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感じる存在感
松山ケンイチ/チョンジフン(Rain(ピ))2人の若き才能ある俳優/歌手を応援しています
2010.12.15記述
アートジェーン・ネットより

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それは、まるで、運命に導かれるように――。
2008年、“写真界の芥川賞”といわれる木村伊兵衛写真賞を受賞した写真家、岡田敦。村上春樹の最高傑作にして、世界30言語以上に翻訳されている現代文学の最高峰作品『ノルウェイの森』。岡田と村上、この両者が生み出す作品世界が交わった。それが、岡田の撮り下ろしによる、現在公開中の『ノルウェイの森』映画版の公式ガイドブックだ。


公式ガイドブック表紙 

同ガイドブックでは、松山ケンイチ(ワタナベ役)、菊地凛子(直子役)、水原希子(緑役)の3名が、映画では描かれなかった小説のシーンを再現。岡田が細部にまでこだわって撮影を行った。ファインダーを通して見えた、『ノルウェイの森』の世界とは? そして新進気鋭の写真家が感じた、映画版の魅力とは?――


登場人物をリンクさせる写真世界

「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」。小説のなかでそう語られるように、『ノルウェイの森』には、いくつもの「死」が登場する。菊地凛子演じる直子も、その匂いを纏う一人。岡田には、「朝目を覚ましたワタナベが、療養所の鳥小屋で動物の世話をしている直子の姿を想像している」というシーンがお題として与えられた。つまり、ワタナベが想像する世界を、岡田が想像して表現するという構図になる。

公式フォトブック003

「小説上でワタナベが想像する直子の姿は、小さな動物たちと触れ合っていて、楽しげなイメージとして描かれている。でも、このガイドブックで作品世界を表現するためには、直子の悲しみや孤独を撮るほうがいいのでは。そう考え、直子の心のなかを表現することにしたんです」

今回の撮り下ろしにあたり、岡田は撮影だけでなく、自ら写真ページの構成や展開も手掛けた。そうして紡ぎ出された全6ページにわたる直子の再現シーンは、岡田の作品世界そのものといえるものに仕上がった。


「直子は、“死に近づいていくものの象徴”。それと対比して、緑は“死に近づかないものの象徴”として表現しました。当初の依頼は『各人物のシーンを撮る』という内容でしたが、3人をどこかでリンクさせ合いながら『ノルウェイの森』の世界観を表現したかったからです」

その対比は、たとえば2人の足がそれぞれ写されているカットに表れている。裸足で枯葉のうえに立つ直子。一方の緑は、鮮やかな自然のなかで、カラフルな装いを身に着けている。ミニスカートも印象的だ。しかし、決して、快活なイメージではない。
「“生の象徴”として、緑を捉える人も多いかもしれません。でも僕は、危うい感じや、淋しさの中で気丈に振舞っている健気な印象も受けました。その両面を表現したのが、緑のページです」

公式フォトブック002


緑をはじめ、3人の衣装にも徹底的にこだわったという。
「上着はこういう色で、こんな素材で、スカートは短くて、とスタイリストさんに嫌がられるくらいに細かく指定しました(笑)。特に緑の場合は、絶対に赤い帽子をかぶってほしかったんです」
小説を読んだひとにならばわかる、そして“ハルキスト”と呼ばれる村上ファンがニヤリとする仕掛け。それを探すのも、このガイドブックの楽しみの一つだといえるだろう。

「緑の横にさりげなく置いてあるのは、ワタナベが読んでいる『グレート・ギャツビィ』です。彼ならば、デートのときでも本を持っていくんじゃないか、と。細かい演出すぎて、誰も気付かないと思いますが(笑)。その本は、ワタナベのページにも登場してリンクしています」

そして松山ケンイチ演じるワタナベの撮影でも、“運命”の導きによって、一つのリンクが生まれた。

松山からワタナベに変わる“刹那”を写す

ワタナベの撮影は、村上さんが実際に住んでいた和敬塾という寮で行いました。撮影当日、直子のシーンとリンクするように文鳥の“羽根”を撮りたいなと思って、早めに現地入りして寮の庭を歩いていたんです。そうしたら、偶然、1本の羽根が落ちていて。そのときにも、この作品との運命に導かれたような気がしました」
その羽根は、松山ケンイチのインタビューページ内に、象徴的に、そして強い意思を放ちながら存在している。作品世界を見事に切り撮った、一見の価値のある1枚だといえるだろう。

「ワタナベは、蛍を夏の夜の闇に放つシーンでした。どうしたら、このワタナベという人物像を描けるのか。松山さんが演じてきたワタナベをどう受け止め、写真として物語を広げていくか。そう考えながら、撮影をしました」 

公式フォトブック001

カメラを構える岡田。ワタナベへと“入り込んでいく”松山。
「角度や顔の位置、『こんなことを思ってほしい』と伝えただけで、あとは松山さんにお任せしました。僕は、松山さんの内側でどういう動きが起こっているのかを見て、シャッターを切る。静寂のなかで、松山さんとの距離感を保ちながら、お互いにコミュニケーションをとっていた」

そこで岡田は、松山の変化を読み取ったという。
「ファインダーを覗いていると、松山さんがワタナベの役に入っていく過程がわかるんです。なにか、小説のなかのワタナベや、その周囲の情景が本当にそのまま出てきたというか。ワタナベのページの最終カットは、作品の持つ喪失感や愛といったテーマを伝える象徴的なものになったと思います」


こういうのってやはりカメラマンさんにしてみると嬉しい瞬間なんだろうか。
松山ケンイチと言う人間からある瞬間に「ワタナベ」と言う人間に変化していく姿をファインダーを通して見ているのって。

三人三様映画の中では描けなかったシーン、小説好きな人には思い入れのあるエピソードを写真だけで表現するのって大変だったんじゃないかなぁと思うけれど村上作品が好きならそれもまたプレッシャーと同時にやりがいもあっただろうか。

弱った蛍を逃がすワタナベ、その蛍のあまりにも儚げながらも必死で飛び立とうとする姿を見て直子やキズキの事を考えていたのだろうか…

私は緑の写真が好きかな?
久しぶりに会ったワタナベがあまりにも自分に無関心(気持ちが直子の事を考えて心の余裕がなかった)過ぎて書いた手紙。
私はこのシーン(映画ではないんだけど)が好きですね。緑と会いたかったのにその緑と話をしていても全く見向きもしていない心ここにあらずなワタナベに緑の心は傷ついてしまう。希子ちゃんの表情が良いなぁって(あくまでもこの写真はイメージなのでシュチエーションは小説とは違いますけど)

その他インタビュー全体もとても良いのでサイトで一読ください<(_ _)>



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