感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2016.5.6記述
2016.5.6朝日新聞夕刊(関西版)より




20160225スポニチアネックス

かつて「東の羽生、西の村山」と羽生善治名人(45)と並び称されながら29歳で逝った将棋棋士、村山聖(さとし)さんに再び光が当たっている。死から18年をへて専門誌が特集を組み、秋には生涯を描いた映画が公開される。村山さんの将棋にかけた情熱は、いまも後輩棋士に息づいている。

 大阪市福島区の関西将棋会館3階に棋士室がある。棋士やその卵である奨励会員らが集い、研究にいそしむ。17歳でプロになった村山さんはここの主(ぬし)のような存在だった。背中を丸め、盤面と向き合っていた。

 久保利明九段(40)は奨励会員だった小学生のとき、村山さんに声をかけられ、親しく教えてもらう間柄になった。村山さんが6歳年上で格段に強かったが偉そうに振る舞うこともなく、行きつけの食堂でよくごちそうしてくれた。

 「いまも村山先生の思い出を口にする人は多い。いつまでもみんなの心の中にいる」と懐かしむ。

 「怪童」と呼ばれた村山さんは終盤でずば抜けた強さを見せ、23歳でタイトル戦にも登場した。子どものころに腎臓の病気「ネフローゼ」を発症し、病と向き合いながら将棋に打ち込んだ。97年にぼうこうがんが見つかり、手術。「将棋に影響する」と抗がん剤を拒んだ。翌年、がんが再発して亡くなった。日本将棋連盟は最高段位の九段を贈った。

 2000年、師匠の森信雄七段(64)に支えられながら歩んだ棋士人生をつづったノンフィクション「聖の青春」がベストセラーになった。著者の大崎善生さん(58)は「羽生さんと同じぐらいの天才だったが、強いだけでなく無償の優しさがあった。だから好かれ続ける」と話す。

 本が原作の映画「聖の青春」(配給KADOKAWA)は今秋公開を控える。村山さんを演じるのは、俳優の松山ケンイチさん(31)。実像に近づこうと体重を大幅に増やして撮影に臨んだ。「自分もこんな風に“本気”になりたい、と思わされた人物。一生に一本の作品になった」。監督の森義隆さん(37)は村山さんの魅力について、「甘えん坊だったり、ものすごく荒っぽかったり、とても多面的」と言う。

 映画化にあたって、専門誌「将棋世界」は2月号で村山さんを特集した。羽生名人や谷川浩司九段(54)が村山さんの将棋を語り、雑誌の売れ行きも伸びた。羽生名人は「村山さんの生き様は普遍的に人の心に訴えるものがある。生きていたら、同世代の多くの棋士と同様にタイトル戦で実績を残しただろう」と話す。2人の対局は、羽生名人7勝、村山さん6勝とほぼ互角だった。(村瀬信也)


村山聖を演じる松山ケンイチさんにインタビュー


 ――撮影が終わったいまの心境は

 あと1カ月半ぐらいやっても楽しいだろうな、と思える役だった。演じていて気持ちいいというか。不思議だったんですよね。せりふもスッと入ってきたし、台本を見て悩むことはあまりなくて。

 村山聖という人間って、人と考えていることが違う。勝負事に生きている人間。生きることや勝負に辛(から)い人で、演じていてすごくいい生き方をしているなというか。そういうのが楽しかったんじゃないかな。

 ――松山さんがこの役を演じたいと手を挙げたと聞いたが

 原作が素晴らしかったので、「原作権を取った方がいいんじゃないか」というような話をしていたら、映画化の話を耳にした。それで「ぜひやりたい」と森さん(義隆監督)にコンタクトを取り、OKしてくれた。

 なんでやりたかったのかと言うと、僕にとって一生に一本の作品になるだろうと感じたから。村山聖は命を燃やして勝負する人間。(病身だった村山を演じるのに)健常者の僕がぶつかっても全然足りないのではと思ったので、僕自身の限界、その先にあるものみたいなものを、この作品が見せてくれるのではと考えた。あと単純に将棋が好きだったので。将棋の映画は珍しい。
(1996年に)羽生さん(善治名人)が七冠を取ったぐらいの時は将棋ブームでしたけれど、今も子どもたちは(東京・千駄ケ谷の)将棋会館に来ている。そういう日本の文化を扱うのも、すごく面白い。

 ――松山さんと将棋の出会いは

 小学生の時に初めてやったと思う。友達と一緒にやって、一緒に覚えて。学校の休み時間にちょこちょこやっていたぐらい。今は(撮影)現場でも将棋ができる人はいるので。素人レベルですけど、それはそれで面白いじゃないですか。

 ――「聖の青春」を手に取った経緯は

 家にあった。本を整理していた時に奥の方から出てきた。「何だこれ」と読み始めた。買った覚えはないので、マネジャーからもらったんだろう。今でなければ、演じられなかった。(本を読んだ時に演じていたら)中途半端に終わっていた。

 ――それは年齢的な理由か

 わからないまま突っ込んでいって、勢いのまま演じちゃっていたかなあ、と思う。とにかく突っ走っていたので。

 ――将棋は動きがなくて地味。映画にするのは難しいのでは

 動きがないという意味では難しい。将棋を知らない人にもわかりやすいように指し手をデフォルメしてみたり、動きをデフォルメしてみたりということも考えたが、マンガになってしまう。将棋を知っている人も知らない人も満足させるのは難しい。プロには及ばないが、プロの美しい指し手を意識した。あと、結構(カメラが)寄るので、盛り上げ駒の美しさとか盤面のきれいさとかが、見ていて面白いなと思った。

 ――手つきの練習はしたのか

 そうですね、素振りみたいなことを。「きれいな指し手じゃないと撮らない」と監督が言った。駒を持ち慣れている感じが必要なので、どの役者さんもみんな駒を1個持っていた。普段から持っていないと難しい。

 ――役作りにあたって体重を増やした

 計っていないので、(何キロ増えたか)わからない。数字よりも見た目が大事。撮影に入る2カ月ぐらい前から(増量を)やった。ネフローゼの症状というのが、村山聖の要素の一つとしてある。それを目指した。

 ――台本を読んで、村山聖のどんな面が印象に残ったか

 なんて言うんですかね……。人間らしい。正直というか。先が短いのがわかっているので、寄り道しない感じというのか。「太く短く」ということなのか、わからないが。「必死」とも違う。

 ――言葉にするのは難しい

 生き方を見ていると心を動かされる。いいなあ、うらやましいなあと感じた。自分もこんなに本気になりたいと。

 ――印象に残る言動は

 羽生さんに1回敗れて、熱を出す。「40度を超したら死にます」と言っちゃうところとか好き。40度を超して死ぬのかわからないが。笑えるキャラでもある。聖自身も狙っているのでしょうが。

 ――棋士や日本将棋連盟について、何か印象的な話はあるか

 NHK杯の決勝とかを見ていても、脂汗とか鼻血とかとは無縁に思えるが、本当にそういうことがあると聞いた。僕が見ていたのは一部分だけ。勝負の本当の部分は見ていないのかもしれない、と思った。将棋を見せることの可能性があるなと思った。実際、今回の対局のシーンでも、そういうところは描いている。すごい顔をしたりすごい動きをしたりしている時は、もっとあると思う。加藤先生(一二三・九段)のことは色々出ているが。自分も、持ち時間1時間で羽生さん(役の人)と棋譜通りに進める対局シーンをやった。思ってもみない表現が出てきた。すごく面白かった。

 ――棋士が見ているのと近い風景が見えた実感があったのか

 あった。素人だが、駒のある一部分が青白くなってきた。玉や金、銀の辺りがピカーッと光ってきた。最後の方はどうやったか覚えていない。1分将棋になると切羽詰まって。不思議な体験だった。

 ――持ち時間は1時間で、使い切ったら1分将棋。その条件で長回ししたということか

 (実際にそれだけの時間は経っていないが)監督がタイミングをみて、1分将棋にした。僕はほぼ1時間を使い切っていた。

 ――棋譜は覚えたのか

 覚えたが、なぜこの一手なのかということがわかるのに、すごく時間がかかった。2人の最後の対局はNHK杯。七十何手かで決着がついた。羽生さんが穴熊に構えようとしているところで、居飛車でいくのか振り飛車でいくのかというところですごく悩んだ。結局、村山さんは2二飛車と振り飛車にしたが、分かれ目だったと思う。9四歩、9五歩と端の手を指している。そこですごく悩んだ。(進行が)決まっていても。一手一手確認していくと、1時間では足りない。素人ですし。村山さんは見えているのだが。

 ――演じるにあたって、どんなことを表現できるように意識したか

 本人にはなれない。ただ、本人以上に村山聖らしくするというか、それが一番の仕事だと思っている。そのために髪の毛を似せた。歩き方をとってもしぐさをとっても、「村山さんがやっているかどうかわからないな」ということでも、やっていることある。首の据わりが悪いのを気にしているところとか。そういうのを組み合わせた。

 ――師匠の森信雄七段にも話を聞いた

 原作者の大崎(善生)さんが現場に来た時も話を聞いた。一番話をしていて思うのは、本当に愛されていたんだなということ。

 ――「一生に一本」の作品になったと思うか

 なると思う。

 ――どういう人に見て欲しいか

 いろんな人に見てもらいたい。本気になるのをはたから笑っているような人に見て欲しい。本気で打ち込んでいる人、悩んでいる人が見てもいい。村山聖はすごく多面的なので、誰が見ても感動できる部分ある。

 ――勝負の世界に対してどのような印象を持っているか

 自分の中の何かを殺さないと勝負できないのではないか。全身全霊で臨むということは、自分のある一部分を特化させて他は捨てる。そういうところがある気がする。窪塚洋介さんは「役を演じるというのは、自分を殺す作業」と言っていた。すごくよくわかる。殺さないと、「村山聖」が出てこない。だから反動がくる。燃え尽き症候群じゃないですけれど。「(将棋を指していると)戻ってこられなくなる」と羽生さんは言っていましたが、似ている。

 ――今は戻ってきた

 ちょっと時間がかかる。しぐさとかもまだ村山聖になっている気がする。

 ――森監督と仕事をするのは初めて

 森さんが30歳の時に(企画が)始まって、7年携わってきている。僕が今、31。ここから7年ずっと一つの作品をやっていたと考えると、すごいな、恐ろしいなと思う。その分の脚本、演出の厚みを感じた。すごく助けてもらった。村山聖像のイメージ、僕より一歩先を行っていた。

 ――羽生名人役の役者さんと呼吸は合ったか

 ライバルから最後は憧れの人になるというか、ライバルからライバルじゃなくなる。恋人同士のようなところもある。「一緒に誰も見たことのない海に行きましょう」というような。勝負の世界だからこそ、そういうのがあるかもしれない。お芝居でもたまにセックスしたような感じになる時がある。バシッとはまり過ぎて、動けなくなる。1時間の対局の撮影の時に、すごくそれを感じた。

 ――将棋界の面白さについて、改めて実感したことは

 将棋会館とかで、子どもがおじいさんと将棋をやっているのを見ると面白い。男も女も年齢も関係ない世界。役者もそう。本当に海なんですよね、81しか(ます目が)ない盤面が。そのへんを感じることができたので、すごく幸せだなと思う。ちょっと(ルールを)覚えないといけないが、やっていればすぐ覚える。ぜひやって欲しい。村山聖がどういう風に将棋を向き合っていたのかを考えてもらうだけでも、得るものがある。

かなりのボリュームで濃いインタビュー記事を書いてくださって感謝です(^O^)
相変わらずドキッとする表現もありますが、それこそ彼らしい部分でもあります(笑)
具体的に棋譜とかわからなくても対局している様子を見ているだけも意外と将棋って面白いなあと最近改めて思います。

しかし…早くほかのキャスト情報教えてくださいよぉ~(;O;)

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コメント
この記事へのコメント
ありがとうございます!
インタビューは、やはりデジタル版だけだったのでしょうか?
とても内容あるインタビューで、(言葉遣いは、校正してあるのですが)深い言葉が聞けたと思います。
演技の最中に、いわゆるゾーンに入ったのですね。。。すごいなぁ。
羽生さんのキャスティングは誰だ??早く知りたいですね!
2016/05/07(土) 17:11 | URL | まろうさぎ #-[編集]
Re: ありがとうございます!
まろうさぎさん、こんにちは(^O^)

> インタビューは、やはりデジタル版だけだったのでしょうか?

紙面は関西版(夕刊)限定で全国で読みたい場合はデジタル版という感じになると思います。

> とても内容あるインタビューで、(言葉遣いは、校正してあるのですが)深い言葉が聞けたと思います。

ケンちゃんファンではないけれど、原作を読んだファンの人もかなり期待しているので本当に楽しみです。
このインタビューだけでも泣けてくるという人もいますからケンちゃんのファンとしては本当に感謝です。

> 演技の最中に、いわゆるゾーンに入ったのですね。。。すごいなぁ。

まぁ、彼の場合はいつも相んだんだと思いますが、この作品は村山聖九段の人間としての生き方自体が
本当に素晴らしいですから(だからより切なくもあるのですけど)

> 羽生さんのキャスティングは誰だ??早く知りたいですね!

本当に、自分が予想している人物かどうか早くはっきりしたい(>0<)


2016/05/07(土) 20:38 | URL | K&R #hTYNULE6[編集]
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