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感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2019.8.31記述
夕刊フジより

【人気ドラマでみる平成という時代】

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 今年5月、つまり令和に入ってすぐ『白い巨塔』がテレビ朝日開局60周年記念ドラマとして、5夜連続で放送された。

 山崎豊子氏の代表作のひとつに数えられる同作だが、昭和の時代から何度もドラマ化され、人気を博してきたことは、みなさんもご存じのところだ。

 山崎氏の描く物語の完成度の高さが、何よりその大きな理由だろう。

 自らに強い自信を持ち、医学界に君臨すべく、がむしゃらに邁進する財前教授と、優しさにあふれ、誠実に生きることを第一義とする里見准教授とのコントラストや財前への複雑な感情を内包する東教授をはじめ、大学病院にうごめく一筋縄ではいかぬ人間模様の描写が卓越している。

 このたびの『白い巨塔』では財前教授を岡田准一、里見准教授は松山ケンイチ、東教授は寺尾聰がそれぞれ演じた。

 視聴者の反応は面白く「やっぱり、田宮二郎さんが一番だ!」「いやいや、唐沢寿明さんの財前がいちばんしっくり来る!」などと放送前から話題が盛り上がっていた。

 人は自分たちが若かりし時に触れたドラマを一番高く評価しがちだ。この傾向はヒット曲も同じで、自らの青春時代とオーバーラップさせることで感動が増すのだろう。

 岡田准一版『白い巨塔』が始まってすぐは、昔を懐かしむ声がチラホラ聞こえたものだが、回を重ねるにつれ、彼を評価する声が高まり、最終回では岡田財前を絶賛する人が多数になったのは記憶に新しいところだ。

 『白い巨塔』には時代を超えて私たちを引き付ける「人間の業」ともいうべきテーマがあるが、時を経て描き方に変化を加えることも必要なのだ。

 岡田版『白い巨塔』では、時代を「今」に置き換え、AIもドラマに取り入れられた。

 私が一番感動したのは、財前と里見の友情をより強く深く描いた場面。死の間際、財前が里見に手紙をしたためる時に使った筆記具は、財前が里見に土産として渡したものとおそろいの万年筆だった。

 松山ケンイチさんの涙が感動的だったのだ
。(同志社女子大学教授・コラムニスト)



人の感想は色々だからとやかく言いたくはないけれど、令和版の「白い巨塔」の財前はより人間臭かったように思います。
唐沢版は全体的に私はどうも全てにおいて人間臭さを感じられなかったので、共感を得られない部分が多かったんですよね。
田宮版は時代的に野心と権力に対してものすごい執着が感じられて、貧富の差をも感じらせられてそれはそれでよかったとおもうんです。

令和版は野心はあれど、それは本当に自分が求めていた物なのかという財前の葛藤が垣間見れた感じもしました。
医師の本質とは何か、医療の本質とは何か、財前は自問自答していたんじゃないかなと。
こんなこと書いてると、また観たくなってきました(笑)

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