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感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
男たちの大和/YAMATO
ここのblogを開設して、以前いろんなところに書いたK&Rの映画などのレビューや関連で思い入れのあるものをこちらでご紹介しようと思って…外付けHDDに移動していたレビューの下書きなども紹介できるものは紹介しようと思った中の1本が今回ご紹介しようと思っている「男たちの大和/YAMATO」

ここの紹介する内容は2008.9.28、韓国語のblogのに投稿した内容をそのままここに紹介しようと思っています。

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2009.7.28記述

何気になんだけどふと、気がついたら今日4/7はまさに戦艦大和が鹿児島沖で沈没したその日なのです。何という縁なんだろう…いつもながら自分自身が怖い…。
(決して意図的とかではないですのであしからず…)

あくまでも私個人が作品を見て感じたことであって、私自身は軍事オタクでもないし戦争オタクでもありません。私なりの解釈で間違っていることもあるかもしれませんが基本的に細かいことを議論したいために書いているのではありませんので予めご理解ください。(そういう類のコメントがある場合は削除させていただきます)

これを書いたあとにノベライズの「男たちの大和」も読みました。
映画と部分的に違ったりもするけれど、より特年兵たちそれぞれの事がわかりました。
色々思い入れのある文章もありました。劇中は人が動き回るの誰が誰だかわからないことも多いけれどDVDのメイキングやノベライズで彼らの最期、そしてなぜ神尾と内田は助かった者同士だったのに再会できなかったのかなどもわかります。(今回は映画の話ということで)

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戦争というものは本来理不尽なものだと思います。
別に私が日本人だからと言って日本のしたことを肯定しようとかそういう気持ちでこれを書いているわけではありませんし、どうして今でも戦争をしてる国があるのだろうと憤りを感じています。

ただ、本来、戦争って一体、何のためにするのでしょう?
それはご存知ですか?
日本人だから?アメリカ人だから?韓国人だから?中国人だから?
そうではないと思います。

太古の昔から戦争の一番の要因は領土を増やすことだったとおもいます(領土を拡大することによって食物や資源・物資・人材が豊富に手に入れることができるなどの理由)。今の時代は領土問題もさることながら宗教的、思想的要因が多い場合がありますが…。

韓国の人たちからすると(韓国人に限らずかもしれませんが)日本で作られた戦争映画というものに対して嫌悪感があるかもしれませんが、決してそれぞれの作品が日本の戦争が正しかったとか、そういうことを訴えたくて作っているわけではありません。(もしそのような気持ちを持ってこれを読んでもらってもきっと私が本当に言いたいことは伝わらないと思いますから)

一部の日本人によって多くの当時植民地にされた国の人たちが苦しい思いをしたことも事実だし(信じてもらえるかどうかわかりませんが日本が占領することで良かった国もあるのです、だからと言って何度も言いますが日本が植民地化したことが正しいだなんて私はいっているのでも、言いたいのでもありませんので勘違いしないでください)、でも、日本の多くの普通の庶民たちもやはり戦争によって日本という国(一部の人たちに)に苦しめられていたことも理解してほしいのです。

そしてその犠牲になったのは決して日本人だけではなく、中国や韓国の人たち、そしてそれ以外にも捕虜とされていた他の国の人たちもいました。(事実、広島などの原爆で日本人以外の捕虜収容所やそれぞれの国から労働で来ていた(来させられていた)中国人や朝鮮人の人たちも被爆の被害者になっていますがその事を多くの日本人も知らなかったりしますが、これを今、読んでくださっている方もご存知でしたか?)

そして、その人達が自分の意志とは関係なく兵士として戦地へ送られて行く人もいましたし、家族の生活のために戦地に志願する人もいたことでしょう。 (そうういうことがあったことをどうか否定しないでほしいのです)
自ら志願するしない関係なく、当時日本でも韓国でも中国でもどこでもそれぞれの占領地ではそのように教育され、例えそれが間違っていると分かっていても、どれだけ無意味なことだと分かっていても、どれだけ理不尽なことだと分かっていても、だたその波に突き進んでいくしかなかった時代…。そして子供たちはそんな環境で育ったわけでそれをひたすら信じて時代だったと思います。

それを「親日的」とか「抗日的」だと責めることは簡単ですが実際、そんな単純な問題ではないと思います。だからそんな事を当然のように聞くと私自身は本当に悲しい気持ちになります。

と前置きが長くなってしまいましたが…先日、テレビで「男たちの大和/YAMATO」が放送されました。(私はこの作品を見るのは2度目ですが、このようにレビューとして書くのは初めてです) 

2005年4月、真貴子(鈴木京香)は鹿児島県枕崎の漁師・神尾(仲代達矢)に60年前、戦艦大和が沈んだ場所まで舟を出してほしいと懇願した。真貴子を乗せた小型漁船を走らせているうちに神尾の脳裏にも60年前の出来ごとがよみがえってきた。

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大切なことは残された人間も悲しみ、生き残った人間も苦しみを抱えて生き続けなければならない現実。誰が自分の愛する人たちを平気で「お国のために死んでこい」なんて本気で思っているわけがない。ただ、「死ぬな、逃げてもいいから生き延びて帰ってこい」と口に出すことは許されなかった時代。(もし、それを誰かに聞かれたら即刻密告されて逮捕・拷問を受けたか「非国民」と周囲に言われ周囲から差別されることになったのです。こういうことはご存知でしたか?多分、韓国の人たちも言葉は違っても色々同じような経験をしたと思います) 宗教も弾圧され、思想も弾圧され、すべてが嘘に固められた戦いへの道を進むしかなかった。

純粋な子供たちは生まれながらに「軍国教育」を植え付けられ、お国のために死ぬことは名誉だと思い育った人も沢山います。当時、大和を始め特攻隊、回天(人間魚雷)、硫黄島などに配属されている人たちは自分がどんな部署にいるのか配属先等を周囲に口外してはならなかったため、家族たちが自分の息子や旦那様が何処にいるのかわからないということもありました。(軍の機密のため、もし秘密に知らせてそのことがわかったら軍律違反となり処罰されるそうです)だから何処で死んだとかということも当時知らされなかった人たちも多かったと聞きます。

戦争で死んだ人たちは全て靖国神社に祀られる。
でもそれは決して全ての日本人が望んでいるわけではありません。拒むことができないのです。(戦争で死んだとみなされた人は家族の意思とは関係なく全て靖国神社に祀られることになっているのです)だから、日本兵として死んだ他の国の人たちも、彼らや彼らの家族の意思とは全く関係なく、あの場所にいるのです。(そのような事はご存知ですか?)

映画は戦艦大和を通して多くの名もなき兵士たちそしてその家族たちの一部の事実にしかすぎません。戦争の記憶が薄れていく中、本当にこんな愚かでバカげたことを一生懸命信じ込まされて、死にたくないのに死んでいかなければならなかった多くの人たちを決して忘れてはならないために、そしてそんな楽しい事もなく、青春真っ只中の多くの死んでいった人たち、生き残った人たちも生き残ったゆえの差別と心の傷を抱えたまま生き続けなければならなかった時代を現代の私たちは映画などを通して観知るしか方法がないのです。

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 映画のクランクアップ(2005年当時)の記者会見の映像の中で印象深い内容をご紹介します。

神尾克己役:松山ケンイチさんのご挨拶

今日はこんなに大人数の方々が来てくれて本当に嬉しく思います、どうも有難うございました。

僕は今20歳(韓国では21歳)ですけど、本当にこの歳でこの戦争をテーマの作品に出れて本当に、自分の中で戦争についての考えが本当に出来て、本当に出会えた事は凄く嬉しく思います。

それで、僕は戦争については、知識は全くないと言ってもおかしくないくらい、本当になくて、今の多分、若い人達もきっとそこまで戦争について考えるという機会はあまりないのかもしれないですけど、僕も本当になくて、それでこの撮影をきっかけにちょっと色々本を読んだり、戦争体験者の方に話をしてもらったりして色々学んで行ったんですけど、僕が最初、戦争って凄い悲惨で、なんか人がどんどん、どんどん殺されて行って、悲しいっていう風にしか思ってなくて、それでこの撮影で、この大和で神尾克己という役を通して、追体験してきて、本当に撮影が終わった頃には、本当に凄く反省させられて、戦争っていうものは、誰かを守るために戦地に行って、そして、それが日本だけじゃないんですよね、そういうふうに思って行っているのは、きっと、皆さん行って、戦地に向かって行った人たちは皆そう思って行っていると思います。

それで、その誰かを守るために行った人たちが殺し合って、それで見送って行った人達がその…恨んだり、負の感情が芽生えてきて、本当にどうしようもないような地獄だと思ったんですよね、
その撮影が終わった後に戦争について考えてみたら…だから本当にそれはしちゃいけないことだと思うし、改めて思いましたし、その…大和で本当にこの事を皆さんに伝えて行ければいいなと心から思います。

是非、観てください。よろしくお願いします。

マスコミからの質問の一部より

日本のために大切な人のために命を捨てて行った男性たちのお話をされていますが、出演者の皆様は、大切な人のために、大切な人を守るために、死ぬことはできますか?それから、その時その覚悟をどのような言葉で自分の大切な人に伝えますか?

60年後の神尾克己を演じている仲代達也さん
ちょっと皆さん(出演者)と違って、先ほど申し上げたように、私は直接、戦争にはいかなかったですけれど、東京に住んでおりまして、毎日爆弾を受けてあちらこちらを逃げ回っておりました世代です。

それで、丁度、終戦の昭和20年8月15日の時は(会場)ここに高校生の方が来ておりますが、私は中学1年でした。先程、高校生の方が、この若い出演者に向って、戦争のために死ねるのか?というどういう気持ちですかという事を質問されたような気がいたしますけれども、皆非常に1人1人、それなりの素敵な言葉を残しているなと思います。

ただ、私たちの時代は、本当に軍国少年で、国のために死ぬ、家族のために死ぬ、鬼畜米兵、アメリカ憎し、こんな(幼いころから)小さい頃から叩き込まれました。そういう教育を…ですから、戦争に対する批判などは全くありませんでした。だから、国のために死ぬのは当然だという世代に軍国少年として育ったわけですね。

ですから、きっと、この男たちの大和の若い十代の特別年少兵たちは、本当に国のために、家族のために死ぬつもりで行ったんだと思うんです。だた、8月15日を境にして、大人たちはその1日で、親米派になってしまいました。だから私は12歳、12歳でしたけれども、天皇陛下のために死ぬんだと…という気持ちで12歳まで生きてきましたから、物心ついた頃から…ですから、そっちの方がショックだったですね、8月15日を境にして、一瞬にして親米派になった大人たち…非常にむなしい感じがしました。

それから、戦後60年になるわけですけれども、私は昭和7年生まれ、現在72歳ですけれども、その後の人間教育ですか、大人たちは戦争から目を背けるように生きてきたと思うんですよね、若い人たちに戦争の本来の姿を伝えなかった、その責任は昭和一桁以上の人間にあると思うんです。

ですから当然、この男たちの大和の若い兵士たちは、国のため、戦争のために死んで行くということに非常に素直に信じて生きて行ったんだろうと思います。まぁ、それが当時の私の体験から言う思いです。

松山ケンイチ
はい、僕も…本当に…皆さんと同じで…行くと思います…それは本当に大和で学んだことがあったからこそ、今このように言えることだと思うし…何ていうんだろう、大和のこの作品の中に本当に大切な心を描いていると思うんですけど、本当に…それで僕もそう思えるようになりました。

佐藤監督の総括(是非噛みしめて読んで欲しいのです)
今の質問と先程の質問に答える形になるかもしれませんが、一つは、家族のため愛する者のため、死ねるか?という質問に対して、本当に守るということは、戦争をしないことだと思います。じゃぁ、戦争をしないためにはどうすればいいのかというのが我々が現在考えなけれないけないことだと思っています。

というのは、僕は仲代さんと全く同じ歳で僕の方が1か月先に生まれた程度ですけど、あの時代を振り返ると、やはりあの時代の政治家たち、大人たちが何故あの戦争を始めたのか?そして、それに対して、どのようにその日本国民というか自分たちの父親、或いは祖父たちが加担したのか、あるいは賛成したのか、後押ししたのか、それを考えるときに、これから戦争…家族を守るために死ねるかという質問の前に、戦争をしないためには何をしなきゃいけないのかと言うことが僕は一つの答えではないかと思います。

もう一つは、日本国という事と、自分の家族という事、自分の身内でも、愛する者でもいい、この二つの概念というか、感覚、肉親というのは全く感情的な者でつかまえられますが、国というものは全く地図で見るしか分からないわけですけど、しかし、日本人という或いは日本という国というのは何となく感じられますけれども、ある危機的な状況に直面したとき、あるいは日常生活の中で、家族の一員として生きているのか、社会の一員として生きているのか、国の一員として生きているのか、これは実はそれぞれの人々の中で、常に考え、常に確認していかなければ行けない問題だと思いますけれども、それから、そういうことを考えていくと、今ある国とか、自分以外の社会とか言う物に対して、自分がどのようにアプローチしているのか、自分がどのように参加してるのか、どのようにその中で生きているのかという事を認識、或いは考えていく行く事を、今、若い人たちはもう1回なんか今だからこそ、考え確認していかないと、かつて私たちの親や、祖父たちが間違った、誤った行いをもう1回繰り返す事になるかもしれない、今こそ、本当にもう1回、10年後、20年後の日本をどのように作っていくか、どのように考えていくかという事を、考えるきっかけになればこの映画がきっかけになれば大変嬉しいと思っています。

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誰かを悪く言ったり恨んだりすることはある意味とても簡単だと思います。
でも、本当に大切なことはその事で本当に何が問題なのかという事を置き去りにされてしまっていることだと思います。


感情的になることが建設的だと思いません。過ちだからこそ、そこから何が問題だったのかこれからどうしていけばいいのかをそれぞれが、それぞれの意思として学び、考えていくことができる時代であり、個人なんだと思うのです。本当に自分たちが学んでいることが正しいことなのか?もっと広い視野と興味を持てば色んな事を発見することもできるのではないかと思います。そのきっかけを例えば好きな俳優を通してしることもできるのではないかとおもうのです。

映画を通して訴えたいことは監督が最後の話されたことそのものだと思います。日本人に限らず、長いこの日記を読んでくれた色んな人たちが単に感情で映画の作品を判断するのではなく、ある時代のある一部の人たちの生きてきた事実として冷静に客観的に是非見てほしい作品だと私は思いますし、これからもまたいろんな作品を私になりに感じたことを書いていきたいと思っています(私が戦争映画を見る理由は決して戦争が好きだからではありません、こういう映像を見る事で「決してこんなことをはしてはいけない」と自分自身に言い聞かせるためでもあります。)

本当に長い文章、それも翻訳で所々意味が理解できないと思われますが読んでくださって感謝します。そしてこれからもよろしくお願いします(あくまでもこれは私が感じたことだということを忘れないでください)

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コメント
この記事へのコメント
今日は何の日
今日って、戦艦大和が沈んだ日だったんですね。

黙祷・・・

この内容を韓国語のブログに掲載したということですが、
いろんな反響があったかと思います。
いいことも、悪いことも。

それでも、ご自分の意見を率直に語られているmayさんの姿勢、
とても好きです。

わからないことはわからないといい、でも、こう思うというところは
はっきりと伝える。

日本人って、そういうところ、オブラートに包んでごまかすけれど、
韓国の方って、そういう日本人が苦手だといわれたことがあります。

きっと、mayさんは、韓国のお友達も多いことと思います。

素敵な写真満載ですね!
特に神尾くんが、空を仰いでいるのが一番好きです。
いただきますね、ありがとうございます!
2009/04/07(火) 20:29 | URL | 熱情 #-[編集]
Re: 今日は何の日
熱情さん、特に意識してなかったんだけど、私は何だか知らないんだけど勘が強いのか、無意識なんだけどふと思ったりするとそれに関することが起こったり、あったり、なんだかストーカーみたいに出会ったりすることが多くてね…本当に怖いときがあります(笑)
偶然LCWが見たくなって見ているとその日はLCWの公開初日の火だったりとか(本当に意識してなくて見てる途中でふと「ん?今日なんか…」と思って調べたらそうだったり、この大和のことも新しいPCにしてこちらのblogにケンイチの作品のレビューとか書いたのを順番にUPしようと思って偶然にUPしようと思った日が大和の沈没した日と同じだった。

> この内容を韓国語のブログに掲載したということですが、
> いろんな反響があったかと思います。
> いいことも、悪いことも。

この内容はカフェにはスクラップ(blog止まりでカフェには紹介してないんですけどね)してないんです。私の知らないところで何かあるかもしれないしないかもしれないけれど、私よりも読んでくれている韓国の人たちが自分の正直な意見を書くことができないのが可哀想ですね。
書いてくれた人もいるけれどやはりすぐ削除されていました。

自分の意見を公で言えない(特に日本に対しての感情は)国だから・・・よけいにケンイチの記者会見でのメッセージを伝えたいと思いますけどね。

> それでも、ご自分の意見を率直に語られているmayさんの姿勢、
> とても好きです。

ありがとうございます(笑)でもかなり毎回ビビりながら書いていたりするんですけどね。
でも、ゲストブックなどで「blogは自分の考えだけを載せるのではなく、もっと重要なことは, '汲み取る人の心と移して行く真心'が合わせて新聞も TVもできない美しいblogを作って行くという美しい事実です!」と韓国の人が書いてくれていることが本当に嬉しいです。

でも、私にそういう風な気持ちにさせてくれているのはケンイチでありRainでもあるのです。
彼達や私の好きな人たちと出会って私を成長させてくれているんだなと思っているんです。
でも、Rainは日本の一部の嫌韓たちに叩かれることも事実とは違った悪意ある内容がまかり通って事実のようにいわれること多い、そしてケンイチも反日感情の中で「右翼俳優」というレッテルを貼られたりして(戦争映画に出演した日本人俳優は皆「右翼俳優」と言われるようになります)両方のことが分かるだけに自分にできることは何だと思ってね(笑)

表立ってなくてもその思いを少しでも分かってくれる人たちがいることは励みになりますよね
(^-^)

> 素敵な写真満載ですね!
> 特に神尾くんが、空を仰いでいるのが一番好きです。
> いただきますね、ありがとうございます!

本当にこの神尾君の表情はいいですよね。
見てもらう人に文章がおかしい分少しでも楽しんでもらいたいと思ってこれからもがんばりますのでよろしく♪
2009/04/07(火) 20:57 | URL | K&R #hTYNULE6[編集]
感想です^^
「男たちの大和 YAMATO」
何度観ても、泣くのは戦死を告げに行く場面です。
久しぶりに観ましたが、これを観て戦争をやりたいという人がいるとすればそれは自分が安全な場所にいれることを確信しているか、生きることに絶望している人だけだと思います。
つらいですが、今平和な時代に生きているからこそ、一度は観たほうが良いと思う作品です。

ケンイチ君と監督の対談が良かったです。
ケンイチ君のインタビューをみて、じゃがいも、と思うのはわたしだけでしょうか?!
兵隊にしか見えないのが凄いですが、それだけの現場だったのだということがよく分かるメイキングだと思います。
2009/07/25(土) 12:02 | URL | kiki #-[編集]
感想です^^
「YAMATO浮上!ドキュメント・オブ・男たちの大和/YAMATO」
色々盛りだくさんで見応えのあるドキュメントだなって思います。
ケンイチ君のメイキングもこちらが多いのかな。
これからもこの映画の規模を超える映画って出来ないんじゃないか、と思うぐらい凄い映画だなって実感できます。
ケンイチ君のインタビューをみると、役に対する真摯でまっすぐな想いって、このころも変わらなくあったんだなっていとおしくなります。
演技は正直拙いと思いますが、役に込められている思いの深さにうたれます。
日本映画界を代表すると言われるだけの今の活躍に繋がる出発点だなと思えました。
2009/07/28(火) 09:13 | URL | kiki #-[編集]
感想:YAMATO浮上!ドキュメント・オブ・男たちの大和/YAMATO
終戦60周年記念の作品なんですよね。

角川さんの入魂ぶりがうかがえる、1分の1縮尺(本物の大きさ)の大和のセットが組まれています。
このセット、見れなかったんですよね。
みたかったな~、残念です!
そのあと、大和記念館は行ったんですけど・・・

戦争を体験してきた方々が熱く語るTAMATOへの
想い、海の底深く眠るYAMATOを実写で紹介する
ドキュメント。
この映画は作られるべくして作られた、必然性があった、という、納得の制作理由をみました。

日本と言う国を、真剣に想い、命をかけてまもってきた人々の魂がそのまま乗り移ってきたかのような
演技。
その演技に賭けた情熱がほとばしりでるかのごとき
インタビュー。
10代の終わりから20代になるケンイチの、
人生観をかえ、これからの俳優人生を決定的にする
記念すべき作品なんですね。
国を守ること、でもそのために殺し合いをしなくてはならないこと。
愛する人と別れなくてはならないこと。
若いケンイチはとてもたくさんのことを感じて考えたことと思います。
それが、今のケンイチをつくっていて、エッセイや
生き方にも表れている。
本当に、いい作品に巡り合えたことに感謝します。
そして、角川さんに可愛がってもらって、これからもすばらしい作品に出合ってほしいと思います。

輝かしい未来が待っている、そんな予感を実感させるドキュメントでした。

私の父は予科練(海軍兵学校)で、終戦時に江田島にいたのですが、明日が13回忌法要です。
父のYAMATO好きは筋金入りでした。
実家に2MのYAMATOのプラモデルもあった位の。
一緒にみたかったな~
2009/11/14(土) 13:10 | URL | 熱情 #mQop/nM.[編集]
感想:YAMATO浮上!ドキュメント・オブ・男たちの大和/YAMATO
永々とお借りして申し訳ございませんでした。
なんか軽く感想を書きだすことが出来ずにぐずぐずしてました。
なぜならYAMATOを語ることはすなわち戦争を語ることに他ならないからです。
角川映画でYAMATOをときいたとき、実は不安を感じていました。あの戦争をエンターテイメント映画としてつくられたらたまらないし、そんな映画にケンイチが参加することの不安・・どんな映画なのかいろいろレビューで確認したうえで一応の不安は払拭されたけど、もともと戦争映画は避けてきてたので実際鑑賞するときは恐る恐るという感じでした。
戦争映画はどういう視点で作られたかで、意味がまるで違ってしまいます。愛国心とか自己犠牲とか刹那的な叙情性とかで戦争を美化することは危険だし、何のために誰のために戦わなくてはいけなかったのかを曖昧にして敗戦の悲劇性だけを強調するのは卑怯だと思います。国を守るための戦争?愛する者を守るため?日本は外から攻撃されたわけではない。歴史的認識をきちんとしないままでは日本は世界からアジアから真の信頼を得ることは出来ないでしょう。
でも日本は平和憲法を宝とし世界唯一の被爆国としてその責務を果たしていくことではじめてあの戦争の意味が生きるのではないでしょうか。
私の戦争映画に対するアプローチはシビアです。だからYAMATOの評価も点が辛くなります。ぎりぎり及第点というところです。
戦争は天災なんかじゃない。今も地球上のあちこちで国家の名のもとに信条のために人間同士が殺し合いをしてる。殺し合うことに決して理由を与えてはならない。殺し合いにはどんな大義名分もないと気づかせるために戦争映画はあるべきだ。と思うからです。
2010/01/20(水) 00:48 | URL | コップニ #-[編集]
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