず最初の場所には後白河法皇様が生前ご自身で書かれた過去現在帳と言うものがガラスケースに展示されておりました。

過去現在帳を入れていた袱紗と更にそれを収納していた塗りの箱も同時に展示。
この過去現在帳と言うのは後白河法皇ご自身が気にしている方々の事を思い、思い出した人達の名前を書いている帳面といったら良いのかなぁ~。

だから名前の欠かれている順番と言うのも特にあるわけではなく、法皇様ご自身がその時に思い出す人達の名前を書き連ねているそうです。

そこには、清盛や重盛、祇王・祇女や仏御前(この2人は多分今様仲間という感じだったのかもしれませんね)、高倉天皇や安徳天皇の名も。私が目に留めたのは「平敦盛父子」と書かれていた文字。色んな事がきっとあったと思うけれど、自分の傍にいた人達が次々去って行く無常さはいかばかりだったのでしょうとか思いました。それも何十年とかではなく、本当に数年の間にだったですからね。 朝夕お経を上げながらこの過去帳に書いた人達のことを日々思っていたのでしょうね。

でも、まぁ文章じゃないからなのか公のものではないからなのか、余所行きの文字ではない法皇様の字は…(笑)
「梁塵秘抄」とかとは違う味わいのある文字でしたね。

この他にも法皇様縁のものが数点展示されておりました。

同じ場所の上座には後白河法皇の肖像画が真ん中に飾られておりまして、なんでもその肖像画は法皇様が生前に絵師が描いて最後法皇様自らご自身の肖像画に目を塗られたそうです。

ということは、この肖像画を自分に似ていると認めたということですよね?
納得しているから目を塗ったということなんでしょうから。
ということはこの肖像画が後白河法皇様なんだなとなんだか胸アツになっちゃいました(笑)
と言っても今回見たものは複製なんですけどね。本物は50年に1回しか見れないので…。
それでもたとえ複製だとしても本物は法皇様がちゃんとご自分の眼で見てと思うと(脳内での後白河法皇様は当然松田翔太さんです)ウルウルです。

そして次の間は本殿でこちらは後白河法皇が最後まで拝んでいたという阿弥陀三尊像(重文)が拝観出来ます。まぁ、私のメインはこちらではなくて…(汗)

本堂を抜けて御影堂へ。

長講堂011


写真は境内にある御影堂に通じる門ですがここからは入れません。この門の奥に後白河法皇御尊像(今回展示されているのは模刻ですけど)が鎮座されております。

長講堂002


丁度今回の公開前にこの木像に関係するニュースが出たんですよね。 (写真はニュース写真から)
【後白河法皇像から墨書銘文 仏師・康知の直筆か 京都・長講堂】記事本文はこちら

何だかいつも縁があってこういう絶妙なタイミングで見る事が出来て幸せです。
この木像を見ているだけでもやはりドラマの中のことなどを思い出すとウルウルしてきちゃって…感無量。

屋根に可愛い人達を発見!何だかキュートで癒されますぅ。

長講堂010



さて次は何処に向かいましょうかねぇ~
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
URL :
コメント :
パスワード :
管理者にだけ表示を許可する
 
Template designed by アクセラと+αな生活(ホノミ)

Powered by .