感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2014.6.20記述
東洋経済より

日本映画史に残る数々の名作を手掛けてきた名カメラマン・木村大作の監督作第2弾となる『春を背負って』が公開されている。

 松山ケンイチ扮する主人公の長嶺亨は、多額の金を動かすトレーダーの仕事にむなしさを覚え、父親・勇夫の死をきっかけに山小屋“菫小屋”を継ぐ決心をする。そんな彼の周りに集まった人々が、美しくも厳しい自然の中で育む、人間の優しさと心の成長を描きだした本作。 “菫小屋”で働く従業員・高澤愛に蒼井優。勇夫の大学の後輩で、“菫小屋”で働きながら亨の成長を見守る多田悟郎に豊川悦司。さらには亨の母親・菫に檀ふみ、亨の亡き父・勇夫には小林薫が出演している。

 本作の撮影は、東京・新宿の高層ビルや、富山県の内山邸のほか、四季を追って立山連峰でも延べ60日間の山岳ロケを敢行。『劔岳 点の記』同様、スタッフ・キャストが実際に山に登って撮影するという、木村監督ならではの演出スタイルは本作でも健在だ。

 今回、歯に衣着せぬコメントで人気を集める木村大作監督に、映画に対する思い、情熱、こだわりなどについて、2回に分けて聞いた。

東洋経済001


原文はこちら

過酷な撮影の先に美しい画面がある


――木村監督のフィルモグラフィーを振り返ると、過酷な状況で撮影された作品が多いですが、なぜそういった過酷な状況を選ぶのでしょうか?

やはり俺が世に出たのは(真冬の八甲田山での過酷な撮影を行った)『八甲田山』(1977年)だからだよ。そこから自分の歴史が始まっている。『八甲田山』がなければ、『劒岳 点の記』も『春を背負って』もやろうとは思わなかった。あれはもう本当に、どうしようもないしんどさだったから。そういうものを経験しているから、「ああいうふうにやればいいんだ」と、やることができる。それが(初監督作品の)『劒岳 点の記』でした。

その間にもカメラマンとして、『復活の日』(1980年)で南極に行ったり、『聖職の碑』(1978年)は木曽駒ヶ岳、中央アルプスを撮ったりもした。自分の映画の歴史はだいたい半島の先か、離れ小島みたいなところが多い。そういうのをあえて選んでいるところもあるからね。確かに山はしんどい。それでも行くのは(美しい画面が撮影できる)保証があるからだ。

――やはり美しい画面を見ているから、それを求めてしまう。

そうだね。でもやっぱり自然が好きなんだろうね。自然の中に入るとホッとして、自分も、和やかになるしさ。

――木村監督はよく、自然を撮影するときに、一瞬を逃してはいけないとおっしゃっています。

どのカットでもそれが難題。自分のイメージした状況があるから。場所は同じでも、雲は動き、霧が上がってくる。一瞬で自然が全部変わるわけ。要するに詩なんですよ。だから(画面に)詩情が出るまで待つ。待ち続ければ、5分ぐらいはそういった瞬間がやって来る。その5分間をじっと待って、その時に一気に撮影をする。『春を背負って』という映画はその繰り返しなんだよ。

――しかし、その5分を待てない人も多いと思うのですが。

そこにこだわりがあるかどうか。自分がイメージした状況を撮影するためだったら、俺は1年間でも待てる。たとえばこの映画では、夕景に豊川さんと松山ケンイチさんが座っている後ろ姿のシーンがあったんだけど、あれは3回目にようやく撮ることができた。1回目、2回目は駄目でした。最初、これはいい夕景になるなと思っていたんだけど、途中から霧で真っ白になってね。そういうときは(カメラを)回したら負け。

その時が来るまで山を下りないぞ、という話だよね。みんな早く山を下りたいから、真剣に「(美しい風景に)なってくれ」と祈っていたよ。俳優さんが出ている山での撮影部分は、そこが最後だったんだけど、あの状況が撮れたので、「みなさんおめでとうございます。これで俳優さんの部分は全部終わりました。カンパーイ!」ってやっていました。そりゃいちばん喜んだのは俳優だよね(笑)。それは要するに最初から覚悟していればいいということ。自分の望む結果にならないかぎり、絶対に撮らないぞ、という決意だよ。

――周りのプレッシャーに負けないようにするわけですね。

美しい風景が来るまで絶対に撮らないぞという、覚悟を決めなければならない。もちろん全部のカットでそれをやるわけにはいかないけど、ここぞというカットのときは、そういう覚悟を決めて作品に入る。そうすれば、いくらでも待てる。監督自身が覚悟を決めていると、俳優も全部納得する。「しょうがない」と納得して待っている。小林薫さんは「この組でやらなきゃいけないことは我慢だ」と言っていましたからね。


黒澤明監督の下での経験が、本物を撮るこだわりを培った


――『劒岳 点の記』のときは全員が合宿をして撮影に挑んだと思いますが、今回の『春を背負って』もそうだったのでしょうか?

(舞台となった)山小屋に泊まりながらの撮影です。そこは20人ぐらい泊まれるから。でも、4~6月は小屋番がいないから自炊になる。特に4月なんて、雪の中に埋まっているから、自分たちで掘り出して、山小屋の中に入ることになります。

――映画そのままですね。

そう、そのまんま。冒頭に、小林薫さんと子どもが山小屋に入るシーンがあるんだけど、そこは、川崎にある倉庫にセットを作って撮影を行ったシーン。そのセットはマイナス20度になるんだけど、1週間かけて、いろいろなところに水をかけて、本物の雪を作り、それから撮影したんだ。それはものすごくおカネがかかることだけど、そういうところには俺はこだわる。基本的には本物で映画を撮るんだ、という意識があるから。

――本物を撮りたいという思いと、予算の兼ね合いはどう考えていますか?

東洋経済002


この組では、「我慢」という言葉がはやったが、自然というものは待たなければ撮れないよ。特に、映画の場合は役者やスタッフを連れていかなければならないから、彼らの拘束時間だって長くなる。本物の山で撮るということは、いろいろな意味でおカネがかかることなんだが、それでもやるのは、いいものが撮れる保証があるからだよね。

それを本物まで作っちゃう人が黒澤明なんだよ。たとえば『用心棒』の宿場町。あれだってみんな本物だから、今作ると数十億円はすぐにかかってしまうだろうね。黒澤さんのすごいところというのは、本物を作ってまでやろうというところにあるんだよ。黒澤さんがやるんだと言ったらみんなおカネを出すんですよ。でも、俺がそれをやりたいと言っても出してくれない。だったら(本物が)あるところに行けばいい。それだけの努力をわれわれがすればいいんだ。そういうところはこだわる。それをごまかしてやることは俺にはできない。

――やはりそれは黒澤監督の現場を肌で感じたから?

そういうこと。若いときに、撮影助手として5本ついていましたから。俺は黒澤一家でも何でもないんだけど、そういうのを見てきたのは、もう俺くらいが最後の世代。だからあれこそが本物の映画作りだと思っているところはあるよ。

本物を作るおカネがないなら、あるところに行けばいいじゃないか。それが山に向かう理由。こういうところに行って映画を撮る人は日本映画界では誰もいない。だから目立つわけだよ。企画も通りやすいというわけだね。そんな企画を持っていく人はいないよ。やはり暇であることが第1条件となるからね。

暇だから体力的なことをいとわない。本物のところへ行くことだってできる。でも、日本映画界にはそんな考えを持つやつは誰もいないんだよ。みんな徒労や無駄な骨折りはやりたくないんだよ。でも俺は、無駄な骨折りになってもやってみようと思うわけ。

――そこに山があるからというわけですね。

だからこの映画がヒットしなかったら、本当の徒労になっちゃうんだよ(笑)。

松山ケンイチはじめ役者たちも覚悟を決めてくれた


――撮影には体力が重要になると思います。山での撮影は体力的にそうとうな負担になったのではないでしょうか?

そりゃしんどい。でもこれが不思議なんだけど、山に長くいればどんどん強くなるんだよ。『劔岳 点の記 』に入る前は、体力作りのために走ったり、神社の階段を上がったりといったこともやってみた。階段を上がり下がりも、最初は1日に1回しかできなかったが、10日ぐらいすると何往復かできるようになった。それで俺も体力がついたなと思って、実際に山に行ってみると全然駄目だった。

でも、山で日々(撮影を)やっていると、どんどん体が軽くなる。やはりその場所に行かないと駄目なんだよね。だからスタッフやキャストには「トレーニングは何もやらなくていい。とにかく早く来い」と言う。そのほうが早いからね。

――俳優にとっても、気軽に参加するたぐいの映画ではないように思うのですが。

やってみたい、興味があると言ってくれればいい。覚悟を決めれば、あとはものすごく楽しいですよ。特に蒼井優さん、松山ケンイチさんなんかは若いということもあったけど、本当に強かった。彼らは覚悟ができているわけだよ。たとえば松山ケンイチさん。彼は、雪の中で人を担いで歩けるのかどうか、撮影前にテストをしたいから「木村監督、一緒に雪山に行ってくれませんか?」と言っていました。

主演俳優がそう言うんだから。俺と、助監督とガイドと松山さんは、ちゃんと雪の中、4人で八ヶ岳の硫黄岳まで行ったのです。そのときにこいつは強いなと思ったな。松山さんは青森育ちだから、雪の中を歩くのに慣れているんだよ。助監督を担いでみて、「きついですねえ」と言っていた。そりゃきついよ。でも、そういうことも撮影ではやらなきゃいけない。松山さんはもう覚悟を決めた。そうすれば、現場で突然、「こういうふうにやれ」と言われても、強いわけだよ。

もちろん映画だから、「10秒間だけ」といった具合に、細切れで撮影することだってできる。でも松山さんは「遠くのほうから歩かせてください。それでいちばん疲れたところを撮ってください」と言ってきた。だからあの映画に出てくる、松山さんの疲れた表情は全部リアリティなんだよ。

80キロくらいある人間を担いで崖を下りるシーンも、頭から最後まで全部フィルムを回している。フィルムキャメラ3台を同時に回しているわけですよ。あいつの叫び声や、歪んだ顔なんかもしっかりと本編で使っている。それがリアリティなんだよ。

役者というものは、「アップだけ10秒間撮ります」なんて言ったら、疲れていてもいい顔をしようと思うものなんだよ。でも松山さんの場合はリアリティだから、完全に顔が歪んでいるよね。この映画にはそういうところが随所にあるわけ。

松山さんは試写を見終わった後に俺のところに来て、「今まで自分はいろんなことをやってきたけど、この映画では今まで見たことがない自分の自然な表情が随所にあって、本当にうれしいです。僕は芝居しないほうがいいんですかね」と言っていた。それが松山さんの感想だよ。そういうふうに言ってくれて本当にうれしかったね。

(後編は後日配信予定)
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