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感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
カムイ外伝オフィシャルチャンネルより

現在大ヒット上映中の『カムイ外伝』全国キャンペーンのため、公開初日から主演の松山ケンイチ&崔洋一監督が、シルバーウィークの5連休で全国27劇場で舞台挨拶を行ってきましたが、本日、そのゴール地点の新宿ピカデリーにて、最終回となる31回目の舞台挨拶が実施されました。そのもようをお届けいたします。

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日程:9月23日(祝・水)
会場:東京・新宿ピカデリー
登壇者:松山ケンイチ、崔洋一監督

崔洋一監督:今回のキャンペーンが疾風怒濤だったのは間違いないですね。

松山ケンイチ:本当にすごいスピードでしたよね。

崔監督:ちなみに今回の総移動距離は5302キロメートルだそうですが、これは、東京~シンガポール間の距離とほぼ同じだそうです。ケンイチの実家までの距離はどれくらい?

松山:僕は青森なので750キロメートルくらいですかね。だから東京と青森を3往復半するくらいの距離だったんですね。車で青森に帰省したことがありますが、辛かったです(笑)。

崔監督:頑張って行きました! でも、人の力って本当に凄いですね。今日もすごい熱気ですが、今回はたくさんの方から勇気をもらいました。途中で体が辛くなった時もあったんですが、皆さんからもらったエネルギーのおかげで乗り切れました。

松山:どこの劇場でも本当に温かく迎え入れてくれましたよね。舞台挨拶する度に元気をもらいました。

崔監督:この歳になっても食い意地が張っているんですが……昨日、名古屋で食べたうなぎは素晴らしかったよね(会場笑)。

松山:美味しかったですよね(会場笑)。

崔監督:札幌では僕だけ抜け出してラーメンを食べました(笑)。

松山:僕はスープカレーをいただきました(笑)。

崔監督:『カムイ外伝』はトロント映画祭でも上映されて、私も参加したのですが、ケンイチも別の作品の上映で行ったことがあって、似たような経験をしているんだよね。お客さんが映画やカムイと一体化してくれていて、カムイが手裏剣を避けるシーンでは、3D映画ではないのに、お客さんもカムイと一緒になって避けてました(会場笑)。

松山:『カムイ外伝』は、すごく重いテーマも含まれている作品なんですが、まさか必殺技のシーンで笑いが起きるほど楽しんでもらえるとは思ってもなかったですね。僕が別の作品の上映で、トロントのお客さんと一緒に映画を観たことがあるんですが、声を出して応援してくれたり、拍手が起きたおかげで、より映画を楽しめたと思います。

崔監督:皆さんもカムイになって、カムイの視点で映画を楽しんでみて下さい。では、ここで一つ技をかけます!

(監督から松山さんへ手裏剣を投げるフリをすると、松山さんが映画本編さながらに上半身を反らして避け、場内歓声!!)

では、皆さんにも!
(客席に向かって手裏剣を投げる![フリ] 客席がそれぞれ上半身を動かして避ける!)

松山:みなさんの個性が出ていて良いですね。

崔監督:いよいよ東京に帰ってきましたが、『カムイ外伝』は、まだ始まったばかりです。今日でキャンペーンは終了になりますが、この旅はまだまだ終わらせてはならないと思ってます。トロント映画祭では、ある若い青年から「カムイが強い存在なのはよく分かったが、あの後、カムイはどうなるんですか?」という質問を受けました。それに対して私はシンプルに「2部を観てくれ」とだけ答えました(会場から盛大な拍手)。

松山:この舞台挨拶が31回目になりますが、本当に沢山の方が『カムイ外伝』に興味を持ってくださったようで、劇場で男性も女性も、年配の方も若い方も、たくさんの方に出会えました。それだけ、この作品のテーマは普遍的なのだと思いますし、40年以上前の原作が今映画化されたことに意味があるのだと思います。僕にとっても必要なものになりました。

また、これは僕自身が思っていることですが、映画は教育だとも思っています。自分の周りには学ぶべきことがたくさんありますし、流されそうな時もありますが、皆さんにも「自分が何を欲しているか」ということを芯に持っていてもらえればと思います。今日は本当にありがとうございました。


この松山さんの挨拶の間に、感極まった監督が涙を流し、最後には二人でガッチリ抱き合い、感動的なフィナーレトとなりました。

生きた人間の言葉というものは感情が伴うけれど、本や(漫画も小説も含めて)映画や音楽というものは読む人が感じたことが答えであり、いろんな事を学び感じさせてくれるものだと思います。

私がこうしてこのように普通の人と違う脳の配線を持っていて、普通ならば世の中に対して憎んだり、自分の心が折れずにある意味、健全に生きてこられていることもある意味とても奇跡的なことだと色んな人から言われます。 (人を恨む理由や心折れるようなことをたくさん経験してると小さいころからみている人たちの証言やカウンセラーや診断をして下さった先生の言葉を要約すると)

ASDの専門家に言われたのは「私がこうしていられる(二次障害などもなく、社会生活も頑張っていけていること)のはきっと小さい頃から本を読んだりしていたことも多大に影響しているのだろう、本が私にとって社会を知る教科書だったのだろう」と。

それは本当に自分でも感じています。辛い時、悲しい時どんな時も本や映画や音楽から沢山のことを学び勇気や希望、本当にいろんな事を…たとえどんなくだらないと思われる作品だとしても、気持ち悪い作品だとしてもその中にはいろんな意味があったり、なくてもそこで感じる気持ちはとても大切で無駄なことではないということ。

今すぐわからなくても、その後何年後、いや何十年後にその作品について思い出す感情があるかもしれないんですよね。だから皆さんにもいろんな映画やドラマや本や音楽を見たり聞いたり読んだりして欲しいですね。

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