感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2016.11.11記述
Filmers.より

フィルマーズ001


将棋の世界で「東の羽生、西の村山」と並び称されながら29歳という若さで亡くなった伝説の棋士・村山聖(むらやま・さとし)(1969年生~1998年没)。幼いころから難病と戦いながら、自分の命を削るように、羽生善治ら同世代の棋士たちと名勝負を繰り広げた天才棋士の生涯を描いた『聖の青春(さとしのせいしゅん)』。先日行われた東京国際映画祭のクロージング作品としても上映された注目作がいよいよ11月19日より公開されます。

主人公・村山聖を演じたのは松山ケンイチ。「自分にとって一生に一本の作品になる」と語るほど思い入れの強い作品になった。病気が進行していくにつれ身体がむくんでいった聖の姿を再現するため、過酷な増量を行うなど驚異的な役作りで臨んでいます。聖のライバルで、将棋ファンでなくても誰もが知る天才棋士・羽生善治役には東出昌大。村山の師匠・森信雄役にリリー・フランキー。弟弟子には染谷将太。さらに竹下景子、安田顕など豪華キャストで、薄命の棋士・村山聖の最期の4年間にフォーカスし、将棋に懸けた短い人生を描きます。

将棋雑誌の編集長でもあった大崎善生氏の原作を映画化したのは、『ひゃくはち』『宇宙兄弟』をヒットさせた森義隆監督。
自身が村山と同じ29歳の頃から着手し、実に8年をかけて完成したこの映画について、監督の思いをお聞きしました。


原文はこちら


この作品をやるために将棋会館がある千駄ヶ谷に引っ越した


――もともと将棋はお好きなのですか?

小学生の頃に父親と指していたぐらいで、それ以降はやっていなかったんですけど…このお話をいただいて、まずは千駄ヶ谷に引っ越して、将棋会館に通い詰めるところから始めました。強くなろうというよりも、将棋を指すことで何かを感じたいと思って行っていたんですけど。


あまり僕は将棋のセンスがなくて強くならなかったのですが、5歳、6歳の子供にコテンパンにされるわけです(笑)。もう歯も立たないんですよ! 悔しいし、だんだん行きたくなくなってきちゃうぐらい。子供相手に「負けました」って頭を下げなきゃいけないのですが、そうしたら相手の子供は(ふんぞり返って)「はい」っていう感じで(笑)。


そんな僕でさえ負けると悔しいのに、棋士の方たちは人生を賭けて「負けました」「勝ちました」で食っているんですよね。それはすごいことだなと。しかも野球ならチームがいるし、ほかのスポーツでもコーチがいたりするけれど、棋士の方たちは本当に1人で白黒を毎日背負っている。これは大変なことですよね。棋士の生き方が想像できていくというか…そこは将棋会館に通ってよかったと思いますね。


自分が29歳で亡くなるとしたら・・・震災を経て変わった死生観


――2008年から着手されたとのことですが、実に8年の歳月が流れています。

撮り終えてみれば、2016年のこの時期に生まれるべくして生まれた映画だと思っています。8年前だったら松山くんはまだ22歳で、東出くんは俳優ですらないですしね。時間がかかった理由はいろいろあるんですけど、完成してみれば、30歳の松山くんをこの映画が待っていたと、ポジティブに捉えるとそうなりますね。


――主人公の村山聖は29歳でほぼ同年代ですね。監督もお話を受けた当時は29歳だったとか。

まずそこが取っ掛かりになりました。29歳で亡くなった人が、死とどう向き合ったのかを考えると、自分だったらもう泣いて終わるだけだったような気がして。これは取り組んでみたいと思って引き受けました。原作を読んだり取材をしたりする中で、やはり常に死が隣り合わせであって…。常に死と向き合う人生って何だったのかなということを、映画を通して29歳の自分で追求しようとしていたら、8年も経ってしまいました(笑)。


――8年の間に、作品へのアプローチの仕方も変わっていきましたか?

やっぱり変わりましたよね。一時期は彼の年齢から離れてしまうということが、危機感でもありました。でも、当時29歳で入れあげていた僕の代わりに、30歳の松山くんという人が現れてくれて、その彼が、29歳で亡くなることをどう捉えるかということも、非常に重要になっていきました。

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震災の前に取り組みはじめた時には、村山聖という29歳で亡くなった男の内面にフォーカスしようと思っていたんです。だけど、震災をはさみ、自分も結婚したり新しい命が生まれたりして…自分の死生観も変わって行った中で、だいぶ8年前とは違うものになりました。


本当は、明日生きている保証はないという意味では、じつは我々も死と隣り合わせじゃないですか。でも誰も、そういう風には生きられない。ただ震災を経て、日本人の死生観も少し変わりましたよね。明日、何かあってもおかしくないという意識は、無意識でもみんな持っていると思うんですよ。


あとはやはり、村山だけでなく、彼を支えて愛した、残された人たちの気持ちにも、だんだん目が届くようになったかなというのがありますね。だから必然的な時間だったと思います。もちろん29歳で撮っていたらぜんぜん違う映画になっていたでしょうね。




これは松山ケンイチのドキュメンタリーでもある


――撮る上では「本当の瞬間」にこだわったということですが、「本当の瞬間」というのはたとえばどういう時ですか?

最後の対局の部分です。この脚本を作り上げる前から、村山聖という人を自分なりに捉えていった時に、命が輝く瞬間を撮らなきゃいけないと思ったんです。それは役者の表現力や技術を超えた魂の燃焼みたいなこと。演技を超えて、松山くん自体の魂の燃焼も映り込まなきゃいけなくて。


だから村山の精神の流れを追っていけるように、ほぼ順撮りでやらせていただきました。実際の場所でだんだんと、松山くんが村山聖になっていけばいいと思っていたんです。最初から完成されてなり切った村山聖ではなくて。だからこれは松山ケンイチのドキュメンタリーでもあるという。


僕の中では、30歳の松山ケンイチが自分の命を燃やし尽くすことと、村山聖が彼の命を燃やし尽くしたことがバチンと合致した瞬間が、本当の瞬間。その時にカメラが回っていることが大事。それはもう二度と帰ってこない瞬間なので。そういう瞬間を本気で最初から狙っていまして、もしかしたらそれができたんじゃないかという気持ちにはなっていますね。


本当に、村山聖九段がきっと、8年間「まだだ…もう少し…」と森監督に試練を与えていたのかもしれません。松山ケンイチという俳優と東出昌大という俳優が出会う、そしてこの年になるまで引き留めていたのかもしれません。ケンちゃんも独身だったらまた全然違う演技になっていたかもしれないなぁ。自分が結婚して親になってこそ、それを願って叶わなかった村山九段の切ない気持ちや、そんな息子を思う親のふがいない気持ちも理解して演技ができたんじゃないかと思うんですよね。(まだ見てないけど)


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