感じる存在感
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2016.3.31記述
3/29朝日新聞文化・文芸欄より

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東日本大震災から5年を経て、被災地を舞台に、震災をテーマに、フィクションとして描く映画や小説が増えてきた。被災した人たちの心情を推し量り、葛藤や限界を感じながら、作り手たちは震災の「真実」をつかもうとしている。

(中略)

これまでも東日本大震災をテーマにした映画は撮られてきた。園子温監督は「希望の国」(2012年)で放射能汚染への不安を描き、君塚良一監督は「遺体 明日への十日間」(2013年)で壮絶な遺体安置所のボランティアを描いた。「神山征二郎監督による被災地の医師の物語「救いたい」(2014年もある。

原発事故で住めなくなった福島の農村をめぐる家族の物語を描いた「家路」(2014年)の久保田直監督。数多くのドキュメンタリーを撮ってきた久保田監督だが、「原発事故は日本人全体の問題。」『福島の人は大変ですね』と他人事な作品にはしたくなかった。見た人が自分のこととして考えられないと本当の復興にはつながらない」とあえて劇映画にした。

ラストは、母と息子が誰もいなくなった故郷の村に戻って生きる選択をしたところで終わらせた。「残酷すぎないか」という波紋もあったというが、監督は「残酷なのは映画ではなく、現実なんです」と語る。

(中略)


関連する部分だけ抜粋してUPしました。
最近も作家の人がTOKIOの作ったラーメンに関して福島産の小麦を使用しているということでああだこうだとつぶやいたかなんかで物議がありましたね。こういうのを見ると、人間の無意識の残酷さをまざまざと見せつけられるような気がします。

情報ばかりが増えて、それに右往左往される人たちがいて、何が事実なのかさえも分からないことが多くなってしまう。
そういう人間の業を作品として見せてくれて、そしてみた人たちが何を感じるのか、大切なことですよね。

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