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感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
日経エンターテイメントNo.155より

20102月号005

 

09年を振り返ってもらうと、忙しかった08年までとは違って『余裕が生まれた』と言う。

けっこう仕事をしつつも、撮影と撮影の合間に休めている期間があったので、すごく充実していたなという感じがしています。
09年は海外の監督と仕事をしたことで、違う文化に触れられた。それが面白かったので、仕事の合間の休暇に、初めて1人で海外(アメリカ)に旅行に出かけました。楽しかったから、今年も海外に行って、いろいろなものを見られたらいなと思っているんですけどね。

松山にここ1~2年の変化や成長、そして2010年にチャレンジしたいことについて聞いてみると…。

僕のなかでは、特に変わったことはないんです。
変わったとしたら、悪いほうに変わっていったような気がする。
"悪い"というのは、ある意味、出演作を選ばなくてはならなくなってしまったこと。
この作品は自分にとってどういうメリットがあるのか、といった考え方をするようになってしまった。

こういう内容を読む人によったら「傲慢」だとか「生意気」だとか思う人もいるんだろうなぁ…(もしそうなら謎だ…)
そりゃ、来た仕事をすべて引き受けるというスタンスの俳優さんも沢山います。
でも、人間ってそれこそいろんなタイプの人がいるのと同じで俳優とて同じことです。
少なからずケンイチの場合は単純に我儘で「こんなのイヤだ」と作品を選んでいるわけではないことはファンなら理解していますよね? (汗)したくてもできないジレンマは本人が一番感じていることだと思うし…

ただ、(役柄)を選びたくはないけれど、あまり1つの方向に偏りたくもないんです。
いろいろなお芝居やキャラクターを通して、様々なメッセージを伝えたいので、同じ傾向の作品ばかりには出たくなくて。
役柄がかぶるとか、同じメッセージが2回続かないように、演技にしてもこう演じたら次は違う角度で、といったことを意識しています。

確かにきっと本質的なメッセージ等は違うのかもしれないけど、主役であっても、たとえ2分の出演だったとしても本当に昨年は観る前はドキドキさせて、そして劇場で実際観ると何故だかニヤニヤしちゃうという作品ばかりでした(笑)

私たちの心配をよそに、それぞれの作品でまた今まで私が見たことのない姿を毎回見せてくれて、観終わった後ニヤニヤした顔と時に「クソォ~またしても、してやられたぁ」と思わされたいものです(笑)

きっと昨年撮影した作品達もそして今、撮影中の「GANTZ」もさらに私たちをドキドキさせてくれることでしょう。


これまでずっと「できることなら、来た仕事は全部やらせてもらいたい」と言ってきた松山に生まれた変化。
インタビュー中も方言を隠さず、朴訥とした語り口からは、とても悪い方向に変わったと思えない。
人気者の宿命で、スケジュール的な無理は当然発生する。
さらに、ヒット作に乗じるのが常のエンタ界、同じような設定やキャラクターのオファーも多かったのではと予想される。
こうした状況が続くなか、来た仕事を全て受けることができない葛藤を抱くことで、より作品の意味を掘り下げ、より役柄に集中する習慣がついたのかもしれない。

ことし主演する2本について聞いてみた。
どちらも「海外の監督作」で「恋愛もの」と似た要素がある。
『誰かが私にキスをした』は、アメリカのハンス・カノーザ監督が試みる、複数のカメラを駆使した映像表現に興味を持って参加。
『ノルウェイの森』はオーディションで主役を獲得。積極的に取りに行った理由は「小説を原作とする本格的な恋愛作品で、しかも第三者目線の役がこれまでなかったから」全く異なる興味と課題を持って挑んでいる。

ヒット云々でプレッシャーがかかって、自分の考えが左右されたり、ブレたりするのがすごくイヤなので。
ブレない人だったら、何を演ってもいいと思うんですよ。でも僕はブレてしまう。
作品の持っている意味を自分が納得できるか、自分がその題材で、何を感じられるか。
そういうことをすごく大事にしたくて。自分で意味を見いだせないと、どういうお芝居をしたらいいのか、わからなくなってしまうので。

もうちょっと器用になれればいいんですけど、なかなか難しいですね。
なんでもできる俳優さんなら、どんな役柄でも、どんなメッセージの作品でも、何をやってもブレないと思うんですけど、今の自分は、そこまで器用になれてないので。

カメレオン俳優といわれ、どんな役も自在にこなせる松山だけに、新たなキャラクター、新たなメッセージを届けたいという強い思いがある。そのために打算やメリットといった迷いや雑念を振り払い、あらゆる可能性を追い求めたいようだ。
しかし同時に、役柄に没頭して役作りをするタイプ(憑依型)なだけに、同じ時期に並行して複数の作品に携われない歯がゆさもにじませる。器用に切り換えられないから、今も昔も、1つの役を演じ終わるまでは、次の作品に入らない。
今年も春までは、09年12月に始まったSF大作『GANTZ』の撮影に掛かりきりになってしまうのだそうだ。

先日、A-studioのゲストが薬師丸ひろ子さんだったんですけど彼女がこんなことを言っててとても印象的でした。
やっぱり仕事は疲れます。つかれるというか、撮影所に入って初日はいつでも帰りたくなるんですけども、1回(カメラが)回っちゃえばもう「あぁ、自分が慣れ親しんだ仕事場なんだなと思うんですけど、こうやってTVに出していただいたり、皆さんの前に出てくるということは、やっぱりこれが回復(平静な自分に)するのに、ある種の興奮というか、2日かかりますね、何か、元の自分にふっと返るまでに…

きっとそれまでのケンイチも映画やドラマの撮影が終わったら同じような感じだったんじゃないかと思います。 (今もだろうけど)
今は、常にその世界(映画やTVの撮影で役に没頭しすぎて本来の松山ケンイチを忘れてしまう)に埋没してしまっていたのが今はそうならないようにとコントロールしてくれる人がいてくれていると思うので、銭ゲバのときも、それ前後も今までよりも自分に常に戻れるインターバルが早く、社会復帰が早くできるようになったと思っています。(認めたくない人もいるかもしれませんが私個人はそう感じていますし、一部のファンにとっては不満だとしても私は安心しています)

でもそれと仕事が器用にあれこれできるということとは全く別問題だと思います。
私が応援する松山ケンイチという俳優は少なからず不器用(同時に2つも2つも演じ分ける器用さはない)で、でも誰よりも自分が演じたキャラクターを愛し、絶対的に信じているというような人物です。私は妙に器用にいろんな仕事をサクサクする松山ケンイチはある意味望んでいません。

それよりも今みたいに確かに出演する作品はほかの若手の俳優たちに比べると少ないかも知れないけれど、その代り、彼にしか表現できない何かを感じれる方が大切だと思います。そりゃ、TVドラマもまだまだ見たいし、映画もみたいけれど、それ以上に彼が大切に考えて選んだ作品、キャラクターを私もファンとしてちゃんと受け止めて愛して行きたいと思います。


過去の出演作で抱いたテーマやメッセージを、5年の歳月と経験を経て、再び踏み込んだ表現にしていきたい…
そんな模索を続ける気持ちが、松山の演技や姿と重なって、多くの観客を引きつける。
彼もそれが、未来の自分につながっていることを深く理解している。

そんな松山の2010年の目標とは?

今自分に向かってきた作品と出会った意味を理解し、大事にしていきたい。
09年に公開された『カムイ外伝』にしても(連ドラの)『銭ゲバ』にしても、すごく異質な作品ですが、自分にとって意味がある作品だったし、ちゃんと向きあっていきたいと思って演じました。

今まで僕がやってきたこと、そしてこれから演じる作品のどれもが、全部つながっていると思う。
時に応じて、絶対にリンクする部分があるから、どんな作品もどんな出会いも、無視することはできないです。

色んな人と出会って、いろんな場所に行ける機会ができるなら結果的にそれが全て自分の演技の血となり肉となるんだと思います。これからいろんな経験をしていけばいいし、思うようにやって行ってほしいです。

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