感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
映画「聖の青春」が公開されたということで、村山聖さん所縁の大阪周辺をぶらぶら。


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(2016.2.5大阪城梅園にて梅の花ではなく猫が…(笑))


まずは、村山九段と森信雄師匠が通ったJR福島駅の高架下のある「更科食堂」へ(2016.2.6撮影)。

20160205更科食堂001


私と福島周辺の縁というと…
阪神電車の線路を渡ったらすぐあるのが阪神高速福島入り口。仕事帰り、伊丹空港へ行く前に梅田で少しほしいものを買ったりした後、この入り口から高速に乗るのでよく利用していました。その他にも梅田スカイビルへ向かうときなども通ります。村山九段のテリトリー(笑)とは反対側に以前、旧阪大病院(今はABC放送などの社屋になっています)や大阪病院(旧厚生年金病院)に足の主治医(現在は天満の方に開業したのでそちらに通院していますけど)がいたので結構通っていましたね。(こちら側には村山九段が大阪でお世話になっていた住友病院があります)


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JR福島駅の改札を出て信号を渡ってすぐのところに「更科食堂」はあります。昔ながらの大衆食堂という感じで、お昼時を少し過ぎていたのでゆったりと座れました。もちろん今回注文したのは「塩サバ焼定食」(700円)。

それからは、村山の学校が終わる時間に関西将棋会館で待ち合わせることにした。村山が待つこともあったし森が待たされることもあった。そこで落ちあい、二人で大阪環状線福島駅のガード下にある「更科食堂」というひなびた定食屋に通うのが日課となった。そこで思い思いの定食を注文して食べるのだ。焼き魚定食が村山の定番だった。(「聖の青春」第二章心の風景より)

20160205更科食堂002 サバ塩焼定食700円


行きつけの定食屋さんがもう1軒「福島食堂(村山九段が羽生先生と2人で食事をした)」というのがありましたが、数年前までは車で通ったときにあったんですけど今は残念ながらなくなってしまいました。残念です…「更科食堂」の店内には弟弟子の山崎八段が村山九段のことを語っている記事が貼られていました。私が行ったときはまだケンちゃんのサインはなかったけれど、今行ったらひょっとするとNHKの撮影で来ていた東出さんのサインなんかも飾っているのかもしれませんね~。

お店を出て阪神電車の線路を超えて少し歩くと「関西将棋会館」に到着します。将棋のことなんか気にもかけなかったら全く眼中に入らなかったけれど、ここにずっといてはるんですよね(汗)中は入ったことないんですけどね。もっぱら通過するだけで…

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大阪の関西将棋会館道場で、聖と森ははじめて対面した。ネフローゼで青白い顔はむくんでいた。手も足も陶器のように真っ白だった。はにかんでいつもうつむきかげんではあったが、真っ黒く意志的な瞳がキラキラと輝いていた。(「聖の青春」第一章折れない翼より)



上福島北公園004-001



関西将棋会館からさらに進んで【福島6】の交差点を左に渡ってすぐ右の横断歩道を渡り左側に進むと「上福島北公園」があります。ここは「聖の青春」の中の著者でもある大崎さんが初めて村山聖九段と対面した場所でもあります。(写真はシンフォニーホール側から公園を撮影しました)

 上福島北公園003-001


今回の映画の中でも学生たちが楽しそうに歩いているシーンで登場していましたよね。(2016.11.20撮影)

昭和62年のある寒い冬の深夜、仕事で大阪に出かけた私は、森と二人で大淀ハイツの近くの上福島北公園を歩いていた。シンフォニーホールの前にある、整然とした桜並木に囲まれた、こじんまりとしたとても美しい公園である。(中略)大阪の凍りつくような、真冬の夜の公園で私は息をのむような気持でその光景を見ていた。それは、人間というよりもむしろ犬の親子のような愛情の交歓だった。理屈も教養も、無駄なものは何もない、純粋で無垢な愛情そのものの姿をみているようだった。(「聖の青春」第三章彼の見ている海より)


20160205ライラックマンション


上福島北公園とあみだ池筋の間にあるのは「ライラックマンション」。ここには実際、村山聖さんは住んでなかったけれど、阪神大震災の後、森先生が被災されて家族で住んでいましたね。

そしてそこからあみだ池筋を渡ると浦江公園がありますが、前田アパートはそこから公園を抜けて行った場所にあります。公園には運動場や児童公園などあって、都会の中でもなかなか緑豊かな雰囲気です。


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前田アパートの向かい側の風景(2016.2.5撮影)。多分この時期頃まで映画の撮影していたんじゃないかなと思います。
この数メートル先に映画の冒頭で村山さんが倒れこんでいた場所です。

 
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ちょうど、前田アパート沿いの道路側の公園の出入り口の場所です。でもこの桜はどうしたのかしら?花弁は調達して、木に咲いている桜はCGとかなのかな?


 
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桜咲く、浦江公園から前田アパートの景色。(2016.4.5撮影)映画の中でも冒頭の桜のシーンは印象的でしたね。


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この季節に行くと前田アパートの前の浦江公園では、近所の会社の人たち?がお花見をしていたり、近所の子供さん連れのお母さまたちがお花見をしていたりして、きっとこの風景は村山さんが住んでた時と変わらない風景なのではないかなと思いました。

浦江公園003-001 

映画の中でも印象のあるシーン、大阪に戻ってきた村山さんが思い出のある場所をふらふら巡って、浦江公園で座っていたベンチ。(2016.11.23撮影)

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浦江公園005-001 

浦江公園秋の風景。朝の公園は犬の散歩をする人たちがチラホラ…

 
浦江公園004-001

ベンチの後ろは映画の中でこちらも印象深い映像として登場してる「素盞烏尊神社」があります。ちょうど今の季節は七五三ののぼりがあちらこちらで…朝はお参りに来る近所の方などもおられました。


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そして、前田アパート。(2016.2.5撮影)1階に映画の中でも倒れていた村山聖さんを見つけて将棋会館まで連れて行ってくださったおじさんのいる三谷工業があります。
 

前田アパート前003


映画が公開されたということもあってか、現在、前田アパートに行くと村山さんが住んでいた家の窓にはこのように映画のフライヤーが貼られて(2016.11.23撮影)おりますので、もし見に来た方たちも村山さんの部屋が一目でわかりようになっております(笑)


お次は…一時期村山さんが通学していた「大淀中学校」へ向かいます。「大淀南交番前」をさらになにわ筋に向かって歩いていくと角にあります。正門はなにわ筋から一つ手前の道を入っていくとあります。

大淀中学001



中学の正門の前の側溝に子猫ちゃんが…(2016.11.23撮影)。階段のところにも黒猫(お母さん猫なのかしら?)もチョコんっといました(^O^)

最初に持ち上がった問題は学校のことであった。村山が通う中学はとても歩いていける距離ではなかった。市山ハイツからすぐ近くにある大淀中学は皮肉なことに学区が違うのである。(中略)森は区役所の知人に事情を説明し、何とか大淀中学へ通えないものかと頼みこんでみた。腎臓の病気ということならば大淀中学には養護学級があるのでそこになら編入できるというのが、区役所の人の答えだった。もちろん森にも村山にも何の異存もなかった。(「聖の青春」第二章 心の風景より)

なにわ筋に出て大淀中学校のグランド側にある歩道橋を超えたところにあるのが「大淀南公園」です。
ここの歩道橋のところを右折して進むと外国人観光客に人気の観光スポット「梅田スカイビル」があります(映画館があるので車で行く場合必ずこの公園を通ります。


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大淀南公園は大阪生活を始めた村山聖少年と森信雄師匠が自転車の練習をした場所です。(2016.4.5撮影)
この周辺の公園はどこも桜が綺麗で、「浦江公園」も「大淀南公園」もそして梅田シンシティ(梅田スカイビル)の前にある「大淀中公園」も本当にきれいで、昼間は子供連れ、夕方になると会社員の人たちがお花見に興じています。

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二人は自転車を引いて市山ハイツの近くの大淀南公園という小さな公園にいった。日は沈みかけ、夕闇が迫ろうとしていた。キャッチボールをしていた子供たちも慌ただしく帰り支度をはじめていた。弟子がサドルに腰かけ、師匠が後ろから荷台を押した。最初はふらふらしていたが、そのうち何とか真っすぐに進むようになった。(中略)翌朝、村山は自転車に乗って学校へ出かけていった。夕方、森が家に帰ると、膝を包帯でぐるぐる巻きにした村山がいた。ひどい怪我だった。森が驚いて聞くと「森先生、僕はもう一生、自転車には乗りませんから」とキッと目を光らせて村山は答えた。(中略)つい油断して普通の男の子と同じように扱ったことを森は後悔した。(「聖の青春」第二章 心の風景より)

 
大淀南公園001-001



桜の木々もすっかり紅葉していました(2016.11.23撮影)


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そして、福島を離れて、「大阪城公園」の梅園へ(2016.2.5撮影)。
1992年、B級2組昇級を果たした村山聖さんを森師匠が大阪城の梅園へ連れて行って沢山の写真を撮影されたようです。



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森師匠の撮影する村山聖さんの写真は本当にどれも素敵ですよね。ほかのカメラマンの写真でも森師匠や先崎先生などと一緒の写真は何気ない表情なのに、楽しそうだったり、リラックスしてるように感じます。(森信雄師匠撮影)


平成4年3月10日、村山は順位戦最終局を勝ち、10戦全勝とい圧倒的な成績でB級2組昇級を決めた。3年間停滞した自分への怒りが爆発したような、その間の苦しみを払拭するような鮮やかな昇級劇であった(中略)その翌日、森は写真を撮るために村山をお坂上公園に連れ出した。美しく紅梅が咲いていた。うららかな春の風が吹く、よく晴れた日だった。「魂を盗まれる」と江戸時代の人間のようなことを言って、いつもは逃げ回る写真嫌いの村山がこの日に限っては上機嫌で森につきあった。村山の表情は希望に満ちている。名人にまた一歩近づいた、その喜びと自信に溢れていた。(「聖の青春」第三章 彼の見ている海より)


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この辺りかな?どうかなと思いながらいろんな場所で梅の写真を撮影しました。この日はまだ梅は3部咲きという感じでしたが、この時期にここに来れて写真を撮れてよかったなと思いました。(2016.2.5撮影)

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