感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2015.3.19記述
読売新聞より

前身「音楽試合」放送までの苦闘

大みそか恒例の「NHK紅白歌合戦」の前身となった、ラジオの「紅白音楽試合」(1945年)の誕生秘話を伝えるドラマ「紅白が生まれた日」が、3月21日午後9時から総合テレビで放送される。

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歌で国民を元気づけようと奔走したディレクターらの奮戦記だ。

 「紅白歌合戦」は51年に第1回が行われ、第3回までは正月のラジオ番組だった。第4回から大みそかに移り、テレビで中継されたが、実は終戦直後から、新しい時代にふさわしい音楽番組の模索は始まっていた。

 それを担当したのが、当時、ディレクターだった近藤積(つもる)だ。近藤は、学生時代に打ち込んだ剣道の紅白戦にヒントを得て、スポーツの対抗戦形式の番組を発案。男女に分かれ、スリルとスピード感あふれる歌による“合戦”を企画した。

 しかし、連合国軍総司令部(GHQ)の民間情報教育局から、「合戦」は軍国主義的な思想につながるとして許可されず、結局、知恵を絞ってタイトルを変更。「紅白音楽試合」となった。

 そうした経緯を含め、“幻の紅白”がラジオ番組として放送されるまでの苦闘を描くのが今回のドラマ。近藤を参考に新たに作り上げたディレクター・新藤を松山ケンイチが演じる。

 物語の軸は、新藤と民間情報教育局の日系人通訳・馬淵(星野源)との確執。そこに新藤を励ます職員・光江(本田翼)、「リンゴの唄」を歌った並木路子(miwa)らの物語が重なる。また、歌に優劣をつけることに難色を示すレコード会社など、関係者の動揺も描く。

 クライマックスは当時、東京・内幸町にあったNHK東京放送会館のスタジオで行われた生中継の場面。思わぬハプニングが起こり、「1分1秒、すべて台本通りに」という馬淵の指示にもかかわらず、新藤が一計を案じ、光江が紅組司会の水の江瀧子(大空祐飛)、白組司会の古川ロッパ(六角精児)にとんでもない提案をする。

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脚本はベテランの尾崎将也が担当。新藤らの心情を丹念に表現した。また、「音楽試合」の進行台本も残されていない中、当時の会館の写真集と図面を見てスタジオを再現。そこで記者会見した松山は「近藤さんは柔らかいイメージの人だが、心の中では燃えていたのでは。それを表現したい」と意気込んだ。

 一方、自ら紅白歌合戦に出場したmiwaも「ものすごい志を持って番組を作った先人に感謝しながら収録に臨んでいる。並木さんの心境を考えながら、大切に歌いたい」と話した。

 先輩たちが生みだした番組をドラマ化するにあたり、三鬼一希チーフ・プロデューサーは「少しこそばゆいところもあるが、番組の形式がその後、70年間受け入れられているところがすごい。放送に我々は何を残せるのか、おれたちは(先人に)負けていないかと考えながら取り組んでいる」と話している。(旗本浩二)
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