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感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2014.6.20記述
読売新聞カルチャーより

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カメラマン、木村大作の監督デビュー作「劔岳つるぎだけ 点の記」に、「雪を背負って」というセリフがある。

 舞台となる3000メートル級の雪山を登り下りする厳しさを、そう表現しているのだ。木村監督の2作目となる本作も、舞台は同じ立山連峰。なのに、今回は、「春を背負って」。何が変わったのだろう。

 「春を背負って」でも、雪は欠かせない。冒頭、カメラは雪山を歩く人間を捉える。CGでない雪の白さが本物の白さなら、そこを歩く人間の姿も本物である。「厳しさの中に美しさはある」という木村監督の信条を映像で実証したような、美しいショット。「劔岳」で観客をあっと言わせた光景の再現を、大いに予感させる。

 やはり、全編にわたって、立山の最高峰、大汝山おおなんじやまからの絶景がスクリーンに映し出される。壮麗な雪山は、「八甲田山」「鉄道員(ぽっぽや)」などの撮影監督を務めた、木村監督の刻印と言ってもいい。さすが、日本を代表するカメラマンが撮った映像だと思わせるが、「劔岳」とは印象が随分違う。

 「春を背負って」の原作は笹本稜平の小説。銀行に勤めていた亨(松山ケンイチ=写真左)は、山小屋を営んでいた父(小林薫)が急死したため、東京を離れ、古里へ。父の後を継いで、山小屋を続けることを決意。風来坊の山男、悟郎(豊川悦司=同右)や女性スタッフ、愛(蒼井優)らに支えられて、一歩一歩成長していく。

 亨が山小屋を継ごうと思ったのは、父の思いを背負う覚悟を決めたから。山を訪れる人々に信頼され、不幸に見舞われた悟郎や愛の心をほぐした父の役割を継ぐのは、容易でない。しかし、その重さは、人間的なぬくもりをふくんだ、弾力性に富んだ重さなのだ。

 「劔岳」では、日露戦争後、国防のために日本地図の完成が急がれ、主人公たちは命令に従い、未踏峰の山頂を目指した。彼らが背負ったのは国であり、歴史だった。これも重いが、重みの質はまったく異なる。かたや「春」、かたや「雪」と呼ばれるように。

 「劔岳」では豆粒のように映ることが多かった人間が、「春を背負って」ではスクリーンからせり出してくるよう。愛の目いっぱいの笑顔が象徴的だ。そして、ラストの亨と愛の行動にあふれる幸福感。登山という上下の運動に終始していた映画に、突如現れた回転運動に驚き、自然よりも人間にこだわった木村監督の思いをぶつけられたような気がした。1時間56分。有楽町・TOHOシネマズ日劇など。(近藤孝)

あのラストシーンは若い2人の末来への希望が込められていると思うんですよね。それを見守る友人や家族たち。けっしてとち狂ってる分けでもなんでもないんですけどね(汗)

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