感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
感じる存在感

松山ケンイチの事を表現するのによくつかわれる言葉が「カメレオン俳優」「日本のジョニー・デップ」

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 私は松山ケンイチに対して上記の言葉を自分では使いたくない。
だって、別にカメレオンでもないし、ジョニーデップとどこが似てるんだ?と思うから(笑)(いや、演技に対する姿勢が似ていると表現するために使用されてることはわかっておりますが)だから使わないけど…

2009.02.06記述

松山ケンイチという俳優の一番何が凄いのか?
どこがそんなに魅力的なのか?
別に顔が今時のイケメンというわけでもないだろうし、ミステリアスだし、いまいち演技してない時の松山ケンイチという人物像が「モヤモヤ~」としてることも事実。(かなり面白く興味深い人間です)

だから、演技してるそれぞれのキャラクターは理解できても、いざ松山ケンイチという演技をしていないときのイメージが大抵の場合、全くどんな人物なのか顔すらも認識できない人が多いことも事実。

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まぁ、そんなこと本人も分かっているし、松山ケンイチとして認知されるよりもそれぞれの役として好きでいてくれることのほうが嬉しいよう…?。

CSとかで「●●祭り(たとえば最近だとなんだ?「ペヨンジュン祭り」とか「吉永小百合祭り」だとか「小栗旬祭り」とか出演した番組や映画などの特集をしていたりするけれど、松山ケンイチの場合、気がつけば勝手にもう「松山ケンイチ祭り」みたいになっていたりするのである(爆)

気がつかなければ全く気がつかず、気づかれず、でもある時ふと気がつくと見たい番組を録画してると自動的に勝手に松山ケンイチ祭りになっていることが多々ある(こちらの全く意図してないのに…)なんて恐ろしいやつなんだろう…(サブリミナル俳優か?)

誰だか分らないけれど、何とな~く気になるなぁあの役をしてる人…なんか見たことあるような感じがするんだけど…とその時思っていて数年後、ふとした時に松山ケンイチの事が気になって出演作を探してみて初めて思い出す「あぁ!あの役って松山ケンイチだったんだ!えっ?これも?これも?うそぉ!」って。

多分その時もその瞬間は分かっていたかもしれないけれど、なんか役としての人物像は頭の中に記憶されているんだけど、松山ケンイチという名前は消えて行ってしまうのはなぜ?
それが松山ケンイチという俳優だから。

だってそれぞれの作品の中でのキャラとして存在していてもそれが必ずしも「松山ケンイチ」という認識から外れが生じるから、みんな「名前は聞いたことあるけどどんな人だった?」というイメージになるんだと思うし、これは私もそうだったから。

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松山ケンイチ「L」のイメージは強烈に理解できるけれどあくまでも松山ケンイチという人に対してはぼんやりとしたイメージ…(素顔どんな顔だっけってそういう感じ?)

しかし、ひとたび役となると違うんだな~。
私が一番決定的に彼に惹かれてしまったのかと振り返ってみると、その場にいなくても存在を感じることができる演技(ということすら違和感を感じてしまうんだけど)をするということ。演技をしない演技をする。その反対に誇張しすぎる演技なのに見てると違和感を感じなくなってしまう存在感。

なんだか難しい表現だよね(笑)
本人がその場に例えばいなくても、その人の体温や息遣いや存在を感じることができる演技ができる人なんです。

「人のセックスを笑うな」この作品でユリのアトリエに行って灯油が切れていたやり取りの後、灯油のタンクを元の場所に戻して、ユリに「ねぇ、石鹸どこ?」と言っているみるめは画面にはいません。

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会話はしているんだけど姿は見えない、そこの場面には見えていないにもかかわらず、ユリとみるめの会話の中で手を洗いながら会話するみるめの姿がまるで見えてくるんです。水道で石鹸に泡立てて手を洗うみるめの姿や、洗いながらユリの居る方向に頭を向けてしゃべっているんじゃないかとかそういう風な絵が浮かんでくるんです。手を洗う水の音とかでみるめの姿が想像することができる。(別に私が創造力が豊かだからとかそういうのではありません)

セクシーボイスアンドロボなどでも最終話で道をニコとロボと三日坊主と歩いているシーン。でもニコは何故か急に三日坊主が見えなくなってしまう…

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現実的にはロボの横には誰もいないけれど(一応いるという設定になっているけれど)、ロボはこれまで出会った人たちの事を三日坊主に色々話している、でも、ニコに三日坊主が見えないと言われ戸惑うロボ、何度も見えてない三日坊主の方を向いて確認する、存在しないはずの三日坊主がロボを通して私たちに見えてくる。なぜだかわからないけれど…そういう表現が出来るのを見ると本当に凄いと思ったんです。だからと言ってパントマイム的では決してないんです。あくまでも普通…、あまりにも普通過ぎるので気にせずさらりと見てしまう。

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「銭ゲバ」の1話の最後うなされて目が覚める風太郎に緑が声をかけて自分の今の状況を理解した時の最初悪夢からの覚醒~状況把握~作戦成功までの短い間の眼の表情の変化…髪やライティングでで非常にわかりずらいかもしれませんが、すごい勢いで目の演技というか表情が変化していく様子に私は何度見ても寒イボ(鳥肌)が出てきます。こんな目だけで一瞬にして表情を変える俳優さんはそうそういないです。他の回でも特に毎回エンディング直前のあの表情はゾクゾクしたり、ドキドキしたり、苦しくなっったり、怖くなったりさせられていましたね。

普通、俳優さんはその役に自分を近づけよう(自分←演じる役)とするんだと思うんだけど、ケンイチの場合は違って自分から演じる役に近付いて行く(自分→演じる役)という差が松山ケンイチという存在感をぼやかしている一番の要因でそれに関して本人も「松山ケンイチを知ってもらうよりも役を知ってもらってあぁ、松山ケンイチが演じてるのか」と思われる方が嬉しい人だから。

だからファンもどちらかというと松山ケンイチという人間も好きだけど、それ以外に「L」が好きなファン、「みるめ」が好きなファン、「和音」が好きなファン「DMCが好きなファン」という感じでそれぞれのキャラクターの熱烈ファンがいるんですね。そういう俳優さんって凄いと思う。

映画を見て「良かったな」とレビューを書くと気がつけばそこに松山ケンイチがいたという感じです(でも読む人からすると意図的に選んでみてると思われるかもしれませんが決してそうではないんですけどね)

それが松山ケンイチの恐るべし部分なのかも?(笑)
でもこれはRainにもあてはまる部分でもあるんだよね私にとっては、とても2人は共通点が多い。

あと、目の輝きの強弱でその人物の内面の感情を表現すること。(Lなんかは特にそうだよね)

感涙和音

 
たとえ見た目には涙が出ていなかったとしても、瞳を見れば泣いてると感じることができる(神童なんかでは泣いていたそうだけど画面では暗くてわからないけれど、瞳と顔の表情を見たら完全に泣いているのは分かります)、瞬間瞬間に代わる目の輝きで感情を表現してしまう。(これは今の銭ゲバなどを見てもらえるとわかるんじゃないかな?)あまりに輝き過ぎるのでLcWの時などは演技指導で中田監督と目の輝きの強弱について色々セッションをしたそうです(あるシーンではあまり輝き過ぎない方がいいとか、そんなことをコントロールするというのも聞いたことないし驚きます)でもこれは中田監督だけではなく今まで仕事をした監督の多くが言いますね。本人は意図しているわけではないんだろうけど、もうイタコ(その役そのものになっているので自然にそうなってしまうのでしょう)状態だから(笑)そういう面での妥協はしないようです。あくまでもその人物として物事を考えたり行動したりするようだからそれを逸脱したような演技などに対しての妥協は許さないようです。

歩き方、走り方、所作が本当に細部にわたって常に進化し続けているんですよね。奇抜なキャラクターもだけど、普通の青年の役にしてもそう。恐ろしいほどの潔さと、フレッシュさ、その役に寄り添う事が出来るのが俳優松山ケンイチの魅力だとおもいます。(だから演じているとき(キャラクター)に俳優松山ケンイチという存在は必要ないと常に言っています)

だからどの作品も1度見ただけでは満足できないんですよね。あまりにもチェックする点が多くて(目の表情・顔の表情・指の表情、歩き方、走り方、話し方、感情表現、背中の表情、ちょっとした声や声にならない声や息遣い、見えてないときの存在感などなど)映画が好きな私はどうしても俳優さんのこういう部分に目が行くことが多いんですよね。それもまた映画やドラマを見る上の楽しみでもあるんですけど…。

Rainもケンイチも共通するのはそれぞれのキャラクターを演じてるというよりも、そのキャラクターそのものとして存在できる(している)という部分が私は彼らの可能性を評価したいんですよね。

是非、銭ゲバを今ご覧になっている方はこういうポイントを踏まえて風太郎を見てみてください(笑)また違った感じ方を受けるかもしれませんから。


 

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コメント
この記事へのコメント
私にも見えました!
はい、ロボのエア三日坊主とのおしゃべり・・・
すごかったですよね。
その何もない空間に投げかけるほほえみがまたすごい!
そのあと、実在しないはずのセキセイインコのるみちゃんが、
かごをあけて飛び立っていくシーン、ロボがあっ!て眼で追うんだけど、
るみちゃんが私にも見えたんですよ!
・・・やっぱりすごい。

えへっ!
じつは最終話、見なおしちゃいました~

2009/04/13(月) 23:08 | URL | 熱情 #-[編集]
Re: 私にも見えました!
熱情さん

> はい、ロボのエア三日坊主とのおしゃべり・・・
> すごかったですよね。

見ている側に考える余裕を与えてくれるというのか…
神童なんかでもGFとの直接的な交際度などは分からないけれど、そういう雰囲気を醸し出してるというのか、見ている私たちに「あぁ、この2人は今こんな感じのお付き合いなのかな?」とか自然に感じさせてくれるような演技をしてくれるんですよね。

> そのあと、実在しないはずのセキセイインコのるみちゃんが、
> かごをあけて飛び立っていくシーン、ロボがあっ!て眼で追うんだけど、
> るみちゃんが私にも見えたんですよ!
> ・・・やっぱりすごい。

あのシーンもいいですよね。るみちゃんがいなくなったと騒ぐニコに「いるじゃない!ここにぃ」と指をさすシーン、そしてカレーを食べているとき何かの気配を感じて突然「誰だ!」というシーンも好きです(爆)他の人がしたらきっとコントっぽくなったり、しらじらしくなるのかもしれないけれどロボ(ケンイチ)がそうしても「おかしいやろう!」と突っ込みながらも妙に納得してしまう…本当に何なんだろうね。摩訶不思議ですよ本当に。でもそれを感じることがどれだけの人がいるのかだけどね。

> じつは最終話、見なおしちゃいました~

えっ?これを読んでとかで?(笑)
2009/04/14(火) 00:12 | URL | K&R #-[編集]
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