感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2016.11.12記述
Filmers.より

フィルマーズ003


SFやアクションもののような派手なシーンは無いものの…命を賭けて将棋を打つ、鬼気迫る芝居で観客をスクリーンに引き込む松山ケンイチさんの演技。それを引き出した森監督に、演出論を伺いました。森監督が言う「演出の向こう側」とは?


原文はこちら

松山ケンイチと行った「演出の向こう側」


――森さんのこれまでの作品『ひゃくはち』、『宇宙兄弟』もそうですが、生身の俳優の生き生きとした新鮮な演技が魅力で、今回も松山さんの一番の演技を見た気がしました。

それはうれしいですね。

――将棋会館で出会う友人棋士を演じた柄本時生さんの“玄人感”も最高でした!

(笑)


――俳優の生身の演技を導き出すにあたり、以前はテレビのドキュメンタリーを撮られていましたが、その影響もありますか?

大いにあると思いますね。基本的にドキュメンタリーを撮っているときは何一つ思い通りにならないんですよね。なんとなくの筋書きは考えながら撮りますけど、まあ一つも思い通りに行かない(笑)。でもそれを瞬間瞬間で再構築していって、どれだけ物語を更新していくかなんですよね。それが染み付いちゃっているので、この作品もどこかやっぱり、30歳の松山ケンイチのドキュメンタリーでもあるんです。


フィルマーズ002


松山ケンイチが来年、再来年では撮れないものであるべきだし、この時、この作品と出会ってくれた松山ケンイチで撮れるベストは何なのかということを、常に俳優それぞれに対して考えているつもりです。特に主役は、役を演じきる、表現し切るというだけではなく、彼自身が“生きて”くれる。それがカメラに収められていることが面白いと思っているんです。


ただ、その方法でずっと撮ってきたものが、今回、松山くんと出会ったことで変わりましたね。ベースは変わらないんですけど、「もっと役者に期待していいんだな」ということを、彼に感じさせてもらえたんですよ。

――信じるということ?

信じるということだし、自分の欲しいものの基準を上げていくということかな。要するに、彼は棋譜を全部覚えていながらも、動物でいられるんです。それはすごいことだなと思って。自分の今後の演出の幅を広げてくれた感じはしますね。演出的に作り込むことと、ドキュメンタリー的な一回性を同時に求めていいんだと。


――『ひゃくはち』の時に、実際に高校球児の年代の役者に演じてもらうことで、苦しみや問いを考えている様が伝わればいいとおっしゃっていましたが。

今回もそこの根底は一緒かなと思います。やっぱり棋士になって欲しかったし、小手先や演技力を超えたところで何が見えるか。自分の中では「演出の向こう側」と言ってるんですけど、脚本がしっかりしていて、演出をしきったその先に、撮りたいものがあるんですよね。役者というものを通して。


――演出の向こう側ですか!

撮りたいものは、ずっとそれなんです。だから演出をしないというわけではなくて、演出しきった先に役者が絞り出してくれるものを期待していて、それが想像を絶するものであって欲しいというか、ドキュメンタリー的な一回性であって欲しいというか。


――それをやるためにはけっこう役者を追い込むのですか?

16歳を相手にした時は追い込みましたね。でも今回で言うと、村山聖と松山くんの仲人をしている感じ。橋渡し役ですね。


――松山さんから質問もありましたか?

もちろん議論もしましたけど、それほど具体的な言葉は交わさなかったですね。今回は言葉じゃないなと思っていたし。僕がどうして欲しいということじゃなくて、松山くんがどうしたいかということと、僕が描こうとしている村山というものを、繋いでいく作業ですね。


こういう縁を大切に、次回ご一緒に仕事をするのを楽しみにしたいです。
でもまずは目の前のこの作品のプロモーションに全力を尽くしてください(^O^)


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