感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2010.11.5記述

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物語

1941年12月、日本とアメリカが交戦状態となったことで、FBI(連邦捜査局)は、日本語学校や新聞社など、日系コミュニティーの主要人物を次々と拘束する。長吉(中井貴一)も検挙され拘留所へ連行されてしまった。

残された一郎(草剛)しのぶ(仲間由紀恵)次郎(松山ケンイチ)とも(泉ピン子)たちは、戦争が終わるまで、長吉が築いた農場を守っていこうと決意を固め頑張っていた。しかし、年が明けると、日系人はすべて隔離する収容所へと強制的に送られることが決定する。収容所に送られるまで一週間。日系人の代表としてアメリカ側と交渉を担当する“日系人協会”の山岸登(大泉洋)は、収容所から解放される時期が見えないため、財産を処分して少しでも現金に換えることを日系人の集会で勧める。一郎たちは憤りを感じながらも、すべての財産を処分し、最低限の身の周りのものだけを手に収容所へ送られることになった。収容所といっても、競馬場の跡地に残る厩舎を利用した仮の収容所。劣悪な環境に放り込まれた平松家だったが神様がくれたお休みだと、ともは前向きに開き直る。と、同時にしづ(寺島咲)さち(川島海荷)を日本へ帰して良かったと、思わずにはいられなかった…。

しかしその頃、広島と沖縄の親戚に預けられ離ればなれに暮らすこととなったしずとさちは、どちらの家族にも疎まれ邪魔者扱いされていた。それは、アメリカに残った一郎ら平松家の誰もが想像もつかない苦労を強いられるものだった。

それから1ヵ月。一郎たちは今までいた仮の収容所から、新しくできたカリフォルニア州の収容所へ移動させられることになる。行き先も告げられず汽車に押し込まれ、大移動の末たどり着いたのは砂漠の真ん中にバラック小屋が無数に並ぶマンザナー収容所。平松家は小宮太助(笹野高史)とその息子・弘(中尾明慶)と同じ小屋一つ屋根の下で一緒に生活を送ることになる。

マンザナー収容所での生活が始まってほどなく、収容所の詳しい説明をする集会が開かれる。アメリカと交渉をしていた山岸から、施設の運用を自主的に日本人に任せたいというアメリカ側の意向が伝えられる。内容は、労働に応じて賃金をもらえ、通信販売で買い物もでき、学校や農園を造ることも許されるという。その話を聞いて、一郎としのぶは収容所の中にできる学校の先生に志願し、次郎は農園を拓くことを希望する。集会で発表された内容は、荒地の中で囚人のような扱いを受けてきた日系人にとって、生きる希望や夢を見出すものであった。

年が変わって1943年の2月、収容所の中には畑や庭園などさまざまな施設が揃い、その暮らしぶりは見違えるものになっていた。そんなある日、突然思いもかけないことが起こる。緊急に開かれた集会で、アメリカは、収容所で暮らす17歳以上の日系人に、アメリカへの忠誠心を問う “忠誠登録”と呼ばれる質問状を突きつけてきた。忠誠登録は日系人たちに「アメリカの軍隊に入って日本と戦えるか?」「日本に背いても合衆国に忠誠を尽すか?」という思想調査だったのだ。質問状にイエスと答えると、軍隊に入ることになると察知したともは、一郎と次郎にノーと答えるよう説得をする。しかし一郎は、長吉とともが今後アメリカで胸を張って暮らせるようにと、忠誠登録にイエスと答える決意していることをしのぶに伝える。同時に、心から愛しているしのぶをこれ以上道連れにはできないと、しのぶに日本へ帰ることを勧める。だが、しのぶは一郎を黙って見つめ、自分もイエスと答え、アメリカに、そして平松家のそばにずっといると一郎に答えるのだった。

その後日、忠誠登録の提出をする日がやってきた。一郎としのぶ、そして次郎は、それぞれ忠誠登録にイエスと答えて書類を提出するのだった…。

長吉がFBIに連行されてしまい、ともはショックで寝込んでしまった第3夜です

長吉が連行されて3日が過ぎてもショックで寝込んだままのとも母さん、しのぶが食事を持ってきても食欲もなく、心配するしのぶだが…噂では連行された人たちはスパイとして処刑されたという話もあるらしいと。事実かどうだかわからない事でもやはり一喜一憂するよね。うわっ!(@_@;)吃驚したぁ~白人たちが石を投げてともたちのいる部屋に飛び込んでくる。

どうしようもない行き場のない気持ちを抱え、ともは「アメリカ人に石を投げられるようなことになるなんて…本当に情けない」
この事に奮起して落ち込んで寝ている場合じゃないととも母さん復活!町から帰ってきた一郎に様子を聞くとますます日本人に対する差別や攻撃はひどくなって、銀行も財産を凍結されて引き出すこともできなくなってしまった。同じ日系人が白人に殴られていても助けることもできないことに憤りを感じる一郎…。

集会に向かう途中でも会場の前に白人たちが自分たちを待ち伏せしている。思わずしのぶの手を握り守る一郎、そして次郎も同じくしのぶを守るために率先して前を歩いていく。何とか警官がやってきたので何事もなく建物には入れたけれどそこで聞かされたのは日系人を収容所に入れるという事。世話役の山岸に1週間後に輸送が始まるのでそれまでに家財などの処分をするようにと言われたがどうしても納得できない一郎や次郎、そして会場に来ていた人々。日系二世の自分たちはアメリカ人なのにどうしてこんな差別を受けなければならないのか、親が汗水流して築き上げた土地や財産を手放せと簡単に言われても承諾できるわけないし、まして長吉が捕まる直前に託された約束を守らなければと思う気持ちが強いだけにどうなるんだろう…

その日から一郎は周囲の農場に自分たちが収容所にいる間、平松農場を維持管理してくれないかと尋ねて回るのだか、どこの家も一郎がお金を払うのでと言っても「ジャップの土地を預かることはできない、売ってくれるなら話は違うが」と。そして家には連日土地を買うという白人たちがやってくるがこれぞとばかり二束三文の値段で買い叩こうとしている。山岸が「ある人がこの人たちの倍を出して農場を買いたいと言ってる」と言ってやってきたのはあの平松家の天敵ともいえる、そうあやつです!ジェームズゥウウウウウ!!!高笑いをして「ようやく俺の土地を取り戻せる」と。悔しくて仕方ないとも・一郎・次郎しかし他の人間に売ると農場がバラバラに売られてしまうかもしれない、どんなに屈辱的だとしても今はジェームズに農場を売り渡すしかない、彼だっったらこのままの農場を維持してくれるかもしれないと思うしかない。

色んな思い出のある農場を出て行く日、ともは子供たちに「生命が残っているだけでいいじゃない。生きてさえいればなんだってできる、今度はね、この家よりもっと立派なのを建ててみせる」と励ますが一郎も次郎もただただ悔しさと長吉に対して申し訳ない気持ちでしかない。

駅から外が見えないように目張りを張られた汽車に乗り、到着した場所はどこかの競馬場跡地の厩舎だった。
自分たちが人間ではなく馬などの動物と同じような扱いをされることに憤りを感じる次郎、しかしとも母さんは自分たちが結婚した時はもっとひどい所に住んでいたから住めるだけでも幸せよって明るく励ます。そこになんと野中と再会する。

野中から長吉はじめFBIにつかまっている人たちは捕虜扱いとして手厚く保護されていると言う情報を聞いてみんなひとまずホッとする。そしてここもあくまでも収容所が完成するまでの仮住まいだと、こんな劣悪な環境でも食べることに困らない人たちもいるという現実に複雑な思いをしながらも、娘たちを日本に返した事が良かったと思う次郎とともだった。そんなことないよぉ~~~(>_<)この時のケンイチの「もう寝よ!」と言って寝た時に「クサッ!」という一言あれはなんだかアドリブっぽいなぁ~絶妙なタイミングというか…でも自宅でも牛とか馬の世話とかしていたはずなのに厩舎がやたら「クサイ」という次郎はどうよ?(汗)

この頃からというか一郎の表情が険しいものになってきました。
しのぶに自分と一緒にいても何もしてあげられない、こんな国に来ても辛い思いをするだけだ、自分は辛くてもここで生きていくしかないけれどしのぶは日本に家族もいるしもし帰国するチャンスがあれば帰った方が良いそれがしのぶの為だと言い聞かせるがしのぶは断固として一郎や平松家と一緒にいるという。

そんなとも母さんの思いとは真逆の生活を日本で過ごしている娘たち。
広島の叔母の元に身を寄せたしづは家では叔母の嫁ぎ先のお店の手伝い、学校へは行っているがそこでも同級生から「アメリカ人」といじめに会う日々。何かにつけて叱られ、叔母の子供たちは美味しそうにおはぎを食べたりしていても自分には当然食べられるわけもなく、日々の食事も満足にできず、お風呂もゆっくり入ることもできず、ただただ辛く苦しいだけの毎日。

沖縄のさちも同様だった。やはり学校では「アメ公!」といじめられお弁当もトウモロコシだけという日々。
でも優しい先生がお弁当を交換してくれた。美味しそうにたべるさち。でもある日その優しい高木先生が憲兵に連行された、生徒たちはさちがいるから高木が連行されたんだとさちに暴行を加える。アメリカ人に「ジャップ」と言われ、そして日本人には「アメ公」と言われきっと「どうして?」と思ったことでしょうね。さちも叔母の畑の手伝いをしなければならないが忙しいから学校なんか行くことないと叔母の義母に言われ、叔母からもさちがいることで自分の立場が気まずい事、自分の言う事が聞けないなら家を出て行けと言われるのだが「ここを出ても行くところがないから私ここにいます」そして長吉がそれだけのお金を渡しているはずだから自分の権利として学校にも行くと」すごい、自己主張をしましたね。言われっぱなし悔しい思いだけでは生きていけない出来ることはやって文句を言われないようにと12歳のさちが自分を変えていく姿が凄いと思うのと同時に切なくもありました。

さちは朝からサトウキビ畑で働いて、学校から帰ってもまた仕事をして、でも食事は少ないお粥1杯…働かざる者食うべからずなんてさちは働いてるじゃん!と思ったらさちが強硬手段に出たぞ!どんぶりにお粥を山盛り入れて「私は食べる権利がありますから」と。そりゃみんな呆気にとられるよね~まさかこんな子供にそんな事言われ行動されるなんて思いもよらなかっただろうから…山盛りのお粥を美味しそうにほおばるさちの勝ち誇っ表情が良いね~。 でもこの一言を言うまでの葛藤は相当なものだったと思う。理不尽なことを言われつで受け続ける事を受け入れるんじゃなくて結果はどうであれ自分の伝えたいことをまずは伝えて見る、そして行動してみる勇気、ちなみに私も似たようなことを言って(理不尽な行為を強要されて「いやだ」と伝えた)足を折られそうになりましたが…(今の時代だと(そのっ時代もだけど)完全に虐待ですよね)でもしづにはその勇気はなかったんだろうね。年齢的なことなのか…?

そして再び移動が始まり到着した場所は砂漠の中のバラックが並んでいるマンザナー収容所。
人がとても生活が出来そうもないような場所に閉じ込められることになるなんて…おもわず境界線の鉄条網に手を掛ける一郎にどこからともなく声が!!! 見上げるとMPが一郎に向かって銃口を向けその場から離れをと威嚇している、とも母さんもしのぶも慌てて一郎を呼び寄せるがますます一郎の表情は厳しさを増し次郎は「こんな砂漠の真ん中へ連れて来て、鉄条網を張り巡らしてアメリカ人から日本人を守ってやるなんてとんでもない!監視所の銃はみんなこっちに向けられている。日本人を守るっていうなら、銃口は外へ向けられてるはずだ!」この次郎のセリフの部分は実際「東洋宮武が覗いた時代.」の中でもインタビューで話されている方がいました。

バラックの中にベットが並ぶだけ、作りが悪いから色んな場所から風や砂が入り込む部屋、するとロスで庭師をしていたという小宮親子が同室だと言って入ってきた。長吉以上に日本人な小宮、息子の弘は母親と兄弟で一旦日本に戻ったけれど徴兵されるかもしれないと思い父親の住むアメリカに舞い戻ってきたらしい。不安を感じる平松家の人々。

とにかく大変そう、食事するのもシャワーを浴びるのも強風と砂ぼこりの中をひたすら待たなければならない、食事もまずそうだし…(ーー゛)でもシャワー浴びても歩いて戻る間にまた泥だらけになりそうじゃない?意味なくなくない??まぁ、とりあえず衣食住に関しては不自由とはいえちゃんと最低限生きることはできる生活だけど若い二世とかは本当にすることもなく大変だっただろうなぁ~。若さを持て余すというか・・・そんな次郎はちょっぴり自暴自棄気味…。
 
収容所で集会が開かれそこで日系人とアメリカ側の仲介人として現れたのはなんと山岸だった!
なになに?収容所での生活をより快適に過ごすために色々働くと給金がもらえるとな?子どもたちには学校も作るって。
おぉ!なんだか俄然張切っているのが次郎(笑)畑を作っていいかって大丈夫なのか?
ふむふむ、欲しいものがある場合は通信販売で武器になる様なものなど以外のものは購入可能、収容者たちが快適に過ごせる空間を自ら作っていいというある意味自由度が保証されたことは喜ばしいね、もう次郎の頭は畑作りの計画で一杯だな(笑)
しのぶさんと一郎は学校の方で子供たちの勉強を見ることになりそうだけど、小宮の父ちゃんがなんか怒ってる、囚人の自分たちが何で働かなきゃならないんだと、まぁそれもわからなくもないけど好きなことをしてつまらない収容所生活をエンジョイした方が良いと思うんだけどねぇ~なんだか気になるね小宮の父ちゃん、弘もそんな父親の姿を気まずそうに見るしかない。

夜突然外から発砲音が響き渡り、平松家のみんなも慌てて起きる、そりゃ驚くよね~外の様子を見に一郎と次郎が向うが小宮親子がベットにいないじゃない!逃げ惑う人の中に小宮の父ちゃん発見!弘がなんとか父親を捕まえブロックに戻る、そりゃ弘は怒るよね、さっそく翌日のランドリーでの話題はその話でとももしいのぶも複雑な気持ちになるわなぁ、下手したら関係ない自分たちも巻き添えにされるかもしれないもんね。

しかし、かなりボコボコにやられてますね山岸さん(ーー゛)隣にはなぜか次郎も一緒?あぁ、畑の場所とかの下見と交渉の為なんだねなるほどなるほど…。でもまさか山岸も収容所の外の砂漠を開拓するなんて思ってもみなかったし、MPも「こんなところに畠だと?アホちゃうか?」という感じで鼻で笑われるけど次郎は「あの山の向こうには雪がある、雪があるという事はこの土の下には水があるという事、土と太陽と水があれば野菜は育つ」って年齢は子供でも精神的にはもう立派に家族を支える存在なんだね。そんな次郎の奮闘に収容所の人たちも一緒になって井戸を掘り、水が出た時の次郎の嬉しそうな声とキラキラした瞳が大好き!(ちょっと暴走しましたが…ゆるしてちょんまげ)瞬く間に荒れ地が開墾されて畑になっていく、小宮の父ちゃんも庭師として日本庭園を造ったり、とも母さんは食堂で働いて(ちょっと見た目の姿が幸楽っぽいのがね(^_^;))一郎としのぶも学校にとそれぞれが出来ることを頑張ってて久しぶりに笑顔の一郎の姿を見て嬉しかったのに…

小宮弘がとにかく怒っております、一郎も神妙な表情をして帰ってきた。
アメリカ政府が17歳以上の日系人に対して質問状を突き付けてきた、アメリカへの忠誠を問うための思想調査で政府は"忠誠登録"と言っているらしい、特に重要な項目は最後の2項目でYESかNOで答えなければならない。アメリカの軍隊に入って日本と戦うか、日本に背いても合衆国に忠誠を誓うか」もしYESと答えたらどうなるんだろう?NOと答えるとどうなるんだろう?

小宮の父ちゃんは「自分はアメリカ国籍ももらえない日本人なんだからNOに決まってる。」と平松家にも日本人なんだから当然NOと書くべきだという、ともももし息子たちがYESと書くと軍隊に取られてしまう家族が離れ離れになってしまうと考え3人に「NO」と書くように言い、自分もNOと書くというけど一郎にともにはこれからもアメリカにいるつもりなんだったらYESと書くべきだとそれしか方法はないと説得する。

一郎としのぶはYESかNOか悩む。とも母さんは子供たちにNOと書きなさいという。母親からしたら自分の子供が軍隊に入って自分や長吉の祖国である日本と戦う事になるかもしれないなんて、しづやさちがいる日本と戦うなんて考えられないよね。
でも、一郎はしのぶに自分はアメリカで生まれたアメリカ人だからYESと書くつもりだとでもとも母さんには「YES」と書くと言うと、でもしのぶは自分たちの事を考えるんじゃなくてNOと書いて日本に帰ることが幸せなのかもしれないと言うがしのぶは「あなたはあなたの思いがあるけど私にも私の思いがある」と言って自分は一郎や平松家と一緒にいるとはっきり言う。

夜、子供たちはともの言うとおり質問状にNOと書き、ともも一安心するのだが…
翌日、1人1人呼ばれ個室で質問状をMPに渡すが次郎も・一郎も・しのぶもNOを消しYESとはっきり意思表示をするのだった。3人それぞれのYESの表現が違うのも興味深かった、それぞれがYESと書いた決意というものが言葉と表情にすごく集約されていた。

きっと一郎は家族と日系人達の未来の為に、次郎は長吉がいない平松家としのぶを守る為に、しのぶは愛する一郎と平松家を助ける為にYESと応えたけどみんなその事実は知らないんだよね…

そして4夜へ続く
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