感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2016.11.17記述
otocotoインタビューより

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伝説の棋士・村山 聖が将棋に生き、将棋に懸けた29歳の人生を描いた『聖の青春』が映画化。「燃え尽きた」というほど聖役に命を注ぎ込んだ松山ケンイチ、村山のライバルと言われた名人・羽生善治をクセや仕草までそっくりに演じた東出昌大の対談は、その熱量の高さがヒシヒシと伝わってくるものだった。


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自分の限界を超えた景色を見たかった

──松山さんはご自分から出演を熱望されていたということ、東出さんはもともと羽生善治さんの大ファンということで、本作の出演が決まった時の感想を教えてください。

松山 もともと30代に入る時に、全身全霊を捧げて役を作れるような作品に出会いたいという想いがあったんです。大河ドラマの『平清盛』ではそういうことができたし、自分の中で限界を超えたところの景色が見えた作品だったんですが、もう一度、そういう体験がしたかった。『平清盛』よりももっともっと先に行きたくて、そういう役を探していた時に、まさにこの役に会ったんです。原作を読んで、すごく心を揺さぶられたので自分からアプローチして。選んでいただいた時は覚悟して、行くところまで行くために、常に聖のことしか考えていなかったです。

──原作を読んだ時、映画化が進んでいるという話はご存知だったんですか?

松山 いえ、知らなかったんですが、絶対映画化した方がいいと思っていました。聖の生き方や真摯な想いはたくさんの人に何かを与えて、心を動かすことができると思ったんです。いろいろリサーチしていく中で、もう何年も前から映画化の話が動いていると知って、立候補させていただきました。

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東出 僕は、『3月のライオン』を読んで将棋に興味を持ったんですが、同時期に羽生先生と森内(俊之)先生の『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)を観て、何て凄い世界があるんだろうとびっくりして。それ以降、将棋そのものよりもプロ棋士とは一体どういう人たちなんだろうということに関心があったんです。そんな中でテレビや雑誌などのインタビューで「最近、何をしているんですか」という質問に、「将棋です」と答えていたら、巡り巡って今回のお話をいただきました。羽生先生は今も第一線にいらっしゃって、多くの方が知っていますし、その分、研究材料となる資料がたくさんあったので、役作りとしてはとても助かりました。

──そんな誰もが知る羽生さんを演じることについてプレッシャーはありませんでしたか?

東出 プレッシャーはもちろんありますし、頑張らないといけないというひっ迫感や“追われている感”はずっとあったと思います。ただ、現場に入って初日に、監督から「芝居するな」と言われたんですよ。そこで、なるほどなと思って。僕がする“芝居”なんか超えた作品を作ろうとしているんだなと思いました。

──映画ではおふたりの演技に圧倒されたんですが、演じる時は何を大事にされていたんですか?

松山 村山聖さんは自分とは全く異なる人間なので、いろいろな方向からアプローチしないととてもじゃないけど成立しない、そんな役でした。生前の知り合いの方々が愛情を持って村山さんのことをお話してくださるんですが、皆さん、違うことを言うんですよ(笑)。ユーモラスな部分や、ホテルを何故か偽名で取っていたというミステリアスな部分も含めてそういう部分は埋もれさせたくなかったので、表現に気を付けていました。あのネクタイを着崩している感じも、村山さんご自身がかっこいいと思う“村山聖像”を演じているんですよ。そういうところがすごくかわいい(笑)。病と共に生きていく中でマンガや映画、音楽だけが楽しみだったという状況もあっただろうし、いろいろな感情を殺さなくちゃいけなかったという事情も含めて、そういう個性が出来上がっていったんだと思います。だから森義隆監督と、本屋で店員さんにどういうふうにお金を渡すのかとか、ハードボイルドさが足りないんじゃないかとか、試行錯誤しながらこだわりを持って作っていきました。時々、やりすぎと言われることもありましたけど(笑)。


──村山さんにはそんなチャーミングな一面があったんですね(笑)。

松山 何に対しても自分の感情をそのまま真っ直ぐ向けている一生懸命な村山さんがすごく好きですし、感動した点です。大人になると周囲の意見を汲み取らないといけないし、さまざまなことを学んで、汚れみたいなものがついてきて、それが人の個性になるんだと思いますが、村山さんはほとんど汚れないまま大人になった人というか。だから人間と言うより、“生き物”と言った方がいいのかもしれません。僕らも生き物だから、村山さんを見ていると、論理や世間体に従って自分を矯正していくのがバカバカしく思えてくる。演じていて、ある種の憧れを抱いたし、もっともっと自分の気持ちや人生を大事にしようというふうに感じました。

東出 村山さんは愛おしいし、愛らしいし、儚くもある人だと思いました。僕が現場で忘れないようにしようと思ったのは、棋界の誰しもが村山さんが身体が悪いことを知っている中で、その村山さんが憧れた羽生は絶対的に手を緩めない強さと、誰よりも努力する鬼の面があったと思うので、そこを大事に演じました。映画には感動させようとするシーンなんてなく、お互いに純粋に真剣に勝負しぶつかり合う姿が描かれていて、そこに人は突き動かされるんじゃないかなと思いました。

──東出さんは羽生さんに実際にお会いしたそうですね。

東出 森下卓さんが、「羽生さんは獣だ」「囲碁の世界でもトップ3の人には日常がない、日常が囲碁だから」とおっしゃったことがあったんですけど、それをすごく感じる方でした。羽生さんの掴みどころのなさがお会いしてわかりましたね。

──羽生さんが実際に使われていたメガネを劇中で使用しているとか。

東出 役作りの一環で、羽生さんと同じメガネをかけて生活したいと思ったので、仙台で対局していた羽生さんに会いに行って、当時、羽生さんが使われていたメガネと同じものを作りたいんですというお話をしました。そしたら、次に取材でお会いした時に、家にあったので差し上げますと言ってくださったんです。劇中、村山さんの遺品のネクタイを松山さんがつけていらしたように、村山さんの駒が実際に病院で指されていたものであるように、森監督らしく、ドキュメンタリーのようになっている部分は多くあると思います。

“殺し合い”をするつもりで臨んだ現場


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──演じていて苦労したり悩んだ点は?

松山 一番悩んだ点は、村山さんの病に対しての向き合い方と、いよいよ死が迫ってきたという心境を、言葉ではなく、佇まいや表情でどのように表現するのかということですね。そのためにガン告知以前と告知後という分け方をして撮影したんですが、やっぱり自分にはない要素なので難しかったです。

──なるほど。聖が上京してからの生活は、毎日飲み歩いていつも笑顔だったという、まさに「青春」と呼ぶのが相応しい、楽しい面が垣間見られたのが、逆にリアルで良かったです。

松山 こういう大病になってしまうと病に負けてしまう気がするんです。摂生したりして自分の生き方すら変えてしまう人が多いと思うんですけど、村山さんはそうじゃなかった。それは何でなんだろうとずっと考えていました。脚本に「神さま」という言葉がちょこちょこ出て来るんですが、もしかしたらその病が、神さまのようなものだったのかもしれないなと思いました。だから病があることで救われたり、支えられる部分もある半面、打ちのめされる部分もあって。病を自分ではコントロールできない、神聖なものとして扱っているからこそ、普通の人とは違う生き方が出来たんじゃないかと思いました。

──師匠の森信雄さん(劇中ではリリー・フランキー演)ともお話をされたんですよね。

松山 そうですね。僕が一番、役作りでやりやすいこととは、実際の映像を見ることと、生前にお付き合いされていた方にお話を聞くことですけど、僕が疑問に思っていることをいろいろ聞けて良かったです。染谷(将太)くんと殴り合いをするシーンがありますけど、森さんは、村山くんはあんなことはしないと思うなあなんておっしゃっていましたね。

東出 あはは(笑)。そういうの面白いですよね。人によって見せる顔が違っていたところもあったでしょうし。

松山 うん、そうだね。静と動の部分ももちろんあっただろうし。

――現場でお互いを見ていてどう思われましたか?

松山 東出くんに羽生さんを演じていただいて、助かったと思います。将棋や羽生さんに対する強い愛情や尊敬を持って現場に来ていただいたので、自分もすごく影響されましたし、それがオーラとして出ていました。だから僕も村山さんが羽生さんに抱いていたような憧れや尊敬、ライバル心が自然に湧き上がってきました。

東出 僕は監督に、事前に「松山さんと話をするな」と言われていたんです。僕が現場に入る2週間前からクランクインしていて、すでにもう“村山組”になっているから、そこに最強の異物として来いと言われて。やっぱり現場に入ったら、村山聖という人がそうであったように、松山さんはみんなに愛されて、みんなの中心にいて。だから僕はあの頃の羽生さんと同じように、“殺し合い”をするつもりで現場にいました。


──では現場では異物としていたと。

東出 そうですね。スタッフ・キャストとも、全人生を懸けて映画を作っているという緊張感があって。「人生を撮る映画だぞ」という意気込みや気概をひしひしと感じていました。だから幸せな現場でした。

──幸せでありながら、いい意味での過酷ということもありましたか?

松山 今、振り返ってみたら過酷だったと思うんですけど、僕も将棋と村山さんが好きだし、他のキャスト・スタッフの方々もみんなこの映画が好きだから過酷だと思ってなかった。限界を超えちゃっていたんですよね。好きという感情はすごいなと改めて思いました。

東出 激しく同意見です(笑)。

──聖の人物描写や部屋も含めて、原作の情景がそのまま映像化されていたと思いました。

松山 美術も素晴らしいですよね。桂の間(東京将棋会館にある事実上の控え室)の内部はセットなんですが、それを再現していることに羽生さんはとても驚かれていました。美術の方たちが作り出す説得力も素晴らしかったです。

──村山さんと羽生さんがふたりで食堂に行って話をするシーンがすごく良かったです。

東出 松山さんも僕も、それぞれ別の時期にあの食堂にお邪魔していたんですよ。

松山 僕もすごく好きなシーンなんですけど、もうラブストーリーですよね、あれは(笑)。この一風変わったふたりのラブストーリーをぜひ観ていただきたい。羽生さんはヒロインですから。ここにも純愛があるっていう。

東出 そうですね(笑)。

松山 東出くんが羽生さんを演じてくれたからこそ純愛も際立っていたと思います。

──対局シーンも印象的でした。

松山 棋譜台本を基に、それぞれ1時間ずつの持ち時間で、2時間ちょっと、実際に長回しで撮ったんです。手数は多くなかったので1時間も必要なかったんですが、僕は実際に1時間全て使いたかった。その限られた時間をフルに使うことによって生まれてくるものがあると信じていたので。撮影中は盤面しか見てないから、東出くんがどういう顔をしているかもわからないけど、駒を指す手だけで、今、相手がどんなことを思っているかということを想像する。この一手にこれだけの時間をかけて指すということがどういうことなのかを具体的には考えてはいなかったんですけど、でも一手一手が会話のキャッチボールになっていたというか。最初から通してやらせてもらって良かったのは、最後に「負けました」と言うセリフが難しかったこと。自分が積み重ねてきたもの、全人生を懸けてきたものの終着点が「負けました」なので、この言葉を言う時は、演技じゃなくて、リアルな感情から出てきたものでした。

──そんなふうに時間をかけて撮影するって、ある意味、贅沢ですよね。

松山 森監督ってすごいなと改めて思いました。

東出 そうですね。「棋は対話なり」という言葉があるんですが、松山さんの言う通り、顔を見なくても、言葉を交わさなくても、棋譜の中にお互いに思っていることがある。あの対局の実際の時は、村山さんが用意してきた作戦があって、それに羽生さんも乗っかって、お互い、手が止まらなくなってしまっていたんですよ。その時の解説が羽生さんの師匠の二上達也さんだったんですけど、「あー、もうこれ、ふたりとも、手が止まらなくなっちゃってるね」とおっしゃっていたんです。お互い絶対譲らないものがあの時の棋譜にはあって、それがふたりの輝きだったと思います。そういうシーンを長回しで撮ると聞いた時に、そんな試みに挑戦できることが役者として嬉しかったです。役者人生においてなかなか経験できないかけがえのない3時間でした。


──おふたりは撮影中、空き時間などに将棋を指したりということはあったんでしょうか?

松山 なかったですね。でも現場でプロ棋士の方たちも巻き込んで、詰将棋をやったんですよ。これが解けたら初段とかルールももうけて。

東出 ああ、やっていましたね(笑)。

松山 東出くんはけっこう軽々とやっていたよね。

東出 いやいやいや(笑)。村山さんの師匠の森信雄先生が有名な詰将棋作家で、森先生が直に問題を出してくれていたんですよね。

松山 大阪の将棋会館に、これが解けたら初段って書いてある詰将棋があるんですけど、撮影そっちのけでずっと考えていたスタッフさんもいて(笑)。みんなどれだけ将棋熱入っちゃってるんだっていう。

東出 今、思い返すと和やかな場面もあったんですね。

松山 おかしかったよ。みんな将棋熱に浮かされてて(笑)。

東出 僕はこの撮影をしてからさらに将棋に熱が入ったんですが、それはまだ役が抜けていないからなのか、抜いていかないといけないのかと、すごい考えているんです。

松山 僕は撮影が終わってから、あえて指してない(笑)。本当は遊びで指したいんですけど、この作品をやってからはもう遊びではなくなってしまったんですよね。

東出 (笑)。

──この難役をまさに全身全霊で演じきってみて、役者として新しい意識が芽生えたということはありますか?

松山 役者として素晴らしい役に出会えて幸せですし、感謝しています。けれどしばらく主役の映画は出来ないと思うくらい、燃え尽きちゃったところはあります。でも今後も役者を続けていくからどこかで戻していかないといけないし、村山聖という役もどこかで切り離していかないといけないので、たぶん映画が公開してから徐々にそうなっていくのかなと思います。この作品を経験したことで、改めて、自分自身の人生を大切にしようと思いました。限りある生を、他人の目を気にしたり、いろいろな情報に踊らされたりせずに、自分の気持ちを大事にして生きて、その中で誰かのために何かをすることが大事なのかなと思わせてくれましたね。この仕事の素晴らしいところは、いい意味でも悪い意味でも、自分自身に変化をもたらせてくれることだと思うんです。僕はそれを全部ポジティブに捉えて、自分の栄養にしていける自信があるし、そうしていかないといけないと思っているので、今回も素晴らしいものを村山さんからもらったと思います。

東出 今後も役者という仕事を続けていくのに光明が見えたと思います。役者という仕事は、言葉にならない宝物を得られる瞬間がある仕事だと初めて認識したというか。ただ、今後も役者を続けていくためにもこの作品を乗り越えていかないといけないと思います。


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──最後に、最近読んだ本やマンガなどのおススメの1冊を教えてください。

松山 ちょうど読み終わって、さっき東出くんにあげたんですけど(笑)、『大人の直観VS子どもの論理』という脳科学の本が面白かったです。人間がどうしてこういう反応をするのか、どうしてこういう感情が芽生えるのかということが脳科学や心理学の方向から書いてあるんです。いろいろ考えたり悩んでいたことが、脳みその信号として真っ当なものなんだなという発見が出来たことで自分自身が楽になりました。子どもも子どもなりのロジックがあって行動しているということを教えてくれたのも新鮮でした。

東出 僕は中 勘助さんの『銀の匙』という本です。明治期に幼少期を過ごされた作者の自伝風の物語なんですが、それを読んで久しぶりに、昔、放課後に小学校の校庭で遊んでいた記憶が蘇ってきました。6時の鐘がなって、だんだん辺りが暗くなっていよいよボールが見えなくなるっていう頃に、ますます元気になって遊んでいたあの頃の興奮を思い出せたんです。子どもの視点に立って書かれた大人の文章として秀逸な作品だったと思います。



取材・文/熊谷真由子
撮影/三橋優美子




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