感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2016.11.1記述
週刊朝日より

週刊朝日002


腎臓の難病・ネフローゼと闘いながら将棋に命をかけた村山聖(さとし)。その人生を描いた映画「聖の青春」が公開される。天才・羽生善治の最大のライバルとされながら、29歳で亡くなった伝説の棋士だ。村山を演じた松山ケンイチと羽生善治の対談では、役者と棋士の共通点について話した。


原文はこちら


羽生:松山さんはそうやって村山さんのことをいろいろ調べて、役になりきるわけですよね。

松山:はい。

羽生:作品が終わった後って、どうなるんですか? 村山さんの“感じ”みたいなものが、残像のように残ってるのか、だんだん通常に戻っていくのか。

松山:それはですね、まさに映画のなかで羽生さんが言ってた「(将棋の思考に深く入っていくと)戻ってこれなくなる」って感覚と同じなんです。役者も棋士も、深く深く、潜ってやっていくような感じがあるじゃないですか。

羽生:ええ、あります。

松山:でもそれで、戻ってこれなくなっちゃうこともあるんですよね。

羽生:ああ、やっぱりそうですか。

松山:ただ僕には家族がいるので、子どもたちに触れているときがリハビリだと思ってるんです。それで少しずつ、戻ってくるんです。

羽生:なるほど。

松山:今回はいままでやったなかで、一番戻ってこれなかったですね。でもいろんな意味で「戻らないと僕はこれから先、もう村山聖役か、相撲取り役しかできないぞ!」って。

羽生:あはは(笑)。

松山:そういう危機感を持って、なんとか戻りました。

羽生:撮影中は家でも四六時中、村山聖になってる感じなんですか?

松山:僕は撮影が終わったら、家に帰って普通の生活をします。でもすべてを完全には忘れちゃいけないんです。そうしないとセリフを言うロジックみたいなものも全部忘れちゃうんで。なので半分忘れて、半分は維持してる感じです。

羽生:半分ですか。

松山:役を持続させるためにその期間はずっと、その感覚をもたせなければならないんです。短い場面でも生活感やその人の癖みたいなものが自然に出てくるようにしたい。だから今回の作品では実際に太る必要があったんです。「太ったら、何がきつくなるのか」「どういう姿勢になるのか」、そういうことを体でわからないといけなかった。

羽生:すごいですね。

松山:でも役を作っているときは楽しい時期なんです。終わって戻ってくるときが、一番きついです。

羽生:太ったら正座もきつくなりますもんね。数キロ増えるだけでも、てきめんに足がしびれてくる。

松山:そうなんです。あれは本当にきつかった! 羽生さんにも将棋の世界から「戻ってくる」感覚ってありますか?

羽生:わかります。でも将棋の世界ってひとつの閉じられた世界でもあって、そこで完結してるんですね。

松山:はい。

羽生:考えることは頭の中だけでもできるので、街を歩いていても電車に乗っていても、お風呂に入っていても、考えようと思えばずっと考えられる。だから日常の生活をしながら、将棋の世界に生き続けることは、可能なんですよ。

松山:なるほど。

羽生:ただそれをやると日常生活に破綻を来す(笑)。

松山:やっぱり。黒澤明さんや深作欣二さんの時代を知る方々に聞くと、みんな言うんですよ。「大成するヤツは、みんな家庭、破綻してる」って(笑)。

羽生:でも役者さんも棋士の世界も「続けていく」ことも大事ですよね。

松山:そう思います。

羽生:もちろん、ひとつの作品で素晴らしいものを残すことも大事ですけど、何十年と続けていいものを残していこうとしたら、やはりどこかで破綻しないように、バランスを取る必要はあると思うんです。

松山:家庭を破綻させないように。

羽生:
うちは家内が将棋のことを何も知らないので、そこは助かってるかなあ。家に帰って「あそこで桂馬を動かしていればよかったんじゃない?」みたいなことを言われたら、それはけっこう腹も立つと思うんですけど(笑)。

松山:うちもそうですね。同じ役者(妻は女優の小雪)ですけれど、僕らも家に帰ったら、全然仕事の話はしない。確かにそういうのは助かりますよね。だからそこから離れられて戻ってこれる、というか。

羽生:そうですよ。将棋の世界も役者の世界も楽しいですけど、リアルな世界も大事ですからね。当たり前ですけど(笑)。

※週刊朝日 2016年11月4日号より抜粋
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