感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2010.11.7記述

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物語

1945年8月、マンザナー収容所のラジオから、アメリカ軍が広島に新型爆弾を投下したとのニュースが流れる。長吉(中井貴一)は日本へ帰したしづ(寺島咲)さち(川島海荷)の身を案じながらも、日本は降伏することなく必ず持ち直して勝利すると信じる。その数日後、日本が8月15日にアメリカへ無条件降伏した報告を受けるが、マンザナー収容所の日系人たちは信じられないでいた。がしかし、録音された天皇の玉音放送を聞き真実だと知ると、皆ただ黙るしかなかった。そして、長吉は悲痛に顔を歪めていた。

それからの平松家は、日本へ帰るべきか、屈辱を受けながらアメリカで生きていくかの選択を迫られる。アメリカに忠誠を誓い軍に入った一郎(草剛)の死を無駄にしないよう、しのぶ(仲間由紀恵)次郎(松山ケンイチ)はアメリカに残ることを決意する。そして次郎は、しづとさちの安否が気になるとも(泉ピン子)に、長吉と一緒に日本へ帰ることを勧める。ほどなく、長吉とともが日本に帰国することが決まり、ともが日本への帰り支度をしていたとき、次郎が畑で倒れている長吉を発見。長吉は、自ら命を絶っていたのだった。

長吉が亡くなったその日、収容所で一緒に暮らしていた小宮弘(中尾明慶)から、平松家へ一通の手紙が届いていた。アメリカ軍へ入隊し、通訳として沖縄へ赴任していた弘からの手紙には、沖縄で偶然、さちと出会ったことが記されていた。

その頃、沖縄のさちは親戚ともはぐれてしまい、一人ぼっちでいた。さちを心配する弘は、同じ日系二世として力になってあげたいというと、しづが暮らしている広島へ行きたいと懇願する。それから数日後、弘の計らいにより、さちは弘と共に広島へと向かう。そして、広島に到着して二人が目にしたものは、焼け野原となった広島の街だった。

変わり果てた広島で、しずが入院している病院をなんとか突き止め、約3年ぶりに再会を果たしたさちとしず。弘は「しずのケガがよくなるまでこの病院にいなさい」と、幾らかのお金を渡し、一旦広島を離れる。たが、2人で日本で生きていこうと決意したさちとしずは、弘の言葉を無視して空襲がなかったと聞いていた京都へ向かう。

京都では、町医者を開業する菊池正行(大杉漣)千代(高畑淳子)夫婦に運よく拾われ、さちは京都で得意だった裁縫を活かし、着物を洋服にリフォームする技術を身に付ける。しかし、しずの具合は一向によくならず、2年後の夏に亡くなってしまう。さちが東京に仕事を見つけ、しずと共に上京しようと考えていた矢先だった…。

一方、終戦から3ヵ月が経ったアメリカでは、収容所が閉鎖されることに。収容所に入るとき、全てを処分した平松家は、行くあてがないまま立ち退きを強要される。平松家は山岸(大泉洋)の提案で、収容所の他の家族とともにシアトルのお寺に身を寄せることにする。

新しい暮らしが始まって半年が過ぎたある日、山岸がともに、一郎が所属した四四二戦闘連隊の凱旋パレードがワシントンで行われることを知らせる。山岸の言葉に、ともとしのぶ、次郎は、二つ返事でワシントンへ行くことを決めるのだった。

ワシントンへ着くと、ともは四四二戦闘連隊の凱旋パレードの中に一郎の遺影を掲げて行進する夏木(片岡愛之助)の姿を見つけ出す。ともは夏木に声をかけると、一郎は私の息子ですと夏木の後を追った。その後、パレードが終わった夏木に、ともとしのぶ、次郎は、戦地での一郎の活躍ぶりを聞かされる。

凱旋パレードにより、日系人だけで編成された四四二戦闘連隊の活躍がアメリカ全土に知られ、日系人もようやくアメリカ国民として認められるようになった……そんなある日、4年前に平松家の農場を買い取ったジェームズから、平松家に会いたいと山岸を介して連絡がある。過去に受けた屈辱の悔しさを胸に抱えながらも、ともと次郎、しのぶはジェームズと再会をする。するとジェームズは戦争前に長吉が持っていた農場を返したいと申し出るのだった。テキサス出身のジェームズは、四四二戦闘連隊の活躍やその部隊に一郎が所属していたことを知り、平松家にした過去の行為に謝罪し、昔のように農場を盛り立ててほしいというのだった。一郎の活躍が、しのぶたちに昔の暮らしを取り戻りしてくれたのだ。平松家は、再び生きる希望と明るい表情を取り戻すのだった。

 時は過ぎ、戦後から14年経ったある日、四四二戦闘連隊出身の日系人がアメリカ下院議員に当選したというニュースが流れる。ようやく日本人もアメリカ人と肩を並べられるようになったと、晴れやかな表情を見せるともだったが、それからほどなく、心筋梗塞で倒れて帰らぬ人となった…。

2010年8月。次郎(上條恒彦)しのぶ(八千草薫)は、一郎の息子・ケン(佐藤旭)がシェフを務めるレストランにさち(岸惠子)たちを招待する。アメリカと日本、それぞれの地で懸命に生きてきた平松家。家族とアメリカに悲しい想いを抱いて生きてきたさちは、長吉、とも、一郎、しのぶ、次郎たちの苦労を知ることで、そのわだかまりも解けた。そして、シアトルで眠る長吉、とも、一郎ら平松家の墓前で次郎としのぶに再会を約束する。99年前、ひとりの男が海を渡り、差別や戦争に翻弄されながらも作り上げてきた家族の、愛と絆が再び深まるのだった……。

2010.11.7記述

いよいよ最終夜になりました。

1945年8月7日、広島に原爆が落ちた、ともは島根の子供たちが心配でならない。
アメリカにいてもあまりアメリカの情報って入ってこなかったのかな?

長吉は絶対日本が勝つと信じていて、事実そういう人が多かったことも驚きです。
 だって、日本に住んでいる日本人ならいざ知らず、アメリカに住んでいる日系の人たちが日本の勝利を信じて疑わなかったなんて…でも複雑だよね、自分の息子はアメリカ人としてアメリカ軍として直接日本軍と戦わないとしても敵として戦って手柄を立てると喜ぶ半面、日本が勝つと喜んで、きっとそんな長吉や日系一世の姿を見て次郎はじめ二世の人たちはとても複雑な気持ちだったんだろうな…(ーー゛)

そして日本が無条件降伏したと山岸から報告があっても信じない長吉、でも決定的だったのが天皇陛下の玉音放送。でも次郎はきっと何言ってんだかあまり意味わからなかったんじゃないかなと思うな(笑)アメリカの収容所でこんなふうに玉音放送を聞いたんだぁ。

長吉の涙がきっといろんな思いがあったんだろうな…。
家族もこれからの事を考えなくちゃならない、とも母さんは日本へ帰ろうと思い、しのぶは一郎の死を無にしないためにアメリカにとどまると言い、次郎も一郎との約束を果たすためしのぶとケンを守るためにアメリカに残るって言い出すが長吉父さんは純粋に日本を信じていたのに裏切られたとアメリカでも差別と戦ってきたのに、自分の人生は何だったのかって…

「日本が勝ったらしづとさちを堂々とアメリカに連れて帰れたのにな」そんなことないのに…。

沖縄のさちは小宮弘にも心を開かず、しづのいる広島に行きたいと願うが原爆投下で広島に入ることはできない状況。小宮の「姉妹がいたという話は聞いたことがなかった」きっとこの言葉がずっとさちの心の中に「親に見捨てられた」そしてこんなつらく苦しい事をしたアメリカにも「裏切られた」という風に思ってしまったのは悲しすぎる。

小宮からの手紙で沖縄でさちと会ったと、それを伝えに次郎が長吉の所に向うが、なんで!長吉!!!!
包丁で自刃してしまった。当時そういう一世の人たちが実際いたそうですね。
日本で生きている私たちからすると信じられないような事だけど、アメリカに住んでいていくら差別されていたとしてもそこまで思いつめるなんて…。 でも19歳の時にあの港に降り立ったときから受け続けてきた白人からの差別を考えると生きて辱めを受けるより…と思ったんだろうか、でもそれならアメリカの為に家族を守るために戦った一郎が可哀想過ぎるじゃない、長吉父さん!

結局、とも母さんだけ日本に戻るって、でもとも母さんの心配は次郎の事。
やはり母親はそういう事わかるよね。しのぶと結婚しろと、次郎がしのぶのことを好きだとわかっているし、ケンの事も考えると自然なことだと。次郎はしのぶさんが好きなことはもちろんだけど、一郎の事も本当に好きで、だから大切にしたい、守りたいって切なすぎるなぁ~。まだ20歳くらいなのにずーっとお兄ちゃんの事、妹たちの事、両親の事を考えている次郎…でもそれが次郎の生きる希望でもあるのかなぁ~家族の幸せが次郎の幸せなんだね。(T^T)グスン

小宮はさちと一緒に広島に行くことに。小宮はどうして海兵隊になったんだろう?志願したのか?それとも偶然なのかな?(まぁ、ドラマだからあまり考えてはいけないか)原爆でメチャメチャになった広島市街、海荷ちゃんの表情が良いですね、しづのいる病院での原爆に気づ付いた被爆者達を見て印象的だったのが小宮の言葉「あんな爆弾を落とすなんて、キリスト教を信じている人間のすることじゃない。悪魔に心を売った奴らの仕業だ!何がキリストだ!何がクリスチャンだ!アメリカは地獄に堕ちろ!!」。

何とかしづとさちが再会できた。と言ってもしづの運命は観てる私たちにはわかるだけに辛いし本当にしづは可哀想…。さちに小宮の事を聞くけれどさちは敢えてしづに何も言わない、自分たちが両親に捨てられたと思い込んでいるだけに…そうじゃないのにぃ!とTV画面に向かって言っても…ダメだよね(ーー゛)小宮がしづと話をすればまた状況は違っていたんじゃないのかと思ったりもするんだけど…きっとすぐにアメリカに連れて帰れたかもしれないのに…無理なのかなぁ。

小宮が収容所にやってきてさちとしづの様子を話して、ともに日本に帰るよりアメリカにいた方が良いと説得される。
とも母さん、いたたまれなかっただろうしすぐにでも娘たちを探したかっただろうに。
あてどもなく日本で子供たちを探すなんて無謀な事、一度アメリカを出ると二度とアメリカに戻れないと聞いて次郎と、しのぶは断固帰国に反対する。家族にとって辛い決断、でも小宮自身も辛いよね彼の家族はどうなったんだろう…(あの話しぶりでは悲しい結末だったのかな)

この事実を聞いた現代のさちはようやく自分が見捨てられたんじゃなかったってわかって良かった。

さちとしづは空襲にあってない京都にたどり着くけれどしづが路上で倒れてしまう。でもどれだけさちが助けを求めても誰も助けてくれない。そんな余裕は誰にもない時代。自力で病院を探してたどり着く。そこにいた医師菊池の計らいで自宅に住めることに。

菊池夫人の高畑さん、なんや見た目怖い…(>_<) またいじめられるんじゃないかと心配したよ。
おはぎが出されるんやけど、思わず「高畑」「おはぎ」とくればついつい思い出すのが「男たちの大和/YAMATO」あの時は砂糖が少ないおはぎやったけど。

あと「おはぎ」と言えば広島のおばさんちで子供たちはおはぎを食べられたのにしづは食べさせてもらえなかった。菊池家の息子さん達も戦争で子供たちが戦死てしまった。時々「おはぎどうぞ」と勧めるけど口を付けられない子供たち。

日本に来てそんな思いをしてこなかった、身内にひどい扱いを受けていたのに他人にこんなにしてもらった事が本当に嬉しかったんだね。しづの涙に私も涙…。さちは人の好意に甘えるという事が出来なくなってしまって…。

菊池夫人「とりあえずお風呂入らな」って面白いし菊池夫人の笑顔にホッとした(笑)

菊池夫人がミシンで着物を洋服にリフォームしいているのを見てさちがその手伝いをすることに。
このシーン好き、アメリカでミシンを使ったことがあると言ってミシンを起用に踏むさちに菊池夫人がビックらこいているのがね。「ひさしぶり」というさちに「ひさしぶりなん?」(笑)良いですわ~、そのあとも2人で楽しそうなのが唯一ホッとするシーンですね。でも反対にしづは原爆症の症状が出始めた…

アメリカの平松家も収容所の閉鎖に伴って山岸の計らいでシアトルのお寺に避難することに、でも先行きが不安、次郎が希望を見失ってるのをとも母さんは「どこにだって土がある、なんとかなる」と言って励ます。

辛い思い出も沢山ある収容所を離れるシーン、一郎の思い出とも別れ…来た時も不安しかなく、出て行く時も不安しかなく…仕事を探す次郎だけど住むところも相変わらず反日感情が高くて厳しい。

とも母さんは平松農場がどうなっているのかみたいというけど次郎は辛いから行きたくないというけれど2人が言うから仕方なく行ってみることになる、ケンは寺院に避難している人たちが面倒みてくれるって。次郎も成長してるよね、家を出る時にはまだ車の運転ができなかった年齢だったから…

でも、あれ?平松農場は荒れ荒れやん?なんで??ジェームズは?(@_@;)
どういうこった?次郎の怒りは頂点に。どういう状況なのか次郎がジェームズに会いに行くぞ!
大切な愛する農場をこのままにしておくことが許せない次郎、そうりゃそうだよね。

ジェームズが出てきたけど、つれなく次郎を追い返す。
強気で追い返すジェームズだけど…あれ?なんかおかしいぞ…あれ?杖をついている、病気か怪我をしてるのか。
ひょっとしてだから畑仕事できなくなったのかしら?気になる気になるぅ(>_<)

次郎は日雇い労働で、とも母さんは中華料理屋ではたらいているけど「レモンチキンよりサワーチキンの方が美味しいわよ」って(笑)しのぶさんも働いて、そんな時に山岸がやってきたよ。

ワシントンで442部隊の凱旋パレードがあるらしいので是非行ってみないかと、しのぶが行きたいと、一郎の足跡が少しでも分かればという事で家族で行くことに。

傷ついた連隊旗を掲げ442部隊の行進の中に…なんと!夏木が一郎の写真を抱いて行進している!!!!
おもわずとも母さん「一郎!」と夏木の元に駆け寄っていく。もう見てて涙腺が…(T0T)

夏木と平松家のみんなとの再会というか…一郎の最期の事を話してくれた夏木、次郎がケンと抱いているんだけどなんともいい光景(ドラマの本筋と違うけど…すんまそん)しのぶさんの仲間さんの涙が余計観てる私もウルウルしてきちゃいましたよ。

一郎が「大和魂見せようじゃないか!」って言って日系人としてアメリカ人として勇敢にたたかったと、夏木は一生かけて平松君に恩返しをすると…こういう人達が実際いたんだろうね。

そして、再び山岸が次郎の元にやってきて、ジェームズが会いたいと農場に来いと、でも次郎が拒否するけど、山岸が連れていくと約束したと…農場の秘密が分かるのか…

やっぱ馬じゃなくて自動車での登場だな(杖持って歩いていたもんね)
物腰が優しくなってるぞジェームズ、でも次郎は差し出したジェームズの握手を拒んだぞ。
ジェームズは442連隊の事で一郎が自分の故郷のテキサス大隊を助けてくれた事に感謝して、農場も自分が働けなくなったために荒れてしまった、売りたくても戦争で誰も買い手がつかず結局そのままにするしかなかった事、本当は長吉や平松家の事を嫌いではなかったけれど時代がそうさせてしまったんだね。

素直になれなかったんだね、でもその土地を返すと、次郎にハグをして農場を昔の様に野菜を作ってと託した、そういう事だったんだね。戦争で多くの大切なものを失くしたけれど戦争があったからそのまま残る事もあったんだよね。

山岸結局良い奴じゃんかいさぁ~。
あと、農場の手伝いも仕事が見つからず次郎の様に日雇いで働く日系人や収容所時代の仲間たちが手伝ってくれる事になって、さちも東京に行く決心がついた矢先その言葉を聞いてしづは静かに逝ってしまった。自分の事よりさちの幸せを願うなんて、本当にしづの人生はあまりにも可哀想過ぎた。アメリカでもレイプされそうになり、日本ならと安心だと思ってきたのに家でも学校でも辛いい思いばかりして…(T^T)グスン 、でも最後さちにも再会できたし、菊池夫妻の元で人の心の優しさに触れることができて、少しでも心穏やかな日々を過ごせたのなら良かったよね(涙)


それからとも母さんの最期、悲しいけれど、孫たちの明るい未来を安心して一郎達の所に行ったのかもしれないですね。「一生懸命すればいつかアメリカ人もわかってくれる」

さちもようやく 自分は捨てられたんじゃない、離れていても家族はいつも自分たちの事を愛して忘れずにいてくれていたんだと実感することができたね。

ケンはレストランをしているって平松家集合だけど、ケンの子供が3人で末の娘のサクラが登場(この人、どっかで見たことあるぞと思ったら長淵剛の娘さんだよね?)さちは海外でも有名なデザイナーだということがバレる(笑)

ドラマを見てて「それは…」と思う人もいるかもしれないけれど、自分で生きていく道を切り開いていかなければならなかったさちにとってそれだけ彼女の運命も過酷で、でもそこにもやはり長吉とともの血が脈々と流れていたからなんじゃないかなって。

しのぶはサクラの恋人を認めてないって、白人だから?ありゃりゃ…(>_<)
逆になってるやんかいさぁ~。これにはさちもびっくり!
しのぶも色々あったから気持ちは分からなくもないけど、それじゃジャップと言われていた事を自分がしてるとさちに言われちゃいましたよ~、次郎、さちにダメだしされちゃいましたよ…(ーー゛)

さちと次郎の会話、さちの気持ちもわかるけど、平松家の思いもわかるからつらい立場だよね、次郎の選んだ道だもんね、そう思った時に1話でタクヤが言った言葉を思い出した「可哀想なんじゃない、偉いんだ」って。そう思うと一郎も長吉もしづもさちもみーんな「可哀想」じゃなくてそんな大変な中を生き抜いた人はみんな「偉かった」んですよね。

平松家の眠るお墓にしづも是非連れて来てあげて欲しいな。
やっと本当に家族みんなと再会できたさち、小さな子供たちも平松家の家族となって、そしてしのぶさんもサクラの婚約を認めてくれたのね~良かったよ\(~o~)/さちがサクラのウエディングドレスを作ってくるって♪

やった!しづのお骨も持ってくるって、長い年月を経てようやく家族が再び一緒になれた事、今日も次郎としのぶは農場で新しい一日を過ごしている…最後の朝やけの2人の後ろ姿に涙涙でございます。

ドラマは平松家という架空の家族を通して描かれているけれど、多くの日系人達それぞれの経験を私たちに教えてくれたんだと思います。

大和魂とはどんな相手に対しても受け入れる懐の深さ、相手を思いやる心、どんな逆境があったとしてもそこから何かを生み出そうとするパワー、本来あるものをよりよくしていこうという発想力と行動力の事を言うのかもしれない。
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