感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2016.11.14記述
Womantypeより



一流の仕事人には、譲れないこだわりがある! プロフェッショナルのTheory


今をときめく彼・彼女たちの仕事は、 なぜこんなにも私たちの胸を打つんだろう――。この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります。

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作品ごとに自在にイメージを変化させ、その高い演技力から「憑依型」とも称される俳優の松山ケンイチさん。出世作となった『デスノート』のLから、近作『珍遊記』まで、徹底したつくりこみで、与えられた役に命を吹き込んできた。

そんな松山さんのこだわりと才能を存分に感じられるのが、2016年11月19日(土)公開予定の最新主演映画『聖の青春』だ。

モデルとなった夭折の棋士・村山聖さんに近づくべく、周囲が驚くような増量で撮影に挑んだ。しかし、松山さん本人は「食べて太っただけ」と決して苦労の様子は見せない。なぜなら、きっと松山さんにとって、それはプロとして“当然のこと”だからだろう。


原文はこちら

本物の棋士にしか出せない音を出すために、四六時中駒を持ち続けた


「本作で僕が演じた村山さんはネフローゼという病気のため、小さい頃から入退院を繰り返していました。だから、僕らが普通に通り過ぎてきた青春をまったく経験してこなかった人なんです。その代わり、彼はずっと将棋という勝負事の世界で生きてきた。人生をかけて青春を謳歌し、決して汚れることはなかった。そんな村山さんの生き方にふれて、自分の中の汚れが洗い落とされたような感覚がしました」

松山さんは、そう自らが演じた役に敬意を込める。

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「村山聖という役は、自分の全身全霊をかけてもなお足りないような役。何もかもが純粋な村山さんにどれだけ近づけるだろうと、自分の限界を突破するような気持ちで役にアプローチしていきました」

天才・羽生善治を追いつめた伝説の棋士・村山聖。フィルムの中で、本物の村山さんとして存在するため、松山さんがこだわり抜いたのが、将棋の指し方だった。

「この映画では、指し手がすべて。それができないと話にならないと思いました。特に重要だったのが、『音』です。表面ではなく、将棋盤の芯を食う音。そんな音が出せるよう、村山さんが将棋を指している映像を何度も見たり、撮影中は四六時中ずっと将棋の駒を手に持っていました」

2時間限りの真剣勝負。全細胞を駆けめぐった勝負師の感覚

松山さんは、村山さんの終生のライバルとなる羽生善治さんのことを、この映画の“ヒロイン”と呼ぶ。その大役を担うのは、大の将棋好きで羽生さんのファンだと公言する東出昌大さん。ふたりの対局シーンこそが、本作のハイライトだ。


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「撮影では、持ち時間1時間ずつで2時間、実際に東出くんと対局させてもらいました。村山さんと羽生さんの最後の対局となった98年のNHK杯の棋譜を覚えて、2人で一緒に指したんですよ。東出くんは本当に将棋が大好きで、あの場面には将棋好きの2人だから生まれるものがあったと思います」

盤上に駒を置く音だけが響く静寂と白熱の時間。それこそが、本作で松山さんが求めた勝負師の感覚だ。将棋の対局は、時に日をまたぐことさえあると言う。棋士たちは、文字通り、命を懸け、魂を削りながら、盤面にすべてを注ぎ込む。

「自分の欲求だとか、その後の人生だとか何も考えず、すべてを削ぎ落して、全神経を勝負に懸ける。そんな感覚、普通に生きていたら絶対に味わえない。だからこそ、自分のこの肌で体験してみたかったんです。東出くんとの最後の対局は、そんな未知の感覚を、何となくだけど掴めたような気がしました」

他と一線を画す一流の仕事は、「妥協を許さない」負けん気から生まれる


これまで数々の作品で素晴らしい演技を見せ、その仕事を高く評価されてきた松山さん。他と一線を画す、一流の仕事を生んだのは、松山さんの中にたぎる負けん気だ。

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「どんな作品でも、監督の要求に対しては、厳しくても折れたくないっていう気持ちはあります。折れたらそこで僕の負け。だからどんなにできなくても自分から匙を投げるということはないですね。できるまで、何回でもひたすら喰らいついていきます」

負けたくない。その強烈な一念で短い生涯を駆け抜けた村山さん。同じように、負けたくないという一心で松山さんも厳しい撮影に挑み続ける。ふたりのプロフェッショナルに共通するのは、そんな妥協を許さぬ負けず嫌いの精神なのかもしれない。

“やりたい仕事”は自分から取りに行く。受身でいるだけでは唯一無二のポジションは守れない

実はこの村山聖という役柄は、映画化の話が進んでいるのを聞きつけて、松山さん本人が自ら手を挙げ掴み取った役なのだそう。

「初めて原作の小説を読んだのは、僕が28歳のとき。読んでいてあんなに揺さぶれたのは、ちょうど村山さんと同世代だったからだと思います。だから、この役だけは誰にも譲りたくなかったんです」

松山さんがこうして主体的に仕事をつくり出していくのは、本作に限ったことではない。

例えば、昨年主演したWOWWOWの連続ドラマ『ふたがしら』も原作に感銘を受けた松山さん自身が企画を持ち込んで実現した作品なのだとか。


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「今回はこうして立て続けに自分のやりたい仕事がカタチになりましたけど、作品を探して企画を持ち込むということ自体は、20代の頃からずっとやっていることなんですよ」

そう松山さんは何でもないことのように明かす。通常、オファーがあって初めて成立する俳優という仕事は、言うなれば完全に“受注産業”。そんな中、こうして自ら仕事をつくり出す松山さんの姿は、異彩を放っている。

「もちろん、この役を『ぜひ松山ケンイチで』と誰かに言ってもらえるのは嬉しいし、そこに全力で応える仕事もしたい。でも、それと同じように、俳優である以上は『こんな役をやってみたい』という欲は常にあるし、企画やプロデュースに関する興味もあります。やっぱり面白い作品との出会いは、俳優にとってこれ以上ない幸せなんですよ。この『聖の青春』もその1つ。そしてこれからも自分がやりたいと思える作品を常に探していきたいと思っています」

俳優に限らず、会社員であっても同様に、「やりたいこと」は受身で待っているだけでは振ってこない。自分の仕事を好きでいるためにも、そして長く続けていくためにも、自ら「やりたい」と思える仕事を取りに行く姿勢は大切なもの。そうして自分で掴み取ったチャンスであれば、妥協せずに最後までやり抜くことができるはずだ。

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青森訛りの素朴な語り口に内在するのは、俳優としての飽くなき探求心。その衝動に背くことなく、自ら道を切り開いてきた松山さんだからこそ、若くして唯一無二のポジションを獲得しているのだろう。その貪欲なほどの情熱で、松山さんはきっとこれからも「自分の居場所」を自力で勝ち取っていくに違いない。寡黙なプロフェッショナルを輝かせるのは、ハングリーな負けん気と尽きることない探求心だ。


多くの俳優さんの中で本当にある意味恵まれている、愛されている存在なのかもしれません。
「平清盛」の時もだし、すべてがちゃんと彼が役として生きていけるまで待ってくれたりしてくれて言うんだと思うんです。
でもいくら自分がやりたいと思っていてもそれが叶わない場合もきっとあると思うし、好きなことばかりしてるわけにもいかないよね。何といっても今は松山家の家長でもあるんだしね。

ファンとしては危うく感じながらも結果的に見たときに、私たちのはるか違う方向へ向かう演技にいつも「そう来たかぁ」と嬉しい雄たけびを心で叫んでいるそんな彼がこれからまたどんな人たちになって生きていってくれるのか楽しみです。それこそ松山ケンイチを応援する醍醐味でもあります。

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