感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
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(清盛公がお手植えした若一神社の楠)


【詳報】平家は一蓮托生!「平清盛」最終回パブリックビューイングの模様はこちら
盛絵が見られる!いそPに逢える!「平清盛」スタジオパークde盛絵展の模様はこちら

【スタッフです】イベントならびに最終回放映に先立ちまして、平忠正役・豊原功補さんからメッセージをいただきましたので、お届けいたします。

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【豊原功補です】
「平清盛」という作品が訴え、残したもの。それは革新であり、また今後の平安、歴史ドラマ作りにおいて、必ず振り返らなくてはならない、貴重な創作の歴史となったことだと思います。 チャレンジは常に苦難の道に迎えられますが、足を踏み出した者にしか得ることの出来ない輝かしい景色として、チャレンジの神は必ず心に応えてくれます。あそびをせんとやうまれけむ、です。今日、「平清盛」は最終話を迎えますが、この作品に挑んだスタッフ、出演者、そして最後まで見届けてくださった視聴者の皆様ひとりひとりに、その忘れられない景色が胸に刻まれているのだと信じています。もちろん僕も、その一人として。一年間、本当にありがとうございました。また、新たなあそびで出会えること、楽しみにしています。
2012年12月23日、豊原功補。平忠正とともに。



【スタッフです】パブリックビューイング、第二部始まりました。磯P、本郷先生、柴田D、柘植さんとで、第49回までの総括、そして50回の内容についての事前説明です。

(磯)本郷先生、最終回の印象をネタバレしない程度に…
(本郷)すいまひぇぇぇぇん。気持ちよく50回目が終わり、また1話から見直してみるかと思える、さわやかな印象が残りました。

(柘植)撮影は本当に大変でしたが、最期まで全然力が落ちないで、最終話をみると、むしろ上がっているという出来ですね。(柴田)最終回、台本を貰った時は「凄い密度の回だな、どう組み立てるか」と思いました。そして、平清盛、最終回にふさわしい台本だなと思いました。

(柴田)そして登場が終わった方も「さりげなく」出てきますんで、ぜひ見てください。(磯)さりげなく、ではないですね…笑

(磯)ナレーションはアナウンサーにという話もあったんですが、藤本さんが頼朝が良いと強く推されて。そして最終回を見ると、ああ、これがそうなって、こうだから頼朝だったんだと。また第一話から見直してみようと。そう思える最終回になっています。

【いそPです】最終回「遊びをせんとや生まれけむ」。このフレーズは初回で清盛の母・舞子が歌い始めてから忠盛、祇園女御、後白河と様々なキャラに引き継がれてきたこのドラマのテーマ。子供が遊ぶように夢中で生きる♪まさに清盛の生き方を象徴するフレーズです。 清盛のまばゆいくらいの生き様、平家一門の結末、そしてこのドラマの最後、皆様に是非見届けて頂きたいと思います。タイトルバックはございません。いきなり本編から始まります。では、また後ほど、松山ケンイチさんと一緒にお目にかかりましょう。

【最終回について】


【いそPです】1185年。壇ノ浦の合戦の頃から物語が始まります。清盛の弟・頼盛(53)は、鎌倉にいる頼朝を頼って生き延びました。頼朝は、池禅尼(和久井映見さん)に優しくしてもらったことをよく覚えていて、その子・頼盛のことは殺さず、丁重に扱ったそうです。

【いそPです】タイトルあけて4年前の1181年、1月27日。熱病に苦しむ清盛ですが、湯気をだすなどその表現には色々と工夫をしています。

【いそPです】テレポーテーションした清盛。当時、西行は都を離れ、戦乱を避け、伊勢(現在の三重県)の庵(いおり)で質素な生活をしておりました。西行が言う「お手前ほど、存分に生きた方はいない」というのはまさに、その通りだと思います。

【いそPです】後白河法皇が歌う♪遊びをせんとや~。この歌について再度。今様(いまよう)という平安時代後期に流行した歌でして、メロディは現存していないので、音楽を担当している吉松隆史さんが雅楽(ががく)の旋律を参考にして、作曲しています。

【いそPです】清盛最期のセリフ「きっと、わが墓前に、頼朝が首を供えよ」。40年前に放送された「新平家物語」でも、仲代達矢さん演じた清盛は、このセリフを最期に息絶えました。ト書きには「何百年も生きた巨木が倒れるように」とあり、松山さんは、受け身をとらずまっすぐそのまま床に倒れ落ちる芝居をしました。清盛の叫び声のようなものを、効果音として使用しています。

【いそPです】清盛の遺言。盛国の幼名・鱸丸の名前の由来ですが、「平家物語」の中に、清盛たちが熊野詣でに行く途中、船に鱸(すずき)が飛び込みこれが吉兆だったと書かれています。この鱸から盛国の名を取りました。ドラマでも鱸丸の出世とともに、平家は繁栄していきました。

【いそPです】時代は飛んで1183年、平家都落ち。木曽義仲が京に攻め入り、平家は都を離れること余儀なくされます。登場人物たちの最後を、それぞれの1番印象的な場面をつないで表現しました。時子は安徳天皇と剣を抱いて、入水しました。この剣の行方は…。第2回で、壇ノ浦勝利の報告を聞いた頼朝が、剣が行方不明だと聞き、もしかしたら清盛がどこかで生きていて、振っているのでは…と言っていたことを覚えている方は…少ないですよね?

【いそPです】琵琶を奏でるのは、羅刹(らせつ)です。以前は、赤い衣を着た禿(かむろ)のリーダーでした。見てはいけないものを色々とみたからでしょうか、今は琵琶法師となっております。♪祇園精舎の鐘の音~「平家物語」の一節ですがこの時代に生まれていたのかは分かっておりません。仮に「平家物語」の原曲があったと想像して、芸能指導の友吉鶴心先生がメロディを創作しました。当時あった雅楽(ががく)の楽琵琶による演奏とし、雅楽本来の調弦にある音を組み合わせてつくりました。

【いそPです】盛国の最期について。捕虜となり鎌倉に送られましたが、日夜一言も発する事なく飲食を一切絶ち、1年後餓死によって亡くなりました。頼朝はその態度を褒め称えました。この場面は、涙を流すのと流さないの2バージョン撮影しましたが、上川さんの申し出もあり、流さない方を使用しました。

【いそPです】義経が書いていたのは「腰越状」と言う、壇ノ浦で勝利をもたらしたにもかかわらず、なぜ鎌倉に入れてくれないのかと訴える抗議状です。 義経は頼朝に無断で、後白河法皇から官位をもらい、それを頼朝は怒りました。頼朝は清盛の経験から、後白河法皇と一線を画した政治を行なおうとしていました。

【いそPです】頼朝と西行が対面したのは1186年8月15日。鶴岡八幡宮を徘徊する僧侶が西行と知り、頼朝は流鏑馬や和歌について話を聞き、お礼に銀の兎の置き物を渡したそうです。西行の歌「願わくば/花の下にて/春死なん/その如月の/望月のころ」願いが叶うのであれば、花のように美しい人と春に逢瀬を重ねて死んでみたいもの…。あなたの言う如月(旧暦2月)の望月(満月)のころに…。桜を愛した西行の遺言の歌とも言われています。

【いそPです】そして海に落ちてゆく剣。時子が落とした剣は、形を変えて青龍刀に…、そしてそれを拾ったのは…。 まさしく清盛が夢見た「海の都」は、平家一門とともに永遠に繁栄していくのです。このラストは、ドラマが始まった時から決まっていました。まさにこのラストに向かっての全50話の物語でした。

【いそPです】「平清盛」全50話、ご覧いただきまして、本当にありがとうございました。

【松山さん・窪田さんを迎えてのトークショー第二部より】


【スタッフです】圧倒された…という雰囲気のなか、パブリックビューイング第二部のスタートです。ここで主演・平清盛役の松山ケンイチさんが登場です!!!! 松山ケンイチさんを迎えて、万雷の拍手が。続いて窪田さんが再び、舞台へ。殿の横にご着席になります。

(松山)今日は、来ていただいてありがとうございます。50回、家で見ようかと思ったんですが、皆さんがどういったリアクションをしているのか、是非、最期の機会なので、絶対に来たいと思いました。僕は14ヶ月もやってますんで、もう全てを思い返してしまって、平清盛、という文字がドーンと出た瞬間に、もう、きちゃって…でも、お客さんより先に泣いちゃだめだと思ってがんばりました。キャストの皆さんも第一回から素晴らしいお芝居をされているんですけども、それをちゃんとくみ取って仕上げられた、スタッフの力もものすごいな、と思いました。このようなスタッフと仕事が出来て、一生の宝物になるなと。この作品を超えるのはハードルが高いなと。

(窪田)改めて窪田です。44話で重盛は他界するんですが、それまでは父上をオンエアで見させてもらって。皆が闇の中に引きずられていく様が苦しくって。でも、テレビ越しだから、なにも出来なくて。本当に天国から見ているような、不思議な感覚でした。幸せ、の一言です。

(柴田)楽しんでいただけたでしょうか?思いっきり一年間やりきったかな、というところです。皆さんの感想を聞かせて頂くのが楽しみです。最期のカットを撮ったのはチーフカメラマンで、彼に清盛になりきってもらったんですが、本物の清盛から「入る足が違う」とダメ出しが(笑)

(柘植)ご覧いただいたとおり入魂の作品なんですが、平家滅亡後壇ノ浦まで描いてきましたが、ずっとドラマを描いてきましたので、自分も滅亡するような気になってしまって…このドラマが終わったら、自分、沈んじゃうんじゃないかなって。それくらい、入れ込んで作りました。

(本郷)松山さん初めまして、本郷です。松山さんの清盛、深田さんの時子、素晴らしかったです。14ヶ月かけて役を作ってこられた、時間の重みがあるんじゃないかなと。大河ドラマが存在する意義というのは、そこ、時間というものにあるんだろう、と思いました。

(磯)皆さんからの感想、ご質問も聞かせて頂きたいと思います。
(女性)本郷先生、清盛が死んだ直後に着ていたものは?
(本郷)これは柘植さんですw
(柘植)これはドラマで独自にデザインさせていただいた衣装です。ちょっと格がある雰囲気を目指して、独自に作りました。

(女性)感動しました。史実だと、清盛は盛国の腕の中で死ぬと聞いたのですが、この演出を選ばれたのはどうしてですか?
(柴田)はい、史実では盛国邸で亡くなるんですね。今回は台本に「巨木が倒れるように」とあって、清盛に思いっきり倒れて貰うためにこの設定としました。

(松山)僕も最初、<史実では>盛国邸で死ぬということで、みんなと会わずにひっそり死ぬと思ったんです。そして、ああいう設定になって。ここで清盛としては「周りに人がいる中で死ねる幸せ」を感じながら、演じました。 倒れる所なんですが、カムイ外伝の際にお世話になったアクションスタントマンの方と議論したんですね。僕は「前から行く」と思ったんですけど、大木だし「後ろに行く方がいいんじゃないか」と。いや前って、受け身はどうすればいいんだと(笑)膝をついてとか、受け身をしながら死ぬ清盛、っていうのは絶対にないなと思って。そういう意味から言えば、うまく出来たと思います。

(ご質問)清盛を演じて、自分とは違うと思ったところ、近いなと思ったところは?
(松山)圧倒的に違うのは時代、立場というか、背負っていくものが大きいなということですね。色々なものを背負って、そして頼朝に託していく。こういうのは、現代にはほぼ無いんじゃないかなと。清盛とおなじ所ですが、たとえば中途半端に、本気を出さないで作品を作ってしまうこと、それは自分でも後悔するし、見てくれる人にも申し訳なく思いますよね。そういう点から、清盛の気持ちがわかります。

(女性)一回目を見たくなるような最終回でした。毎年大河を見ていますが、平清盛ほど、一つ一つの場面を覚えている作品はありません。質問ですが、みなさんは全体の構成を考えて、そこから考えて撮影されていたのか、一瞬一瞬で撮影されておられたのか、どちらでしょうか?
(柴田)「最後にここに行き着くんだ」という思いは、みんなにありましたね。最後のシーンを最初に撮るんだ!というくらいの気持ちです。
(柘植)撮影前の前段階の時点で、見えていること、見えていないことがあります。それとを向き合いながら撮っていきましたね。
(松山)まだ、高平太に戻るとは思っていませんでしたね。でも、スタッフさんは初めからそう考えていたそうで。頭を丸めちゃってたんで、高平太に戻れるんだろうかと心配でした。みなさん、大丈夫でしたか?

(ご質問)ご自分の役以外で、好きなキャラクターは?
(松山)居すぎて選ぶのが難しいんですけど…頼盛の老け方とか、常盛のリアクションとか面白かったですね。でも、一番はやっぱり、重盛だなぁ!重盛がいないと、平家一門の空気感は違ったものになっていたと思います。
(窪田)<松山さんのコメントを受けて>ちょっとびっくりしちゃいました。えっと…好きなキャラ。そうですね、忠義を尽くす重盛として言うと、父上に本当の意味で忠義を尽くしていたのは、上川さん、盛国だと思うんですね。

(女性)泣いちゃって、ようやく話せるようになりました。これだけ人物が入り組んでいるのに、みんな個性があって、物語がつながっていて。盛盛盛ーズも、いとおしくて仕方なくて。衣装もセットもたくさん作ったんですから、もうスピンオフを作ったりしませんか?
(松山)そうですね、重盛との親子の描写のスピンオフってのは、やってみたいですね。50回の顔で、重盛と対面したかったんですけど、出来なかった。もっと親子としての片鱗を出したいなと。本気で窪田くんと親と子を演じたいな、と。
(窪田)<スピンオフの話題で>やっぱり棟梁と嫡男、という関係性が強かったので。父上と、幼少期の頃のように、純粋に向き合っていられたら…二人の関係がどんな感じになったのか、気になりますね。

<スピンオフの話題を受けて>
(柴田)そうそう、船のセット残ってるんですよね。これは作れってことかなと!
(松山)船があるんだったら、ラストシーンは船でみんなで…というのもあったかも!そうすると第2回の清盛の「オオーー」につながったりしたかもしれませんね。

(女性)戦国とか幕末にすればウケたと思うんですが、どうして平安を持ってきたのか?あと、ファンとしては、やっぱり裏話が聞きたいです!
(柴田)たしかに戦国幕末は多くて、絶対にあたる!というやつですね。でも、そろそろ新しい時代をやるのがいいんじゃないかと。調べると、清盛のいた時代というのは、時代が大きく動く変革期なんですね。それを今やると、色々発見があるんじゃないかと思って、トライしました。
(松山)裏話…柴田さんと何度もロケに行ったんですけど、初日は全部雨だったんですよね。僕か柴田さんか、って話になって(笑)。ちなみに加賀まり子さんからも「柴田さんって素晴らしい監督だけど、お天気に恵まれなくて…」と言われて、有名な話なのか!とビックリしました。
(松山)窪田くんは本当に素晴らしい人だなと思うんですけど、某店のテリヤキバーガーを食ったことがないんです。で、食べさせてあげたら、美味しい美味しいと。そしたら次の日、結構高い健康サンダルを貰いました。バーガーでサンダルを貰える!本当にいい息子を持ったな、と!

(磯)ここで、ネットからご質問を。松山さん、清盛に会えたら何を話したいですか?
(松山)まず、謝りたいです。今の自分の本気では、清盛公の高みにはまだまだ行けないなと。

(磯)後白河との対決の中で、一番ゾクゾクしたのはどの時?という質問が。
(松山)一番初めの出会いは考えましたね。あと、49回。全ての感情を超えて、愛情になりました。後白河もそういった思いで、清盛と双六をしていると思うんです。

(磯)清盛を演じきった今、清盛は幸せだったと思いますか?
(松山)まだまだでしょうね。一番初めから演じ直したいくらい。

(磯)では、最後に一言ずつ
(柴田)一年間、つきあって頂きありがとうございました。熱い感想やご意見に支えられたからこそ、ここまでこれたと思っています。
(柘植)一年間、本当にありがとうございました。このような作品に関わらせて頂いたこと、本当に幸せです。ありがとうございました。
(本郷)歴史っていう地味な学問に携わっていて、こんな仕事ができるとは思っていませんでした。本当に一年間、楽しく、大変でしたけども、過ごさせていただきました。スタッフのみなさん、松山さんを初めとする俳優のみなさん、そして視聴者の皆さんのおかげだと思います。
(窪田)初めての大河ドラマ、それが平清盛で、平清盛を演じた松山さんの息子で、本当に、これから役者をやっていくなかで、誇りというか、大切なものになりました。ありがとうございました!
(松山)本当に一年間、ありがとうございました。軽い作品ではなかったと思いますし、重い部分も多かったと思います。それでも見てくださった方がいて、よかったと思います。清盛は悪人と言われていますが、こんなにも美しい生き方をしたのか、世の中に対して思いを持っていたのか、ということを表現したと思います。清盛の生き方は見直さないといけないと思いますし、死んだ人間に悪人というレッテルを貼り続けるのは、恥ずかしいことだなとも。 そういう人が再度評価されていくのは、これから日本にとって必要なことではないかなと。窪田くんや柴田さん、本当に素晴らしい人たちとまた仕事ができるように、これからも頑張っていきたいと思います。一年間やっていると、見たことのない、感じたことのない所までいけるんですよね。自分の役者人生で、ここまで未知の所に行けたことはありませんでした。そういう力が大河ドラマにはあると思います。平清盛を演じられて、幸せでした。みなさん、ありがとうございました。

【スタッフです】以上、これにて「平清盛」全50回、そしてパブリックビューイングを終了とさせていただきます。平家は一蓮托生、皆様、またどこかでお会いしましょう!
【窪田さんを迎え第43回「忠と孝のはざまで」について】 


【スタッフです】ここで「みんなで過去の回を見ながらフリートーク」コーナーです。きょうは窪田正孝さんがいらしているということで、第43回「忠と孝のはざまで」を上映します。窪田さんにご自身の演技その他について、作品を見ながらお聞きして行きます。

(本郷)重盛は貴族からの評価も高かったんですが、兼実だけは評価していなかったようですね。
(窪田)ちなみに実際は、相島さんの方が年下なんですよ!笑

【スタッフです】窪田正孝さんが第43回「忠と孝のはざまで」を見ながら、各シーンでの役作りや、重盛の心情について語っておられます。トークの模様は後日、ホームページに詳しくアップする予定です。

(柴田)成親の最期のシーン、実は蝉は別撮りなんです。吉沢さんは撮影後、すぐに「蝉は、蝉は大丈夫?」と心配されていましたw
(本郷)成親の最期については異説もあって、竹槍の仕込まれた落とし穴に落とされたという絵巻物もあるんです。
(柴田)放送が難しい絵ですね!

(磯)窪田さん、松山さんとの演技はどうでした?撮影の前とかは話はしましたか?
(窪田)そうですね。松山さんはお芝居が始まった瞬間に清盛になるんで、控え室とかでは全然別の話をしてました!

(柴田)義経と常盤、現実のお二人はなんと同級生で、しかも義経のほうが何ヶ月か年上なんですね。でも、常盤がいい演技をしましたね。
(磯)この年齢の女性の話ぶりを、かなり研究されたそうです。自分のお母さんとかにも、色々と聞いたらしいですよ。

(柘植)義経と弁慶の衣装、実は白と黒の比率が、丁度反対になっているんです。

【スタッフです】重盛と清盛・親子対峙のシーン、ここは全部で3回やったそうです。柴田さんいわく「リハーサルの時から窪田さんは全力で来たので、全部通しでやったら(体力的に?)まずいなと思った」とのこと。また窪田さんはこのシーンのためにウェイトを落とされたとか。

【スタッフです】パブリックビューイング第一部はこれで終了です。少し休憩時間をおいて、超満員のPV会場の皆様、そして全国の「平清盛」を愛してくださる皆様と、最終回を共に見届けていきたいと思います。平家は、一蓮托生!  

 
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この記事へのコメント
ゲスト 松山ケンイチ
12/23 ゲスト予定 松山ケンイチ

千秋楽 主役の登場です。
2012/12/11(火) 14:12 | URL | ゆきこ #-[編集]
Re: ゲスト 松山ケンイチ
ゆきこさん

> 12/23 ゲスト予定 松山ケンイチ
> 千秋楽 主役の登場です。

いよいよ殿自ら参加ですね~
これは参加者楽しみで仕方ないですね。
殿と一緒に最終回を見れるなんて何と言う贅沢な時間を共有できるのでしょうか。

でも同じ時間、その場にいない私たちも電波そしてネットを通じて共有できると思うとそれだけでも何だか凄く贅沢のような気がします。

そういう意味でも本当にこのような場を作ってくれた磯Pやツイッターの清盛クラスタの皆様のお陰ですよね。
2012/12/11(火) 14:28 | URL | K&R #hTYNULE6[編集]
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