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感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2010.5.31記述
日本映画Navi vol.20より

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お芝居自体に関して求められるのは、すごく現実的でリアルなものだと思うんです。
例えば、GANTZ部屋にいる時と、それ以外の時の気持ちの変化。原作ではGANTZ部屋にいる時と部屋から出た時って、気持ち的にはわかれてるように見えるんです。ただ、現実的には違うのかなって。

違うというか、解放されて日常の生活に戻れる安堵感がある一方、次はいつ自分たちの意思とは関係なく再びあの場所に転送されるのかという不安感があるんでしょうね。スーツや武器は手にしていても本当に戦ったり、そのあとのこの現実世界がそれぞれによって何がどうなのかということの混乱なんだろうなぁ~。

ここを読んだ時にふと感じたのが「ブタのいた教室」でケンイチがブッキーの演技に対して質問したこと「子供たちと接している時と職員室にいる時の先生の演技が違うように見えた」ということってきっとこんなことなんだろうかって。本当に自分がその環境に置かれた時自分はどうなるんだろうと考え、加藤勝というキャラクターが一体どんなことを考え感じ、行動するんだろうと色々考えた答えなのかな。公開されたらそういう部分もしっかりチェックしてみたいと思います。

そもそもGANTZ部屋に転送されて、この世界と行き来するということ自体、リアルではあり得ないことなんだけれども、気持ちのリアルとしてはそこでわかれないほうがいい。そういうところは、すごく気を配りながらやっています。

いつも思うけれど、ケンイチの演技を見て感じることと同じで現実ではあり得ないとわかって見ているんだけど、それがリアルに感じられるということっていつもすごいなって、頭で「あり得ない」と思いながらも結局「あり得ないけどありだな」と思えてしまう不思議さ。それを見るのが私がケンイチの作品を見る楽しみの一つでもあります(^-^)

あと気を付けているのは加藤の苦悩。
彼は自ら戦おうとする人でもないし、具体的に今の状況を打開するための策を持っているわけでもなくて、まったくもって普通の人なんです。でもそれって、現実の人間の大部分の人がそうだと思うんです。まわりの状況や環境に翻弄されているキャラクターで、戦ってはいてもヒーローというような存在では全然ない。
だから僕自身も、全然ヒーロー的なことは意識してお芝居してないです。それよりも目の前で繰り広げられることに悩み苦しむというところを、ちゃんと表現していきたいと思いますし、そこは精一杯やってます。

ある意味、GANTZのメンバーになったことは加藤にとっては良かったことなのか悪かったことなのか…
あのまま死んだら死んだで一人残される弟のこともあるだろうし、GANTZに再生されたことで自分の意思と関係なく戦いを強いられることは嫌なことだけど生き残れば少なからずも現実世界に戻って弟との生活は続けていくことが出来る。

生きるための執着というか生きなければいけないという気持ちの中で無条件に戦いの中に身を置かれてしまう。自分にない強さを持つ玄野を尊敬し、そうなりたいと思う加藤。でも戦いの中で狂気の世界に染まらずにいる精神力をどう演技として表現してくれるのかアクションも当然見ものだけどその内面の演技が本当に楽しみです。
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